Ⅴ 他の手続の失効

 破産手続開始の決定があった場合には、破産財団に属する財産に対する強制執行、仮差押え、仮処分、一般の先取特権の実行又は企業担保権の実行で、破産債権若しくは財団債権に基づくもの又は破産債権若しくは財団債権を被担保債権とするものは、することができない(法42Ⅰ)。

また、破産財団に属する財産に対する強制執行、仮差押え、仮処分、一般の先取特権の実行及び企業担保権の実行の手続で、既にされているものは、破産財団に対してはその効力を失う。ただし、強制執行又は一般の先取特権の実行の手続については、破産管財人において破産財団のためにその手続を続行することを妨げない(法42Ⅱ)。

 ここで、「破産財団に対してはその効力を失う」とは、破産財団に対してのみ相対的に効力を失うに止まり、絶対的に無効となるものではなく、破産手続開始決定が取消されたり破産手続が廃止されるなどして破産財団が消滅した場合には、その効力を当然に回復するものと解されている。このように、本規定は相対的無効を定めたものであるが、東京高裁平成21年1月8日(金融法務事情1868号59頁、判タ1302号290頁)は、破産管財人が執行手続の取消しを上申した場合、執行手続の取消しに対する事実上の必要性があり、かつ、差押債権者に不利益を与える可能性が小さい場合には債権差押命令を取り消すことも是認できるとして、次のように述べている。

「民事執行法上、破産手続開始決定がされた場合に、強制執行等の手続を取消し得る旨の明文の規定は存在していないことに照らせば、破産手続開始決定がされたことにより、既に発令されている債権差押命令を当然に取り消すべきであるとはいえず、民事執行法40条の適用はないと解される。

 他方、破産手続開始決定がされた場合に、形式的には強制執行手続と破産手続とが併存していることから、特に、債権差押命令では第三債務者において権利関係が必ずしも簡明であるとは言い難く、破産管財人が差押債権を自由に処分することができるとはいえ、その権利行使に事実上の障害があることは容易に推測されるところであり、その執行手続の取消しに対する事実上の必要性があることは否定できない。 

 また、破産管財人が、執行裁判所に対し債権差押命令について執行手続の取消しを上申するのは、当該破産手続が廃止あるいは取消しなどにより終了する可能性はなく、かつ、強制執行手続の続行も必要ではないと判断した上、差押債権につき換価あるいは取立てなどの具体的な処分をすることを予定している場合であると考えられる。破産手続開始決定がされたことにより、債権差押命令を取り消すとすれば、差押債権者は、破産手続が廃止されるなどして破産財団が消滅した場合に効力を回復し得たはずの強制執行手続がなくなるため、再度の強制執行の申立てをしなければならない不利益を被ることになるが、破産管財人が執行手続の取消しを上申するのは、上記のとおり、破産財団が消滅して強制執行手続の効力が回復することがほとんど想定し得ない場合に限られるから、差押債権者が不利益を被る可能性もまた限りなく小さいものといえる。

 したがって、破産手続開始決定がされた場合に、当然に債権差押命令を取り消すべきであるとはいえないものの、破産管財人が執行手続の取消しを上申した場合に限っては、債権差押命令の取消しによる差押債権者の不利益が限りなく小さいのに比べ、その取消しの必要性が事実上のものであるとはいえ存在することにかんがみ、債権差押命令を取り消すという原審の取扱いも是認し得るものと解される」。

一方、旧破産法の適用のある事案ではあるが、担保提供による強制執行の停止並びに債権の差押及び転付命令の取消裁判がされた後、担保提供者が破産宣告を受けたため、その管財人が、担保事由が消滅したと主張して担保取消を求めたが、担保の事由が消滅したということはできないとして、抗告を棄却した事例がある(最高裁平成13年12月13日(民集55巻7号1546頁、裁判所時報1305号4頁、判時1773号26頁等))。この事例では、「仮執行宣言付判決に対して上訴に伴う強制執行の停止又は既にした執行処分の取消し(以下「強制執行停止等」という。)がされた後,債務者が破産宣告を受けた場合には,その強制執行停止等がされなかったとしても仮執行が破産宣告時までに終了していなかったとの事情がない限り,債権者は,強制執行停止等により損害を被る可能性がある。 

 したがって,仮執行宣言付判決に対する上訴に伴い担保を立てさせて強制執行停止等がされた場合において,担保提供者が破産宣告を受けたとしても,その一事をもって,「担保の事由が消滅したこと」に該当するということはできないと解するのが相当である」と判示して、強制執行停止等がなければ仮執行が破産宣告前に終了していたと考えられる場合には担保の不消滅というかたちで債権者を保護した。

 これに加え、最高裁平成14年4月26日決定(裁時1315号1頁、判時1790号111頁、判タ1097号274頁、金商1152号3頁、集民206号401頁等)は、「債権者は,上記損害の賠償請求権に関し,強制執行の停止の担保として供託された金銭について,他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有する(民訴法400条2項,77条)ことは,債務者が破産宣告を受けたことによって変わるところはない」としている。

このほか、破産手続開始の決定があったときは、破産債権又は財団債権に基づく財産開示手続(民執196)の申立てはすることができず、破産債権又は財団債権に基づく財産開示手続はその効力を失う(法42Ⅵ)。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立