法制審議会 民法・不動産登記法部会 第23回会議議事録

○山野目部会長 再開いたします。
  部会資料55をお手元に御用意くださるようにお願いいたします。要綱案として作っていくものの第1部,民法の見直しの第1のところで扱う相隣関係の中の1として,隣地使用権を題材としている資料でございます。前回会議でこの隣地使用権について御議論を頂いたところを踏まえ,議事を整理いたしまして,本日改めて部会資料55の1ページに太字で掲げているような規律の構想をお示ししているところでございます。部会資料55のその余の部分は,その補足説明でございます。事前にお目通しを頂いているものと考えます。それでは,この部会資料55の全体につきまして,委員,幹事の御意見を承ることにいたします。いかがでしょうか。
○中村委員 ありがとうございます。前回の第22回の部会では,この点につきましていろいろな議論があり,仮に前回御提案の使用権構成で進む場合でも,要件,手続,効果,それぞれの観点から適切な絞りを掛けることができるかどうかを更に探るということになりましたが,今回はそれを受けて,手続要件である本文③のところを更に工夫していただいたものと理解しております。日弁連のワーキンググループでは,今回の提案に賛成する意見があった一方で,前回もお伝えしたのですが,引き続き強い修正意見もありました。
  まず,今回提案に基本的に賛成する意見としましては,この御提案にそのまま賛成する意見と,少し修正を加える提案が付いているものがあります。③の通知の宛先の部分ですけれども,第一次的には現に使用する者に対してとする,そして,隣地使用者を知ることができず,又はその所在を知ることができないときは,土地所有者に対してとするということによって,使用者がいない,又は不明という場合に,所有者は判明しているのに何ら通知をしないで使用できるといった,隣地の円満な利用の調整という観点からは望ましくないような事態を避けることができるとして,若干の修正を求めるという意見がございました。
  それから,強い修正意見としましては,より根本的に見直すことを提案するものなのですけれども,部会資料の本文の定めぶりですと,これを読んだ国民の間には,自力救済は許されるという誤解が生じることを防ぐことは難しいという強い危惧感による意見です。今回の部会資料の提案では,本文だけを読みますと,①から③の要件を満たす限り隣地使用は適法であって,隣地所有者がこれを拒めば違法となると解釈され得るところ,例として,隣地使用権者が大掛かりな商業ビルの建築を予定しているような場合に,隣地所有者がこの時期は困ると申し入れた上で門扉に施錠をしたというような場合に,隣地使用権を侵害されたとしてその損害は巨額になるよというような形で迫られると,やむなく押し切られるという事案などを想定して,このような場合が生じてくるのではないかという懸念も示されていました。
  その上で,この反対意見からの対案といたしまして,前回の部会でもお伝えし,また,前回中田委員から御示唆がありましたように,①の実体要件の中に,次に掲げる目的のために必要であり,かつ,隣地使用の日時・場所及び方法が,隣地の使用状況,隣地が受ける損害の性質と程度,他の代替方法の有無その他の事情に照らして相当と認められるときに,などとして相当性の要件を盛り込むことが1点。そして,もし①の要件をこのように修正すれば,②の要件を①に吸収してしまって,②が吸収された①と,今回の③の手続要件の両方を充足しなければ隣地使用はできないのだということが国民の目に分かりやすくなるのではないか,そうすれば懸念される自力救済をできる限り防止することができるのではないかという対案が示されました。
  さらにもう1点ですが,これも前回お伝えしましたが,③の規律によって通知された日時・場所,方法などが被通知者にとってはどうしても都合が悪いということはあり得るので,変更請求権を設けてはどうかという,前回もお示ししましたが,引き続きこのような案が出されていました。
  隣地使用権については,基本的に以上です。もう1点,前回の部会資料52の4項で扱われました,他の土地等の瑕疵に関する工事,いわゆる管理措置については今回の御提案はありませんけれども,このいわゆる管理措置についても前回多くの論点が指摘されまして,隣地使用権の検討と整合性をとりながら整えていく必要があるという指摘がなされたところでした。あと3回しか部会が予定されていない中で,なかなか難しいとは思いますが,管理措置についても,最終提案の形になる前にもう一度検討の機会を頂きたいという希望が出ておりましたので,申し添えたいと思います。
○山野目部会長 弁護士会の意見をお取りまとめいただき,個別の出していただいた意見,それから審議の進め方についての要望を承りました。
  引き続き,いかがでしょうか。
○佐保委員 ありがとうございます。先ほど中村委員が発言された隣地使用権の③の通知の相手方の話であります。現に使用している者については特段私も異論ありませんが,同じように,2ページの補足説明では,後段,他方でから始まり,隣地使用者が存在しない場合にはということも書いてあります。私は専門家ではありませんけれども,例えば,隣地使用者が存在しない場合は隣地の所有者に通知しなければならないといった規律を入れておいた方が分かりやすいのではないかと考えております。
○山野目部会長 御意見を承りました。
  引き続き承ります。いかがでしょうか。
○道垣内委員 ありがとうございます。前回,この相隣関係の隣地使用権につきまして,②の要件に関して,隣地のため損害が最も少ない,というのではなくて,隣地所有者や隣地の使用者に損害が及ばないようにしなければいけない,といった文言にすべきであるという修正案が出されたのに対して,私も含めまして何人かの者が,隣地使用権というのが所有権対所有権の調整の話であるとするならば,そこに隣地所有者や隣地使用者に損害を与えないというふうなことを入れ込むのは,権利の性質を大きく変えることになるのではないかと発言いたしました。
  今回,中村委員から,修正案が出たという具体的な話を伺いました。①について,相当性的な要件を入れる,というわけですが,しかし,そのときに中村委員は非常に慎重な言葉遣いをされまして,隣地所有者,隣地使用者という言葉をお使いになりませんで,「隣地が受ける損害の性質と程度」という言い方をされたのですね。私はその点には全く異存はありませんで,また,①のところに,必要な範囲内でということだけではなくて,そういう相当性の要件というものを入れるということにも特に反対するものではありません。もちろん②の,「隣地のために損害が最も少ないもの」というところで読めるといえば読めるのかもしれませんが,それよりも明確になるという点はあろうかと思います。
  ただ,そういうふうに新しく①,②のところを作り変えるにせよ,あるいは現在のままにするにせよ,そこでは,前回申し上げましたように,①,②が,ある土地とある土地の関係の要件として規律されているところなのだと思います。これに対して,④を見てみますと,これは現在の所有者,現在の使用者というものに対して現実に損害が及ぶかどうかという観点で書かれていることであって,①,②とかなり性質の異なるものだろうという気がいたします。そして,それを前提にして,③の意味を考えてみますと,③は④の関係のものなのだろうと思うのです。これは現に使用している者というのを念頭に置いているわけですね。そうすると,①,②とはかなり性格が違うのであり,つまり,手続要件という話がありましたが,仮に,現使用者に対して通知をしないというままに,相当な方法で用いたというのを考えてみますと,通知をしなかったことによって,①,②で定められた権利の行使が当然に違法になるのかというと,どうも私は違法にならないのではないかという気がするのです。
  そうすると,③の要件は何を意味しているのだろうかというと,恐らく④の話なのではないか。つまり,隣地所有者,隣地使用者が損害を受ける可能性がある,目的,使用方法,日時及び場所を通知されたときに,その日は都合が悪くて,その日にやられてしまうと大きな損害を受けるということであるならば,それをきちんと土地所有者に対して,使用しようとしている人に対して伝えなさいと。伝えないでおいて,自分に損害が,非常に都合の悪いときにやられてしまったなどといって,損害が生じたといって損害賠償を払えというのは,それは駄目でしょう。何日の何時から何時までと言われたときに,そのときなら大きな損害が生じるというのだったら,それはきちんと伝えなさい。伝えないで損害が生じ,ないしは拡大したということを理由にして償金請求はできませんよ。それに対して,伝えられたのにもかかわらず,あえてその日にやってしまったということになるならば,①,②の観点からは,ひょっとして正当な権利行使であるとしても,④における損害は認識して与えている損害であり,回避可能な損害であるという形になって,完全に償金の支払義務というのが認められるということになるのではないかと思うのです。そうなると,④のところのただし書に③というのを入れ込んで,ただし,通知を受けたのに,それをきちんと言わなかったことによって損害が生じ,ないしは損害が拡大した場合には,この限りでないというふうな要件として位置付けるべきではないかと思います。
  なかなかうまく言えませんで,分かりにくかったと思いますが,以上です。
○山野目部会長 中田委員,どうぞ。
○中田委員 ありがとうございます。私は③について,ただ今の道垣内委員とは違いまして,もう少し積極的な理解をいたしました。今回,③に目的と使用方法を入れることで,規律内容の明確化と紛争防止の両面で非常によくなったのではないかと思いました。と申しますのは,②の規定は,使用方法はこれこれのものを選ばなければならないと書いてあるものですから,そうすると,①が権利の成立要件で,②は成立した権利の行使方法というようにも読めるわけです。しかしながら,③に目的と使用方法も入ったことによって,①と②を満たすことを前提にして③で権利が具体化される,そういう構造になったのかなと理解いたしました。
  ところが,今,道垣内委員からの御指摘で,③というのはそういうものではなくて,もっと軽いものである,③がなくたって①,②で権利は発生しているのだと,それを行使しても適法なのだと,③は④のただし書として位置付けるべきだということを伺いまして,そうかと思ったのですけれども,そうだとすると,やはり権利の発生の時期,あるいはその発生した権利の内容というのが非常に不明確になるのではないかと思います。元々,前回申しましたとおり,立入権というところから出発していて,それが使用請求という形になった,だけれども,請求という構成を採ることによって,権利の内容がだんだん煮詰まっていくだろうと,こういうプロセスが予定されていたと思うのですが,今回,請求ではなくて使用できるということにしたとしますと,やはりその権利が具体化するということを明らかにした方が,規律の内容としても,紛争の防止という観点からも,よろしいのではないかと思っております。
  ということで,むしろ私は③を積極的に位置付けたいなと思っておりました。その上で,①で,相当性の要件を入れる,弁護士会の御提案のような方法というのは,そうなればいいなとは今でも思いますけれども,しかし,なかなかそれも難しいのではないかと,この段階ですので。ただ,この部会資料でも一致していることは,①にいう必要な範囲というのは,決してその土地の所有者の主観的な必要性ではないということだろうと思います。つまり,この資料の1ページの下の2行にありますように,必要性の中には,あるいは①と②を併せて,様々な事情が考慮される,あるいは,2ページの3行目にありますように,正当化される範囲というものに限るのだということであります。そうすると,主観的な必要性ではないのだということを,解釈上当然だとお考えかもしれないのですけれども,条文だけを見た人はなかなかそうは理解しにくいかもしれませんので,何か手掛かりを入れることができたらいいなとは思います。例えば,「社会通念に照らし必要な範囲内で」とするような方法も考えられるかもしれません。もちろんそれは一つの例にすぎませんけれども,主観的な必要性ではなくて,この規律から出てくる制約の範囲内で判断されるべきものなのだということを表せたらいいなと思います。
○山野目部会長 御意見を頂きありがとうございます。
  今までお出しいただいている御意見などを参考としながら,引き続き委員,幹事から御意見をおっしゃっていただきたいと望みます。藤野委員,どうぞ。
○藤野委員 ありがとうございます。こちらの意見としては,これまで出させていただいていたとおり,なるべくそれほど重たくない手続がよいのではないかということで,そこは変わっていないわけですが,やはり想定している前提が大分,それぞれお立場によって違うのかなというところは感じているところでございまして,一番気になっているところは,正に最初の議論の出発点である,隣地所有者が連絡取れません,現に使っている人も分かりませんという場合に,なるべく,ある程度必要なところはきちんとやっていけるようにしたいというニーズに適切に対応できるものになるのかどうか,ではないかと思っているところでございます。その観点からいたしますと,今回,補足説明の一番最後のところに幾つか場合分けをして,3ページの一番下の方に,(5)のところに書いていただいている整理,おおむねこのような整理の仕方が非常に納得感のあるところかなと思っておりました。
  念のための確認ではございますが,実際に例えば,一番最後の段落のなお書などでも書かれているのですが,現に隣地を使用している者はいないと評価する場合とか,所有者による使用すらないと評価されるような場合,こういう場合というのはもう通知まで不要という考え方でよいのか,あるいは,念のため通知をして,それで応答がなくてもそのまま使っていいという趣旨なのかというところは少し確認させていただければと思っております。
  いずれにしても,通知して何も返ってこない場合には相隣関係を維持するために必要なメンテナンスを一切やってはならない,ということにならないのであれば,今回このような形で規律を改めていただく意義というのはあるのかなと思っておりますので,以上,意見と御質問ということで,よろしくお願いいたします。
○大谷幹事 ありがとうございます。隣地の使用の解釈として一連の考え方をお示しいたしましたけれども,これは,今正に御指摘がございましたとおり,所有者が現に居場所が分かっているというときに,これは前回の部会資料でもお書きしておりましたが,後のトラブルを避けるために通常は所有者にはお知らせするだろうと。また,概念としては使用していないと評価できるとしても,念のために所有者に通知をするということが望ましいだろうと思っております。
○藤野委員 明らかに使っていない場合は,名義上の所有者に連絡をした方がいいということですか。
○大谷幹事 明らかに使っていない場合でも,所有者が分かっているのであれば,後のトラブルを避けるために所有者に通常は通知をするのではないかというところでございます。
○藤野委員 判明している場合はですよね。判明しておらず,連絡も取りようがないというときは,逆に言うと,ここの中では通知先がないという要件,解釈でいいのかどうかというところで。
○大谷幹事 さようです。今の補足説明の一つ上の段落の,所在が不明だというときには,それは使用していないと評価することが可能ではないかと考えております。
○藤野委員 ありがとうございます。基本的にもう隣の所有者が分かっているとか,現に使用している人がいるというときに,そもそも隣地使用権の行使という立て付けを実務的にそれほど使うかといえば,少なくとも事業者というか会社の話であれば,それはないというか,この条文を持ち出すまでもなく,きちんと判明している所有者や使用者と話をして使うだろうというところで,私どもの方で想定しているのは,やはりそういった方々がいない,所在が分からない場合というところが前提になっていますので,一応そこのところも含めて目配りをした形で検討を進めていただければと思っております。
○山野目部会長 ありがとうございます。
  引き続き御発言を承ります。
  いかがでしょうか。ここまでの御議論で,①,②という基本的な成立要件を案内する規律の部分に加えて,③の通知を掲げ,そして④の償金の規律を置くというフォーメーションを御提示申し上げ,前回の部会資料と比べて,③のところについて変更を加えて御提案を差し上げております。ここまでの御議論で,このような前回の部会資料からの変遷を経た提案の基本的骨格は理解ができるという御意見を頂いたり,そのような基本的な骨格は理解ができるということを踏まえた上で,若干の御提案を頂いたりしているところであります。
  ①につきましては,このままの文言でも理解がきちんと説明されるということで進めるという可能性があり得るほか,相当性,社会通念という言葉などを例示しながら,何らかの形で,隣地使用権の行使の範囲,態様についておのずと制限があるということが規範として伝達がより明瞭になるようにする方がよいという御意見や,あるいは,更にもっと多くの文言をここに充てて,そのことがかっちり伝わるようにすべきであるという御意見が出されたりしているところでございます。
  皆様方の御意見を引き続き承ってまいりますけれども,いかがでしょうか。
  おおむね,ただいま御発言いただいたようなところを踏まえて,改めて①,②,③を中心に整理を深めていくということでよろしゅうございましょうか。何か補足で承っておくことがあったらお伺いいたします。
○蓑毛幹事 日弁連のワーキンググループでの意見を先ほど中村委員から申し上げましたが,少し補足して意見を申し上げます。
  中田先生がおっしゃったことと関係しますが,私は,③の要件が④の要件との関係で存在するのではなく,①,②の実体要件を受けて③の手続要件が定められているという位置付けとするのが望ましいと考えております。そのことを考える上で,先ほど,道垣内先生もおっしゃられていて,難しい問題があるところだと理解しておりますが,②の「その使用方法は,隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない」を,どのように解釈できるかが大事かなと思っています。つまり,「隣地のために」というのは,隣地所有者や隣地の使用者のためにということを意味するのではないのだよという指摘を頂いています。しかしながら,「隣地のために」というのは,部会資料1頁の下から2行目にもあるとおり,隣地の使用状況であるとか,隣地が受ける損害の性質と程度,他の代替方法の有無などの事情を考慮して判断されることになろうかと思います。そして,③では「その目的,使用方法」に加えて「日時及び場所」を通知するとあるのですが,この「日時及び場所」が「使用方法」との関係でどのような位置付けになるかが重要だと思います。私は,「日時及び場所」は必ずしも隣地所有者や隣地使用者の個人的な事情ではなく,隣地のために損害が最も少ないものでなければならないという「使用方法」の一要素になると考えます。例えば,極端なことを言えば,真夜中に工事をするなんていうのは隣地のために損害が最も少ないとはいえないであろうとか,そういった意味において,③の「日時及び場所」は,②の隣地のために損害が最も少ないということのための判断の要素になるのだと思います。そのようなことも併せ考えて,②と③をうまく整合させ,そして,弁護士会が懸念しているようなトラブルが生じないような適切な仕組みを構築していただければと思っております。
○山野目部会長 ②と③の関係について,今,蓑毛幹事に整理していただいたとおりの趣旨で部会資料は御案内していると理解しておりますけれども,事務当局から何か補足がありますか。
○大谷幹事 御指摘をありがとうございます。使用方法という言葉,②と③で同じ言葉を使っていて,この関係がどうかということもあるのだと思います。本日の御指摘も踏まえまして,更に何か,この本文を変えるのか,あるいは説明ぶりをもう少し充実させるのかというところも両方あり得るかと思いますけれども,再度検討したいと思います。
○道垣内委員 ありがとうございます。私は③の要件を軽くしようという話で申し上げているつもりもありませんで,蓑毛さんが今おっしゃったような,真夜中は駄目ではないかと,それはやはり土地に損害を与えるわけではなくて,土地の使用者,所有者に損害を与えるから駄目なので,それが隣地のために損害が最も少ないとはいえないということになるという,それはそのとおりだと思うのですが,私は逆に,1週間後の何日に工事をやりますと言われたときに,いや,実はその日は友達を招いて庭でバーベキューパーティーをやることになっているのだとか,あるいは,友達を招いていて,その友達には赤ちゃんがいて,大きな音を立てられると困るのだというふうなときだって,そう言われれば,使用はやめるべきだと思うのです。日にちをずらすべきでる。しかし,そういうのは「隣地のために損害が最も少ない」というところには読み込めないだろうと思いまして,そうなると,それに反したときはどうなるのか,2,3日ずらしてくれればそれでいいのだけれども,その日はもうお客さんを呼んでいるから勘弁してほしいというときに,強行したときどうなるのだろうか,あるいは都合を聞かないでやったときどうなるのだろうかとかということになると,4の損害賠償的な話というのが生じるということを明らかにすべきであって,それが私が言うところの,①,②と性格が少し違うのではないかということの意味です。そうなると,償金という言い方も正当性が何となく感じられるので妥当でないかもしれません。
  だから,極端な話,土地どうしの関係ではなく,所有者との関係であるということであっても気にしないのならば,逆に,手続要件の①に書いてしまうべきだと思うのです。こういうふうな通知をして,やらなければいけません,それで,合理的な異議が述べられたときにはもう権利はありませんと書いてしまうのだと,またこれも分かるのです。それに違反したら,それはもう勝手に人のところに入った不法行為であるという話になるわけです。今のままだと,③は何なのという,違反したらどうなるのだろうというのが私にはよく分からないものですから,その位置付けをはっきりさせてほしいということです。軽くしたいということではございませんので,一言申し上げておきたいと思います。
○山野目部会長 ③の位置付けについて,軽く位置付けを与えているものではないという道垣内委員の御意見の本旨を理解いたしました。
○蓑毛幹事 ありがとうございます。道垣内先生から非常にうれしい言葉を頂いたと思います。①と②の要件を満たしていると思われる土地所有者が,隣地の使用者に対して③の通知をした,しかし,隣地の使用者からすると,小さな子供もいるので日を改めてほしいということであれば,それは日を改めるべきだと,この結論は正に弁護士会が望んでいるもの,そのものでして,とても有り難い言葉だと思います。
  その場合,弁護士会が気にしているのは,そのようなことを言って拒んだ隣地の使用者には不法行為は成立しませんよねと,隣地使用権の行使を故意,過失によって妨げたということによって不法行為は成立しませんよねということの確認をしたいと思っているのです。道垣内先生のお立場ですと,隣地の使用者が,小さな子供がいるから別の日に改めてくれと言って,しかし話合いができないまま,土地の所有権者,隣地使用権があると主張する者の工事ができなくなったとしても,不法行為は成立しないという結論になってしかるべきだと思うのですが,それが不法行為のいずれの要件を欠いて,不法行為の成立が妨げられるのか。隣地使用権が成立して行使要件も満たしているにもかかわらず,自分の都合でそれを拒んだ者について,不法行為は成立しないということになるということでよろしいのかということが,道垣内先生にお尋ねしていいのかどうか分かりませんけれども,そこが気になっているところです。
○山野目部会長 今のお話は,しかし,道垣内委員に直ちに発言をお願いして議論のラリーを少ししていただくと,考えが深まるであろうという予感を抱きますから,もしよろしければでいいですが,道垣内委員におかれて,ただいまの局面での不法行為の成否,それから成立,否定の論理構造について,何かお考えがあったらお話しいただければと望みます。
○道垣内委員 だから,それは妨げても不法行為にならないというふうにしなければいけないということは分かります。そうであるならば,それはもう①の中に③の話は埋め込まざるを得ないのであって,③のところに書いていたからといって,①,②の権利自体がなくなるという話には,構造上はならないような気がするのです。ですから,今,蓑毛さんがおっしゃったような,バリケードを作ってか何か分かりませんが,使わせないように妨害をするという行為が不法行為にならないということを明らかにしようというのだったら,このままではなくて,①に入れなければいけないし,あるいは,解釈かどうか分かりませんが,中村さんがおっしゃったような,①のところに相当性みたいなものを入れて,その相当性の解釈の中に③における交渉とか,そういうものというのを埋め込めるようにしないといけないのではないかと思うのです。
  もちろん,209条は歴史がある条文であって,いろいろな請求構成とかいろいろあるのは,それは分かりますけれども,やはり全体としてはこれは土地の問題としてやっていて,例えば,最高裁の平成⑤年判決というのは,袋地上の違法建築物に下水排水のための隣地使用権があるか,を扱ったものですが,現在建てられている建物が建築基準法違反のものであることにより隣地使用権自体を否定するのではなく,権利濫用で処理しているわけですね。私は,土地と土地との関係で考えたときには,水を出すという権利自体は否定できないところ,除却対象となるような建物を建てて水を出すというのを妨げようとするならば,権利濫用の話としてせざるを得ないというのが判例の立場なのではないかと理解しております。中村さん,蓑毛さんがおっしゃっていることと,私が申し上げていることとの間で,具体的な事件における,どう在るべきかという結論は恐らく違わないと思うのです。だけれども,それをどういうふうに整理した形の条文にするかということで,今のような③の位置付けだと,そういうふうにはならないのではないかというのが私の思うところです。
○山野目部会長 道垣内委員,ありがとうございます。
  佐久間幹事,少しお待ちください。ボールを一回蓑毛幹事にお戻しして,今の道垣内委員のお話を聞いて,御発言があったら,頂きます。
○蓑毛幹事 いえ,もう少し頭を整理して,道垣内先生がおっしゃったことについて議事録をよく読み返して,考えてみたいと思います。
○山野目部会長 ありがとうございます。
○道垣内委員 いや,余りきちんと読み返さないようにしていただいた方がいいかもしれません。
○山野目部会長 でも,きっと読み返すと思います。
  佐久間幹事,お願いします。
○佐久間幹事 ありがとうございます。余りまとまってはいないのですけれども,先ほど蓑毛幹事がおっしゃった,真夜中に工事するとかという例ですよね。違うか,子供がいて迷惑だからという例でしたか。
○山野目部会長 今,二つ例が挙がっていて,真夜中に工事をする話と,庭で友達を呼んでバーベキューパーティーをする話があります。
○佐久間幹事 そのどちらでもいいのですけれども,不法行為の成立について,それほど単純に判断することはできないと思います,そもそも,隣地使用権は債権ではなく物権的な権利なのだろうと思いますけれども,それほど保護法益として強いものでないとしたならば,侵害態様とか,その妨害に当たる行為をした者の主観的状態によって,故意又は過失の要件が否定されるとか,あるいは違法性の要件が実はここでは満たされなければいけないところ,その要件が充足されないというふうな考え方で不法行為が否定されることが一つはあり得るだろうと思うのです。
  もう一つは,①の目的のため必要な範囲内でというところで,先ほど中田委員がおっしゃったことに近いことになるのかもしれませんが,まさにその日とかその時期にピンポイントでどうしても,例えば収去又は修繕をせざるを得ないのだというときは,立入りを妨害することが違法になるということはあり得ると思うのですけれども,比較的余裕のある時期というか,一定期間内にやれればいいのだというときには,ピンポイントの日時,特定の期間に立ち入れないことがあったとしても,まさにその日,あるいはその期間に立ち入ることだけが必要な範囲内での隣地使用であるとはいえない,という考え方だってできると思うのです。
  申し上げたいことは,種々いろいろな要件操作がされ,最終的にそんな訳の分からん結論になることは,少なくとも法律家の間では,ないのではないかと思います。そのことが法律の知識のない一般の人たちにどの程度うまく伝えられるかということが焦点であり,その意味では,余り物権法の範囲では見ないのかもしれませんけれども,中田委員がおっしゃった,「社会通念上必要な範囲内で」といった文言を入れることが可能であれば,それは一つの方策ではないかと感じました。
○山野目部会長 ありがとうございます。
  不法行為の成否そのものに関する言わば学理的,学問的な不法行為の要件論上の体系整理としては,ざっくり言えば,佐久間幹事がおっしゃったように,それほど簡単に不法行為が成立するはずがなくて,多くの事案において過失が否定されるでしょうし,しかし,問題の核心は過失の要件に依存するのではなくて,違法性阻却ができるか,あるいは体系のとり方によっては権利侵害の有無の問題として考えたときに,弁護実務のお立場における実際感覚で行くと,学者はそう言うかもしれないけれども,一体この①から③のうちのどこが否定されるから,権利侵害が否定され,又は違法性が阻却されるということになるかはっきりしていただかないと,弁護士会の先生方としては,どちらの依頼者の側に立ってアドバイスをするのでも困る場面が出てくるところから,そこの議論を明瞭にしてくださいという御要請であろうと受け止めます。
  その上で,それに対し,どのようなお答えをしていくかということに関しては,今の①,②,③の並びだとしても,ここまでの御議論で明らかになった点は,②の趣旨,③の趣旨のようなものは,①とばらばらに存在するものではなくて,①の中の,取り分け目的のため必要な範囲内でという規範的概念の理解の中に吸収する仕方で総合的な判断がされるということになって,その判断の過程から得られる結論として,権利侵害が否定され,又は違法性が阻却されるという結論になるものでありましょう。
  佐久間幹事のお言葉で言うと,法律家は普通そういうふうに判断するものであるから,やみくもに不法行為が成立することはありませんよというふうな話で論理が進んでいて,そこまでは弁護士会の先生方にも御理解を頂けると想像しますが,あとは,今のような説明で①,②,③として出している姿を理解しますと説明していくということで進めるか,もう少しそこのところが,法律家でない方々に対しても,より規範の内容が透視性を持つ仕方で文言の改良をしていくかというところに収斂されてくるであろうと感じます。そこのところを先ほど大谷幹事が,引き続き整理してみますとおっしゃいました。その観点から言うと,恐らく②,③を今の建て付けの基本は維持しながら,もう少しそこの言葉の関係を整理する必要があるかもしれません。
  それから,もう一つは,①の柱書き本文のところの,取り分け次に掲げる目的のため必要な範囲内で,の文言について,何かベターな伝達の仕方があるかということは考えてみる余地があるかもしれませんけれども,法制的に難しいという限界がそこにもしかしたらあるかもしれません。それらの工夫をして,①,②,③の建て付けが余り変わらないというときには,大体狙っている結果は弁護士の先生方と民法の先生方がおっしゃったものと齟齬していないものですから,そういうふうに説明して理解してもらいますという進み方になるでしょうし,しかし,最初からそういうふうに決めないで,もう少し文言を工夫してみましょうというお話になっていくかもしれません。
  悩ましい点は,少し場面が離れますけれども,賃貸されているアパートの窓が壊れたりして修繕の必要が生ずるときに,賃貸人が保存行為をしようとすると,契約に関する規定を参照しますならば,賃借人は拒むことができないという文言になっております。拒めば違法であると考えられます。賃借人の方に拒むか拒まないかの随意の恣意的な選択をする余地はないということを,法文は拒むことができないという言葉で伝えていますけれども,しかし,そうはいったって,拒むことができないのだからあなたのアパートに入っていくよと告げ,賃借人,どいていなさいとドカドカ入り,窓ガラスの修繕に賃貸人が業者を連れて入りますというふうになると,それは違法な自力救済以外の何物でもないのでありまして,そのとき正にその賃借人の方が,今,家に友達を招いてホームパーティーをしている最中であるから困ります,窓ガラスが壊れているところは直してほしいですけれども,明日にしてくれませんかというやり取りがされることになって,そのやり取りの全体が,賃貸借の場合には,契約及び取引上の社会通念という概念がいちいち書かなくても常に支配していますよということがバックボーンにあって,その拒んだ,拒まないのやり取りのところの相当性がこの概念を用いて判断されますというお話になっていくものでありましょうけれども,こちらは契約関係にない人同士の間のコミュニケーションの問題になりますから,少なくとも取引上の社会通念という言葉をここに入れようとすると,どんな取引があるのですかというお話になってまいります。そこで,取引上の社会通念そのものではないだけれども,中田委員がヒントをくださったように,社会通念ないし,それと類似の,法制上ここに可能な限り親しむ概念を探して,何か工夫するということはあるものではないでしょうかというお話になってくるかもしれません。
  もう少し,ここの議事の整理を次回以降につなげていくために,委員,幹事がお気付きになっていることのお話を伺いたいと感じますから,何かありますればお話をくださるようにお願いいたします。松尾幹事,どうぞ。
○松尾幹事 ありがとうございます。今問題になっている部会資料55,第1の1③の要件は,道垣内委員の問題提起,中田委員のご指摘を踏まえて,私の理解では,同じく①と②では隣地使用の目的のために必要な範囲内で,かつその使用方法は隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならないとして,抽象的に定められていて,要件としては明確だけれども,具体的に何を意味するかということになると,隣地との関係によって多様性があるために,同じく③で隣地使用の目的,使用方法,日時および場所を具体的に示して交渉することを促すことにより,同じく①・②の内容を具体化して,土地所有者と隣地を現に使用する者との間の調整を図ることを可能にするという機能をもつものと思われます。
  そのうえで,③が定める「通知」が法的に何を意味するかですが,これについては,部会資料55の2ページの下から6行目「他方で」から始まる段落で,この「通知」は相手方に相当期間を定めて応答を求める趣旨のものではないとして,その性格を明確にしていただいています。たしかに,隣地使用権である以上はそうであるとしても,やはりできる限りは,これから隣地を使いたいという土地所有者と,隣地を現に使用している者との間の調整を可能にするような「通知」である必要があるものと思われます。したがって,「通知」の方法については,この趣旨に照らして実効性があるものを工夫する余地があるように思います。
  なお,先ほどから問題になっておりました不法行為による損害賠償との関係ですが,④の償金は土地所有者が隣地を使用する際の故意・過失の有無にかかわらず,したがって不法行為とは関わらずに,法定の権利である隣地使用権に基づく使用によって隣地の所有者または使用者に損害が生じたならば,その償金を請求できるものと理解しております。③の要件の具体的な行使の仕方として,やり方が悪かったら,それは不法行為になり得るけれども,その話と④の償金請求は別だと理解しております。例えば,隣地使用権の行使により,隣地の所有者または使用者が当該土地を10日間,20平米使えなかったということであれば,それは当然,損害があるから,償金を払ってくださいねという趣旨だと私は理解していますけれども,それで合っているかどうかということを確認させていただきたいと思います。
○山野目部会長 お尋ねの部分について,事務当局からお話をください。
○大谷幹事 今の点,償金の考え方はそのとおりだと考えております。
○山野目部会長 松尾幹事,お続けください。
○松尾幹事 ありがとうございました。
  あともう1点だけ確認をさせていただきたいのですが,前回と同様の確認事項で,少しくどいようで大変恐縮なのですが,部会資料55の3頁,下から4~8行目で,土地所有者の所在が不明であるようなケースでは,隣地を現に使用している者はいないと評価することが可能であるという説明ですが,これは通知をしなくても隣地を使えるという理解でよろしいでしょうか。これについて前回,私は不明所有者にも公示による意思表示等の方法で通知すべきであるという意見を申しました。これに対し,それでもなお,隣地が所有者不明になっている場合には,それは通知なしに使っていいのだということであれば,そういう所有権の制限を受けるということについては,不明所有者の責務として,それは甘んじて受けてもらいましょうという説明をすることになると思いますので,その点だけ最後に確認させていただきます。
○山野目部会長 その旨は先ほど藤野委員との間で確認していただいたことの再確認であると感じます。
○松尾幹事 正に藤野委員が先ほどおっしゃった点でございます。
○大谷幹事 そうですね,所在不明の場合には通知が不要であるということを,ここで解釈として示していることになります。
○山野目部会長 松尾幹事,よろしゅうございますか。
○松尾幹事 はい,結構です。
○山野目部会長 部会資料55でお諮りしている事項について,ほかに御発言はおありでしょうか。よろしゅうございますか。
  それでは,1ページの①,②,③,加えて④の関係について,今日は委員,幹事から活発な多くの有益な御指摘を頂きました。これを踏まえて整理をするということにいたします。深く御礼を申し上げます。
  本日,3点の部会資料,53,54,55についてお諮りをし,実質的な審議をここで了したという扱いになります。
  次回の会議の案内等につきまして,事務当局からお話を差し上げます。
○大谷幹事 次回の議事日程ですけれども,来年の1月12日火曜日,午後1時からということで,終了時間は最近のとおり,終了時間未定とさせていただきますが,場所は東京地検の15階になります。隣の建物の15階になります。最初の頃に使っていた所かと思いますけれども,法務省ではなくて検察のエリアの方になります。
  テーマとしては,要綱案について御議論を賜りたいと思っております。
  今年も大変な御協力を頂きまして,何度もおいでいただき,ありがとうございました。一応この部会は年内はここまでということになります。また来年,よろしくお願いいたします。
○山野目部会長 次回の会議の案内等は,ただいまお話を差し上げたとおりですが,この際,部会の運営につきまして,委員の皆様からお尋ねや御意見がおありでしょうか。
  よろしゅうございますか。
  本日は3点の部会資料,いずれも難度の高い論点が含まれておりまして,委員,幹事におかれましては長い時間にわたる審議に熱心に御協力を賜りました。深く重ねて御礼を申し上げます。
  これをもちまして,民法・不動産登記法部会の第23回会議をお開きといたします。どうもありがとうございました。
-了-

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立