法人の相談
法人は、支払不能・支払停止に加え債務超過が破産手続開始原因であり(法16。ただし合名会社、合資会社を除く)、個人債務者の相談とは様相を異にする。法人の状況を把握するためにはとりあえず次のような資料を見ながら相談に応ずるのが望ましいが、法人の相談は数日後に手形決済や取引先への支払いを控えているなどの逼迫した状態で行われることも多いため、資料が揃わない場合には経理担当者の同席を要請することも必要である。
① 会社及び関連会社の登記事項証明書
② 会社及び社長個人所有不動産の登記事項証明書
③ 決算書2期分程度
④ 売掛金の入金予定日と入金額(手形を含む)
⑤ 会社の債権者一覧(債権者の氏名と金額・保証人の有無について、金融機関、仕入先、リース、賃料、労働債権、租税、その他の債権者について記載したもの(とりあえずメモでよい))
⑥ 社長個人の債権者一覧(債権者の氏名と金額・保証人の有無について、金融機関、貸金業者、クレジット会社、友人・知人等について記載したもの(とりあえずメモでよい))
これらの資料を参考にしながら破産手続開始原因の存在を確認するとともに、破産申立の要否を検討することになるが、そのためには、次のような聴取を行う必要がある。
① 事業内容
主な事業内容を確認し、固定した取引先の有無、季節的変動の有無、業界の景気動向等を確認する。また、事業規模、従業員の人数、数ヶ月程度の収支予測を確認する。
② 資産状況
法人の有する資産の時価評価額を把握する。そのためには、直近に作成された貸借対照表の資産の部に記載された各科目にしたがって現在の価値を求める。なお、貸借対照表に記載された金額は取得価額(簿価)であるので、決算申告書に附属された各勘定科目明細書にしたがって個々の資産の現在価値を検討するとよいであろう。
なお、司法書士事務所に破産の相談に訪れる法人は一般的に小規模であり、次のような基準で資産を時価評価すると、主な資産は預貯金と売掛金程度ということが圧倒的に多く、在庫商品、原材料、機械器具に資産価値が認められるケースは少ない。
a 現金
現在の現金の額を把握する。
b 預金
当座預金、普通預金、定期預金等の預金額を確認する。ただし、借入銀行に対する預金は相殺対象となる可能性が高いので相殺後の残高を予想する。
c 受取手形
回収可能な手形金額を確認するとともに、決済時期(回収時期)を確認する。また、手形決済の方法によらずに早急に回収又は現金化できる可能性を確認する。
d 売掛金
回収可能な売掛金額を確認するとともに、支払時期(回収時期)を確認する。また、借入銀行にある預金口座に振り込む方法により支払いを受ける予定である場合には、相殺を避けるために別の方法(例:現金払い)で回収できる可能性を確認する。なお、回収困難な売掛金(いわゆる不良債権)はとりあえず現在価値に含めない。
e 貸倒引当金
実在する資産ではないので考慮しない。
f 有価証券
上場株式、登録銘柄、店頭管理銘柄などの取引相場のある有価証明については時価を算出する。取引相場のない有価証券については相談の段階で時価を算出するのは不可能であるので、とりあえず簿価で考えておくしかないであろう。
g 商品、製品、半製品
容易に換価可能な実在する商品等の時価を算出する。ただし、仕入業者に返品予定の商品等は考慮しない、また、陳腐化した商品等も考慮しない。
h 原材料、仕掛品、貯蔵品
容易に換価可能な実在する原材料等の時価を算出する。ただし、仕入業者に返品予定の原材料等は考慮しない、また、陳腐化した原材料等も考慮しない。
i 前渡金、立替金、仮払金、未収入金
回収可能な前渡金等を確認するとともに、支払時期(回収時期)を確認する。当該法人の代表取締役や同時に破産申立が予定される役員に対する前渡金等は回収不能として現在価値に含めない。
j 前払費用
回収可能な前払費用等を確認するとともに、支払時期(回収時期)を確認する。当該法人の代表取締役や同時に破産申立が予定される役員に対する前払費用は回収不能として現在価値に含めない。
k 短期貸付金、長期貸付金
回収可能な貸付金を確認するとともに、支払時期(回収時期)を確認する。当該法人の代表取締役や同時に破産申立が予定される役員に対する貸付金は回収不能として現在価値に含めない。
l 建物、付属設備、構築物
時価として処分価格を算出する。なお、賃借物件の内装工事や設備工事が計上されていることがあるが、その場合には換価不能であるから現在価値に含めない。
m 機械装置、工具器具備品
時価として処分価格を算出する。相当期間が経過している物件、陳腐化した物件は現在価値に含めない。リース物件も現在価値に含めない。
n 車両運搬具
時価として処分価格を算出する。登録後5年以上経過している車両は現在価値に含めない。リース物件、所有権留保物件も現在価値に含めない。
o 土地、借地権
流通可能額を時価として算出する。相談の段階では不動産業者に査定を依頼する時間がないため、おおよその見当をつけるしかないであろう。借地権の時価は地域によって算出方法や相場が相当異なるため、不動産業者に意見を求めることも必要である。
p 電話加入権
現在ではほとんど価値はないと考えてよい。
q 施設利用権、営業権
当該権利の具体的な内容を確認して時価を検討する。事業自体を取得した際に営業権として資産計上してあったとしても、現在は利益を生み出していない事業であれば現在価値に含める必要はなかろう。
r 工業所有権、ソフトウエア
容易に換価可能な工業所有権の時価を算出する。ソフトウエアが資産計上されていたとしても陳腐化が早い資産であるので現在価値に含める必要はなかろう。
s 出資金、関係会社株式
換価可能な出資金等の時価を計上する。信用金庫、農協等に対する出資金は額面金額でよいだろう。なお、信用金庫の会員が破産手続開始決定を受けたときは法定脱退となるため(信用金庫法17Ⅰ③)、定款の定めるところにより、その持分の全部又は一部の払戻を請求することができる(同法18Ⅰ)。
t 敷金、保証金
実際に回収可能な金額を時価として算出する。
u 繰延資産
実在する資産ではないので考慮しない。
③ 負債状況
直近に作成された貸借対照表の負債の部に記載された各科目及び決算書附属の借入金明細書等にしたがって債権者の名称とその債務額を確認する。金融機関、貸金業者のみならず、取引先への未払金、労働債権、リース料(負債額は今後支払うべきリース料全額)、租税公課、役員等からの借入金等を確認する。さらに、会社の帳簿には記載されていない債務の有無を確認する。
④ 支払能力
当面の売掛金等の収入と仕入先への支払い、給料の支払い、金融機関への返済等の支出を日付順に書き出した資金繰表を作成し、どこで資金が不足することになるのかシミュレーションする。もっとも、資金繰りが困難であるからこそ相談に来ていることがほとんどであるから、むしろ、資金繰りを考えつつも、現実的には破産予納金や労働債権をどのタイミングで確保するかということに着目することが多い。
⑤ 関連当事者
金融機関からの借り入れについては、経営者やその親族が連帯保証人となっていることが多いため、法人の破産と同時に個人破産や民事再生を検討する必要がある。また、複数の法人を経営している場合には他の法人の法的整理も検討する必要がある。
3 不利益事項の説明
債務整理事件の依頼を受けるにあたっては、依頼者に対し、不利益が発生する可能性がある事項を説明するものとされている(債務整理指針第9)。
株式会社は破産手続開始決定により解散し(会471⑤)、破産手続終結決定、同時破産手続廃止決定又は異時破産手続廃止決定により破産した法人の清算が終了し、原則として法人格が消滅する。有限会社も株式会社と同様であり(会整備2)、会社は消滅の途を辿る。
一方、個人については破産手続開始決定によって権利や資格等について一定の制限を受けることがある。このことから、個人が破産手続開始決定を受けた場合の不利益事項について誤った認識をしている相談者も多い。さらに、「破産宣告」という用語は破産法改正によって廃止されたものの、破産に対する一般的なイメージはネガティブなものであり、誤解や悪い印象が破産申立を躊躇する大きな要因になることがある。破産手続は経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とするものであるから、相談者には正確な説明をして無用な不安を取り除くことが必要である。
「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より