Ⅴ 債権者全体の満足の最大化

債務者と法律実務家の責務のひとつは、債権者全体の満足を最大化することである。司法書士が多く受任する同時廃止を予定した個人破産の場合はあまり意識することはないかもしれないが、個人破産でも破産管財人の選任が見込まれる場合や法人破産の場合には債権者全体の満足の最大化を意識する必要がある。

申立代理人には、受任後破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することがないよう 措置を講ずる法的義務があるが(前掲東京地判平成21年2月13日) 、これは、破産申立書類の作成を受任した司法書士にも同様のことが言えるし、管財事件となることが見込まれる場合にはその要請は顕著である。これは、単に金銭の費消を防止することだけではなく、たとえば、在庫商品等の資産の内容によっては、時間の経過により著しい資産価値の劣化が生じたり、また売掛金等の換価業務を困難にさせるものがあるので相応の措置を執る必要がある(マニュアル173頁)。

しかしながら、債権者全体の満足の最大化と、一方では迅速性の要請があり、さらに言えば、十分な準備・調査をも意識する必要がある。

たとえば、貸金業者に対し過払金返還請求権がある場合であっても、過払金請求訴訟にはある程度の期間を要することは否定できず、時間経過による財産散逸を防ぐべく迅速な破産手続開始の申立てを行うべきとの要請と対立することとなる。特に管財事件となることが見込まれる場合はなおさらである。そこで、仮にかかる財産散逸防止等の必要性があるなど、破産管財人の管理に速やかに委ねたほうがよい事情があれば、取引履歴の開示請求の途上でも早期申立てを優先することを考慮すべきである(マニュアル131頁)。

 同様に、法人破産の場合にも、破産手続開始の申立前に債務者の財産である不動産、動産、売掛金債権等の換価回収を行うのは、開始決定を待っていては、資産価値が急速に劣化したり、債権回収が困難になったりするなどの事情が認められるような限定的なケースに限るべきである(マニュアル92頁)。

限定的なケースの一例は、破産申立費用(裁判所への予納金)を調達するために換価業務を行ったというケースが考えられる。なぜなら、破産手続による債権処理という債権者全体の利益にかなう手続にのせるために必要な換価業務であるからである。

このほか、回収した過払金等の一部が債務者の生活費に充てられることも許容されるものと思われるが、いたずらに破産手続開始の申立てを遅延させて過払金等の財産を著しく費消させてしまうのは行き過ぎである。

この点について、東京地判平成22年10月14日(判タ1340号83頁)は「申立代理人弁護士による換価回収行為は、債権者にとって、それを行われなければ資産価値が急速に劣化したり、債権回収が困難になるといった特段の事情がない限り、意味がないばかりか、かえって、財産価値の減少や隠匿の危険ないし疑いを生じさせる可能性があるのであるから、そのような事情がないにもかかわらず、申立代理人弁護士が換価回収行為をすることは相当でなく、換価回収行為は、原則として管財人が行うべきである」と説明している。

また、債権者全体の満足の最大化という観点からは、無駄な支出を抑制する必要もある。たとえば、事務所等を賃借している場合には、破産手続開始後も占有を継続すると賃料ないし賃料相当損害金の負担が生じ続け、それらは財団債権として破産財団の負担となるのであるから、当該負担の発生を防止するために、早期に賃貸借契約を解除させて賃貸人に明渡すことを検討すべき場合もある。もしも、賃貸借契約の解除が困難で破産管財人に委ねることが相当な事案であれば、日々発生する賃料を抑制するために早期の破産申立を優先することとなる。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立