相続手続支援業務を司法書士の業務として法定せよ

 令和6年4月1日から相続登記が義務化されることになった。不動産の権利に関する登記については国民の義務ではなく、第三者に対する対抗要件にすぎないとされてきた。その原則に対し、今回の改正は、相続登記に限って義務化するという大転換である。

 この改正の背景には、所有者不明土地が大量に生じているという事実がある。その原因の最大のものは、何代にも亘って相続が発生しているにもかかわらず、相続登記がされずに放置され、現在は誰が所有権を承継しているのかわからない状況となってしまっているという現実がある。

 所有者不明土地問題は、2011年に発生した東日本大震災の復興事業で露呈した。まさに、所有者不明土地の存在が復興事業の妨げとなってしまったのである。そのため、所有者不明土地問題を解決しなければ、今後、国土の利用に著しい支障が生じるおそれがあるということを今更ながら気づいたのである。

 こうして、所有者不明土地問題は国家的な問題としてクローズアップされ、その発生予防の観点から「相続登記義務化」という、それまでの司法書士の法意識からは真逆の法改正がなされたのである。

 不動産登記手続代理は司法書士業務の中でも大きなウェイトを占めている。そのため、今回の改正に対して、一部の司法書士からは「神風が吹いた」などという呑気な感想も聞こえてくるが、そのような意見は、国が意を決して相続登記の義務化に舵を切ったことをどう捉えているのだろうか。法改正はなされた。義務を履行しなければ過料という不利益を科されることになった。あとは司法書士が試されているのではないか。そこに考えが及ばず、口をあんぐり開けて相続登記の依頼が舞い込むことを唯々待っているのだろうか。

 ここでは、相続登記義務化の施行に向けて、司法書士が準備すべきことを3つあげておきたい。

 一つ目は、相続手続支援業務を司法書士の業務として明確に定めること。これは法改正を伴う。

 二つ目は、所有者不明土地、共有土地の解消に向け、裁判所、法務局、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士等、問題解決に必要な専門家で組織する研究会を立ち上げること。

 そして、三つ目は、各地方自治体に相談窓口を設け、司法書士等の専門家にアクセスしやすい環境を作ること。これは、リモートを活用すればすぐにでもできると思われるので、本稿では、前二者について説明をしておきたい。

 

◎相続手続支援業務を司法書士の業務として明確に定めること

 日本の相続制度は、昭和22年5月2日以前までは、戸主の死亡や隠居により長男が一切の財産を相続する家督相続制度が原則であった。そのため、遺産を話し合って分け合うという必要がなかった。

 ところが、昭和23年1月1日より新民法が施行され、法定相続人が複数いる場合には法定相続分が定められ、協議によって遺産を配分することも可能となった。しかし、遺産分割協議を適切に支援する職能は定められず、相続人が自主的に協議を主催することに任せられている。したがって、相続税が発生せず、また、相続した不動産を売却したり担保に入れる必要性がなければ、手続的にも面倒で精神的にもストレスがかかる遺産分割協議がなされずに放置されてしまってきたことは十分に想像できる。

 昨今、相続登記義務化の報道に接して相談に訪れる方々が増加しているが、次のような特徴がみられる。

 まず、相続発生後数年乃至数十年の間、相続人間の協議が不調であったり、協議すら行われていないというケースである。このような場合、戸籍収集による相続人確定をしたうえで話し合いをするよう促すことになるが、長期間に亘って協議が成立しなかった又は行われなかったという背景には、相続についての当事者の無知や、誤解、感情的なもつれなどがみられることもある。

 次に、一部の相続人が所在不明であるというケースもある。このような場合、多くは、戸籍等の調査により所在が判明するが、長期間音信不通(場合によっては会ったこともない)の相続人とどのように協議を進めるか、ということに相談者は困惑する。

 これらのように遺産分割協議が困難なケースであっても、相続登記の義務は逃れることはできない。その場合には、法定相続分による相続登記か相続人申告登記をすることにより、相続登記の義務は履行可能ではある。

 しかしながら、所有者不明土地の発生予防と解消を目指して法改正がなされた趣旨を鑑みれば、単に法定相続分による相続登記や相続人申告登記ではなく、遺産分割等による最終形の所有名義が登記簿に反映されることが望ましい。

 しかし、遺産分割等の相続手続きを何から進めていいかわからない市民に対して、その支援は誰が担うのかは何ら議論もされていないし、決まってもいない。これは市民にとって酷な結果を強いることになりかねない。

 では、遺産分割等の相続手続の支援は誰が担うのだろうか。「支援者は司法書士だろう」と思いたいところだが、実はそう簡単な話ではない。

 司法書士としての肌感覚からすれば、「相続の相談に際しては、相続手続きの流れや戸籍の集め方を説明し、遺産分割協議の結果を書面化し、登記申請を代理して相続登記を完了させる」という進め方がオーソドックスなものと考えられる。しかし、その過程で、どのように分割すべきかというような素朴な疑問のみならず、一部の相続人が相続財産を明らかにしないとか、そもそも協議に応じてくれないなどの諸事情に対し、司法書士が事案毎にアドバイスをしているという実情がある。

 しかしながら、司法書士が上記のようなアドバイスをすることができるという法的根拠があるのかというと、明確な回答を見いだすことはできない。しかも、相続人間の協議が長期間に亘り不調あるいは協議が行われていないというようなケースにおける支援であるから、他の法律専門職能、とりわけ弁護士の業務範囲との問題も気になるところである。

 では、弁護士や税理士等の他の法律専門職能が支援者かというと、それぞれの専門分野や業務の特質から、相続手続全般に対して支援者となる法的根拠を見いだすのは、司法書士同様難しいのではないかと思われる。

 このように、ある意味、遺産分割・相続手続の支援者たる地位は、法的には空白地帯であるため、近年、金融機関のみならず、相続○○士などといった民間資格者がビジネスとして相続分野に積極的に乗り出している。

 では、司法書士の業界において、これまで、遺産分割・相続手続に関わることについてどのような見解があったか。ひとつは、司法書士法施行規則31条1号で定める「当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位に就き、他人の事業の経営、他人の財産の管理若しくは処分を行う業務又はこれらの業務を行う者を代理し、若しくは補助する業務」を法的根拠とするもの

 これに対し、遺産分割への関わりには司法書士法施行規則31条1号の適用はなく、司法書士の業務範囲ではないとする見解もある。

 いずれの見解も、司法書士が遺産分割・相続手続の支援者でありたいと真摯に検討した結果ではあるが、前者の見解に立ったと思われる業務について懲戒事例が出ていたり、後者の見解によると関与が困難となってしまう。

 しかしながら、司法書士が相続手続きの支援を行う必要性は厳然としている。その内容は検討する必要があるものの、司法書士が盤石な根拠をもって国民の期待に応えられるように、相続登記義務化を機に、遺産分割等の相続手続の支援業務を司法書士の法定業務とする法改正を目指すべきではないだろうか。

 

◎所有者不明土地、共有土地の解消に向け、裁判所、法務局、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士等、問題解決に必要な専門家で組織する研究会を立ち上げること

 今回の法改正は、相続登記義務化だけではなく、所有者不明土地の利用について、共有物の変更・管理に関する見直し、所在等不明共有者がいる場合の共有物の変更・管理、裁判による共有物分割、所在等不明共有者の不動産の持分の取得、所在等不明共有者の不動産の持分の譲渡、所有者不明土地・建物管理制度、管理不全土地・建物管理制度等、実に様々な改正を行っている。そして、これらについての裁判手続のルールも新たに整備され、令和5年4月1日に施行されることが決まっている。

 そこで、各地(例えば都道府県単位)で、問題解決に必要な専門家で組織する研究会を立ち上げ、新しい制度や手続きについて、様々な立場から情報が収集され、知見を共有することが絶対的に必要である。

 この知見が各専門家集団にフィードバックされ、現場の実務として適切に、そして広く活用されることにつながるものと期待される。

 その端緒として、是非、司法書士会に声を上げてもらいたい。

(2022.1.3)

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投稿者プロフィール

古橋 清二
古橋 清二
昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A
浜松西部中、浜松西高、中央大学出身
昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

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古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立

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