山崎さん、みんな探してるよ~
「まさかねえ、山崎がそんないい加減な奴だとは知らなかったからねえ」
西田建築の西田社長は、電話の向こうでそう言い放った。私は、石岡建材から依頼され、石岡建材が西田工業に販売した鉄筋代26万円を請求するために、西田建築の社長に内容証明郵便を送って支払いを催促していた。西田社長はそれを見て、私に電話をかけてきたのだ。
「いやあね、山崎が、鉄筋工事なら任してくれって言うもんだからね。ウチは木造建築しかやってなかったからね。鉄筋工事がわかる奴が協力してくれれば仕事の幅も広がると思ってね。それで山崎にやらせたのさ」
西田社長は悪びれることなく話した。
「ですから、鉄筋代を支払って頂きたいとお願いしているのですよ」
私がそう言うと、西田社長は、石岡建材私に説明していた西田建築の言い分を、そのとおりに話しはじめた。

「あれは、山崎個人と石岡建材さんの取引でしょ? ウチは関係ないでしょ? 山崎はウチから見れば外注先ですよ。ウチだって鉄筋屋さんは何件か知ってるから、今まで取引したことのない石岡さんにウチが直接発注するわけないでしょ。石岡さんには気の毒だけど、ウチは払えないね」
西田社長の話は続く。
「それにね、山崎はこれまで支払いを何度も踏み倒してきたって話が後から耳に入ってね。それであいつと手を組むのはやめたのさ」
さあ、だんだん話が核心に近づいてきた。ここからは慎重に話を聞き出さなければならない。
「そうだったんですか。いや、実は、西田建築さんの会社の登記簿を見させていただきました。確かに、山崎さんは取締役として登記されていますがすぐに解任されていますね」
「そうだろ。あんな奴が役員にいると恥ずかしいからね。だけど、石岡さんと取引したのはもっと前なんだろ?」
確かにそのとおりだ。石岡建材が鉄筋の注文を受けたのは山崎が西田建築の取締役になる半年も前のことだ。石岡建材が山崎の指示で現場に鉄筋を納入し、その際、山崎に請求書を手渡した。しかし、なかなか支払われずに時間が経過し、いよいよ山崎と連絡がとれなくなったため、取引から1年後に私に相談に来たのだった。
「そうなんです。西田建築さんの役員になる半年前なんです。でも、山崎さんは、「西田建築の山崎」と言って石岡建材に鉄筋を注文したんですよ?」
「そんなこと言われてもね。山崎は外注だからね。山崎に請求してよ。ウチも山崎にはいろいろ言いたいことがあってよ。ウチも山崎がどこにいるか知りたいぐらいだよ」
さあ、ここからが最後の詰めだ。
「でも、西田社長、その時、山崎さんは西田建築の取締役という名刺を持っていたんですよ? ご存じでした?」
「ああ、知ってるよ。あの頃はいずれ取締役にしようと思っていたし、名刺があった方が仕事をやりやすいって言うもんでね」
「作ってあげたんですか?」
「そうだよ。「飲み屋で配るんじゃねえぞ」って冗談言って渡したのを覚えてるよ」
「作ってあげたということですね」
「そうさ」
「社長、今、私は、社長が山崎に、西田建築の取締役としての名刺を作ってあげたということを間違いなく聞きました。そのことは覚えておいてくださいね」
「どういうことだ」
「山崎に会社の名前を使わせた西田建築にも責任があるんじゃないか、ということを言いたいわけです。それでも西田建築はこの支払いをできないというのであれば、裁判所に判断してもらうしかないと思っています」
西田社長もそんな言葉でビビるような人ではなさそうだし、金額も26万円と少額だ。別に怒るわけでもなかった。西田社長は「ああ、それならそれでやっておくれ」と言い、私も「はい、わかりました」とビジネスライクに答え、電話を切った。
山崎の行方がわからなくなった今、西田建築に責任をとってもらうしかないのだ。さあ、会社法9条を使って訴状を起案するとしよう。
【参考】会社法9条 自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う。
(本稿の内容は、一部事案を変更し、または複数の事案を組み合わせています)
投稿者プロフィール
-
古橋 清二
-
昭和33年10月生 てんびん座 血液型 A
浜松西部中、浜松西高、中央大学出身
昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる
平成2年 古橋清二司法書士事務所開設
平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます
銀行にとっては小さなことかもしれないが、顧客にとっては大変な問題なんだ! 十数年前に「登記情報」という雑誌にコラムとして書いたことあるが、同じ問題がまた生じている。検認を受けた自筆証書遺言。全文、日付、氏名が自筆で書かれ、押印もされており、法律上の要件は全て満たしている。遺言の内容も一義的に解釈され、疑義を挟む余地はない。既に、この遺言を使って複数の銀行預金を解約し、不動産登記も済ませている。ところが、ある銀行だけ、被相続人である遺言者の預金の解 […]
移行後の株式会社が取締役会設置会社である場合 特例有限会社から株式会社への移行は、登記が効力要件とされていますが、移行後の株式会社が取締役会設置会社である場合、登記申請前に取締役会を開催し、代表取締役を選定することができるでしょうか。また、この場合に移行を決議した株主総会で代表取締役を選定することができるでしょうか。
登記申請前に取締役会を開催して代表取締役を選定することはできない。移行を決議した株主総会で選定する […]
【動画】静岡県司法書士会研修会 「相続法改正の施行時期と適用場面」 【動画】静岡県司法書士会研修会 「相続法改正の施行時期と適用場面」
7月27日、台風で開催が危ぶまれましたが、予定どおり、静岡県司法書士会第1回会員研修会「さらにパワーアップ 相続実務必携 「相続登記の専門家」から「相続の専門家」になる」が開催されました。
参加申込みは、なんと252名! 昨年開催された研修会の最高が約140名とのこと。とんでもない記録的な参加申込みと […]
事実実験公正証書という手段(静岡ビジネスレポートに掲載されました) 静岡ビジネスレポートに、古橋清二が寄稿した事実実験公正証書についての記事が掲載されました
Q 取引先の代表取締役が入院中の病院で重要な契約を締結することになりました。脳に後遺症があるとのことですが、後日契約の効力を争われないために公証人に依頼する方法があるとお聞きしましたが。
A 判断能力について主治医からの意見聴取などを行っておくとともに、契約締結の状況を保全しておくた […]
時代に翻弄される人たち 時代に翻弄される人たち
(これは、平成27年6月29日に開催された静岡県司法書士会は浜松支部の人権委員会で当事務所代表の古橋清二が発表したものを文字おこししたものです)
Ⅰ はじめに
今日は、発表の機会をいただき、ありがとうございます。
判例解説ということですので、平成26年7月18日、最高裁で永住外国人の生活保護受給権に関する判決が […]
神谷忠勝です。よろしくお願いします! はじめまして。神谷忠勝(かみやただかつ)です。
今年40歳になりました。学生時代、私は、陸上部に所属しておりましたが、自信をもって「打ち込んでいた」と、言えるほどでは全くなく、勉強もほどほどに、部活動をしながら普通の学生生活を送っていました。
ただ、陸上競技自体は本当に好きで、スタート前、コース上に出たときの緊張感と、走り終わった後の開放感がたまらなく気持ち良かったです […]
「二段の推定」の典型例 「二段の推定」の典型例 所有権保存登記抹消登記手続等請求事件(高知地裁(第一審)平成21年2月10日)
事案
原告は、全財産を相続する旨の遺産分割協議が成立したとして,被告が作成したとする証明書を提出。これに対し,被告は,本件証明書に署名したことはなく,印影も被告の実印とは異なる旨主張し,本件証明書は司法書士が勝手に作成したものであると主張。
事実認定
[…]
考えてみれば、被告が50人もいたら訴状の送達に問題が生じるのは必然だった このところ、毎年のように、原告の代理人になり、10人から50人ぐらいの相手方を被告として訴訟を提起することがある。内容は、時効取得による所有権移転登記手続を求めたり、妨害排除請求としての抵当権抹消登記手続を求めるなどの登記手続を求める訴訟である。
例えば、時効取得による所有権移転登記手続を求める場合、相手方は占有開始時の所有者であるが、その方に相続が発生しており、また、 […]
借金問題は命の問題だ (浜松支部事例検討会) 静岡県司法書士会浜松支部は、法テラスカード普及活動のひとつとして、福祉等との連携を模索する事例検討会を開催している。本日は、その4回目、テーマは借金問題!
講師兼進行役を任された私は、実際にあった事例を交えて借金問題の悲惨さ、そこに潜む本質的な問題を語り、また、法的解決方法を説明しながらいくつかの設問を出し、グルーブディスカッションをしてもらった。
後半では、末尾記 […]
取締役会設置会社の廃止と譲渡制限規定の変更 会社法施行前、株式の譲渡制限に関する規定が「当会社の株式を譲渡するには取締役会の承認を要する」とされていた会社において、会社法の施行に伴い取締役会設置会社である旨を廃止したときは、取締役会設置会社である旨の廃止の登記の申請と上記の申請とは同時に申請する必要があるとも考えられますがいかがでしょうか。
ご意見のとおり。同一申請書で申請されない場合は却下事由に該当する。なお、 […]
まちゼミ 「7月相続法改正! ~新しい相続手続の流れ~ 受付開始しました!」 7月相続法改正!
~新しい相続手続の流れ~
※受講受付中!
相続が発生すると、預金の解約、遺産分割協議、相続税申告など、短い間に様々な手続きを行わなければなりません。それに加え、7月には相続に関する法律が大きく改正されました。
当事務所では、新しい法律にもとづいて、相続が発生した場合に何をどのような順番で行ったらいいのか、司法書士がわかりやすく解説いたします。
[…]
【動画】今年の司法書士認定考査を振り返ってみた!
6月2日.司法書士認定考査が行われました。問題の内容を無責任に振り返ってみました。果たして博士は合格するのか?
https://www.youtube.com/watch?v=WrJoz9YxCjM […]
自筆証書遺言の加除・訂正の方法を教えてください 自筆証書遺言の加除・訂正の方法を教えてください
自筆証書遺言中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更 […]
【動画】相続カフェ、開店します! 毎週土曜日、司法書士が無料で相談に応じます。 「土日やってますか?」 最近、こういった問い合わせをよく受けます。そこで、毎週土曜日、相続を中心に無料相談を受けることにしました! […]
【動画】令和元年9月25日、あかし運営グループの勉強会にて、配偶者の居住の権利に関する基礎的知識について内納隆治が講義しました。 令和元年9月25日、あかし運営グループの勉強会にて、配偶者の居住の権利に関する基礎的知識について内納隆治が講義しました。
2020年4月1日から施行される配偶者居住権。しっかり準備したいものです。
https://youtu.be/FdeYYTccr8w
[…]
2021民法・不動産登記法改正を研究する 第11回 改正民法 ~相続財産管理人・相続財産清算人~ https://youtu.be/_ER0MULaJuA
【動画】株主総会議事録 誰がどんなハンコを押せばいいの? 【動画】株主総会議事録 誰がどんなハンコを押せばいいの?
https://youtu.be/xwdgjmq1P90
お一人様の老後 どうすれば安心? お一人様の老後 どうすれば安心?
https://youtu.be/cqbSw0ZsfuI
相続手続支援業務を司法書士の業務として法定せよ 令和6年4月1日から相続登記が義務化されることになった。不動産の権利に関する登記については国民の義務ではなく、第三者に対する対抗要件にすぎないとされてきた。その原則に対し、今回の改正は、相続登記に限って義務化するという大転換である。
この改正の背景には、所有者不明土地が大量に生じているという事実がある。その原因の最大のものは、何代にも亘って相続が発生しているにもかかわら […]
可分債権を遺産分割の対象とすることの可否 【可分債権を遺産分割の対象とすることの可否】
貸金債権のような可分債権の相続においては、当該債権が遺産分割の対象となるかどうかが問題となります。判例では、被相続人が相続開始時に有していた貸金債権は、相続開始とともに当然分割されて各相続人に法定相続分に応じて帰属することになるため、遺産分割の対象とならないとされています(最判昭29.4.8)。
しかしながら、裁判所の実務で […]
関連
コメント
日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)