【資料51】民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する要綱案のたたき台 (1)

第1部 民法の見直し
第1 相隣関係
1 隣地使用権
民法第209条の規律を次のように改めるものとする。
① 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、居住者の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。
ア 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
イ 境界標の調査又は境界に関する測量
ウ 後記2③の規律による枝の切取り
② ①の場合には、その使用方法は、隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
③ ①の規律により隣地を使用する者は、あらかじめ、その旨を隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(④において「隣地使用者」という。)に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
④ ①の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
(補足説明)
本文は、部会資料46の第1と基本的に同じ考え方によりつつ、第18回会議の意見を踏まえ、法的構成を改めている。
すなわち、第18回会議においては、隣地使用権に関する規律は、隣地を使用しようとする土地の所有者と隣地の所有者の権利関係を調整するものであることを前提として再構成すべきであるという意見や、承諾を求めること自体は当然に可能であり、「承諾を求めることができる」という規律の意味が明確ではなく、適切ではない等の指摘があった。
部会資料46においては、第1の②で、隣地所有者等の明示的な承諾がなくとも隣地を使用することができることを前提としつつ、他方で、いずれにしても、事前に連絡をすることは隣地所有者の利益保護の観点から必要であることから、そのことを第1の①において「承諾を求めることができる」という表現で表していた。そこで、この内容を実質的に維持しつつ、前記の議論を踏まえ、本文①において、端的に、土地の所有者は、一定の目的のために隣地を使用することができるとする構成とし、本文③において、原則として、あらかじめ隣地の所有者及び隣地を現に使用している者に対して通知しなければならないこととした。
なお、このような構成をとったとしても、隣地所有者等が隣地使用に対する妨害行為等を行い、これを排除しなければ権利を実現することができないケースでは、裁判所の判決を得ることなく私的に実力を行使して排除することは認められないと解される(このようなケースでは、妨害行為の差止めの判決を得て権利を実現することになる。)。
部会資料46第1③では、急迫の事情等がある場合には、隣地所有者等に対する承諾を得ることなく隣地を使用できるとすることを提案していたが、上記のように法的構成を改めたことに伴い、表現を改めている。
また、部会資料46第1③では、事後の通知について記載をしていなかった。改めて検討すると、隣地所有者及び隣地使用者に対する事前の通知をすることができないような急迫の事情がある場合に、土地の所有者による隣地使用を認めるとしても、隣地所有者及び隣地使用者は、土地所有者による隣地の使用状況を把握しておくべきであると考えられる。
そこで、本文③において、急迫の事情がある場合を念頭に、土地の所有者が、あらかじめ通知することが困難なときは、隣地使用を開始した後、遅滞なく、隣地所有者及び隣地使用者に通知しなければならないこととした。
また、第9回会議及び第18回会議において、隣地の使用方法の相当性に関する規律を設けるべきであるという意見があったことを踏まえ、本文②において、隣地の使用方法は、隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならないこととした。
加えて、本文①から③までの規律を前提として、隣地使用に伴って隣地の所有者又は隣地使用者に損害が生じた場合には償金を支払う必要があると考えられることから、本文④において、現行民法第209条第2項の償金の規律を改めることとした。
なお、第18回会議における議論を踏まえ、本文①ただし書において、住家への立入りに関する表現ぶりを改め、居住者の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできないこととした。
2 竹木の枝の切除等
民法第233条第1項の規律を次のように改めるものとする。
① 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
② ①の場合において、竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、その枝を切り取ることができる。
③ ①の場合において、次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
ア 竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
イ 竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
ウ 急迫の事情があるとき。
(補足説明)
本文は、部会資料46の第2と基本的に同じである。
第18回会議における議論を踏まえ、竹木が数人の共有に属する場合の規律については、端的に、竹木の共有者の権限の規律として整理し、本文②において、竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、越境した枝を切り取ることができることとした。
なお、部会資料46の第2の1(1)③cにおいて、「著しい損害」を避けるため必要があるときにも、越境した枝を土地所有者自ら切り取ることができるとすることを提案していたが、急迫の事情がない場合には、竹木の所有者に対して催告をしなければならないとすることが相当と考えられるため、本文③ウにおいては、急迫の事情がある場合に、越境した枝を自ら切り取ることができることとした。
3 継続的給付を受けるための設備設置権及び設備使用権
継続的給付を受けるための設備設置権及び設備使用権について、次のような規律を設けるものとする。
① 土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(以下①及び⑧において「継続的給付」という。)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。
② ①の場合には、設備の設置又は使用の方法は、他の土地又は他人が所有する設備(③において「他の土地等」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
③ ①の規律により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用する者は、あらかじめ、その旨を他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知しなければならない。
④ ①の規律による権利を有する者は、①の規律により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができる。この場合においては、前記1の①ただし書及び②から④までの規律を準用する。
⑤ ①の規律により他の土地に設備を設置する者は、その土地の損害(④において準用する前記1の④に規律する損害を除く。)に対して償金を支払わなければならない。ただし、1年ごとにその償金を支払うことができる。
⑥ ①の規律により他人が所有する設備を使用する者は、その設備の使用を開始するために生じた損害に対して償金を支払わなければならない。
⑦ ①の規律により他人が所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設置、改築、修繕及び維持に要する費用を負担しなければならない。
⑧ 分割によって他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じたときは、その土地の所有者は、継続的給付を受けるため、他の分割者の所有地のみに設備を設置することができる。この場合においては、⑤の規律は、適用しない。
⑨ ⑧の規律は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。
(補足説明)
1 継続的給付を受けるための設備設置権及び設備使用権の構成について
本文は、部会資料46の第3の1及び3と基本的に同じ考え方によりつつ、第18回会議における議論を踏まえ、その構成を改めている。
すなわち、継続的給付を受けるための設備設置権等は、基本的には、近隣の土地等の所有者間の権利関係を調整するものであり、他の土地又は他人が所有する設備(以下「他の土地等」という。)の所有者は設備の設置等を受忍すべき義務を負うことになることや、前記1の隣地使用権における議論と同じく、部会資料46の第3の1の「承諾を求めることができる」の意味が明確ではなく、適切ではないと考えられることに鑑みると、端的に、土地の所有者は、他の土地等に設備等を設置・使用することができるとした上で、利害関係者である他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に対する事前通知義務を負うと構成することが適切であると考えられる。
そこで、本文①において、土地の所有者は、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができることとし、本文③において、あらかじめ他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に対して通知しなければならないこととした。なお、このような構成をとったとしても、他の土地の所有者等が設備設置等に対する妨害行為等を行い、これを排除しなければ権利を実現することができないケースでは、裁判所の判決を得ることなく私的に実力を行使して排除することは認められないと解される(このようなケースでは、妨害行為の差止めの判決を得て権利を実現することになる。)。
第18回会議においては、土地の所有者が、継続的給付を受けるためには複数の土地のいずれかに設備を設置することが考えられる場合に、いずれの土地に設備を設置すべきかを特定することができないのではないかとの指摘があったが、本文②により、設備を設置すべき土地については、個別の事案ごとに、継続的給付を受ける必要性と他の土地に生じる損害を踏まえて、損害が最も少ないと考えられる土地を特定することになると解される一方で、より具体的で画一的な基準を設けることは困難であると考えられる。
公道に至るための通行権の規律においても、周りを取り囲んでいる土地のうちどの土地を通行するかや、既存通路が複数存在する場合にどの通路を通行するか等が問題となるが、通行の場所及び方法は、通行権を有する者のために必要であり、かつ、他の土地のために損害が最も少ないものを選ばなければならないとされ、通行すべき土地に関して画一的な基準は設けられていない(民法第211条第1項)。
以上を踏まえ、本文②においては、部会資料46の第3の1④の規律を基本的に維持することとした。
2 設備の設置・使用のために他の土地を使用する場合の規律について
部会資料46の第3の1(注1)において、設備を設置し又は設備を使用する工事のために隣地を使用する場合の規律を設けることを提案していたが、設備を設置する土地や使用する設備がある土地が対象土地の隣地ではない場合も考えられるため、前記1の隣地使用権の規律とは別の規律を設ける必要がある。
そこで、本文④において、本文①の規定による権利を有する者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができることとし、この場合においては、隣地使用権の規律(前記1の①ただし書及び②から④まで)を準用することとした。
3 償金等の規律について
本文⑤では、償金に関する部会資料46の第3の3の内容を改めて整理している。
(1) 土地の所有者が、他の土地に設備を設置する場合に支払うべき償金には、2種類のものがあると考えられる。
第1は、本文④の規律に基づいて他の土地を使用する場合に当該土地の所有者や当該土地の使用者に一時的に生じる損害に対する償金であるが、これは一時金として支払われるべきであると考えられる。
第2は、設備の設置によって土地が継続的に使用することができなくなることによって生じる損害に対する償金であるが、これは公道に至るための通行権の規律(民法第212条ただし書)と同様に、1年ごとの定期払の方法を認めることが適切であると考えられる。
そこで、本文⑤において、これらの償金を区別し、前者については隣地使用権の償金の規律(前記1の④)と同様の規律に服させることとし、後者については、1年ごとにその償金を支払うことができることとした。
(2) 土地の所有者が、他人が所有する設備を使用する場合に支払うべき償金も、大別して2種類のものがあると考えられる。
第1は、本文④の規律に基づいて設備のある土地を使用する場合に当該土地の所有者や当該土地の使用者に一時的に生じる損害金や当該設備の所有者に一時的に生じる損害に対する償金であるが、これらは一時金として支払われるべきであると考えられる。
第2は、土地の所有者が継続的に使用する設備の設置、改築、修繕及び維持に要する費用であるが、土地の所有者はその利益を受ける割合に応じてその費用を負担することとするのが合理的であると考えられる。そこで、本文④(隣地使用権の償金の規律(前記1の④)の準用)、本文⑥及び⑦において、これらの償金及び費用負担に関する規律を設けることとした。
4 土地の分割又は一部の譲渡によって継続的給付を受けることができない土地が生じた場合の規律について本文⑧及び⑨は、部会資料46の第3の3③と基本的に同じであるが、土地の分割又は一部の譲渡がされたとしても、既設の設備の所有者が直ちに変更されるわけではないため、土地の分割等によって他人が所有する設備を使用しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じることは想定されないことから、本文⑧及び⑨においては、この部分の規律を除いている。なお、土地の分割等とともに、当該土地上の既設の設備についても譲渡がされることによって、設備を使用しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じるケースは想定し得るが、この場合には、当該土地の所有者は、当該設備がその分割等がされた他方の土地上にある限りにおいて、基本的には、本文②により、当該設備を使用することが損害の最も少ない方法として特定され、当該設備を使用しなければならないことになると考えられる。
5 導管等の設置場所又は使用方法の変更に関する規律について
部会資料46の第3の2においては、導管等の設置場所又は使用方法の変更に関する規律を設けることを提案していた。
しかし、本文①において、設備の設置権は、他の土地等の所有者の承諾の有無にかかわらず発生する法定の権利であると構成を改めたことから、事情の変更によって、要件を満たさなくなった場合には当該権利は消滅し、又は本文②により損害が最も少ない設備の設置若しくは使用方法が変更されることになると考えられ、設備の設置場所又は使用方法の変更に関する特別の規律を設ける必要性は高くないと考えられる。公道に至るための通行権においても、通行の場所又は方法の変更に関する規律は置かれていない。
以上を踏まえ、導管等の設置場所又は使用方法の変更に関する特別の規律を設けないこととした。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立