再会

再会

 ある上場企業の会議室。本社を移転するための不動産の決済である。地権者である売主が多数集まり、会社側の関係者が部屋に来るのをいまかいまかと待ち受けている。それはそうだろう。今日は大きなお金が動く。土地の売買代金の最終金が地権者へ振り込まれるのだ。

 程なくしておそろいの制服を着た会社の担当者が時間どおりに入ってきた。私は、一人一人と名刺を交わし、あいさつをする。もちろん、事前に電話やメールで詳細な打合せをして今日の取引に臨んでいるが、ほとんどの担当者とは今日初めてお会いする。

 ただ、そのうち一人だけは、しばらく前からずっと気になっていた。そして、今日は、初めてその顔を見て確信した。やはり、あいつだ。

 私は、名刺交換をして、「Nさんですね。メールではいろいろとありがとうございました」とつきなみな挨拶をしたうえで、テストしてみた。

「N」

 Nさんを呼び捨てにしてみたのだ。

 Nさんは怪訝な顔をして私の顔をのぞき込んだ。でも、まだ気がつかないみたいだ。

「サッカーやってたよね」

 私がそう言うと、Nさんは、「あー」と大きな声を出した。私とNさんは、一気に30年以上も前の青春時代に戻ったのだ。


 もう35年も前の話。私はある会社に入社し、同期入社の同僚を中心にその会社でサッカー部を結成し、地域の社会人リーグに参戦した。2年かかったが、一番下の3部リーグから2部リーグに昇格した。そのチームには、何人か会社以外のメンバーも加わるようになり、1部リーグ入りを目指して結構いい線までいった。Nさんは、その「会社以外のメンバー」だったのだ。

 よく飲み会では、私はNのことをわざと知らないような顔をして、「おまえ、誰だったっけ?」とからかい、その都度、Nは「〇〇○(会社名)のNです」と大きな声で叫び、みんなの笑いを誘っていた。

 だから、今回の取引の準備をしているときに、メールでNの名前を見たとき、「ひょっとしたら・・・・・・」とは思っていたのだが、予感が的中したわけだ。

Nの名刺には「〇〇部長」という肩書きが書かれていた。

「おまえが部長か!」

30年以上の時間の経過がおもしろおかしく感じられた。

 

不動産取引自体は準備万端だったので非常にスムーズに終わり、解散した。売主さんは会話も弾み、みなさんうれしそうに帰っていった。

私も車の中で、一人ニヤニヤしていたに違いない。

 

投稿者プロフィール

古橋 清二
古橋 清二
昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A
浜松西部中、浜松西高、中央大学出身
昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

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古橋 清二

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