1 遺産分割協議

 遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであり、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができる。したがって、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当であるとされている(最判平成11年6月11日(民集53巻5号898頁、判時1682号54頁、判タ1008号117頁))。

 過去に開始した相続に関し、破産者が相続人として遺産分割協議に参加し、法定相続分を下回る協議結果となった場合、破産者が破産債権者を害することを知って当該協議を行った場合は法160条1項1号の詐害行為否認の対象となる。受益者が否認を免れようとする場合には、その行為の当時受益者が破産債権者を害することを知らなかったことの立証責任を負うと解されている(最判昭和37年12月6日(民集16巻12号2313頁))。

 遺産分割協議が行われた当時、未だ信用状態が悪化していなかったために破産者が破産債権者を害することを認識する状況ではなかったが、遺産分割協議にもとづく相続登記がなされていない場合、登記をしなければ分割後に権利を取得した第三者に対し対抗できない(最判昭和46年1月26日(民集25巻1号90頁))ことを鑑みれば、対抗要件を具備しない不動産の物権変動はこれをもって破産財団にその効力を及ぼしえないと考えられる(前掲最判昭和45年8月20日参照)。

しかしながら、被相続人「の生前は不動産関係に関して父が一切を管理している状態にあり、申立人や妹はもとより母に至るまで、3名の相続人誰もが不動産取引や登記の知識をまったくと言っていいほど持ち合わせておらず、父の死亡に伴う登記簿の名義変更が必要であることなどまったく知らない状態であった。死亡後間もなく、市役所の納税担当者から「固定資産税の納税義務者を変更する必要がある」旨、及び「誰を納税義務者にするかを相続人全員で決めて欲しい」旨の指導を受けた母は、当時33歳になっていた申立人・妹の合意の下で自身を納税義務者とする旨の通知を市役所に対し行なったものであるが、3名ともこれで不動産に関する手続きはすべて完了し母の名義になったものと思い込んでおり、別に法務局に名義変更の登記申請をする必要があることなど思いもかけず、そのまま15年の月日が経過し、破産申立に至ることになった」という事例で、裁判所からも、登記手続がなされていないだけであるとの評価を受けた事例が報告されている(http://h-sougou.com/13hasan.html)。

この事例では、破産申立時に上記の経過が裁判所に報告されていたため、破産財団との対抗関係を持ち出さずに実体上の判断がなされたものと考えられる。

なお、この事例において、遺産分割協議にもとづく登記を支払停止等の後に行った場合には、法164条の対抗要件否認の対象となる可能性がある。

 

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立