Ⅱ 免責許可の要件等

裁判所は、破産者について、法252条1項各号に掲げる事由のいずれにも該当しない場合には、免責許可の決定をする。以下、免責に対する判断例を掲げるが、免責は、誠実な債務者に対する特典という考え方と、債務者の経済的再生のために政策的に与えるという考え方があり、また、個々の事案ごとの相対的な判断とならざるを得ない。

① 債権者を害する目的で、破産財団に属し、又は属すべき財産の隠匿、損壊、債権者に不利益な処分その他の破産財団の価値を不当に減少させる行為をしたこと(法252Ⅰ①)

  ・破産申立て直前に死亡保険金が入金された口座の存在を申立代理人にも秘匿した行為は債権者を害する目的での破産財団に属する財産の隠匿にあたるというべきである(神戸地裁伊丹支部決定平成23年12月21日(判タ1366号246頁))。

② 破産手続の開始を遅延させる目的で、著しく不利益な条件で債務を負担し、又は信用取引により商品を買い入れてこれを著しく不利益な条件で処分したこと(法252Ⅰ②)

・整理屋の言うままに、整理屋に処分する目的で商品をクレジットで購入し、処分して代金の半額を受け取る行為について、問題は、「破産手続の開始を遅延させる目的」があったか否かであるが、この目的の前提として、支払不能状態及び破産手続選択の認識が必要である。そのため、単に目の前の借金の返済に追われて、現金を作るためにした場合は、免責不許可事由に該当しない(法律相談24頁)。

③ 特定の債権者に対する債務について、当該債権者に特別の利益を与える目的又は他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをしたこと(法252Ⅰ③) 

④ 浪費又は賭博その他の射幸行為をしたことによって著しく財産を減少させ、又は過大な債務を負担したこと(法252Ⅰ④)

・証券会社の職員であった破産者が投機性が非常に強い先物・オプション取引を行う行為は、当該取引において損失を生じれば損失が生じることは明らかであり、当該行為は、投機行為によって自己の財産を増加させたり減少させる行為、すなわち免責不許可事由たる射倖行為に該当するというべきである(福岡高決平成8年1月26日(判タ924号281頁))。

・破産者は20歳になったばかりであり美容師として稼働し独身寮に入ってようやく自己の収入により生計を保つ状態であったにもかかわらず、自己の収支を顧みることなく、100万円の和服をクレジットを利用して購入したのを初めとして、やはりクレジットを利用して指輪数点合計約100万円、コート2着合計30万円近く等主に自己の衣服や装飾品を購入し、それがため自己の収入では返済不能な債務を作り、以後自転車操業的な借り増しを続けて現在の債務を負担するに至ったことが認められる。以上によれば、本件は浪費というべきである(盛岡地裁宮古支部平成6年3月24日(判タ855号282頁))。

   ・収入が月額約14万円であるにもかかわらず月に約15万円もの額を賭博に費消し、これが原因で借入れの額を増大させていき、その姿勢は、婚姻をし、子をもうけた以後も続き、平成12年9月まで変わることがなかったのであるから、相手方が過大な債務を負担し、破産するに至った原因は、専らこの賭博によるものであるということができる(東京高決平成13年8月15日(金商1132号39頁)。

・破産者が4台の自動車を買い替えたことは、必要かつ通常の消費を超えたもので、破産者の収入等の財産状態に対し不相応な支出をしたということができ、「浪費」にあたる(福岡高決平成9年8月22日(判時1619号83頁))。

   ・「浪費」とは、破産者の収入、資産に対比して必要かつ通常の程度を超えた不相応な支出をいうものと解される。破産者の自宅購入行為は、その時点では対価として不動産を取得しているのであるから、破産者の財産状態を著しく悪化させたものではないこと、破産者が購入した建売住宅は約50坪の土地と延床面積約29坪の建物であって、一般人から見て贅沢な住居とまではいえないこと、及び、住宅購入当時はいわゆるバブル経済のころで、破産者が住宅ローン等の返済につき安易に考えていたこともある程度無理からぬ点があることを考慮しても、破産者の収入、資産、返済能力等に対比すれば、3500万円という自宅購入代金は極めて多額であり、しかも、代金全額を借入金によって準備して、当初から、収入の半分をその返済に充てるというような返済困難となることが明らかな返済方法を予定していたのであるから、必要かつ通常の程度を超えた不相応な過大な支出であったというほかはなく、「浪費」に当たるといわざるをえない(福岡高決平成9年2月25日(判時1604号76頁))。 

⑤ 破産手続開始の申立てがあった日の一年前の日から破産手続開始の決定があった日までの間に、破産手続開始の原因となる事実があることを知りながら、当該事実がないと信じさせるため、詐術を用いて信用取引により財産を取得したこと(法252Ⅰ⑤)

・「詐術ヲ用ヒ」たとは、破産者が信用取引の相手方に対し自己が支払不能等の破産原因事実のないことを信じさせ、あるいは相手方がそのように誤信しているのを強めるために、資産もしくは収入があることを仮装するなどの積極的な欺罔手段を取った場合もしくはこれと同視すべき場合を指すのであって、破産者が単に支払不能等の破産原因事実があることを黙秘して相手方に進んで告知しなかったことのみでは「詐術ヲ用ヒ」た場合にあたらないものと解するのが相当である(大阪高決平成2年6月11日(判時1370号70頁、金法1281号26頁))。

・破産者は、月収20万7000円(手取りは15万円前後)を得ていたが、当時すでに24社から740万円を借り受け、毎月の返済額が30万円以上となっていたのに「他社借入、3社、100万円、毎月返済額4万5000円」と虚偽の事実を申告して20万円を借り受けたこと、破産者は、まもなく支払い不能と判断して破産の申立てを行いその宣告を受けたこと、破産者はボーナスで支払う予定でいたところ、会社の業績悪化のためボーナスが出なくなったので破産申立てを決意したと述べているが、本件借受時においてすでに支払い不能の状態にあったことが認められ、破産者は、すでに支払い不能の状態となっていることが分かっていながら詐術を用いて金員を借用したものと言うべきである(福岡高決平成5年7月5日(判時1478号140頁))。

⑥ 業務及び財産の状況に関する帳簿、書類その他の物件を隠滅し、偽造し、又は変造したこと(法252Ⅰ⑥) 

・破産者が代表者である会社が商業帳簿を適正に作成していなかったとしても、これは、あくまでも会社の問題である。本件は、個人の破産について免責が求められている事案であり、会社の破産についての責任を理由に個人の破産免責を否定することは、法律上許されないというべきである(東京高決平成2年12月21日(東高時報(民事)()41巻9~12号106頁)。

⑦ 虚偽の債権者名簿を提出したこと(法252Ⅰ⑦)

・特定の債権者が、免責不許可事由に関する資料を調査・収集し、裁判所に提出することをおそれ、当該債権者の債権を意図的に債権者名簿に記載しなかったことは、虚偽の債権者名簿を提出したことにあたる(名古屋高決平成5年1月28日(判時1497号131頁))。

・免責手続に関する債権者名簿の提出は、書面により提出することを要し、口頭により行うことはできないというべきであるから、破産者が免責の審尋の際に口頭で陳述したとしても、それをもって破産法所定の債権者名簿を提出したものとすることはできない。

  また、条文上、債権者名簿に記載すべき破産債権の範囲について、最終的な債権額が確定しているもののみに限定されてはいない(旧法366条の3)。また、保証人が破産宣告を受けたときは、主たる債務者につき破産宣告がされているか否かを問わず、債権者はただちにその債権全額(破産宣告時における現存額)をもって破産手続に参加できることとされているから(旧法25)、免責申立時に破産者が提出すべき債権者名簿には、債権額が確定していない破産債権についても、免責申立時における債権額を記載する必要があるというべきである(東京地判平成11年8月25日(金商1109号55頁))。

・旧法366条の12第5号は、破産者が「知リテ」債権者名簿に記載しなかった請求権を非免責債権とする旨規定しているが、この趣旨は、債権者名簿に記載されなかった債権者は、破産手続の開始を知らなかった場合、免責に対する異議申立ての機会を失うことになるから、債権者名簿に記載されなかった債権を非免責債権とし、このような債権者を保護しようとしたものである。他方、破産免責の制度が、不誠実でない破産者の更生を目的とするものであることからすれば、債権者名簿に記載されなかったことが破産者の責めに帰することのできない事由による場合にまで非免責債権とすることも相当ではない。そうすると、債権者名簿に記載されなかった債権について、債権の成立については了知していた破産者が、債権者名簿作成時に債権の存在を認識しながらこれに記載しなかった場合には免責されないことは当然であるが、債権者名簿作成時には債権の存在を失念したことにより記載しなかった場合、それについて過失の認められるときには免責されない一方、それについて過失の認められないときには免責されると解するのが相当である。

控訴人が連帯保証契約を締結してから破産申立てまでには約1年8か月が経過したにすぎないものの、破産者は主債務者から迷惑を掛けないなどと告げられた上、主債務者の事業が成功している旨聞いていたことから連帯保証契約を締結し、その後、免責決定が確定するまでの間、債権者から保証債務の履行を求められたことや主債務者から何らかの連絡を受けたことがなかったものである。その他、破産者においてあえて債権者名簿に本件保証債務を記載することを躊躇するような事情が全くうかがわれないことに照らせば、破産者は、本件保証債務の存在を認識しながらこれを債権者名簿に記載しなかったものではなく、これを失念したために記載しなかったにすぎないものと認めるのが相当である(東京地判平成15年6月24日金法1698号102頁)。 

⑧ 破産手続において裁判所が行う調査において、説明を拒み、又は虚偽の説明をしたこと(法252Ⅰ⑧) 

・免責制度は、誠実な破産者を更正させる目的のもとに、その障害となる債権者からの責任追及を遮断するために破産者の責任を免除するものであって、誠実な破産者に対する特典として免責を与えるものである。旧法366条ノ9第3号後段の規定は、破産者が、免責審訊期日において、裁判所に対し誠実に真実を陳述すべき義務があるにもかかわらず、その財産状態につき虚偽の陳述をしたときには、破産者が右義務に違背し裁判所に対する背任行為をした不誠実な破産者として右特典を付与しないことを明らかにしたものである。

免責申立の許否は、破産者の経済的更生の可能性、更生意欲の存否・程度等を考慮して決することを要し、破産者の破産に至る経緯は右判断のための重要な資料であり、破産者は裁判所に対し誠実に真実を陳述すべき義務を負っているものというべきである。これに反して破産に至るまでの経緯について故意に虚偽の陳述をし、その内容が悪質なものである場合には、免責審訊期日においてその財産状態につき虚偽の陳述をした場合と同様に、裁判所に対する背任行為として、免責の特典を与えることは相当ではないというべきだからである(東京高決平成7年2月3日(判時1537号127頁、判タ879号274頁))。

・破産者はその従業員らに,返済の意思も能力もなかったと思われるのに,虚言を弄して借金を重ね,それらの返済の責任を負わせたことにもかかわらず、破産者が提出した上申書では,そのような欺罔的な手段で多数の従業員に借り入れをさせた事実には全く触れていないのみならず、免責の審尋期日においては,全くそのような欺罔的な手段を用いたことがない旨述べているが,これらは明らかに事実に反する陳述である。破産に至るまでの経緯は免責の許否を判断する上で重要な事実であり、その事実を秘匿,否認することは極めて悪質な行為といわざるを得ない。

  そうすると,このような裁判所に対する背任行為があった破産者に対し,誠実な破産者に対する特典として与えられる免責を付与するのは相当ではない(東京高決平成13年8月15日(金商1132号39頁)。

⑨ 不正の手段により、破産管財人、保全管理人、破産管財人代理又は保全管理人代理の職務を妨害したこと(法252Ⅰ⑨) 

⑩ 次のイからハまでに掲げる事由のいずれかがある場合において、それぞれイからハまでに定める日から七年以内に免責許可の申立てがあったこと(法252Ⅰ⑩)

イ 免責許可の決定が確定したこと 当該免責許可の決定の確定の日

ロ 民事再生法に規定する給与所得者等再生における再生計画が遂行されたこと 当該再生計画認可の決定の確定の日

ハ 民事再生法に規定するハードシップ免責(民再235Ⅰ、244)に規定する免責の決定が確定したこと 当該免責の決定に係る再生計画認可の決定の確定の日

    ・ロについて、再生計画における弁済期間は3年から5年であるため(民再229Ⅱ②、244条)、再生計画が遂行された時点ではその再生計画認可決定の確定の日から少なくとも3年は経過しており、再生計画の遂行が完了した日から最短でも4年程度の期間となる。

なお、再生計画の遂行が不可能となり再生計画の途中で破産手続に切り替える場合には免責不許可事由とはならない。

⑪ 破産者の説明義務(法40Ⅰ①)、破産者の重要財産開示義務(法41)、免責調査協力義務(法250Ⅱ)、その他破産法に定める義務に違反したこと(法252Ⅰ⑪)

  ・破産申立て直前に死亡保険金が入金された口座の存在を申立代理人にも秘匿し、現金についても、破産管財人に説明することもなく所在不明となっており、破産者が引渡命令を受けてもこれに応じなかった点は破産者の義務違反にあたるというべきである(神戸地裁伊丹支部決定平成23年12月21日(判タ1366号246頁))。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立