Ⅳ 破産手続開始の原因

1 支払不能

債務者が支払不能にあるときは、裁判所は、申立てにより、決定で、破産手続を開始する(法15条1項)。ここで「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(法2条11項)。債務者が支払不能にあることは債務者一般の破産手続開始の原因であるとされており、債務者が個人であると法人であるとを問わないと解されている。

ここで「弁済期にあるものにつき」とは現実に弁済期の到来した債務について判断されるのであり、弁済期の到来していない債務の支払いが確実に不可能であることが予想されても、弁済期の到来している債務を弁済している場合には支払不能ということはできない(東京地判平成19年3月29日(金法1918号40頁))。

債務者の弁済力の有無は財産、信用および労務の三者を総合的に判断する必要があるとされ(東京高決昭和33年7月5日(金法182号3頁)、東京高決昭和34年5月16日(下民集10巻5号1008頁))、しかも、一時的な延滞ではなく、債務を全般的に弁済できない状態が継続的である状態を指す(福岡高決昭和52年10月12日(判時880号20頁、判タ362号336頁等))。

また、財産があっても換価困難な場合には支払能力は認められないとした判例がある(名古屋高決平成7年9月6日(判タ905号242頁))。

したがって、債務を満足しうる財産がなくとも信用や労務によって支払いが確保できる場合は支払不能とはいえず、逆に財産があっても換価が困難であり、信用や労務によって弁済をすることが不能のときは支払不能と認定しうる。

なお、債権者が多数であるか否かは破産手続開始の要件ではない(大阪高決昭和35年5月19日下民集11巻5号1125頁)。

 このように、支払不能であるか否かに負債の一定額等の基準があるわけではなく、債務者の収入、負債額、生活実態、事業状況等によって個々に判断することになる。

 個人債務者の場合、債務者が弁済に足りるだけの収入や財産を有するか否かは、利息制限法に基づく引直計算による債務残高を分割弁済することができるか否かが一つの目安となる。それは、任意整理や特定調停で行われる債務整理が、利息制限法に基づく引直計算による債務残高について以後の利息を免除して3年以内で分割支払いすることを目処として運用されているからである。

なお、債務者は多くの場合、実際には不可能な金額であっても今後は返済の努力をしたいと望むことが多いし、それまでの支払金額に比較すれば計算上の返済予定額を少額なものであるとすら感じるようである。しかし、債務者の現実は、現在の収入で生活費を支出すると可処分所得はなく、また、非正規雇用であるなど収入保障のない場合も多い。そのため、支払不能の判断は、債務者の生活実態を十分考慮してなすべきである。

このように、どのような場合が支払不能といえるかは、具体的な事例に応じて判断されることになるが、判断要素としては、弁済期にある債務がどのくらい存在するかと、その弁済できない状況が一般的かつ継続的なものであるかという点に着目することになる。

旧法の事案ではあるが、福岡高決平成14年7月18日(月報49巻4号1143頁)は、「破産宣告の要件として破産法126条1項が定める支払い不能の状態とは,債務者が即時に弁済すべき債務を弁済能力に欠けるため弁済することができない状態をいうものであり,法的には弁済期の到来した多額の債務を負担していたとしても,債権者が債務者の弁済能力を考慮して支払い可能な限度で支払えばよいとの意向を示し,債権者と債務者との間の交渉によりなお支払方法につき解決の余地が残されていると解される場合には,債務者は未だ法定の破産手続開始原因である支払不能の状態にあるとはいえないものと解するのが相当である」と判示している。

また、福岡高決平成9年4月22日(判タ956号291頁)も、債務者が銀行に対する期限の利益を喪失しながらも、銀行から事実上の弁済期の猶予を得たうえ、同銀行に対し、毎月弁済をして、これを元本に充当してもらうことにより元本額を逐次減少させつつあり、その他の債権者らに対しても適宜支払を続けていることなどから、債務者が支払不能又は支払停止の状態にあると認めることはできないとしている。

同様に、「債権者が履行期の到来を理由に支払を請求している場合であっても,債務者の資力に応じた分割弁済の方法を提案しており,交渉によって和解による解決の可能性があるようなときは,債務者は,即時に弁済すべき債務を弁済することができない場合には当たらないから,破産手続開始原因としての支払不能とはいえない」としている(東京高決平成16年4月7日(月報51巻1号1頁))。この事例は、唯一の債権者が,債務者の生活状況等を配慮した即決和解の提案をしており、交渉によって債権者と債務者との間において和解が成立する可能性があるものと認められる状況であったため、支払不能とは認定されなかった事例である。

債務者が法人である場合に手形の不渡りと支払不能との関係がいかなるものであるかについては、前掲名古屋高決平成7年9月6日は、「債務者は、破産宣告を受けるまで一回も手形等の不渡りを出したことがなかったとしても、現時点において、支払不能すなわち弁済手段の融通がつかないため一般的継続的に弁済期にある債務を順調に弁済できない状態にあるものと推認せざるを得」ないとして、不渡りを出しているか否かは必ずしも支払不能の判断に直結するものではないとしている。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立