相続放棄と固有の財産の関係

相続放棄についての少し真面目な話(1)制度の趣旨
相続人は、相続開始の時から被相続人に属した財産上の一切の権利義務を当然に承継する(民896)。しかし、その一方で、相続人につき、単純承認、限定承認、放棄のいずれをも自由に選択することを認めている。これは、債務を強制的に相続人に承継されることは個人主義的財産観念に反するからであると言われている。
(2)相続財産と相続人固有の財産
相続財産とは、被相続人に属した財産上の一切の権利義務をいう。しかしながら、相続財産ではない相続人固有の財産については、相続を放棄しても取得する権利を失うものではない。
① 生命保険金
生命保険金請求権は、受取人として特定の者を指定してある場合にはその者の固有の権利として取得する。これは、生命保険契約が第三者のためにする契約としてなされているからである。また、受取人を「相続人」とした場合にも、その表示は保険契約者の相続人たるべき個人を表示するものであり、固有の権利として取得することができると解する(最判昭和40.2.2民集19巻1号1頁)。
② 退職金
労働者が労働契約の継続中に死亡して退職金が支給される場合、法律や条令、就業規則等で受給権者が定めるられている場合には固有の権利として認められる(最判昭和60.1.31家月37巻8号39頁)。
③ 遺族年金等
遺族厚生年金、公務員の遺族扶助料、国家公務員等共済組合法による共済年金、国民年金の遺族共済年金なども各法律で受給権者が定められており、固有の権利として認められる。
(3)申述期間
債務者が多額の負債を残したまま死亡した場合、相続放棄の申述をすることで債務の承継を免れるケースも少なくない。相続放棄の期間は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に家庭裁判所に申述をする必要がある(民915①)。「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とは、単に相続開始の原因たる事実を知った時ではなく、より具体的に、自己が相続人となったことを覚知した時と解されている(大判大正15.8.3民集五巻679頁、福岡高決昭和23.11.29家月二巻一号7頁等)。
また、3か月経過後に相続人が被相続人の債務の存在を具体的に認識した場合、その時から熟慮期間である3か月が起算されるとした裁判例もあり(大阪高判昭和54.3.22判タ370号72頁)、現在では、熟慮期間は相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時から起算すべきであると解されている(最判昭和59.4.27民集38巻6号698頁)。
実務上、3か月経過後に被相続人に対する債務の存在が明らかとなり、放棄の申述をすることも多数あるが、この場合、債務の存在を具体的に認識した時期を明らかにするため、督促状等の書面を添付するのが望ましい。
3か月の熟慮期間は、利害関係人または検察官の請求によって、家庭裁判所がこれを伸長することができる(民915①但書)。これは、相続人は、承認又は放棄をする前に相続財産の調査をすることができ(民915②)、調査に時間を要する場合も考えられるからである。なお、期間伸長の申立は期間内にしなければならない。

さて、先日、ある相続放棄事件で初めて知ったのだが、簡易保険の受取人が指定されていない場合、簡易生命保険法で受け取るべき遺族が指定されている。つまり、保険金は遺族の固有の財産となり、相続財産に含まれないということだ。勉強になった。

投稿者プロフィール

古橋 清二
古橋 清二
昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A
浜松西部中、浜松西高、中央大学出身
昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます

  • 会社の売買 -物語風-会社の売買 -物語風- 会社の売買 -物語風- 「それで、その会社の代金としていくら払ったんですか?」「50万円です」「それで会社の実印だけをもらったんですか……」 私は、目の前で小さくなっている中年の女性の目の奥を覗き込んだ。今時、こんな簡単に不良会社を掴まされることも少ないだろう。 個人事業をしているその女性は、仕事の関係者から法人成りを薦められ、「新規に設立するより安上がりだから」と休眠 […]
  • 2月の土曜何でも無料相談は9日に開催します2月の土曜何でも無料相談は9日に開催します ご相談は、平日午前8時30分~午後5時30分 予約は、  053-458-1551 平日は難しいという方は・・・ 1日4名様まで先着限定 予約 053-458-1551 2月の土曜なんでも無料相談 2月9日(土) 午前9時~午前12時   ご相談の予約について お電話(浜松053-458-1551)にて、ご相談にお越し頂く時間をご予約ください。 […]
  • 【動画】静岡県司法書士会研修会 「相続法改正の施行時期と適用場面」【動画】静岡県司法書士会研修会 「相続法改正の施行時期と適用場面」 【動画】静岡県司法書士会研修会 「相続法改正の施行時期と適用場面」  7月27日、台風で開催が危ぶまれましたが、予定どおり、静岡県司法書士会第1回会員研修会「さらにパワーアップ 相続実務必携 「相続登記の専門家」から「相続の専門家」になる」が開催されました。  参加申込みは、なんと252名! 昨年開催された研修会の最高が約140名とのこと。とんでもない記録的な参加申込みと […]
  • 日掛け保証料事件勝訴的和解(2006年6月1日のブログより)日掛け保証料事件勝訴的和解(2006年6月1日のブログより) 日掛け保証料に関して数件訴訟を提起しているが、本日、その1件について和解した。その事件はまだ第1回口頭弁論期日も開かれていないが、被告に訴状が到達した途端、こちらの請求金額を全面的に支払う旨、保証会社の社長自ら電話してきた。 拍子抜けだ。被告としては、ただ単に訴訟手続きが面倒だったのかもしれない。ちなみに、訴状の内容は概ね次のとおりである。 損害賠償請求事件 第 […]
  • 【期間限定】静岡県司法書士会少額裁判費用援助制度を利用して着手金実質5000円で受任できます【期間限定】静岡県司法書士会少額裁判費用援助制度を利用して着手金実質5000円で受任できます 【期間限定】 静岡県司法書士会少額裁判費用援助制度を利用して 着手金実質5000円で受任できます  静岡県司法書士会は、2020年4月1日から2021年3月31日までの間、次の要件にあてはまる訴訟代理・調停代理事件を受任する場合、少額裁判費用援助制度として、5万円を限度に着手金を援助することになりました。  当事務所では、下記の訴訟代理・調停代理事件についての着手金は […]
  • 【動画】個人再生とはどんな手続き? 住宅資金貸付債権の特則とは? 特則が使える場合と使えない場合は?(その1)【動画】個人再生とはどんな手続き? 住宅資金貸付債権の特則とは? 特則が使える場合と使えない場合は?(その1) 【動画】個人再生とはどんな手続き? 住宅資金貸付債権の特則とは? 特則が使える場合と使えない場合は?(その1) https://youtu.be/h8ividieZG4
  • 受遺者の特別寄与料請求の可否受遺者の特別寄与料請求の可否 【受遺者の特別寄与料請求の可否】  私はAの相続人ではありませんが親族であり、Aの生前にAの療養看護に尽くし、Aの財産維持に特別の寄与をしたと思っています。Aは、私に対し100万円を遺贈するという遺言を残してくれましたが、とてもそれでは足らないと思っています。私は、相続人に対し、特別寄与料の請求をすることができるでしょうか。 回答  特別寄与者が、その寄与について被相続 […]
  • 【動画】令和元年9月25日、あかし運営グループの勉強会にて、配偶者の居住の権利に関する基礎的知識について内納隆治が講義しました。【動画】令和元年9月25日、あかし運営グループの勉強会にて、配偶者の居住の権利に関する基礎的知識について内納隆治が講義しました。 令和元年9月25日、あかし運営グループの勉強会にて、配偶者の居住の権利に関する基礎的知識について内納隆治が講義しました。 2020年4月1日から施行される配偶者居住権。しっかり準備したいものです。 https://youtu.be/FdeYYTccr8w   […]
  • 遺産分割協議がまとまる前に払戻しが認められるのは預貯金の一部であり、しかも150万円が限度と聞きましたが、故人の預貯金が複数の金融機関にある場合はどのように考えればいいですか。遺産分割協議がまとまる前に払戻しが認められるのは預貯金の一部であり、しかも150万円が限度と聞きましたが、故人の預貯金が複数の金融機関にある場合はどのように考えればいいですか。  遺産分割協議がまとまる前に払戻しが認められる預貯金の額は、相続が発生した時点における残高の3分の1に、払戻しを求める相続人の法定相続分を乗じた額です。ただし、金融機関ごとに150万円が限度とされています。  この制限は、金融機関ごとの制限ですので、複数の金融機関に口座がある場合は、その分だけ上限額が増えることになります。 […]
  • 【動画】改正相続法を具体的事例で検討してみよう【動画】改正相続法を具体的事例で検討してみよう 【動画】静岡県司法書士会研修会 「改正相続法を具体的事例で検討してみよう」  7月27日、台風で開催が危ぶまれましたが、予定どおり、静岡県司法書士会第1回会員研修会「さらにパワーアップ 相続実務必携 「相続登記の専門家」から「相続の専門家」になる」が開催されました。  参加申込みは、なんと252名! 昨年開催された研修会の最高が約140名とのこと。とんでもない記録的な参加 […]
  • 【動画】ウイズコロナ時代の本人確認を考える【動画】ウイズコロナ時代の本人確認を考える ウイズコロナ時代の本人確認を考える 不動産登記法23条は、登記申請の際に登記識別情報を提供できない場合について、事前通知、本人確認情報提供、公証人の本人確認等を規定しています。しかし、これからのウイズコロナの時代。根本的に考え直す必要があるのではないでしょうか?  […]
  • 「二段の推定」の典型例「二段の推定」の典型例 「二段の推定」の典型例 所有権保存登記抹消登記手続等請求事件(高知地裁(第一審)平成21年2月10日)   事案  原告は、全財産を相続する旨の遺産分割協議が成立したとして,被告が作成したとする証明書を提出。これに対し,被告は,本件証明書に署名したことはなく,印影も被告の実印とは異なる旨主張し,本件証明書は司法書士が勝手に作成したものであると主張。 事実認定 […]
  • オレは人間国宝じゃないんだオレは人間国宝じゃないんだ オレは人間国宝じゃないんだ  昨日、「クレサラ問題で培ったノウハウは伝統芸能か?」というブログを書いたところ、さっそくメールがあり、入会3年以内ぐらいの若手司法書士諸君に伝統芸能を披露してくれないか、という話が舞い込んだ。「オレは人間国宝じゃないんだ」と冗談を飛ばしながらもちろん快諾したわけだが、その話を聞いた時に口から出たのは、自分でも意外だったが、「若い人は本当にやる気 […]
  • 自筆証書遺言の加除・訂正の方法を教えてください自筆証書遺言の加除・訂正の方法を教えてください 自筆証書遺言の加除・訂正の方法を教えてください  自筆証書遺言中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更 […]
  • 2021民法・不動産登記法改正を研究する 第15回 改正民法 共有制度の見直し ~共有物の管理者制度の創設~2021民法・不動産登記法改正を研究する 第15回 改正民法 共有制度の見直し ~共有物の管理者制度の創設~ https://youtu.be/v96Ke0Gw2oo
  • 【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合 【動画】破産手続の諸問題 申立前に、信販会社から軽自動車の引き揚げを要求された場合  別除権は、破産手続によらないでこれを行使することができるが(法65条)、行使の方法は通常の実行方法による。  ところが、破産手続開始後は、別除権の目的物が破産財団に属してしまうため、破産管財人を相手方として別除権を主張するためには別除権について対抗要件を具備している必要があると考えら […]
  • 【動画】緊急解説! 小口資金貸付制度、住宅確保給付金制度、そして生活保護。生きるために活用しよう、決してあきらめないで!【動画】緊急解説! 小口資金貸付制度、住宅確保給付金制度、そして生活保護。生きるために活用しよう、決してあきらめないで! 【動画】緊急解説! […]
  • 寄与分と特別寄与料寄与分と特別寄与料 【寄与分と特別寄与料】  私の妻が亡父の療養看護に尽くし、父の財産を守ることができました。妻は父の相続人ではありませんが、妻の寄与に対して報いることはできないのでしょうか。 回答  相続人が被相続人の財産形成等に寄与した場合は、「寄与分」として遺産分割手続における具体的相続分を定める際に考慮されることとなりますが、相続人ではない者(本件で言えば相続人の妻)が相続人の療養 […]
  • 遺産分割協議がまとまる前に払戻しを受けた預貯金の額は、遺産分割に際してどのように扱われますか。遺産分割協議がまとまる前に払戻しを受けた預貯金の額は、遺産分割に際してどのように扱われますか。  遺産分割協議がまとまる前に払戻しを受けた預貯金の額は、払戻しを受けた相続人がこれを一部分割により取得したものとして扱われます。
  • 【動画】中央合同事務所内の雑談 ◆相続法改正で新設された特別寄与料の請求とは?【動画】中央合同事務所内の雑談 ◆相続法改正で新設された特別寄与料の請求とは? 【中央合同事務所内の雑談】 相続法改正で新設された特別寄与料の請求とは? https://youtu.be/yS_-3XhGiUU  平成30年相続法改正により、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族は、相続の開始後、相続人に対し、寄与に応じた額の金銭の支払を請求することができる […]

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)