【資料48】相続を契機にして取得した土地の国への所有権移転(いわゆる土地所有権の放棄)

第1 土地の所有権の国への移転を認める制度の創設
民法に所有権の放棄に関する新たな規律を設けることなく、次のような規律を内容とする土地の所有権の国への移転に関する法律を制定することで、どうか。
1 相続又は遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により土地の所有権(その共有持分を含む。)を取得した者は、この法律の定めるところに従い、所有権の移転の認定処分を受けることによりその土地の所有権を国に移転させることができる。
2 土地の共有持分を有する者のうち、1の適用を受けない者は、1の適用を受ける者と共同して申請する場合に限って、所有権の移転の認定処分を受けることによりその土地の所有権を国に移転させることができる。
3 1の認定処分は、土地の一筆ごとにするものとする。
4 土地が二人以上の共有に属する場合における認定処分申請(国への所有権の移転の認定処分の申請をいう。以下同じ。)は、全ての共有者が共同してしなければならない。
5 認定処分申請をしようとする者は、その申請に先立って、政省令で定める方法により、売却、貸付け等の処分その他の行為を試みなければならない。
6 1の認定処分は、認定処分申請の対象地(以下「認定処分申請地」という。)が、次のいずれかに該当するものである場合には、することができない。
(1) 建物が存在する土地
(2) 土地の管理又は処分を阻害する工作物、車両又は樹木その他の有体物が地上に存在する土地
(3) 急傾斜地として政令で定める土地
(4) その土壌の政令で定める有害物質による汚染状態が当該有害物質の種類ごとに政令で定める基準に適合しないと認める土地
(5) 地下に埋設物その他除去しなければ土地の通常の管理又は処分をすることができないものが存在する土地
2
(6) 担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地
(7) 境界が明らかでない土地その他所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地
(8) 隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分ができない土地
(9) (1)から(8)までに掲げる土地のほか、管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要するものとして政令で定める土地
7 認定処分申請をしようとする者は、政令で定めるところにより、政令で定める額の審査に係る手数料及び土地の管理に係る手数料を納付しなければならない。
8 審査機関は、認定処分申請があったときは、遅滞なく、国の関係行政機関の長及び認定処分申請地の所在地を管轄する地方公共団体の長にその旨を通知しなければならない。
9(1) 審査機関は、1の認定処分に係る審査をするため必要があると認めるときは、その職員に事実の調査をさせることができる。
(2) (1)により事実の調査をする職員は、認定処分申請地又はその周辺の地域に所在する土地の実地調査をすること、認定処分申請者、認定処分申請地の占有者その他の関係者からその知っている事実を聴取し又は資料の提出を求めることその他1の認定処分に係る審査のために必要な調査をすることができる。
(3) 審査機関は、1の認定処分に係る審査をするため必要があると認めるときは、関係行政機関の長、関係地方公共団体の長又は関係のある公私の団体に対し、資料の提出その他必要な協力を求めることができる。
(4) 審査機関は、その職員が(2)により認定処分申請地又はその周辺の地域に所在する土地の実地調査をする場合において、必要があると認めるときは、その必要の限度において、その職員に、認定処分申請地又は他人の土地に立ち入らせることができる。
(5) 審査機関は、1の認定処分に係る審査をするため必要があると認めるときは、他の関係行政機関の長の意見を聴くことができる。
10 審査機関は、以下の場合を除き、1の認定処分をするものとする。
(1) 申請の権限を有しない者の申請によるとき
(2) 申請書の内容に不備があるとき又は添付資料(登記事項証明書等)が添付されないとき
(3) 認定処分申請地について、5の試みがされていないとき
(4) 認定処分申請地が、6のいずれかに該当するとき
(5) 認定処分申請者が7の手数料を納付しないとき
(6) 認定処分申請者が、正当な理由がないのに、9(2)又は(4)の調査に応じないとき
11(1) 1の認定処分を受けてその所有権が国に移転した土地(以下「移転地」という。)が認定処分を受けた時において6のいずれかに該当していたことによって国に損害が生じたときは、1の認定処分を受けた者は、これを賠償する責任を負う。ただし、その土地が6のいずれかに該当していたことにつきその者が善意でかつ重大な過失がなかったときは、この限りでない。
(2) (1)によって生じた損害賠償の請求権は、1の認定処分がされた時から10年間行使しないときは、時効によって消滅する。
12(1) 審査機関は、次のいずれかに該当するときは、1の認定処分を取り消すことができる。
ア 認定処分の時点において、移転地が6のいずれかに該当していたことが判明したとき。
イ 不正の手段により認定処分を受けたことが判明したとき。
(2) 審査機関は、移転地を管理する関係行政機関の長(当該移転地に係る権利を取得した者があるときは、当該者及びその承継人)の同意を得なければ、当該移転地に係る所有権移転の認定処分を職権により取り消すことができない。
(3) 1の認定処分がされた時から10年を経過したときは、審査機関は、(1)の規定による取消しをすることができない。ただし、移転者が1の認定処分の時点において、移転地が6のいずれかに該当していたことを知っていたときは、この限りではない。
(注1)国は、1の認定処分がされた場合には、土地の所有権を所有者から承継取得する(認定処分申請者が無権利者であった場合には、承継の効果を生じない。)。
(注2)土地の国への所有権移転は、認定処分申請者に対して認定処分をした旨を通知したときに効力が発生するものとする。
(注3)所有権の移転の認定処分を行う審査機関をどのような行政機関とするかにつき、どのように考えるか。
(注4)土地が2人以上の共有に属する場合には、共有者のうちの1人以上が、相続又は遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により土地の所有権を取得していれば、他の共有者(法人も含む。)と共同で申請をすることで、土地の所有権を国に移転することができるものとする。ただし、当該土地の共有持分を2回以上にわたって取得した者がこの方法で所有権を国に移転するためには、最初の共有持分の取得原因が相続又は遺贈であることを要するものとする。
(注5)10については、(4)に該当する場合には審査機関は認定をしない処分(不認定処分)を行い、それ以外に該当する場合には申請を却下することを想定している。
(注6)12の取消しの規律は、審査機関が、処分を取り消し、土地所有権の国への移転を遡及的に無効とすることができることを前提にしている。
(補足説明)
1 土地の所有権の国への移転を認める制度の創設について(本文柱書きについて)
部会資料36では、不動産は、法令に特別の定めがある場合を除き、その所有権を放棄することができないものとする規定を民法に設けるものとすることとした上で、新たに土地所有権の放棄に関する法律を制定し、土地については、一定の要件を満たし、審査機関による認可がされた場合に、所有権放棄を認める規律を導入することを提案していた。第16回会議においては、土地所有権の放棄は原則的にできないとの規律を民法に設けることについては、実態に即したものとして国民からの理解が得られやすいとしてこの提案に賛成する意見もあったが、不動産については、法令に特別の定めがある場合を除き、その所有権を放棄することができないものとする規定を民法に設けると、動産の所有権放棄の可否についての議論にも影響を及ぼす可能性があることなどから、反対する意見が複数あった。
改めて検討すると、土地が適切に管理されることなく放置され、所有者不明土地や管理不全土地になることを防止するために、土地所有者がその土地の所有権を国に帰属させることを可能とすることがこの制度の創設の目的である。
これまで、民法第239条第2項を前提に、土地所有者の申請を受けて所有権放棄を認可する行政処分をすることにより土地を所有者のないものとし、同項によりその土地を国庫に帰属させるという構成をとることを提案してきたが、最終的に土地を国に帰属させることが目的なのであれば、行政処分によって土地所有権が国に移転するとした方が直截であると考えられる。
また、土地所有権の放棄という構成をとるのであれば、前回の提案のように、不動産の所有権放棄についての規律を置くことになり、そうすると、動産の所有権放棄についての規律の在り方が問題となるが、動産にはその大きさや価値において様々なものが存在するため、適切な規律を設けることは難しいと思われる。
そこで、本資料においては、民法に所有権の放棄に関する新たな規律を置くことなく、新法において土地所有権を国に直接移転させる制度を創設することを提案している。
2 行政処分について(本文1)
所有者から国に土地所有権を移転する構成を採用することとした場合であっても、国に移転した土地の管理コストを国が負担することになるのは、所有権放棄の構成を採用する場合と同様であることから、一定の要件を満たす場合に限定して土地の所有権を国に移転させる必要がある。そのため、国の審査機関が、土地が一定の要件を満たしているかについて審査を行い、土地の所有権を国に移転させる行政処分が必要となると考えられる。その行政処分は、国との合意なく土地の所有権を国に移転させることはできないところを、要件が満たされている場合に土地の所有権の移転の効果を発生させる形成的行為であると考えられるが、認可、特許等の特徴を併有しており、講学上の分類にあてはめるのは困難と考えられる。そこで、本資料においては、土地の所有権を国に移転させる行政処分を差し当たり「認定処分」と表記しているが、法制上の表記については、他の行政法規の用例等を参考に、引き続き検討する。
3 国への所有権移転について((注1)、(注2))
(1) 承継取得(注1)
土地所有権の放棄の構成ではなく、認定処分により土地所有権を国に直接移転させる構成をとることに伴い、国は、所有者から土地の所有権を承継取得することになると考えられることから、(注1)でこれを注記している。
なお、本文6(6)に記載のとおり、担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地については、認定処分がされないため、国が担保権等が設定された土地を取得することは想定されていないが、仮に、認定処分を受けた土地につき処分時に登記されていない担保権等が設定されていた場合であっても、その担保権等は、民法第177条の「第三者」に該当する国
には対抗できないと考えられる。
なお、審査機関による認定処分がされたときに、申請者と国の間で贈与契約が成立したものとみなして、土地所有権を国に移転させる構成も考えられるが、端的に認定処分により所有権が移転するものとすれば足りると考えられる。
(2) 国への所有権の移転時期(注2)
審査機関は、所有権移転の認定処分をした後で、認定処分申請者及び関係行政機関の長に通知をすることを想定しているが、この通知が認定処分申請者に到達した時点で、土地所有権が国に移転するものとすることを本文(注2)で注記している。
4 審査機関(注3)
部会資料36の補足説明(6頁)では、所有権放棄の認可をする審査機関について、公平性・公正らしさを担保するため、放棄された土地を管理する機関からできるだけ遠い公的機関とすべきであるという要素のほか、要件審査の能力や利用者にとっての利便性などの観点も踏まえて検討される必要があること、いずれの行政機関を審査機関とするにしても、審査機関が他の行政機関の知見を活用することができる仕組みとする必要があることを記載していた。
これらは、所有権の移転の認定処分をする審査機関においても同様に当てはまる。また、国に所有権が移転された土地は、その性質(農地、林地か、それ以外の土地か)に応じて、管理する機関が異なることが想定されるが、土地の状態によっては、その性質の判断に困難を来すこともあり得るところであり、どの機関に管理させるかを審査機関が判断、指定する仕組みとする必要があることにも配慮する必要がある。
他方で、審査機関として新たな行政組織を設置することは、行政の効率化の観点から慎重な検討が必要である。
以上を踏まえ、所有権の移転の認定処分を行う審査機関につき、どのように考えるか。
5 所有権移転の認定処分の申請主体(本文1)
部会資料36の第1の4の(1)では、土地所有権の放棄が認められるためには、所有者が相続(遺産の分割や特定財産承継遺言によるものを含む。)又は遺贈(受遺者である所有者が遺言者の相続人であった場合に限る。)により取得した土地であることを求めることを提案し、所有権放棄の主体を、相続を契機にして土地を取得した者に限定していた。これに対しては、第16回会議において、土地の取得原因によって所有権放棄の対象となる土地を限定すべきでないとして反対する意見もあったが、所有者不明土地の最大の発生原因が相続を契機にして土地が放置されることにあると考えられていることに鑑みると、取得原因を相続又は遺贈に限定するのは合理的であるとして賛成する意見もあった。
相続により土地の所有者となった者が、当該土地を利用する見込みがなく、かつ、その土地からの受益がないにもかかわらず、相続を契機として土地をやむを得ず取得し、売却等の処分ができずに所有していることが類型的にあると考えられる。このようにして取得された土地は、そのまま放置されて所有者不明土地や管理不全土地になるおそれがある。加えて、土地の所有者は、土地基本法等の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)による改正後の土地基本法(平成元年法律第84号)第6条のとおり、土地の管理について一定の責務を負っており、土地を自ら進んで取得したのではない土地所有者には、一定の限度で、土地の管理の負担から免れる途を開くことが相当であると考えられる。
これに対しては、土地の取得原因にかかわらず、所有者が関心を失っている土地については、放置されて所有者不明土地等になるおそれがあり、土地の取得原因によって対象地を限定するのは妥当ではないとの指摘が考えられるが、国の財政への負担と制度の利用見込みが十分に見通せない状況に鑑みると、まずは、相続を契機としてやむを得ず土地を取得した者に限り、土地の所有権の国への移転を認め、その他の土地所有者への申請主体の拡大については、制度導入後の利用状況等を踏まえて、引き続き検討すべきであると考えられる。
そこで、本文1では、所有権の移転の認定処分の申請主体につき、部会資料36の第1の4の(1)と同趣旨の提案をしている。
なお、第16回会議においては、共有の性質を有する入会権の対象となっている土地も所有権放棄の対象とすべきであるとの指摘があったが、一般的には、共有の性質を有する入会権の対象となっている土地は、その構成員が法人格なき社団を構成していない場合であっても、いわゆる総有として持分権の概念がないものと解され、構成員について相続が発生しても、それを契機にして相続人が直ちに土地の入会権を取得する関係にはないことから、入会権者の相続人を現段階で国への所有権移転の認定処分の申請主体にすることについては、慎重に検討せざるを得ない。もっとも、入会地についても、制度導入後の利用状況等を踏まえて、国への所有権移転の認定処分の申請主体とすることを検討する必要があると考えられる。
6 相続を契機に共有持分を取得した者について(本文1、2、(注4))
部会資料36の補足説明(10頁)では、取得原因等が混在する場合の所有権放棄の可否について、①相続により土地を取得した自然人と法人が共有する土地、②相続により土地を取得した自然人と相続以外により土地を取得した自然人が共有する土地、③持分の一部を相続により取得し、残りの持分を相続以外により取得した土地に分けて検討し、土地の所有権放棄を①②については認めず、③については認めるものとしていた。
第16回会議では、この規律では、土地の所有権放棄をするためには、相続により持分を取得した者が他の共有者から共有持分を取得する必要があり、その上で、最終的に所有権放棄を実現できなかったときには、その土地の管理責任を一手に負う結果になるが、そのようなリスクを一人に負担させる可能性がある制度創設は適切ではなく、共有地については、共有者の全部又は一部が相続等により共有持分を取得した場合には、全ての共有者が共同して行うことによって土地の所有権を放棄することができることとすべきであるとの意見があった。
所有者不明土地や管理不全土地の発生を防止するととともに、相続を契機にしてやむを得ず土地の共有持分を取得した者が、一定の限度で土地の管理の負担から免れる途を開くという政策的見地から改めて考えると、相続を契機にしてやむを得ず土地の共有持分を取得した者についても、他の共有者が同調するのであれば、国に土地所有権を移転することを可能とすることに特段の支障はないと考えられる。また、他の共有者(法人を含む。)が相続以外の原因で共有持分を取得していたとしても、そのことを理由に、相続を契機としてやむを得ず共有持分を取得した者が土地の管理の負担から免れられないとすることは妥当でないと考えられる。
そこで、本文1及び2では、相続を契機として共有持分を取得した者についても、基本的に国への所有権移転の認定処分の申請主体として認めることとしている。また、(注4)では、共有者のうちの一人の共有持分の取得が相続又は遺贈によるものであれば、共有者全員が共同して土地の所有権を国に移転することが可能であり、そのことは、共有者の一部が法人である場合も同じである旨を注記している。
ただし、例えば、AがBと共同して土地を購入してこれを共有していたが、Bが死亡してAがその持分を相続し、単独所有となったケースのように、2回以上共有持分を取得した者であって、最初の共有持分の取得が相続又は遺贈以外の原因による者については、相続を契機にしてやむを得ず土地を取得したとはいえないため、国への土地所有権の移転は認めるべきではないと考えられるが、これを法制上どのように表現するかについては引き続き検討する。
7 一筆ごとの認定処分(本文3)
所有権が移転される土地は、一筆の土地であることを要すると考えられることから、所有権移転の認定処分は、一筆ごとにするものとすることを提案している。
なお、認定処分申請者が一筆の土地の一部についてのみ所有権移転することを希望するのであれば、分筆した上で申請をする必要があると考えられる。これに対しては、一筆の土地を分筆して、条件が悪く利用しにくい部分のみを国に移転することが可能になり、モラルハザードを助長するおそれがあるとの指摘が考えられるが、条件が悪く利用しにくい土地であっても、法定の要件を満たし、管理手数料を納付するなどして認定処分を受けなければ国への所有権移転は認められないのであり、この指摘は必ずしも当たらないものと考えられる。
8 共有地の所有権移転(本文4)
「所有権放棄の認可」が「所有権移転の認定処分」に変更されていること以外は、部会資料36の第1の2で提案した内容と同じである。共有地の所有権の国への移転は、共有者全員の同意を必要とする処分行為に該当するものと考えられることから、全ての共有者が共同してしなければならないものとすることを提案している。
9 手続的要件(本文5)
「認可」が「認定処分」に変更されていること以外は、部会資料36の第1の3で提案した内容と同じである。なお、本文10(3)のとおり、申請に先立って、政省令で定める方法により、売却、貸付け等の処分その他の行為が試みられていない場合には、申請を却下することを想定している。
10 実体的要件(本文6)
(1) 基本的な考え方
部会資料36においては、所有権放棄が認められない土地を類型化して提案していたが、第16回会議においては、この類型は所有権放棄の可否に直結するものであるにもかかわらず、その内容の重要部分が政省令に委任されており、適切ではないとの意見があった。
そこで、国民の予測可能性が担保されるようにするため、部会資料36の第1の4(4)で、「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」として提案していた土地の類型として想定される例を明示し、その他については、政省令で定めることとするなど、部会資料36で提案していた所有権放棄が認められない土地の類型の内容を修正して再構成
し、国への所有権移転が認められない土地の類型として本文6で提案しているが、他の法制とのバランスも踏まえつつ、引き続き検討する。
(2) 国への所有権移転が認められない土地の類型
ア 建物が存在する土地(本文6(1))
「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」の想定される例として、部会資料36の(注2)㋐で提案していたものと同じである。
イ 土地の管理又は処分を阻害する工作物、車両又は樹木その他の有体物が地上に存在する土地(本文6(2))
「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」の想定される例として、部会資料36の(注2)㋑で提案していたものとほぼ同じであるが、本文6(5)の埋設物との対比で、有体物が地上に存在することを明記している。
ウ 急傾斜地として政令で定める土地(本文6(3))
「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」の想定される例として、部会資料36の(注2)㋒では、「崖地等の管理困難な土地であること」を注記していたが、内容を明確にするため、表現を「急傾斜地」に改めている。その内容については、各種行政法規等を参考にして引き続き検討する必要があり、詳細については、政令で規定することを想定している。なお、「急傾斜地」については、一定の傾斜度があることを基礎とすることになるが、土地の性質によって、類型的に急傾斜地が多く含まれる土地もあり、そのような土地については、一定の傾斜度があるからといって直ちに所有権移転を認めないとすることは相当でないことから、政令においてその旨を明らかにすることを想定している。
エ その土壌の政令で定める有害物質による汚染状態が当該有害物質の種類ごとに政令で定める基準に適合しないと認める土地(本文6(4))
「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」の想定される例として、部会資料36の(注2)㋓で提案していた「土地に埋設物や土壌汚染がないこと」を修正し、土壌汚染について、「その土壌の政令で定める有害物質による汚染状態が当該有害物質の種類ごとに政令で定める基準に適合しないと認める土地」という規律を設けることを提案している。
土壌汚染対策法においては、同法第6条第1項において、都道府県知事が、土壌汚染状況調査の結果、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染状態が環境省令で定める基準に適合せず、かつ、土壌の特定有害物質による汚染により、人の健康に係る被害が生じ、又は生ずるおそれがあるものとして政令で定める基準に該当する(摂取経路がある)と認める場合に、その土地が特定有害物質に汚染されており、当該汚染による人の健康に係る被害を防止するため、汚染の除去等の措置を講ずることが必要な区域(要措置区域)として指定するものとするなど、一定の基準を超える特定有害物質が検出された土地における土壌汚染対策等について規定されている。
本文6(4)の「政令で定める有害物質」については、政令において、土壌汚染対策法第2条第1項に規定する特定有害物質を引用する形で規定することを想定している。また、「政令で定める基準」については、政令において、土壌汚染対策法の環境省令で定める基準(特定有害物質に係る土壌溶出量基準及び土壌含有量基準)と同様の基準を定めることを想定している。
なお、土壌汚染対策法においては、土壌の特定有害物質による汚染により、人の健康に係る被害を生じさせることを防止する観点から、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染状態が環境省令で定める基準に適合しないと認める場合において、摂取経路がある場合であっても、通常土壌汚染の除去まではせずに、地下水の水質の測定、遮水工による封じ込めや盛土等の措置を行えば足りる(要措置区域)。また、摂取経路がない場合には、汚染の除去等の措置を講ずる必要はない(形質変更時要届出区域)。
このような観点からは、当該土地の土壌の政令で定める有害物質による汚染状態が政令で定める基準に適合しないと認める場合であっても、適切な汚染の除去等の措置が講じられていれば、そのような土地の国への所有権移転を認めることも考えられるが、そのような土地の所有権を国に移転させた後で、自然災害等により、その土壌が他の土地に流出するなどすれば、国がその責任を追及されるおそれがある。
そこで、その土壌の政令で定める有害物質による汚染状態が当該有害物質の種類ごとに政令で定める基準に適合しないと認める土地については、当該土壌の汚染の除去が行われ、同基準に適合する状態とならない限り、国への所有権移転は認めるべきではないと考えられる。その他の内容は、部会資料36と同じである。
なお、土地の外観や地歴から、土壌汚染の存在が疑われ、審査機関が認定処分申請者に対して、詳細な調査結果を求めたにもかかわらず、認定処分申請者がこれに応じない場合には、本文9(2)の調査に応じないものとして申請が却下されることが想定される。
オ 地下に埋設物その他除去しなければ土地の通常の管理又は処分をすることができないものが存在する土地(本文6(5))
「その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの」の想定される例として、部会資料36の(注2)㋓で提案していたものとほぼ同じであり、「土地に埋設物や土壌汚染がないこと」のうち、埋設物について、「埋設物その他除去しなければ土地の通常の管理又は処分をすることができないもの」に表現を改めて提案している。
地中の埋設物については、土地の管理や利用の支障となる可能性があることから、事前に土地の掘削等を行って埋設物が存在しないことが確認された土地についてのみ、国への所有権移転を認めるべきとも考えられるが、全ての土地について、このような確認を行うのは現実的ではない。また、地中に埋設物があったとしても土地の管理や利用に支障がないことも多く、一律に所有権移転を否定するまでの必要はないとも考えられる。
そこで、土地の外観や地歴から、明らかに埋設物が存在する蓋然性が認められるような場合以外は、掘削等は行わず、事後的に、要件の認定処分の時点で地中に埋設物が存在していたことが判明し、かつ、その埋設物が土地の管理又は処分を阻害するものと認められる場合に、認定処分を取り消すことが考えられる。例えば、広大な土地の一部に若干の埋設物が存在していても土地の管理には支障がないものと認められることがある一方で、農地においては、農作物を作る土地という性質上、わずかな埋設物であっても、土地の管理を阻害すると認められる可能性があることから、土地の管理を阻害するかは、土地の性質に応じて判断すべきものと考えられる。いずれにしても、どのような埋設物について所有権移転が認められないかにつき、規律の定め方を含め、引き続き検討する。
カ 担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地(本文6(6))
部会資料36の第1の4(2)で提案していたものと基本的に同じである。なお、買戻し特約が付されている土地や不法占拠者が占有している土地などについては、部会資料36の第1の4(2)では、「その他これに準ずる事情がある土地」として政省令で定めることを提案していたが、本文6(9)で新たに提案している「管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要するもの」として、政令で定めることを想定している。
キ 境界が明らかでない土地その他所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地(本文6(7))
部会資料36においては、「権利の帰属について争いがある土地として政省令で定めるもの」として提案していたが、第16回会議における、内容をできるだけ明らかにすべきであるとの意見を受け、その内容として典型的に想定される「境界が明らかでない土地」を例として明示し、その上で、所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地を国への所有権移転が認められない土地の類型として提案している。想定している内容は、部会資料36の第1の4(3)で提案していたものと同じである。
また、部会資料36においては、隣接地の所有者との間で所有権の境界について争いがないことを要件とし、その具体的内容については、政省令で定めることを提案していた。これに対し、第16回会議においては、所有権放棄に当たっては、土地の筆界の特定まで要求されていなければ、隣接者との間で、あえて筆界とは異なる所有権界が設定されるおそれがあり、また、国に帰属した土地を処分したり利用したりするときに不都合が生じるおそれがあるとの指摘があった。
土地の筆界が特定されていない場合に、土地の利用や処分が困難になるのはこの指摘のとおりであるが、利用希望者が現れない可能性が高いと考えられる土地の国への所有権移転に当たって、筆界の特定までを要求する
のはやはり過大であると考えられ、境界が明らかでない土地という本文6(7)の類型としては、隣地所有者との間で所有権界について争いがないことを基本とするのが、本制度が機能するためには必要であると考えられる。相続税の物納制度においても、土地の物納に当たって、境界に争いがなければよいとされている(相続税法第41条第2項、相続税法施行令第18条第1号ハ、相続税法施行規則第21条第3項第1号参照)。
なお、所有権界に争いがないかを判断するための資料としては、認定処分申請地と隣地との境界について隣地所有者に異議がないことを示す書面の提出を求めるほか、境界標の設置や測量図面の提出を求めることも考えられるが、通常の土地取引における境界確認の実務等も踏まえつつ、引き続き検討が必要である。
ク 隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分ができないと見込まれる土地(本文6(8))
例えば、隣地上にある竹木の枝や建物の屋根の庇が、認定処分申請地と隣地の境界を越えて、認定処分申請地内に大きく張り出している場合のように、土地の帰属や範囲については争いがないが、隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の使用ができないと見込まれる土地の類型が想定されるが、このような土地を利用、管理等をするに当たっては、隣接地の住民との間でトラブルが発生し、土地の利用、管理等に支障を来す可能性がある。
そこで、隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分ができないと見込まれる土地については、国への所有権移転をすることができないものとすることを提案している。なお、相続税の物納の要件を定めた相続税法施行令にも同様の規定がある(同施行令第18条第1号ニ)。
ケ 管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要するものとして政令で定める土地(本文6(9))
前記(1)で述べたとおり、国民の権利に関わる重要な事項につき、政省令で規定するのは望ましくないとの第16回会議における意見を踏まえ、本資料においては、国民の予測可能性を担保するため、国への所有権移転が認められない土地の類型をできるだけ明確にすることとしたが、土地は、その性質上、利用状況や土地の形状等が様々であり、簡潔に類型化することには限界がある。
そこで、本文6の(1)から(8)までに掲げる土地のほか管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要するものとして政令で定める土地について、国への所有権移転を認めないことを本文6(9)において提案している。
このような規律を設けることにより、本文6の(1)から(8)までに掲げる土地には直接該当しないがこれらの土地に類する土地や、部会資料36において、鉱泉地、池沼、ため池、墓地、境内地、運河用地、水道用地、用悪水路、井溝、堤、公衆用道路、別荘地などの、地域住民等によって管理・利用され、その管理に当たって多数の者との間の調整が必要になる土地を念頭に置いて、「土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での過分の費用負担が生じる土地」として示していた土地についても、国への所有権移転を認めない土地として、詳細を政令で定めることを想定している。
土地所有権の国への移転の手続(本文7から10まで)
部会資料36で提案していた内容から基本的に変更はない。新たに追加している事項は、以下のとおりである。
(1) 事実の調査(本文9)
認定処分申請地が、本文6の土地に該当するか否かを審査機関が判断するためには、その職員が実地調査を行い、関係者から事情を聴取し、認定処分申請地に必要な限度で立ち入ることが不可欠であり、そのような調査の根拠規定を設けることが必要であると考えられる。
(2) 却下事由及び不認定処分事由(本文10、(注5))
土地所有権の国への移転の申請についての却下事由を本文10の(1)から(3)まで、(5)及び(6)として提案し、不認定処分事由を本文10(4)として提案している。
このうち、本文10の(1)、(2)及び(5)は行政処分の申請に係る一般的な却下事由の規定にならったものである。
本文10(3)は、土地所有権の国への移転が、売却や貸付の処分等をするための努力を尽くしてもなお、土地の利用者等を見つけることができなかった場合に限定して認められる最終手段であるというこの制度の位置付けに鑑みて、そのような努力をしなかったことを却下事由とするものである。
本文10(6)は、認定処分申請者が本文9の事実の調査に応じないとすれば、土地の現況等を確認することができず、本文6の土地に該当するかどうかを判断できないことから、却下事由とするものである。
本文10(4)は、認定処分申請地が本文6の土地に該当する場合に、審査機関が不認定処分をすることを定めるものである。
12 移転者の損害賠償責任について(本文11)
部会資料36の第1の9で提案していた内容につき、第16回会議における指摘を踏まえ、修正したものである。
(1) 善意で重大な過失がなかった者について(本文11(1))
部会資料36においては、所有権放棄の要件を満たしていないことによって国に損害が生じたときは、放棄者は、これを賠償する責任を負うが、放棄者が過失なく要件を満たしていないことを知らなかったときは、この限りではないものとすることを提案していた。第16回会議においては、放棄者が善意無過失であったことにつき、放棄者が立証責任を負うことになり、その
立証は容易ではなく、事実上、放棄者が常に責任を負うことになりかねないとの意見があった。
これを踏まえ、移転地が6のいずれかに該当していたことにつき移転者が善意でかつ重大な過失がなかったときは、損害賠償責任を負わないものとすることを本文11(1)において提案している。
(2) 損害賠償請求権の消滅時効(本文11(2))
ア 起算点について
第16回会議においては、損害賠償の期間制限の起算点について、国からの求償の機会が奪われないようにするために、要件が充足されていなかったことを国が知ったときとすべきではないかとの指摘があった。
国から移転者への求償に着目すると、国の移転者に対する損害賠償請求権の期間制限の起算点については、認定処分の時点で要件が充足されていなかったことを国が知った時とすることも考えられるものの、本制度においては、移転者は、審査機関による要件審査を受け、かつ、土地の将来の管理に係る手数料を納付した上で土地の所有権を国へ移転することから、
あまりに長期間にわたって移転者を不安定な地位に置くのは適切ではないと考えられる。
そこで、損害賠償請求権の期間制限の起算点については、所有権移転の認定処分時とする提案を維持している。
イ 消滅時効について
第16回会議においては、長期間にわたり土地の所有権を放棄した者を不安定な立場に置くのが適切でないというのであれば、損害賠償請求権の期間制限を除斥期間として構成することが考えられるとの指摘があった。
もっとも、認定処分の時点で要件が満たされていなかったことにより国に発生した損害につき、国が申請者の賠償責任を追及することを可能とする必要があるのであり、国の損害賠償請求権を過度に制限することも相当ではないと考えられる。
そこで、損害賠償請求権の期間制限の法的性質については、当事者の援用を要し、完成猶予や更新が可能である消滅時効とする提案をしている。
ウ 期間の長さについて
部会資料36では、会計法(昭和22年法律第35号)の規律を参考にして、国の損害賠償請求権の行使可能期間を5年としていたが、これについては期間が短いのではないかとの意見があった。
改めて検討すると、会計法第30条は、国の金銭債権について、「これを行使することができる時」から5年間で時効消滅するものとしているが、本制度の損害賠償請求権について、起算点を会計法と同様にすることが適切でないのは、アで述べたとおりである。他方で、期間制限の起算点を認定処分時とした上で、損害賠償請求が可能な期間を5年とすると、会計法で想定されているより短期間で損害賠償請求権を行使することができなくなることとなり、バランスを失すると考えられる。他方で、移転者があまりに長期間にわたって損害賠償請求がされ得る立場に置かれるのも適切ではない。
そこで、民法第166条第1項第2号において、債権は、権利を行使することができる時から10年間行使しないときに時効消滅することとされていることを参考に、国による損害賠償請求権行使の期間制限を10年間とすることを本文11(2)において提案している。
(参考)
〇 会計法(昭和二十二年法律第三十五号)
第30条 金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
〇 民法(明治二十九年法律第八十九号)
第166条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
2・3 (略)
13 認定処分の職権取消し(本文12)
(1) 職権取消事由(本文12(1))
部会資料36では、行政行為の取消しについて、認可の時点で土地所有権の放棄の要件が充足されていなかったことが判明した場合には、審査機関は、行政行為の取消しに関する一般法理に従い、認可処分を取り消し、所有権放棄を遡及的に無効とすることができることを前提にしていることを注記していた。
もっとも、国民の予測可能性を担保するために、どのような場合に職権取消しがされるかにつき、規律を設けることが望ましいと考えられる。
そこで、職権取消事由について、本文12(1)で提案している。
本文12(1)アについては、これまでの部会資料や中間試案で提案していたとおり、国への土地所有権移転の認定処分時点で本文6に該当していたことが事後的に判明した場合に、認定処分を取り消すことを想定している。
本文12(1)イについては、事実を偽るなど不正の手段を用いて認定処分を受けた場合に、職権取消しを可能にすることを想定しているが、本文6に該当するとして上記アで取り消すことが可能な場合も多いと考えられる。
なお、職権取消しについては、法律による行政の原理を根拠にするものであるが、国民の利益や信頼、公益の保護とのバランスを念頭に置いて行われる必要があると考えられ、本文12(1)で提案している事由が存する場合であっても、審査機関の裁量により、認定処分を取り消さない場合もあり得る。
(2) 職権取消しの同意(本文12(2))
国に所有権が移転された土地を取得した第三者を保護するとともに、国の土地利用を妨げないようにするために、審査機関は、移転地の所有者等(所有者等が二人以上いるときは、その全員)又は国の行政機関の長の同意を得なければ、当該土地の所有権移転の認定処分を取り消すことができないものとする趣旨であり、部会資料36の第1の10と同様の内容である。
(3) 職権取消しの期間制限(本文12(3))
部会資料36の補足説明(20頁)に記載したとおり、所有権移転の認定処分は授益的な側面を有するため、これを職権で取り消すに当たっては、移転者の信頼保護の利益にも配慮する必要があり、移転者が長期間にわたり不安定な立場に置かれることがないよう、認定処分の職権取消しについて期間制限の規律を設けることも考えられるが、例えば、土地所有者が地中に有害
物質を埋めたにもかかわらず、これを秘して所有権移転の申請を行って認定処分がされた場合において、一定期間経過後にそれらの事情が判明したケースを想定すると、要件が満たされていないことについての悪意者については、その信頼保護の利益に配慮する必要はない。
そこで、所有権移転の認定処分の職権取消しについては、認定処分から10年の期間制限を設けることとするが、所有権移転の要件が満たされていないことについて、認定処分の時点で悪意であった者については、期間制限を適用しないことを本文12(3)で提案している。
第2 共有持分の放棄
民法に共有持分の放棄を制限する規律を設けることに関する次の各案につき、どのように考えるか。
【甲案】共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とするものとする。
【乙案】共有持分の放棄については、新たな規律を設けないものとする。(補足説明)
1 第16回会議における意見
部会資料36では、【甲案】として、共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とするものとすること、【乙案】として、不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とするものとすることを提案していた。
第16回会議においては、自由な共有持分の放棄を認めるべきではなく、その対象を不動産に限る必要はないとして【甲案】に賛成する意見や、不動産は管理の負担が動産と比べて重いこと、現在も持分放棄の登記をする際には共同申請で他の共有者の協力が必要であることから、実務上も乙案であればあまり違和感がないとして、【乙案】に賛成する意見があった。
また、いずれの案を採用した場合にも、共有者のうちの1人が反対したときに共有持分の放棄が認められないことに問題はないか、【甲案】を採用した場合に、株式等の無体財産権の準共有に、実務に影響が出る可能性があるのではないかとの指摘があった。
2 提案について
(1)【甲案】について
本文の甲案については、部会資料36と同じである。
(2)【乙案】について
これまで共有持分の放棄についての規律を設けることを検討してきたのは、現行法においては、他の共有者の同意を得ることなく共有持分を放棄することにより、共有物の管理等にかかる負担を早い者勝ちで他の共有者に押し付けることが少なくとも法律上は可能であることを改善する必要はないかという問題意識による。
もっとも、動産・不動産を問わず、他の共有者に一方的に負担を押し付ける目的で共有持分を放棄した場合には、通常は権利濫用(民法第1条第3項)に該当すると思われ、早い者勝ちで負担を他に押し付ける事態が生ずるおそれは限定的であるとも考えられる。
また、不動産は、管理の負担が相対的に重く、共有持分を放棄して早い者勝ちで負担を他に押し付けることを許容することによる弊害が取り分け大きいと考えられ、権利濫用と判断される可能性は動産に比べて高いといえる。加えて、権利に関する登記の申請は、登記義務者である共有持分の放棄者と登記権利者である他の共有者の共同申請によらなければならない(不動産登記法第60条)ことに鑑みると、不動産の共有持分登記を有する共有者が持分を放棄する旨の意思表示をしたとしても、例えば持分の移転の登記をしない限り固定資産税の納税義務を免れることはできないし(地方税法第343条第2項参照)、他の共有者は共有持分権の一部不存在や登記引取請求権の不存在の確認を求めて争うことが可能であるなど、他の共有者に与える影響は比較的小さいと思われる。
さらに、管理の負担が大きくない物や株式等の無体財産が準共有されている場合において、共有者の一部が共有持分を放棄して他の共有者に持分を按分で帰属させることは、その財産の管理の観点からも有用なケースもあり得るところであり、【甲案】を採用して、一律に他の共有者全員の同意がなければ放棄を認めないとすることの影響を見極める必要がある。
なお、現行法においては、共同相続人がその相続分の放棄をすることが実務上認められているが、その法律上の根拠は、共有持分の放棄に関する民法第255条に求める見解もあり、共有持分の放棄を制約する規律を設ける場合には、相続分の放棄に関する解釈や実務運用に与える影響も踏まえる必要がある。
これらの事情を考慮し、共有持分の放棄につき、新たな規律を設けない案を【乙案】として提案している。
なお、部会資料36では、【乙案】として、不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とすることを提案していたが、上記のとおり不動産の共有持分の放棄が権利濫用と判断される可能性が動産と比較して高いとしても、その差は相対的なものにとどまると考えられることから、本資料では提案していない。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立