Ⅳ 債務者と司法書士の責務

 破産手続開始の申立ての多くは債務者が申し立てる自己破産であるが、破産手続きを利用する以上、債務者といえども破産法の目的と指導理念を正確に理解して手続を遂行する必要がある。すなわち、債権者全体の満足を最大化させ、債権者間の公平性・平等性を図り、債権者の権利実現のために公正な手続保障をし、債務者の経済的再生を図る(ただし債務者が個人の場合に限る)ことが必要である(マニュアル3頁)。

 このように破産手続が適正に処理されるためには、破産手続が開始する以前の、債務者が経済的に破綻した段階から適正な処理がなされていることが必要である。

 しかしながら、経済的に窮境の状況にある申立人たる債務者自身に上記の理を期待するのは酷である。なぜなら、債務者は法律の素人であることが多く、破産制度の趣旨や指導理念を理解して行動することに慣れていないからである。したがって、破産申立書類作成業務を受任した司法書士は、単に書類の作成に留まらず、破産法の制度趣旨や目的を充分理解して申立人たる債務者を指導していく必要がある。

ところが、残念ながら、広く全国から消費者破産事件の受任を勧誘し、債務者本人に面接することなく、充分な調査や準備を行わずいわゆる少額管財事件を提起する、あるいは受任してから合理的な理由なくして長期間が経過した後に裁判所に手続を申し立てるような問題のある事例が発生している旨が報告されている(マニュアル24頁)。また、一部に散見されるような不十分な準備や粗雑な処理による申立てや手続遂行は、公正、適正を旨とする倒産処理手続の趣旨に照らしてきわめて問題である(マニュアル25頁)。

申立代理人である弁護士が法的義務に基づいた職務を遂行しない場合、債権者の信頼を裏切るだけでなく、破産手続の目的を阻害することになり、債権者や破産管財人に対する関係で損害賠償責任を負うことになりかねない(管財手引 15頁)。

実際に、東京地判平成21年2月13日(判時2036号43頁)は、自己破産の申立てを受任して債権者に受任通知を出したにもかかわらず、破産申立てまでに2年を要し、その間に会社の財産を保全するような措置を何も講じないで財産が消失してしまったという事案について、「破産申立てを受任し,その旨を債権者に通知した弁護士は,可及的速やかに破産申立てを行うことが求められ,また,破産管財人に引き継がれるまで債務者の財産が散逸することのないよう措置することが求められる。これらは,法令上明文の規定に基づく要請ではないが,上述の破産制度の趣旨から当然に求められる法的義務というべきであり,道義的な期待にとどまるものではないというべきである。そして,破産申立てを受任した弁護士が故意又は過失によりこれらの義務に違反して破産財団を構成すべき財産を減少・消失させたときには,破産管財人に対する不法行為を構成するものとして,破産管財人に対し,その減少・消失した財産の相当額につき損害賠償の責めを負うべきものと解する」と判示している。

破産手続開始の申立てについて代理権を持たず、書類作成として債務者を支援する司法書士に上記の判旨がそのまま当てはまることはないであろうが、法律実務家の責務を考えるうえで参考となる。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立