相続させる旨の遺言の存在と遺産分割協議の可否

相続させる旨の遺言の存在と遺産分割協議の可否

簡単な問題のようで、実は奥が深い。

相続させる旨の遺言が効力を生じると(つまり、遺言者が死亡すると)、即座に遺言の効力が生じて物権変動の効果が生じるというのが最高裁の判例の趣旨である。そこで、このような遺言が存在していることを知りながら、相続人間で同一物件について遺産分割できるかどうかが問題となる。なぜなら、すでに所有権移転の物権変動が実体上は生じてしまっているならば、当該物件は相続財産として存置されているわけではないから、すでに遺産分割の対象財産ではなくなっていると考えられるからである。

これについて、遺言が効力を生じたことにより当該物件を取得した(又は取得するとされている)者は、遺贈の受諾拒否と同様、その効力発生による利益を放棄することができるという解釈が有力であるようだ。したがって、その「利益の放棄」を前提として遺産分割をすることができるということになる。

さて、次の問題は、その「利益の放棄」をすることによって、物件変動は相続開始時に遡ってなかったことになるのか、又は、あくまでも物件変動は生じているもののこれを共有物分割という考え方で実質的に遺産分割されるのか、ということが問題として登場してくる。ここまでくると、学者の先生に決めてもらわなければならない。

いずれにしても、遺言をすること、遺産分割をすることは、いずれもすぐれて個人的・自治的な問題であって、そこに、国家や法律が必要以上に介入する必要はないとも考えられる。

しかし、相続させる旨の遺言が存在しなから、相続人全員の同意のもとで遺産分割協議を行うのであれば、後日の紛争を回避するために、すくなくとも、遺言が存在していたこと、当該遺言によって利益を得た者はその利益を放棄すること、そのうえで遺産分割を行うことを明示の文書で残しておく必要がありそうだ。

投稿者プロフィール

古橋 清二
古橋 清二
昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A
浜松西部中、浜松西高、中央大学出身
昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます

  • 仮換地の従前地に登記する賃借権登記の借賃の記載方法仮換地の従前地に登記する賃借権登記の借賃の記載方法 仮換地の従前地に登記する賃借権登記の借賃の記載方法  賃借権登記の登記事項である借賃は、土地毎に登記するものとされている。例えば、A、B、Cという3筆の土地を月額10万円の借賃で借りるとしても、登記は、A、B、Cそれぞれの土地毎に賃料を登記しなければならない。もちろん、A、B、Cはそれぞれ面積が異なるし、方角や道路との位置関係も全く異なる。賃貸借契約の当事者は、あくまでも全 […]
  • 障子を開けてみよ、外は広いぞ障子を開けてみよ、外は広いぞ 障子を開けてみよ、外は広いぞ  「世界のトヨタ」の源流、豊田佐吉は慶応3年に今の静岡県湖西市に生まれた。第一次大戦後、紡績機の改良に取り組んでいた佐吉が中国に進出しようとした際、周囲は大反対。その際、佐吉は「障子を開けてみよ、外は広いぞ」と言い放ち、周囲を説得したという。その精神は現在のトヨタにも受け継がれているのではないか。 写真は、昨日、不動産の決済立ち合いで立ち寄っ […]
  • 債務者に対する通知と差押えの対抗問題債務者に対する通知と差押えの対抗問題 【債務者に対する通知と差押えの対抗問題】  父Aが死亡し、相続人は子供の私Xと弟Yの2名です。遺産分割協議の結果、Aの遺産のうち、AのGに対する1000万円の貸金債権は私が相続することになりました。そのことについて、Gに対し遺産分割協議書を示して通知をしました。  ところで、Yには借金があり、債権者であるKが、AのGに対する貸金債権のうち、Yの法定相続分である500万円の […]
  • 【予告】はままつまちゼミ 7月改正! 相続手続きの流れ【予告】はままつまちゼミ 7月改正! 相続手続きの流れ 7月相続法改正! ~新しい相続手続の流れ~ ※受講受付は7月19日からです  相続が発生すると、預金の解約、遺産分割協議、相続税申告など、短い間に様々な手続きを行わなければなりません。それに加え、7月には相続に関する法律が大きく改正されました。  当事務所では、新しい法律にもとづいて、相続が発生した場合に何をどのような順番で行ったらいいのか、司法書士がわかりやすく解説 […]
  • 【動画】根抵当権の債務者の相続、指定債務者の合意、そして、その先の話【動画】根抵当権の債務者の相続、指定債務者の合意、そして、その先の話 根抵当権の債務者の相続、指定債務者の合意、そして、その先の話   https://youtu.be/HI97-BRqzUY
  • 【動画】相続を極める! 相続不動産を売却して多数の相続人で分配する効率的な方法とは?【動画】相続を極める! 相続不動産を売却して多数の相続人で分配する効率的な方法とは? 【動画】相続を極める! 相続不動産を売却して多数の相続人で分配する効率的な方法とは? 国税庁ホームページより引用 遺産の換価分割のための相続登記と贈与税 【照会要旨】  遺産分割の調停により換価分割をすることになりました。ところで、換価の都合上、共同相続人のうち1人の名義に相続登記をしたうえで換価し、その後において、換価代金を分配することとしました。  この場合、贈 […]
  • 認定司法書士の登記原因は「法務大臣認定」認定司法書士の登記原因は「法務大臣認定」  当事務所の神谷忠勝司法書士が、9月3日に簡裁訴訟代理の考査に合格し、晴れて認定司法書士になりました。  そこで、当法人の登記簿の変更登記を申請し、登記が完了しました。  登記原因は、「平成30年9月3日法務大臣認定」です。なんか、かっこいいですね。  ちなみに、変更登記は変更の事由が生じた時から2週間以内にしなければなりません。今回、法務大臣認定の証明書取得に時間がか […]
  • まちゼミ 「7月相続法改正! ~新しい相続手続の流れ~ 受付開始しました!」まちゼミ 「7月相続法改正! ~新しい相続手続の流れ~ 受付開始しました!」 7月相続法改正! ~新しい相続手続の流れ~ ※受講受付中!  相続が発生すると、預金の解約、遺産分割協議、相続税申告など、短い間に様々な手続きを行わなければなりません。それに加え、7月には相続に関する法律が大きく改正されました。  当事務所では、新しい法律にもとづいて、相続が発生した場合に何をどのような順番で行ったらいいのか、司法書士がわかりやすく解説いたします。 […]
  • 4月8日に「相続実務必携」が発刊されます!4月8日に「相続実務必携」が発刊されます! 民事法研究会より「相続実務必携」が発刊されます! 静岡県司法書士会あかし運営委員会編の本書は、当事務所の古橋清二、神谷忠勝も執筆に加わっています。  遺産承継業務、法定相続情報証明制度、改正相続法を含めた相続実務全般についてFAQ方式でわかりやすく解説! 相続に関する相談のあり方、相続財産管理人としての対応、共有不動産の処分など、執務現場の悩みに応える垂涎の書です! […]
  • 【動画】破産手続の諸問題 受任通知が到達した後にその銀行に給料が振り込まれた場合の対応は?【動画】破産手続の諸問題 受任通知が到達した後にその銀行に給料が振り込まれた場合の対応は? 【動画】破産手続の諸問題 受任通知が到達した後にその銀行に給料が振り込まれた場合の対応は? https://youtu.be/qD3gT1liWHI
  • 5月の土曜なんでも相談は5月18日です5月の土曜なんでも相談は5月18日です 5月の土曜なんでも相談は5月18日です 詳細はこちら
  • 会社法施行にあたって(2006年5月30日のブログより)会社法施行にあたって(2006年5月30日のブログより) 5月1日から会社法が施行されました。会員のみなさまの実務は順調に推移しているでしょうか。 私が副会長に立候補した際、その所信として、会社法施行に対する的確な対応を掲げさせていただきました。これは、昨年施行されました改正不動産登記法に対して、日司連のリードが必ずしも満足いくものでなかったため、会社法については日司連を頼ることなく地元で研究をして静岡から会社法の実務をリードして […]
  • 法定相続分を超える債権相続の対抗問題法定相続分を超える債権相続の対抗問題 【法定相続分を超える債権相続の対抗問題】  父Aが死亡し、相続人は子供の私Xと弟Yの2名です。遺産分割協議の結果、Aの遺産のうち、AのGに対する1000万円の貸金債権は私が相続することになりました。そこで、私はGに対し1000万円の返還請求をしましたが、Gは全額私が相続したのかどうかわからないと言って500万円しか返還してくれません。  私が残り500万円を請求するために […]
  • 【動画】相続分を指定された者による遺産分割協議にもとづく登記申請に遺留分権利者の同意が必要か?【動画】相続分を指定された者による遺産分割協議にもとづく登記申請に遺留分権利者の同意が必要か? 【動画】相続分を指定された者による遺産分割協議にもとづく登記申請に遺留分権利者の同意が必要か?
  • 2021民法・不動産登記法改正を研究する 第3回 ~民法改正案904条の3(期間経過後の遺産の分割における相続分)を考える~2021民法・不動産登記法改正を研究する 第3回 ~民法改正案904条の3(期間経過後の遺産の分割における相続分)を考える~ https://youtu.be/ANroZSPJ2HE
  • 株主総会議事録の署名者株主総会議事録の署名者 株主総会の議事録は,出席した取締役その他の役員の氏名又は名称等を内容としなければならないとされ(施行規則第72条第3項),議長及び出席した取締役の署名又は記名押印の法律上の義務(旧商法第244条第3項参照)は,廃止された。 ただし,株主総会の決議によって代表取締役(各自代表の取締役を含む。)を定めた場合(会社法第349条第1項本文,第3項)における当該株主総会の議事録につい […]
  • 真っ直ぐ線を引けるか?真っ直ぐ線を引けるか?  畑で畝を真っ直ぐ作るのはなかなか難しい。まず、耕耘機で耕すのだが、真っ直ぐ進んだつもりでも振り返ると曲がっている。また、そのあと、鍬で溝を掘っていくが、これも少し曲がってしまう。こんな作業をしているとき、いつも高校1年生の頃を思いだす。  昼休みに弁当を5分で胃に詰め込み、雨が降っていない限り、グランドに出て、ラインカーで白線を引いていた。放課後の部活動の準備だ。  ま […]
  • 【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合 【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合  別除権は、破産手続によらないでこれを行使することができるが(法65条)、行使の方法は通常の実行方法による。  ところが、破産手続開始後は、別除権の目的物が破産財団に属してしまうため、破産管財人を相手方として別除権を主張するためには別除権について対抗要件を具備している必要があると考えら […]
  • 「静岡ビジネスレポート」に少額債権回収についてのQ&Aが掲載されました「静岡ビジネスレポート」に少額債権回収についてのQ&Aが掲載されました 静岡の情報誌、「静岡ビジネスレポート」に少額債権回収についてのQ&Aが掲載されました。 ご質問 当社は家庭用ガスの販売をしていますが、数千円から数万円の小口の未収金が多数発生しており、回収に苦労しています。中には、ガス料金を払わないまま転居してしまう方もいらっしゃいます。何かよい方法はないでしょうか? 2015/10/14 [10月05日号掲載] 回答 認定 […]
  • 借金問題は命の問題だ (浜松支部事例検討会)借金問題は命の問題だ (浜松支部事例検討会)  静岡県司法書士会浜松支部は、法テラスカード普及活動のひとつとして、福祉等との連携を模索する事例検討会を開催している。本日は、その4回目、テーマは借金問題!  講師兼進行役を任された私は、実際にあった事例を交えて借金問題の悲惨さ、そこに潜む本質的な問題を語り、また、法的解決方法を説明しながらいくつかの設問を出し、グルーブディスカッションをしてもらった。  後半では、末尾記 […]

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)