第2章 相談と破産申立の準備

 

Ⅰ 相談の受付

 1 相談に臨む姿勢

個人破産は債務者を経済的に更生させるための手続きと位置づけるべきである。「債務者の経済的更生」という概念には、①「債務からの解放」、②「生活再建」、③「再度の破綻防止」という段階的な考え方を含むが、法律実務家として最も注力すべきは「債務からの解放」であると解する。

 蓋し、多重債務に苦しむ債務者の圧倒的多数が置かれている状況は、貧困や情に乏しい劣悪な生活環境であり、困難な状況を自ら打破することのできない法的無知、ならびに社会福祉の貧困及び法的支援の欠如であると言える。しかも、再度の破綻が生じるとすれば、その多くは事故・疾病、リストラ、その他外的な要因によるものが大多数であり、債務者自身が教育を受けたとしても改善されたり除去できるものではない。このような実態を直視すれば、個人の破産に携わる以上、実務家は「債務からの解放」をまず実現し、その上で生活再建等のステップに入るべきである。

 また、特に個人(消費者)の多重債務相談の場合には、相談の段階では、相談者の記憶が曖昧な場合も多いことに加え、古くから貸金業者と取引している場合には平成22年6月18日改正によって廃止されたみなし弁済規定(旧貸金業法43条)に基づいた負債額しか把握できず、利息制限法による引直計算を行わなければ正確な負債額が判明しないという要因も相俟って、適切な法手続を提示することができない場合もある。したがって、任意整理、破産、民事再生等のいずれの手続が適切であるのかが不明な場合には、とりあえず司法書士法3条1項7号所定の相談として受け付けることも可能であると考えられる。

一方、多重債務や事業倒産の危機に陥った相談者は、多くの場合、精神的に追いつめられており、社会からの孤立感に苛まれ、夜逃げや自殺などを考えた末に一縷の望みをもって相談に訪れる場合も多い。そのため相談者には適切な法手続をとれば債務問題は必ず解決することができることを十分に説明し、手続を具体的にシミュレーションして無用な不安を払拭し、将来への希望をもってもらうことが重要である。

平成21年12月16日付で日本司法書士会連合会が理事会決定した「債務整理事件の処理に関する指針」(以下、「債務整理指針」という。)においても、「債務整理事件の処理にあたっては、依頼者の生活再建を目指すことを常に念頭に置き、必要に応じて行政サービス等を受ける機会を確保するなど、依頼者の生活再建のための方策を講じるものとする」とされているところである(債務整理指針第3)。

 一方、法人の破産は、法人自体は破産手続開始決定により当然に解散し、破産廃止・破産手続の終結により法人格が消滅するため、「債務からの解放」の意義は薄れ、債権者全体の満足の最大化、債権者間の公平性・公正性の確保、労働者の生活保障の措置等を重視すべきであり、社会政策的見地からも破綻企業の法的処理を早期に破産管財人に委ねるのが債権者及び債務者双方にとって有益であると考えられる。

 法人の破産申立ては個人破産に比べ、債権者や債務者の数が多く、法人所有の財産も多数あり、しかも、手形が不渡となれば強硬な債権者が押し掛けてくるのは目に見えているため、不渡期日に照準を合わせて申立書を準備する必要がある。しかも、個人破産と大きく異なるのは法人破産申立は破産管財人が行う清算業務のお膳立てという意味合いが強くなるため、情義的な面は大きく後退し、計数の整合性が問われることとなる。つまり、法人破産は個人破産とは似て非なる手続きであると言ってよい。

 ところで、司法書士が行う破産申立書類の作成業務は、司法書士法3条1項4号の定める「裁判所に提出する書類の作成」()として行うものであり、当該破産申立書類の作成に係る相談を受けることは同法同項5号に定める業務である。

 同号の解釈によれば、破産申立書類の作成に係る相談とは破産申立書類の作成に関する手続的な相談ということになろうが、そのような問題の解決を求めて司法書士事務所を訪れる相談者は少なく、手形が不渡りになる、支払いが困難である、債権者の取立が厳しい、負債が多額であり事業の継続が難しいなどいった実体上の法律問題・経営問題の解決を求めて相談に訪れることが多い。そこで、そのような実体上の問題の解決を求めてなされる相談に司法書士法3条1項5号所定の業務として司法書士が対応することができるかということが問題となるが、結論として、法律常識的な判断(およそ法律実務家であれば通常なすであろう判断)にもとづいて法的な整序を中心に相談に応ずることは可能であると考えられるし、むしろ司法書士としての責務であるとも考えられる。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立