2 「債務整理事件の処理に関する指針」の策定

 こうして、司法書士には一般化した債務整理業務ではあるが、第1ステージからクレサラ問題に取り組んでいる司法書士、とりわけ、その黎明期から取り組んでいる司法書士のほとんどは、現状の債務整理のあり方に違和感を抱いていると思われる。これまで振り返ったように、代理権や受任通知という法的武器を持たない時代の司法書士は、報酬は二の次で、身を挺してでも依頼者を守るという気概に満ち溢れていた。まさに、本人訴訟支援型関与として依頼者と二人三脚で依頼者を多重債務の淵から救済していた。しかし、今はどうであろうか。債務整理業務のビジネス化の傾向は歯止めがかからず、依頼者本人の意思や立場を置き去りにして過払いや任意整理などのコストパフォーマンスの高い仕事ばかりをあからさまに追求する司法書士も存在する。

そこで、平成21年12月16日、日司連は、14条から成る「債務整理事件の処理に関する指針」(以下、「債務整理指針」という。)を理事会決定した。

債務整理指針策定についての会長声明では、「多重債務問題が深刻な社会問題であり、その解決が健全な社会の形成に極めて重要であること、また、債務整理事件の処理は生活再建のための手段であり、依頼者が望んでいるのは債務整理事件の処理を通じて生活を再建することであるということを再度確認し、多重債務状態に陥っている依頼者の債務整理や生活再建のために、法律専門家として司法書士のとるべき執務姿勢を示すために」債務整理指針を策定したと述べている。

しかし、債務整理指針を各単位司法書士会に通知する、いわば内部向けの日司連発第1592号文書では、債務整理指針は「司法書士の脱税や債務整理事件処理に関するマスコミ報道等を受け、多重債務問題が深刻な社会問題であり、債務者が望んでいるのは債務整理事件の解決を通じての生活の再建であるということを再確認し、いわば「借り手対策」として現に多重債務状態に陥っている人々に対する債務整理や生活再建のための相談を具体的に実践していくため」に決定したとされており、司法書士の行う債務整理業務の一部において不正が行われたり「生活の再建」を目指さない債務整理が行われていることを前提としたうえでの債務整理指針の策定であることを明らかにしている。

 一方、日本弁護士連合会では、日司連に先駆け、全国に広告を出して大量の依頼を受け依頼者と意思疎通できずにトラブルになる、数百万円の過払い金返還を受けながら依頼者に報告しないなどの苦情が寄せられている事態を問題視し(平成21年7月24日毎日新聞)、同年7月に「債務整理事件処理に関する指針」を理事会決定している。

 このように、弁護士業界も司法書士業界も債務整理に関して同種の苦悩を抱えており、最低限の執務姿勢を明らかにする必要があるという判断のもとに指針を策定せざるを得なかったと思われる。しかし、債務整理指針において単に規律を定めるのではなく、同時に、何のために債務整理業務に取り組むのか、専門家の役割は何であるのかが示されなければ規律の根源が不明確となってしまう。

そのような意味では、日司連会長声明が「多重債務状態に陥っている依頼者の債務整理や生活再建のために、法律専門家として司法書士のとるべき執務姿勢を示すために」債務整理指針を策定したとしている点は債務整理指針を理解するうえで重要な視点である。しかしながら、債務整理指針の精神をより広く司法書士に浸透させるためには、債務整理業務における司法書士の将来像について、さらにもう一歩具体的に踏み込んで議論がなされ、司法書士に共通認識が醸成される必要性があるのではないかと思われる。

債務整理指針は2つの観点からその問題点を浮き彫りにしている。そのひとつは、専門家としての聞き取りや説明責任が疎かになっている点であり、もうひとつは利益率の高い業務の事件漁りに関する問題である。

 

「司法書士のための破産の実務と論点」(古橋清二著 2014年4月民事法研究会発行)より

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立