この問題に関する登記先例としては、次のようなものがあります。
株主総会及び取締役会の議事録には、原則として出席取締役全員の署名を要するが、総会若しくは取締役会の終了後やむを得ない事由により署名不能の場合は、その旨を証明させれば、その他の出席取締役の署名で足り、また、取締役会については出席取締役の過半数の署名があればよい。
(昭28.10.2、民事甲第1,813号民事局長回答)
出席取締役のうち1名が株主総会議事録に記名捺印することを拒絶している場合には、他の出席取締役全員又は代表取締役から当該出席取締役の記名捺印を受けられない事情を付した上申書を添付すれば、当該株主総会の決議に基づく変更登記は受理される。
(昭38.12.18、民事四発第313号民事局第四課長回答)
1 取締役会に出席したが、第1議案の決議に先立って退場した取締役も取締役会議事録に署名することを要する。
2 右の場合取締役の退場により定足数を欠くに至ったときは、その時から有効な決議をすることができない。
3 取締役会の議事録に出席取締役の氏名が列記され、その過半数の捺印があり、捺印者数が取締役会の定足数を満たす場合には、その議事録を添付書類とすることができる。
(昭38.5.25、民事四発第118号民事局第四課長回答)
これらの先例を見ると、取締役会議事録に出席取締役及び監査役の署名が欠けている場合は、署名できない事情を記載した上申書を提出する必要があるようにも見えますが、よくよく見ると、取締役会については出席取締役の過半数の署名があれば上申書は必要ないと読むことができます。
これは、株主総会議事録と取締役会議事録とは、押印を求めている趣旨が異なるからだと思われます(もっとも現行法では総会議事録に署名すべき規定は存在しませんので、先例が出された商法時代の考え方ですが)。
すなわち、株主総会議事録に署名を求めているのは、議事録の真正担保という趣旨であると思われます。これは、議決権を持つのは株主であり、議事録署名者である取締役の署名が過半数あるからといってそれだけでは真正担保に十分ではないから、署名できない取締役についてはその理由等を明らかにさせるということであると思います。
これに対し、取締役会議事録は、議決権を持つ取締役に署名義務を負わせていることから、過半数の取締役の署名があれば決議が有効に成立したことを認定できるということだと思われます。
そのため、理屈の上では上申書なしで一部の方の署名がない取締役会議事録だけで登記可能ということになるわけですが、実務の現場では、上申書なしで登記を申請するのは少し勇気が必要です。また、一部の方の署名がない議事録が少なくとも法務局に提出されるわけですから、会社の担当者としてもなぜ一部の方の署名のない議事録を外部に提出したのかということを記録として残ておきたいと考える方もおられるかと思います。
そこで、登記に添付するかどうかは別として、「これこれの事情で〇〇取締役は署名できない」という内容で報告書のような書面を1枚作成していただき、議事録に署名いただける役員さんに、議事録といっしょに署名していただいたらいかがでしょうか。そして、万が一法務局から上申書を提出するように指示があったらその報告書を提出できるように準備をしておいていただけると安心です。
そんなことを考えているうち、今の時代、遠隔地からテレビ会議等で参加した取締役は取締役会議事録に電子署名をし、電子署名された取締役会議事録と、リアルに署名をした取締役会議事録を併せて一本という、内容が同一で複数の取締役会議事録をそろえればいいのではないかという考えが頭をよぎり、調べてみましたら、次の先例がありました。
取締役会又は株主総会の議事録の原本3通を作成し、それぞれの議事録に取締役の一部が記名押印し、3通合わせて全取締役の記名押印がそろう場合には、議事録の作成手続は適法ではない。
(昭36.5.1、民事四発第81号民事局第四課長事務代理回答)
ということで、複数の議事録は、現状はダメということです。
なお、通信機器を使って開催した会議の議事録の作成方法については、次のページを参考にしてください。
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