母と同居して面倒をみるという負担付で遺産分割により相続財産を取得した者が母の面倒をみない場合、遺産分割を解除できますか

母と同居して面倒をみるという負担付で遺産分割により相続財産を取得させたり、相続財産を取得させる代わりに代償金を他の相続人に支払うという内容で遺産分 割協議が成立することがあります。
しかし、協議で定めた筈なのに母の面倒をみない、代償金を支払わない、という場合、どうすればいいのでしょうか。

まず考えられるのは、債務不履行による遺産分割協議の解除ですが、「代償金を支払わない」という場合には、単に金銭債務を履行しないというだけであり金銭の支払いを求めて訴訟提起などすればいいのですから解除の問題ではなさそうです。そこで、「面倒をみない」場合の解除の可否について考えてみたいと思い ます。

最判平成元年2月9日は次のように判示しています。
「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであつ ても、他の相続人は民法五四一条によつて右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし、遺産分割はその性質上協議の成立ととも に終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人 間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安 定性が著しく害されることになるからである。」

ちなみに、民法541条とは次のような条文です。
(履行遅滞等による解除権)
第541条  当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。

この判決は、遡及効がある遺産分割が解除できるということになると法定安定性が著しく害されることになるから、民法541条によって遺産分割協議を解除することはできないといっているのです。

しかし、相続人全員の合意により解除することは差し支えないようです(事案は異なるが、一般論として合意解除することができることを明らかにした最高裁判例として、最判平成2年9月27日 (共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられ るものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解される))。

では、次の問題として、「母と同居して面倒をみる」という負担を履行させるにはどのようにしたらいいのだろうか、ということが問題になります。

遺産分割協議において相続財産を負担付を分割する場合、その負担の履行を確保する方法として、負担を履行しないことを遺産分割協議の解除条件とすることが考えられますが、東京地判昭和59年3月1日は、そのような合意は無効であるとしている。

この事案は、遺産の大部分を被相続人の長男に取得させる旨の遺産分割協議がなされた場合において、このような分割協議がなされたのは、相続人の1人である被相続人の妻の老後の世話を長男の妻に期待したためであるとしても、その情誼関係の破綻をもつて遺産分割の解除条件とするのは相続による法律関係をいた ずらに不安定、不明確にするもので、そのような合意がなされたと認めることは相当でないし、仮にそのような合意があつたとしても、条件部分の合意は無効であるとしているのです。
このように、やはり、法律関係の法定安定性という観点から無効としているのです。
そうすると、間接強制類似の方法、つまり、債務不履行の場合には違約金を支払うなどの条項を設けるしか方法はないのかもしれません。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立