(7)退職金請求権・慰謝料請求権

 退職金請求権は、未現実ではあるが破産財団を構成する財産である(福岡高決昭和37年10月31日(金法324号6頁))。これは、破産財団を構成する財産は破産手続開始決定時に現実に存在している必要はなく、発生原因が破産手続開始決定前に存在すればよいからである。

破産財団を構成するのは退職金請求権のうち破産手続開始決定時までの部分である。なお、勤務先に退職金規定はないが退職者には何らかの金員を贈呈する慣行の会社もあるが、この場合、破産手続にあっては、労働者は勤務先に対する法的請求権を有しないと考えることができる。

 ところで、通常の雇用契約にあった労働者の破産は労働契約に影響を及ぼさないから、破産者は退職する必要はない。しかし、退職金請求権は破産財団に属する。問題は破産財団に組み入れられる範囲であり、差押禁止範囲の問題と対比した場合、民事執行法では手取額の4分の1だけが強制執行できるのであるから、破産財団を構成するのもこれと同範囲のものに限られるべきである(前掲決定参照)。現実には、退職金請求権はあくまでも未現実の債権であり、将来、倒産などで実際に支給されるとは限らないから8分の1を破産財団に組み入れる取扱いが多いものと考えられる。

 したがって、実際の対応としては、退職金請求権の額等により破産管財人が選任される場合には、自由財産の拡張を行って退職金請求権を自由財産扱いとすることが多い。

 次に、破産手続開始決定前に発生した交通事故などによる慰謝料請求権が破産財団に組み入れられるか否か、である。

 慰謝料請求権の行使は一身専属的権利とされているが(最判昭和58年10月6日(判時1099号51頁))、一般に一身専属権は差押えが禁止されると解釈されている。

 法34条3項2号は、将来の請求権を含め、差押禁止財産は破産財団に組入れられないことを定めている。しかし、慰謝料請求権が一身専属権とはいえ、慰謝料請求権行使の結果金銭債権と化した債権も同様に考えて構わないのか疑問が残る。その点につき前記最高裁判例は、慰謝料請求権は一身専属性を有するが、合意や債務名義が成立した場合、すなわち具体的な金銭債権と化した場合には一身専属性を失うものとしている。

 したがって、理論的には、破産手続開始決定時までに慰謝料請求権を行使して加害者との間で合意が成立しているのであれば、慰謝料請求権は一身専属性を失なっているから破産財団に組み入れられ、合意が成立していなければ一身専属性が保持されて破産財団には組入れられないものとなる。

 しかし、破産手続開始決定と合意の前後により破産財団組み入れの要否が異なることに疑問なしとはしえないところである。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立