Ⅰ 免責許可の申立て

破産法上の免責制度は破産手続によって配当がなされなかった債務について債務者の責任を免除する制度である。わが国の破産法に免責制度が導入されたのは昭和27年のことであるが、アメリカ法がこの改正に大きく影響したといわれている。

免責制度はイギリス法にその母体があると言われているが、イギリス法では、破産者が配当やその後の弁済によって債権額のかなりの部分(5割以上とも言われている)を弁済した場合に免責の申立てを認めている。したがって、イギリス法における免責制度は破産者の誠実な弁済努力に対する特典とも言い得る。

一方、アメリカ法の免責制度は配当の有無やその多寡を問わず、しかも免責の申立てを要せず、破産者の不誠実を示す事情がない限り免責を与えている。すなわち、債務者の更生自体を免責制度の目的としているのであり、イギリス法とはその目的が大きく異なると考えられる。

わが国の免責制度は、申立てを待って免責を与えるという意味ではイギリス法に近いが、原則として配当の有無を問わない点ではアメリカ法に近い。もっとも、わが国の免責制度がアメリカ法の影響の下に導入されたことを鑑みれば、その根源は必然的にアメリカ法に求められるし、法律構成上も免責不許可事由は限定列挙にとどめ、原則的に免責を許可することになっているから、債務者の更生自体を目的として導入されたものと考えられる。

ところが、実務上ではアメリカ法的な更生を目的とする考え方とイギリス法的な特典主義的な考え方とが併存しており、むしろ最高裁昭和36年12月13日決定(民集15巻11号2803頁)が「破産法における破産者の免責は、誠実な破産者に対する特典として(中略)他面上述のように破産者を更生させ、人間に値する生活を営む権利を保障することも必要である」と述べているなど、特典主義的な立場を強調する向きもある。これに対し、免責制度を、「破産者の更生を容易にし、人間たるに値する生活を営む権利を保障するにあり、政策的には、債務者に免責の途をひらくことにより、債務者がいたずらに借入れを継続して負債を雪だるま式に増大させ、自らの生活の破綻を決定的にするとともに債権者らの損害を巨額のものたらしめることを防止することを目的とするものと解」し、「自然人も破産によって全財産関係を清算する以上、従前の債務を消滅させ、財産主体性の更新を図ることが許されて然るべきであるが、自然人は法人と異なり人格的道徳的側面を有するから、その側面における不誠実性が顕著で、これを財産主体的側面から払拭し得ないような場合は除外されるべきである」(大阪高決平成元年8月2日(判タ714号249頁、金法1239号30頁))と考えることにより、免責不許可を例外的な扱いとする考え方も示されているのである。

免責制度が導入されて半世紀以上が過ぎ、導入当初と現在とでは、消費者信用の発達など免責制度を取り巻く環境は大きく変化している中で、免責制度を特典と考えるのか、原則的に免責を許可するのかという議論の対立は無意味なものと考える。

すなわち、現在では免責制度は消費者が多重債務から解放される唯一の法的手段として定着しているし、多重債務による犯罪防止、家族への影響など、社会政策的見地からも更生手段として是認されるべきである。さらに、消費者信用業界と経済知識を欠如した低所得者層を中心とした消費者が免責を受けようとする局面の対比においては、消費者側にのみ誠実性を強いるのは酷というべきである。

このような観点から免責制度のあり方を考えた場合、免責不許可事由は債権者から具体的な異議が出された段階で初めて審査されれば足りるし、免責不許可事由の立証も異議申出人が負担すべきである。現在の実務では、免責を不許可とするにつき裁判官に裁量が与えられているため、この裁量の幅が裁判官によって大きく異なってしまっている。

このような免責制度は、個人の破産者が債務から解放されて経済的再生をすることを可能とするものである。破産者が法人の場合には、法人は破産手続開始の決定により解散し(会社471⑤等)、破産手続の終結等によって法人格が消滅すると解されているので免責制度を適用する意味に欠ける。したがって、免責手続は個人の債務者だけに設けられている。

免責制度が憲法29条の保障する財産権を侵害するかという点については、「一般破産債権につき破産者の責任を免除することは、債権者に対して不利益な処遇であることは明らかであるが、他面上述のように破産者を更生させ、人間に値する生活を営む権利を保障することも必要であり、さらに、もし免責を認めないとすれば、債務者は概して資産状態の悪化を隠し、最悪の事態にまで持ちこむ結果となつて、却つて債権者を害する場合が少くないから、免責は債権者にとつても最悪の事態をさけるゆえんである。これらの点から見て、免責の規定は、公共の福祉のため憲法上許された必要かつ合理的な財産権の制限であると解するを相当とする。されば右免責規定は憲法二九条各項に違反するものではない」としている(最決昭和36年12月13日(民集15巻11号2803頁))。

また、免責の申立てに対する異議の申立てがあった場合に破産裁判所は異議申立人の意見を聴くことを要するのみであって債権者の証言等による立証の機会がないことは裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反するとの論点に対しては、「免責の裁判は、当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする純然たる訴訟事件についての裁判ではなく、その性質は本質的に非訟事件についての裁判であるから、右免責の裁判が公開の法廷における対審を経ないでされるからといつて、破産法の右規定が憲法三二条に違反するものでない」としている(最高裁平成3年2月21日(金法1285号21頁、金商866号26頁))。

なお、免責許可の申立てがなされた事件のうち、約98%が免責許可決定を受け、免責不許可決定は0.2%以下とされている(到達点と課題11頁)。

個人である債務者は、破産手続開始の申立てがあった日から破産手続開始の決定が確定した日以後1月を経過する日までの間に、破産裁判所に対し、免責許可の申立てをすることができるが(法248Ⅰ)、債務者の責めに帰することができない事由により上記の期間内に免責許可の申立てをすることができなかった場合には、その事由が消滅した後一月以内に限り、当該申立てをすることができる(法248Ⅱ)。

免責許可の申立てをするには、規則74条で定める事項を記載した債権者名簿を提出しなければならないが、当該申立てと同時に債権者名簿を提出することができないときは、当該申立ての後遅滞なくこれを提出すれば足りる(法248Ⅲ)。

債務者が破産手続開始の申立てをした場合には、当該申立てと同時に免責許可の申立てをしたものとみなされ(法248Ⅳ前段)、破産手続開始の申立ての際に提出された債権者一覧表(法20Ⅱ)が免責許可の申立てと同時に提出される債権者名簿とみなされる(法248Ⅴ)。

なお、債務者が破産手続開始の申立てをした場合であっても、免責許可の申立てをしない旨の意思を表示しているときは、みなし申立ての効果は生じない(法248Ⅳ後段)。

 免責許可の申立てがあり、かつ、同時破産廃止(法261Ⅰ)の決定、異時破産廃止(法217Ⅰ)の決定の確定又は破産手続終結の決定(法220Ⅰ)があったときは、免責許可の申立てについての裁判が確定するまでの間は、破産者の財産に対する破産債権に基づく強制執行、仮差押え若しくは仮処分若しくは破産債権を被担保債権とする一般の先取特権の実行、破産者の財産に対する破産債権に基づく国税滞納処分等はすることができず、破産債権に基づくこれらの手続で破産者の財産に対して既にされているもの及び破産者について既にされている破産債権に基づく財産開示手続は中止される(法249Ⅰ)。

同時破産廃止(法261Ⅰ)の決定により個別執行が可能となり(法261Ⅴ参照)、異時破産廃止(法217Ⅰ)はその確定によって破産手続終了の効果が生じ(法217Ⅷ参照)、破産手続終結の決定(法220Ⅰ)は即時抗告できる旨の規定が存在しないために即時に確定するため、免責許可の申立てがあったときにはその裁判が確定するまでの間、個別執行を禁止又は中止させる趣旨である。

そして、免責許可の決定が確定したときは、中止した破産債権に基づく強制執行等の手続及び破産債権に基づく財産開示手続はその効力を失う(法249Ⅱ)。

裁判所は、破産管財人に、免責不許可事由の有無又は裁量による免責許可の決定をするかどうかの判断に当たって考慮すべき事情についての調査をさせ、その結果を書面で報告させることができる(法250Ⅰ)。また、裁判所は、免責許可の申立てをした者に対し、必要な資料の提出を求めることができる(規則75Ⅰ)。破産者は、裁判所又は破産管財人が行う調査に協力しなければならない(法250Ⅱ)。

一方、裁判所は、免責許可の申立てがあったときは、破産手続開始の決定があった時以後、破産者につき免責許可の決定をすることの当否について、破産管財人及び破産債権者(非免責債権者を除く)が裁判所に対し意見を述べることができる1月以上の期間を決定し(法251Ⅰ、Ⅲ)、その期間を公告し、かつ、破産管財人及び知れている破産債権者にその期間を通知しなければならない(法251Ⅱ)。

破産管財人、破産債権者がする意見の申述は、期日においてする場合を除き、書面でしなければならず(規則76Ⅰ)、免責不許可事由に該当する具体的な事実を明らかにしてしなければならない(規則76Ⅱ)。

裁判所は、免責許可の決定をしたときは、直ちに、その裁判書を破産者及び破産管財人に、その決定の主文を記載した書面を破産債権者に、それぞれ送達しなければならない(法252Ⅲ)。裁判所は、免責不許可の決定をしたときは、直ちに、その裁判書を破産者に送達しなければならない(法252Ⅳ)。免責許可の決定は、確定しなければその効力を生じない(法252Ⅶ)。

免責許可の申立てについての裁判に対しては、即時抗告をすることができ(法252Ⅴ)、即時抗告についての裁判があった場合には、その裁判書を当事者に送達しなければならない(法252Ⅵ)。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立