Ⅳ 相殺権

1 相殺権

 破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産手続によらないで、相殺をすることができる(法67Ⅰ)。これに加え、法は民法の一般原則を緩和している。

まず、破産債権者の有する債権が破産手続開始の時において期限付の場合には、期限が破産手続開始後に到来すべきものであるときは破産手続開始の時において弁済期が到来したものとみなされるため(法103Ⅲ)、期限付債権を自働債権として相殺することができる(法67Ⅱ前段)。

ただし、相殺することができる金額は、法99条1項2号乃至4号により計算される劣後的破産債権の額を除いて現在化された金額である。また、法103条2項1号に掲げる非金銭債権等も破産手続開始時の評価額により金銭化して相殺することが可能である(法67Ⅱ前段)。

一方、破産債権者の負担する債務が期限付の場合は期限の利益を放棄して相殺することができ、また、条件付又は将来の請求権に関するものであるときも、条件不成就又は将来の請求権が発生しないかもしれないという利益を放棄して相殺することができる(法67Ⅱ後段)。

請負契約における注文主の解除違約金条項に基づく違約金請求権が停止条件付き債権であるとしたものがある(東京高判平成13年1月30日(月報48巻6号1439頁))。この事例では、破産した建築会社に対する工事の注文主が、請負契約の解除違約金条項に基づいて破産会社の履行部分の請負代金請求権を受働債権として相殺を主張したケースにおいて、本件解除違約金条項は、本件請負契約が締結された時に成立ないし存在し、破産会社の債務不履行及びこれに基づく注文主の契約の解除という事実にその効力の発生をかからせたものであるから、本件請負契約締結時に成立した停止条件付債権であると認定している。

 相殺権の行使は、実体法上相殺適状にあれば破産手続開始前にすることができ、破産手続開始後においても破産手続の進行中はいつでもすることができると解釈されている。旧法の事例であるが、破産者に対する債務がその破産宣告の時において期限付又は停止条件付である場合において、特段の事情のない限り、期限の利益又は停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく、破産宣告後に期限が到来し又は停止条件が成就したときにも、破産債権者は、その債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働債権として相殺をすることができるとしたものがある(最判平成17年1月17日(民集59巻1号1頁、判時1888号86頁、判タ1174号222頁))。

 法67条2項後段により破産債権者の受働債権が条件付又は将来の請求権に関するものであるときも相殺が可能となるが、法71条及び72条により危機時以降に負担することとなった債務を受働債権として相殺することが禁止されていることとの関係について問題となることがある。

 東京地判平成15年5月26日(金商1181号52頁)の例は、破産管財人が、信用金庫の出資持分の払戻を求めたのに対し、信用金庫が貸付金の残元金との相殺を主張して争った事案であるが、「信用金庫の会員の持分は、(1)会員たる資格において信用金庫に対して有する権利義務の総称、又はこれらの権利義務発生の基礎たる法律関係、すなわち、剰余金配当請求権(信用金庫法57条)等の自益権と、議決権(同法12条1項)、役員の解任請求権(同法38条1項)、臨時総会招集請求権(同法43条2項)等の共益権とを包含する、いわば会員権ともいうべきものと、(2)信用金庫が解散した場合又は会員が脱退した場合に会員がその資格において信用金庫に対し請求し、又は信用金庫が支払うべき観念上又は計算上の数額、という二つの要素を併せ持つものである。そして、上記(2)の中には、停止条件付きの債権としての持分払戻請求権や持分譲渡代金請求権が内在していると解すべきである」とし、「脱退した事業年度の終わりまでは、その具体的な数額が定まらず、行使することのできない権利である。この意味で、持分払戻請求権は、法定脱退後、脱退した事業年度の終わりにおいて、信用金庫の正味財産の存在を条件として、具体的に発生する」ものであり、本件破産宣告当時においては、依然として停止条件付き債権であったために有効に相殺することができるとしている。

 なお、破産債権者による相殺が権利濫用として争われた事例がある。これは、銀行が、取引先に要請して「協力預金」として預入れを受けた定期預金につき、その要請に係る目的達成後、解約を理由とする返還を拒絶したうえ当該定期預金債権を受働債権とし、その協力要請前に有していた貸付債権を自働債権として行った相殺について、一般に、金融機関とその取引先が相互に債権債務を有している場合において、金融機関が取引先に対して有する債権が協力預金であること、実際に金融機関が担保のための相殺の期待を有していなかったこと、金融機関が他に十分な担保を有していたことがそれぞれ認められるとしても、それらの事情をもって、直ちに、当該金融機関の当該取引先に対する貸付債権の担保とする期待が法的保護に値しないとか、相殺権の行使が権利の濫用に当たるとはいえないとして相殺を有効としている(大阪高判平成17年9月14日(金商1235号44頁))。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

 

 

2 相殺に供することができる破産債権の額等

破産債権者が法67条の規定により相殺をする場合の破産債権の額は、金銭化が必要な破産債権については法103条2項の評価により金銭化された金額に限り相殺することができる。

破産債権者の有する債権が無利息債権又は定期金債権であるときは、破産債権者が自働債権とすることができるのは法99条1項2号乃至4号で計算される劣後的破産債権の金額を除いた部分に限られる。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立