【資料36】土地所有権の放棄

第1 土地所有権の放棄を認める制度の創設
不動産は、法令に特別の定めがある場合を除き、その所有権を放棄することができないものとする規律を民法に設けた上で、次のような規律を内容とする土地所有権の放棄に関する法律を制定することで、どうか。
1 土地の所有者は、法律の定めるところに従い、審査機関の認可を受けて、所有する土地の所有権を放棄することができるものとする。
2 土地が二人以上の共有に属する場合における所有権放棄の認可の申請(第1において「放棄申請」という。)は、全ての共有者が共同してしなければならないものとする。
3 放棄申請をしようとする所有者は、その申請に先立って、政省令で定める方法により、売却、貸付け等の処分その他の行為を試みなければならないものとする。
4 1の認可は、放棄申請の対象地が、次のいずれかに該当するものである場合には、することができないものとする。
(1) 所有者が相続(遺産の分割や特定財産承継遺言によるものを含む。)又は遺贈(受遺者である所有者が遺言者の相続人であった場合に限る。)以外により取得した土地
(2) 担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されていることその他これに準ずる事情がある土地として政省令で定めるもの
(3) 権利の帰属について争いがある土地として政省令で定めるもの
(4) その管理又は処分に過分の費用を要する土地として政省令で定めるもの
5 放棄申請をしようとする者は、政令で定めるところにより、政令で定める額の認可に係る手数料及び土地の管理に係る手数料を納付しなければならないものとする。
6 審査機関は、放棄申請があったときは、遅滞なく、国の関係行政機関の長及び当該放棄申請がされた土地の所在地を管轄する地方公共団体の長にその旨を通知しなければならないものとする。
7(1) 審査機関は、1の認可に係る審査をするため必要があると認めるときは、他の関係行政機関の長の意見を聴くことができるものとする。
(2) 審査機関は、1の認可に係る審査をするため必要があると認めるときは、関係行政機関の長、関係地方公共団体の長又は関係のある公私の団体に対し、資料の提出その他必要な協力を求めることができるものとする。
8 審査機関は、土地所有権の放棄の認可申請があったときは、3の試みがされていない場合又は4に掲げる場合を除き、1の認可をしなければならないものとする。
9(1) 4に規定する要件を満たしていないことによって国に損害が生じたときは、放棄者は、これを賠償する責任を負う。ただし、放棄者が過失なく要件を満たしていないことを知らなかったときは、この限りではないものとする。
(2) (1)によって生じた損害の賠償は、所有権放棄が認可された時から5年以内に請求しなければならないものとする。
10 審査機関は、放棄地を管理する関係行政機関の長及び当該放棄地に係る権利を取得した者並びにその承継人の同意を得なければ、当該放棄地に係る所有権放棄の認可を職権により取り消すことができないものとする。
(注1)所有者のない不動産は国庫に帰属するとする民法第239条第2項により、所有権が放棄された土地は最終的に国庫に帰属する。
(注2)4(4)の政省令で定める内容としては、㋐建物が存在すること、㋑土地の性質に応じた管理を阻害する有体物(工作物、車両、樹木等)が存在すること、㋒崖地等の管理困難な土地であること、㋓土地に埋設物や土壌汚染があること、㋔土地の管理に当たって他者との調整や当該土
地の管理以外の目的での費用を過分に要することとすることが考えられる。
(注3)土地所有権を国が取得した後に、審査機関による認可の時点で土地所有権の放棄の要件が充足されていなかったことが判明した場合には、行政行為の取消しに関する一般法理に従い、審査機関は、認可処分を取り消し、所有権放棄を遡及的に無効とすることができることを前提にしている。
○中間試案第5
1 土地所有権の放棄を認める制度の創設
土地の所有者(自然人に限る。)は、法律で定めるところによりその所有権を放棄し、土地を所有者のないものとすることができるとする規律を設けることについて、引き続き検討する。
(注1)所有者のない不動産は国庫に帰属するとする民法第239条第2項により、所有権が放棄された土地は最終的に国庫に帰属する。
(注2)本文とは別に、土地の所有権を放棄することができる主体について、法人も含むとすることも考えられる。
(注3)共有地については、共有者全員が共同で放棄しない限り、土地を所有者のないものとすることはできないとする方向で引き続き検討する。
2 土地所有権の放棄の要件及び手続
土地の所有者は、次に掲げるような要件を全て満たすときは、土地の所有権を放棄することができるとする規律を設ける。
① 土地の権利の帰属に争いがなく筆界が特定されていること。
② 土地について第三者の使用収益権や担保権が設定されておらず、所有者以外に土地を占有する者がいないこと。
③ 現状のままで土地を管理することが将来的にも容易な状態であること。
④ 土地所有者が審査手数料及び土地の管理に係る一定の費用を負担すること。
⑤ 土地所有者が、相当な努力が払われたと認められる方法により土地の譲渡等をしようとしてもなお譲渡等をすることができないこと。
(注1)土地所有権の放棄の要件の有無を国の行政機関(放棄された土地の管理機関とは別の機関とすることが想定される。)が事前に審査し、この機関が放棄を認可することにより国庫帰属の効果が発生するとすることを前提としている。なお、所有権放棄の認可が適正にされるようにするため、審査機関を放棄された土地の管理機関とは別の機関にすることが考えられるところ、適正な審査が可能となるよう、土地所有権の放棄の要件は可能な限り客観的なものとする必要がある。
(注2)審査機関が土地所有権の放棄を認可しなかったときは、放棄の認可申請をした土地所有者は、不認可処分の取消しを求める抗告訴訟や行政上の不服申立手段によって救済を求めることになることを前提にしている。
(注3)土地所有権の放棄の認可申請を受けた審査機関は、当該土地の所在する地方公共団体と国の担当部局に対して、所有権放棄の申請がされている土地の情報を通知するものとし、地方公共団体又は国がその土地の取得を希望する場合には、放棄の認可申請をした土地所有者と直接交渉して贈与契約(寄附)を締結することを可能にする方向で検討する。
(注4)①の「土地の権利の帰属に争いがなく」の具体的内容には、放棄の認可申請者が放棄される土地の所有者であることが不動産登記簿から明らかであることも含まれることを想定しているが、具体的にどのような登記がされていれば足りるかについては、引き続き検討する。また、「筆界が特定されていること」の認定の在り方についても、認可申請の際に認可申請者が提出すべき資料の在り方を含めて、引き続き検討する。
(注5)③の具体的内容としては、例えば、㋐建物や、土地の性質に応じた管理を阻害する有体物(工作物、車両、樹木等)が存在しないこと、㋑崖地等の管理困難な土地ではないこと、㋒土地に埋設物や土壌汚染がないこと、㋓土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での費用負担を要しないことなどが想定される。
(注6)土地所有権を国が取得した後に、審査機関による認可の時点で土地所有権の放棄の要件が充足されていなかったことが判明した場合の規律については、行政行為の取消しに関する一般法理を踏まえ、引き続き検討する。
3 関連する民事法上の諸課題
⑵ 建物及び動産の所有権放棄
建物及び動産の所有権放棄の規律は設けない。
⑶ 所有権放棄された土地に起因する損害の填補
所有権放棄された土地に起因して第三者や国に損害が生じた場合における、放棄者の損害賠償責任の規律の要否については、認可の取消しの在り方と併せて検討する。

(補足説明)
1 制度の創設について(本文柱書きについて)
(1) 土地所有権の放棄制度の創設の趣旨
試案第5の1では、自然人である土地の所有者が、法律で定めるところによりその所有権を放棄し、土地を所有者のないものとすることができるとする規律を設けることにつき、引き続き検討することを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、賛成する意見が多数であり、反対意見についても、試案第5の2で提案された要件が厳格過ぎることを理由にするものであって、土地所有権の放棄を認めることそのものに反対するものはなかった。また、包括承継主義を採用する相続法制にあっては、土地所有者が当該土地からの受益者と必ずしもいえず、相続を契機として管理コストの大きな土地の権利関係に巻き込まれる場合があり、そのような土地所有者が過度な土地の管理コストを負わないようにすべきとの意見があった。
制度創設の趣旨について改めて検討すると、土地所有権の放棄は、土地の所有に伴う義務・責任や管理コストの国への転嫁や、所有者が将来の放棄を見越して土地を適切に管理しなくなるモラルハザードを生じさせるおそれがあることから、基本的には認められるべきではない。
他方で、政策的には、現在適切に管理されている土地が将来管理不全状態となることを防ぐとともに、相続により取得された土地が、相続登記がされずに放置されるなどして、最終的に所有者不明土地化することを抑制する必要があると考えられる。
加えて、土地の所有者は、土地の管理について一定の責務を負うが(土地基本法等の一部を改正する法律(令和2年法律第13号)による改正後の土地基本法(平成元年法律第84号)第6条参照)、相続により土地の所有者となった者は、当該土地からの受益がなくても、相続を契機として土地をやむを得ず所有していることが類型的にあり得るため、一定の限度で、土地の管理の負担を免れる途を開くことが相当であると考えられる。
(2) 建物及び動産の所有権放棄
試案第5の3(2)では、建物及び動産の所有権放棄については、新たな規律を設けないものとすることを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、開発可能な土地上には建物が存在することが多く、建物所有権の放棄を認めなければ、土地所有権の放棄ができず、制度の実効性を確保できないなどとして建物の所有権放棄を認めるべきとする意見や、土地を建物や動産と併せて放棄した方が土地の管理活用における効率がよい場合にまで、建物の滅失処理や動産の廃棄を強制するのは非効率であり、所有者不明土地問題の解決に資する範囲で動産等の所有権放棄を認めるべきであるとの意見等があったが、国の財政的負担の観点や土地に比べて所有権放棄を認める必要性が乏しいことなどから、試案の提案に賛成する意見が多くあった。
建物所有権の放棄も、土地の場合と同様に、管理コスト等の国への転嫁やモラルハザードを生じさせるおそれがあるが、建物は、時間の経過とともに老朽化し、建替えや取壊しの費用が発生するなど、土地以上に管理コストが必要となることや、土地と異なり、物理的に滅失させることが可能であることから、例外的に放棄を認める規律を設けることは、土地以上に慎重である必要があると考えられる。
他方で、動産については、物理的に滅失させることが比較的容易であり、現在、所有権放棄が可能であると一般に解されているため、新たな規律を設ける必要性が乏しいと考えられる。
(3) 民法の改正と土地所有権放棄制度の創設
以上を踏まえ、本部会資料では、不動産は、法令に特別の定めがある場合を除き、その所有権を放棄することができないものとする規定を民法に設けるものとすることとした上で、新たに土地所有権の放棄に関する法律を制定し、土地については、一定の要件を満たし、審査機関による認可がされた場合に、所有権放棄を認める規律を導入することを提案している。
(参考)土地基本法(平成元年法律第84号)
(適正な利用及び管理等)
第3条 土地は、その所在する地域の自然的、社会的、経済的及び文化的諸条件に応じて適正に利用し、又は管理されるものとする。
2 土地は、その周辺地域の良好な環境の形成を図るとともに当該周辺地域への悪影響を防止する観点から、適正に利用し、又は管理されるものとする。
3 土地は、適正かつ合理的な土地の利用及び管理を図るため策定された土地の利用及び管理に関する計画に従って利用し、又は管理されるものとする。
(土地所有者等の責務)
第6条 土地所有者等は、第二条から前条までに定める土地についての基本理念(以下「土地についての基本理念」という。)にのっとり、土地の利用及び管理並びに取引を行う責務を有する。
2 土地の所有者は、前項の責務を遂行するに当たっては、その所有する土地に関する登記手続その他の権利関係の明確化のための措置及び当該土地の所有権の境界の明確化のための措置を適切に講ずるように努めなければならない。
3 土地所有者等は、国又は地方公共団体が実施する土地に関する施策に協力しなければならない。
(適正な土地の利用及び管理の確保を図るための措置)
第13条 国及び地方公共団体は、前条第一項の計画に従って行われる良好な環境の形成又は保全、災害の防止、良好な環境に配慮した土地の高度利用、土地利用の適正な転換その他適正な土地の利用及び管理の確保を図るため、土地の利用又は管理の規制又は誘導に関する措置を適切に講ずるとともに、同項の計画に係る事業の実施及び当該事業の用に供する土地の境界の明確化その他必要な措置を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、前項の措置を講ずるに当たっては、公共事業の用に供する土地その他の土地の所有権又は当該土地の利用若しくは管理に必要な権原の取得に関する措置を講ずるように努めるものとする。
3 国及び地方公共団体は、第一項の措置を講ずるに当たっては、需要に応じた宅地の供給が図られるように努めるものとする。
4 国及び地方公共団体は、第一項の措置を講ずるに当たっては、低未利用土地(居住の用、業務の用その他の用途に供されておらず、又はその利用の程度がその周辺の地域における同一の用途若しくはこれに類する用途に供されている土地の利用の程度に比し著しく劣っていると認められる土地をいう。以下この項において同じ。)に係る情報の提供、低未利用土地の取得の支援等低未利用土地の適正な利用及び管理の促進に努めるものとする。
5 国及び地方公共団体は、第一項の措置を講ずるに当たっては、所有者不明土地(相当な努力を払って探索を行ってもなおその所有者の全部又は一部を確知することができない土地をいう。)の発生の抑制及び解消並びに円滑な利用及び管理の確保が図られるように努めるものとする。
2 土地の国庫帰属(本文(注1)について)
試案第5の1の(注1)では、土地所有権の放棄を認める制度を新設にするに当たっては、所有権が放棄された土地は所有者のない不動産となり、民法第239条第2項により国庫に帰属することを前提にしている旨を注記していたが、パブリック・コメントにおいては、地方公共団体に一定の関与を求める意見があったものの、最終的に土地が国庫帰属することに反対する意見はなかった。
これを踏まえ、本文(注1)においては、所有権放棄された土地は民法第239条第2項により国庫帰属することを注記している。
3 認可及び審査機関(本文1について)
試案第5の2(注1)では、土地所有権の放棄の要件の有無を国の行政機関が事前に審査し、この機関が放棄を認可することにより国庫帰属の効果が発生するものとすることを注記していた。パブリック・コメントにおいては、土地所有権の放棄を単なる単独行為とすることは、公的負担となる土地の管理コストの増加等の点から問題があるため、行政機関の認可にかからしめることが合理的であるとして賛成する意見があり、反対意見は見当たらなかった。
これを踏まえ、要件の審査は国の行政機関が行うこととするとして、要件の有無について専門的な知見に基づき実地調査を行うなどして迅速に判断することができる機関にこれを担当させることが必要である。
審査機関については、第2回会議においては、公平性・公正らしさを担保するため、放棄された土地を管理する機関からできるだけ遠い公的機関を審査機関とすべきである旨の意見があったが、このような要素のほか、要件審査の能力や利用者にとっての利便性などの観点も踏まえて検討される必要がある。なお、いずれの行政機関を審査機関とするにしても、放棄の要件の全てを単独で判断することができる専門性を有する機関は存在しないため、審査機関が他の行政機関の知見を活用することができる仕組みとする必要がある。
4 共有地の所有権放棄(本文2について)
試案第5の1の(注3)においては、共有地については、共有者全員が共同で放棄しない限り、土地を所有者のないものとすることはできないこととする方向で検討する旨を注記していた。
パブリック・コメントにおいては、土地の所有権放棄は土地の処分に該当することから、共有者全員の同意が必要である(民法第251条)と考えられることや、他の共有者の権利・利益が一方的に奪われないようにする観点から、共有者全員が共同で放棄しない限り、土地を所有者のないものとすることはできないものとすることに賛成する意見が多かった。
これに対し、土地の共有者の一部が所在不明であるケースにおいては、共有者全員の同意を得ることができず、事実上、所有権放棄ができなくなる旨の意見もあったが、このようなケースについては、所在不明共有者の持分について検討中の所有者不明土地管理人の選任を受けて、土地管理人と共同して放棄をすることが考えられる(もっとも、土地管理人が放棄をするためには、裁判所の許可が必要になると考えられる。)。
これを踏まえ、本文2においては、共有地の放棄申請は、全ての共有者が共同してしなければならないものとすることを提案している。なお、検討中の共有物の管理に関する行為についての同意取得の特例(部会資料30の第1参照)は、共有持分の喪失を伴うものは対象行為から除外しており、この場面では適用されないものと考えられる。
5 土地所有権の放棄の手続的要件(本文3について)
土地所有権の放棄は、土地の管理コストを国、ひいては国民に転嫁する面を有することに鑑みると、土地は、まずは民間や公的機関を介した流通・利用が試みられるべきであり、所有権放棄は、いわば最後の手段とすべきであることから、試案第5の2⑤では、土地所有者が、相当な努力が払われたと認められる方法により土地の譲渡等をしようとしてもなお譲渡等をすることができないことを所有権の放棄の手続的要件とすることを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、譲渡等をしようとしてもできないことから所有権を放棄するのが通常であり、譲渡等をしようとしたことを要件化することに実質的な意味はないとして反対する意見もあったが、権利濫用の防止のために合理的であるとして賛成する意見が多くあった。
これを踏まえ、本文3においては、土地所有権の放棄の手続的要件として、放棄の申請をしようとする所有者は、その申請に先立って、政省令で定める方法により売却、貸付け等の処分その他の行為を試みなければならないものとすることを提案している。
所有者が土地の処分等を試みる方法や条件等の詳細については、細目的・技術的事項として審査機関を所管する省庁の政省令において定めることが想定される。その具体的内容としては、ランドバンク・農地バンク等の土地の専門機関に依頼しても処分先等を確保できなかった場合には、その旨の証明書を当該専門機関から受領し、それを審査機関に提出する方法や、民間のオークションサイトや地方公共団体が運営する空き地・空き家バンク等の土地取引を取り扱うサイトにおいて、一定期間、土地の無償での譲渡を試み、それでも譲受希望者が現れなかったことを証する書面を審査機関に提出する方法などが考えられ、引き続き検討する必要がある。
6 所有権放棄の実体的要件
(1) 法人が所有する土地について(本文4(1)に関連)
所有者が関心を有しない土地が放置され、相続が繰り返されることによって所有者不明土地が発生することを抑制するという制度趣旨を踏まえ、試案第5の1本文においては、土地所有権の放棄の主体を自然人に限定する旨提案していた。他方で、現在は適切に管理されている土地が将来的に管理不全状態となることを防ぐというもう一つの制度趣旨を重視すれば、土地を適切に管理せずに放置するおそれがあるのは法人も同様であることから、試案第5の1の(注2)では、土地所有権の放棄の主体について、法人も含むものとすることも考えられる旨を注記していた。
パブリック・コメントにおいては、実態として自然人と大差がない法人があることや、法人においても、倒産等によりその所有する土地の管理が困難になり、適切に管理されない土地が生ずる可能性があるのは自然人と同様であることなどから、法人を土地の所有権放棄の主体とすることに賛成する意見が多くあったが、法人は、経済活動の一環として自らの意思により土地を取得していることなどを理由に反対する意見も複数あった。
前記1のとおり、土地所有権の放棄は、管理コストの国への不当な転嫁やモラルハザードのおそれがあるため、原則的に認められるべきではないが、自然人である土地所有者に関しては、現在適切に管理されている土地が将来的に管理不全化することを防止するという目的以外にも、相続された土地が、相続登記がされることなく放置されることで所有者不明土地となることを防止し、併せて、相続により土地を取得した者に土地の管理の負担から免れる途を開く目的で、政策的に一定の限定的な要件を満たす場合に土地所有権の放棄を認めることが考えられるところである。
これに対し、法人である土地所有者に関しては、相続が発生し得ず、少なくとも相続登記がされることなく放置されるという事態は考えられないことや、法人が自らの意思によって土地を取得しているため、その管理の負担を免れさせる必要がないことから、土地所有権の放棄を認めて国に管理コストを転嫁することを許すことについては、自然人以上に慎重な検討が必要であり、現時点では困難と考えられる。なお、法人の所有する土地であっても、放置されれば管理不全化するおそれがあることは否定できないが、まずは土地所有権の放棄を自然人についてのみ認めることとした上で、将来、その運用状況等を踏まえて、法人についても土地所有権の放棄主体とするかどうかについて検討することが考えられる。
実質的には社団又は財団としての実態を備えているが、法人格を持たず、権利能力を有しない、いわゆる法人格なき社団又は法人格なき財団については、土地の所有権の登記名義人はその代表者とされるため、個人である代表者が死亡した場合には所有権の移転の登記が必要となるが、移転登記がされず放置されることで社団等の土地が所有者不明となる可能性があることから、所有権放棄を認める必要があるようにも思える。しかし、法人格なき社団等の権利義務は総有的に構成員に帰属すると一般に解されていることから、代表者であっても、社団の土地を放棄することはできないこと、法人格なき社団等の実態は法人と変わらず、土地を取得するのはその組織の活動の一環としてであり、土地所有権の放棄を認めるべき必要性が低い点では法人と同様であることから、土地所有権の放棄の主体とすることは現時点では難しいと考えられる。
(参考)国土審議会土地政策分科会企画部会中間とりまとめ(令和元年12月) 「土地利用の担い手の減少や利用意向の低下等を背景に、土地を手放す仕組みについて検討が求められている。しかしながら、適正な土地の利用・管理を確保する観点からは、第一次的には所有者が一定の責務を果たすことが求められるものであり、所有者が土地を放棄すること自体は必ずしも問題の解決に資するものではない。
所有者自らによる利用・管理が困難な場合においても、所有者、近隣住民・地域コミュニティ等、行政が各々の責務や役割を認識し、利用ニーズのマッチングや地域における合意形成等を経て、新たな主体による利用・管理につなげることが重要である。
さらに、市場ベースでのマッチングが成立しなかった土地については、地域における合意形成プロセスの中で、地域の公益につながるため利用・管理する意義があると認められた場合には、市町村の関与や支援の下で地域コミュニティ等が利用・管理する場合や、市町村自らが利用・管理、取得することが考えられる(広域に影響が及ぶ場合には都道府県が利用・管理し、また、公物や公的施設を管理する立場で、当該公物等の適正な管理の観点から国、地方公共団体、公物管理者等が管理、取得する場合もあり得る。)。
その上でなお、利用・管理、取得する意義を認める主体が存在しない場合については、将来の相続による所有者不明土地等の発生を抑制し、災害発生時の対応を含め将来の利用の障害を可能な限り小さくする観点から、土地の所有権の放棄を可能とし、最終的に国に土地を帰属させるための手続を設けることを検討する必要がある。なお、この検討に当たっては、土地所有権の放棄を認める場合に生ずる土地の管理コストの国への不当な転嫁や将来の放棄を見越して、所有者が土地を適切に管理しなくなるというモラルハザードの防止の観点から、放棄しようとする土地が適切に管理されていることや、相当な努力を払ってもなお譲渡等をすることができないことなどの一定の条件を満たすと認められる場合にのみ限定的に認められる制度とする方向で検討すべきと考えられる。加えて、これらの財産の管理体制の整備・費用負担のあり方についても検討する必要がある。」
(2) 取得原因の制限(本文4(1)について)
試案では、所有権を放棄することができる土地の取得原因には制限を設けていなかったが、パブリック・コメントにおいては、人口減少等を背景にして、土地を相続した者が、同土地の所在地近郊に居住してないなどの事情により、土地を適切に管理し続けることが困難であるケースが今後増加することに対応すべきとする意見や、包括承継主義を採用する相続法制にあっては、土地所有者が当該土地からの受益者と必ずしもいえず、相続を契機として管理コストの大きな土地の権利関係に巻き込まれる場合があり、そのような土地所有者が過度な土地の管理コストを負わないようにすべきとの意見があった。
これを踏まえて検討すると、前記1のとおり、相続(遺産の分割や特定財産承継遺言によるものを含む。以下同じ。)により土地を取得した者は、当該土地からの受益がなくても、相続を契機として土地をやむを得ず所有していることが類型的にあり得るため、相続により土地を取得した者については、一定の限度で、土地の管理の負担を免れる途を開くことが相当であると考えられる。また、相続人に対する遺贈に関しても、結局相続をすることになるために遺贈の放棄をせず、土地からの受益がなくてもやむを得ず所有していることが類型的にあり得ること、相続人に特定の財産の権利を移転させるという点では遺贈は特定財産承継遺言と同様の機能を有するが、実際にはそのいずれの趣旨であるかの解釈は容易ではないケースがあり、取扱いに大きな差異を設けることは適当でないことから、相続人である受遺者にも土地所有権の放棄によりその管理の負担を免れる途を開く必要があると考えられる。
他方で、自然人が売買や贈与、死因贈与などにより自らの意思で土地を取得した場合には、その管理の負担を免れさせることは相当ではなく、土地所有権の放棄を認める必要性に乏しいと考えられる。
そこで、相続又は相続人に対する遺贈(以下「相続等」という。)により土地を取得した所有者についてのみ土地所有権の放棄を認めることとし、その他の原因により土地を取得した所有者に所有権放棄を認めるべきかについては、法人と同様に、今後の検討課題とすることが考えられる。
なお、取得原因にこのような制限を設けるのであれば、法人がこの要件を満たすことはあり得ないと考えられるから、本文では、「法人が所有している土地ではないこと」という要件を別に定めることとはしていない。
(3) 取得原因が混在する土地等の所有権放棄(本文4(1)に関連)
ア 自然人と法人が共有している土地について
パブリック・コメントにおいては、自然人と法人が共有者である土地について、法人が共有者に含まれていることによって、自然人においても土地所有権の放棄ができない結果になるのは相当でない旨の意見があった。
もっとも、法人が土地を所有している場合には、自らの意思によって土地を取得しており、管理の負担を免れさせる必要がないため土地の所有権を放棄できないにもかかわらず、自然人との間で共有関係がある場合には法人も所有権放棄が可能となるのは合理的ではないこと、これを回避するために自然人のみについて共有持分の放棄を認めてこれを国庫に帰属させることとすると、管理の困難な共有持分の管理の負担を国に負わせることになることからすれば、自然人と法人が共有する土地についても、所有権放棄ができないものとすることはやむを得ないと考えられる。
イ 自然人が共有している土地について
土地の取得原因が相続等である自然人と、取得原因が相続等以外である自然人が共有している土地については、後者の自然人が自らの意思により土地を取得しており、所有権放棄を認める必要がないことから、自然人と法人が共有している土地と同様に、所有権放棄はできないものと考えられる。
ウ 取得原因が混在する土地について
自然人が、土地の共有持分の一部を相続により取得し、残部を相続等以外の原因により取得したケースや、土地を相続等で取得した後で、隣接する土地を追加で取得し、合筆したケースでは、土地所有者は一人であるが、取得原因は相続等とそれ以外のものが混在することになる。
このようなケースについても、共有持分の一部を自らの意思により取得しているため、所有権の放棄を認める必要はないとも考えられる。
しかし、相続により土地が所有者不明土地となることを防止するとともに、相続等によりやむなく土地を取得した者が土地の管理の負担から免れることができる途を開くという制度趣旨からすれば、取得原因に相続等が混在している場合であっても、その所有者が土地の管理の負担から免れることができるようにする必要があるものと考えられ、所有権放棄を認めるべきであると考えられる。
このようにすることにより、アで述べた自然人と法人が共有している土地や、イで述べた土地の取得原因が相続等である自然人と、取得原因が相続等以外である自然人が共有している土地であっても、相続等により土地を取得した者が、他の共有者の共有持分を取得して共有関係を解消することによって、土地の所有権を放棄することが可能となる。
(4) 担保権又は使用収益権が設定されておらず、その他これに準ずる事情もないこと
(本文4(2)について)
試案第5の2②においては、「土地について第三者の使用収益権や担保権が設定されておらず、所有者以外に土地を占有する者がいないこと」を土地所有権の放棄の要件として提案していたが、パブリック・コメントにおいては、多数の賛成意見があった一方で、明確に反対する意見はなかった。
また、事実上行使されず、登記記録だけが残っているいわゆる休眠担保権や、明らかに行使されていない使用収益権のある土地については、所有権放棄の対象外にすべきではないとの意見があったが、このような権利であっても、設定されたままの状態では、国庫帰属後に国が土地を管理したり、第三者に譲渡したりする際の障害となるため、国の管理コストの負担の観点から、こうした土地の所有権放棄を認めることは適当でないと考えられる。
そこで、本文4(2)では、試案と同様の提案をしているが、担保権等は、対抗要件である登記がされていなければ第三者に対抗することができないことに照らすと、端的に、担保権又は使用収益権が登記されていないことを一義的な判断基準とすれば足りると考えられる。
なお、「これに準ずる事情」としては、譲渡担保権が設定されていること、買戻し特約が付されていることや不法占拠者が土地を占有していることなどが考えられるが、細目については政省令で定めることを想定しており、引き続き検討を要する。
(5) 権利の帰属に争いがないこと(本文4(3)について)
土地所有権の放棄の要件として、試案第5の2①において土地の権利の帰属に争いがないことを提案していたが、パブリック・コメントでは、権利の帰属に争いがある土地の所有権が放棄されれば、不測のトラブルが生ずる原因となり、それを解決するコストを国や隣地所有者などに強いることになるとして、提案に賛成する意見はあったが、反対する意見はなかった。
これを踏まえ、権利の帰属に争いがある土地については政省令で定めることを本文4(3)で提案しているが、その具体的内容としては、所有権の存否又は帰属に争いがある土地がこれに当たると考えられる。
試案第5の2(注4)では、土地の権利の帰属に争いがないことの内容として、放棄の認可申請者がその土地の所有者であることが不動産登記簿から明らかであることも含むことが想定され、具体的にどのような登記がされていれば足りるかについて、引き続き検討することとされていた。
権利帰属に争いがないと審査機関が認定するに当たっては、放棄の認可申請者が、放棄される土地の登記名義人として権利部甲区に登記され、氏名・住所が一致していることを必要とするなど、不動産登記簿を基礎資料として要件の充足の有無を判断するのが明確であり、相続登記がされていない土地については、権利の帰属に争いがあるものとして取り扱うものとすることが考えられるが、その他の技術的・細目的事項を含め、権利の帰属に争いのない土地の類型等につき、政省令で定めることが想定される。
なお、所有権が帰属する土地の範囲は、不動産登記簿において登記されている内容から確定できることが明確性の観点から望ましいため、放棄される土地は一筆の土地であることを想定している。所有者が一筆の土地の一部を放棄したいと考える場合には、所有者において土地の分筆をした上で分筆登記をし、放棄申請地に所有者の権利が及ぶ範囲が登記の記載どおりであることを明確にする必要があるものと考えられる。
(6) 隣接する土地の所有者との間で境界についての争いがないこと(本文4(3)に関連)
試案第5の2①においては、土地の筆界が特定されていることを土地所有権の放棄の要件とすることを提案していた。パブリック・コメントにおいては、放棄される
土地の筆界の特定が必要であるとすると、土地所有権の放棄のニーズが高いと考えられる林地や農地の所有権放棄が困難になる、隣地の所有者が不明である場合などには、筆界の特定が困難であるなどの反対意見が多数であった。
試案においては、隣接地の所有者との間で土地の管理をめぐって紛争が生じると、国、ひいては国民が紛争の解決に向けたコストを負担しなければならず、また、他者との間で紛争状態に陥っている土地の所有権の放棄を認めると、所有者が紛争を放置してその負担から逃れることを許すことになり、モラルハザードにもつながりかねないことから、筆界の特定を土地所有権の放棄の要件とすることを提案していた。
しかし、地籍調査が必ずしも十分に進展しておらず、筆界が明確でない土地が相当数存在する現状に鑑みると、土地所有権の放棄に当たり、筆界の特定まで必要であるとすれば、要件の充足が著しく困難となり、制度自体が機能しないおそれがある。また、隣接地の所有者との間の紛争解決に向けたコストが国に不当に転嫁されることを防止する観点からは、隣接地の所有者との間で、所有権の境界についての争いがなければ足りると考えられる。加えて、放棄後の国における土地の管理の観点からも、管理の対象である土地の所有権の境界が明らかであれば足り、公法上の筆界が特定することを要求する必要はないと考えられる。
そこで、隣接地の所有者との間で所有権の境界について争いがないことを要件とし、その具体的内容については、政省令で定めることが考えられる。政省令においては、土地の境界について争いがないことを示す認可申請時の提出資料についても規定することが考えられ、その提出資料としては、放棄申請地と隣地との境界について隣地所有者に異議がないことを示す書面に加え、地積測量図等の図面を提出させることなどが想定されるが、所有者の負担と土地の管理の負担のバランスの観点から、土地の現況を踏まえて引き続き検討を要する。
なお、土地の境界に争いがある場合は、土地の所有権の範囲の一部が未確定であることを意味することから、権利の帰属に争いがある場合にほかならず、「境界に争いがないこと」を独立した要件とはしていない。
(7) 管理又は処分に過分な費用を要する土地でないこと(本文4(4)について)
試案第5の2③においては、現状のままで土地を管理することが将来的にも容易な状態であることを提案し、試案第5の2(注5)では、その具体的内容として、㋐建物や、土地の性質に応じた管理を阻害する有体物(工作物、車両、樹木等)が存在しないこと、㋑崖地等の管理困難な土地ではないこと、㋒土地に埋設物や土壌汚染がないこと、㋓土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での
費用負担を要しないことが想定されると注記していた。
パブリック・コメントにおいては、提案に賛成する意見があった一方で、管理が容易でないことが所有権放棄の動機となることが多いとして、要件から削除すべきとの反対意見や、この要件の内容次第では、土地所有権の放棄の制度趣旨を没却しかねないとして、様々な観点から内容につき詳細に検討することを求める意見が複数あった。試案第5の2(注5)については、それぞれの項目につき賛否いずれの意見もあったが、賛成する場合であっても、例外の余地を残すことを求めるなど、要件の緩和の検討を求める意見が多くあった。
ア 建物が存在しないこと(本文(注2)㋐について)
パブリック・コメントにおいては、建物は土地とは異なり、高額な解体費用が必要となる可能性があることから、建物の所有権放棄を認めることに反対する意見が多数あった一方で、土地を建物と一緒に放棄した方が後々の管理活用の効率が良い場合もあるとの意見や、開発可能な土地には、既に建物が存在する場合が多く、建物の所有権放棄ができないものとすると、土地の所有権放棄ができず、制度の実効性が失われるとの意見もあった。
前記1(2)のとおり、建物は、管理コストが土地以上に必要であると考えられる上、いずれ老朽化し、建替えや取壊しが必要になるため、建物の所有権の放棄を認めることは困難であると考えられ、建物が存しないことを土地の所有権放棄の要件とすべきであると考えられる。土地上の建物が比較的新しく、状態が良好であるような場合に、建物を取り壊すのは不経済であるとの指摘もあるが、利用が見込まれる建物が存する土地であれば、売却や建物の賃貸等によって有効活用が図られるべきであると考えられる。
イ 土地の性質に応じた管理を阻害する有体物(建物以外の工作物、車両、樹木等)が存在しないこと(本文(注2)㋑について)
建物以外の工作物、車両、樹木等は、建物と同様に管理費用がかかることに鑑みれば、これらが土地上に存在しないことを土地所有権の放棄の要件にすべきと考えられる一方で、これらについては、建物ほどは除去に費用がかからず、土地の性質によっては、むしろ存在することを認めるべき場合もあり、例えば林地については、林地として適切な管理をするためには、樹木が土地上に存在することが必要である。
そこで、試案第5の(注5)においては、放棄される土地上に一切有体物が存在しないことを求めるのではなく、土地の性質に応じた管理を阻害する有体物がないことを求めることを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、土地所有権の放棄に際して樹木の伐採・抜根を要求すると、所有者の費用負担が大きくなる場合があるが、土地の粗放的管理ができる場合には、樹木が存在する状態でも土地の管理は容易であり、あえて伐採・抜根を要求する必要はなく、土留めなどの工作物についても、土地の粗放的管理ができる場合には、撤去を要しないことを求める意見があった。
樹木や工作物等が存することで土地の性質に応じた管理が阻害されるかどうかは、土地の性質や所在地、近隣の状況等の個別の事情によって判断が異なり得るところ、この判断に当たっては、放棄された土地を管理する行政機関の知見が必要である。
そこで、放棄される土地上に、存続させる可能性がある工作物や樹木が存在する場合には、審査機関が、同土地の管理主体となる行政機関の長に意見を求め、工作物等の存続が土地の管理の観点から許容されるとの見解が示されれば、土地の性質に応じた管理を阻害する有体物が存しないものと認定することができるものとすることが考えられる。
このような仕組みを採用することで、基本的には土地上に有体物が存しないことを要件としつつ、土地の状況によっては、有体物が存しても所有権放棄の認可を可能にすることができると考えられる。なお、土地の性質に応じた管理を阻害する有体物の具体的内容については、政省令で定めることを想定している。
ウ 崖地等の管理困難な土地でないこと(本文(注2)㋒について)
試案第5の2(注5)においては、現状のままで土地を管理することが将来的にも容易な状態であることの具体的内容として、崖地等の管理困難な土地ではないことを提案していた。パブリック・コメントにおいては、管理コスト軽減の観点から賛成する意見があったが、崖地や法面等の土地は、通常は粗放的な管理手法による管理がされており、必ずしも管理コストが過大な土地ばかりとはいえないこと、このような土地は利用価値が乏しく、所有者の探索が困難になりがちであることなどから、所有権放棄の対象からの一律除外ではなく、要件の緩和を求める意見もあった。
崖地等の管理困難な土地は、管理コストがかさむおそれが類型的に高く、放棄された土地を国が管理し、そのコストを最終的に国民が負担するという基本的構造に照らすと、所有権の放棄を認めるのは困難であると考えられる。このような土地については、所有権の放棄を認めるのではなく、国土管理の観点から、国又は地方公共団体が災害の発生を防止するために必要な工事を実施したり、補助金を所有者に交付して工事の実施を支援したりすることで対応することが相当であると考えられる。
なお、崖地については、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(昭和44年法律第57号)や宅地造成等規制法(昭和36年法律第191号)、各自治体の条例等によって様々な基準での規制等がされているところであり、所有権放棄を認めない崖地の基準は、これらの法律等の規制基準を参考にしながら、一定のこう配及び高さのがけを含む土地とすることが考えられるが、具体的基準については政省令で定めることを想定している。
エ 土地に埋設物や土壌汚染がないこと(本文(注2)㋓について)
試案第5の2(注5)においては、地中に埋設物がある土地や土壌汚染がある土地は、その管理・利用・処分に制約が生じ、埋設物等の撤去のために多大な費用がかかる上に、場合によっては周囲に害悪を発生させるおそれがあるため、管理コスト及びモラルハザードの防止の観点から、土地所有権の放棄を認めることは相当でなく、放棄される土地に埋設物や土壌汚染がないことを要求する方向で検討する旨提案していた。
パブリック・コメントにおいては、埋設物や土壌汚染がある土地を所有権放棄の対象としないことに反対する意見はなかったが、これらが存在しないことを疎明するために必要とされる調査の程度によっては、所有権放棄の大きな障害になりかねないとの意見や、天災等の所有者に帰責できない事由により土壌汚染等が発生した場合には例外的に所有権放棄の対象とすべきとの意見があった。
国が土地を管理する場合には、常に良好な状態において管理する責務を果たす必要がある(財政法(昭和22年法律第34号)第9条第2項)ため、放棄地に土壌汚染等が存在することが国庫帰属後に判明した場合においては、国は、コストを負担して当該土地を適切に管理(必要に応じ汚染の除去等の実施を含む。)しなければならない。土地所有権の放棄が、将来の土地の管理不全化や所有者不明土地の発生抑制という目的と国の管理コストを最小化する要請とのバランスの下で限定的に認められるものであることに鑑みれば、土壌汚染等が存在する土地の所有権放棄を認めるのは困難であると考えられる。
そこで、本文(注2)㋓では、管理又は処分に過分な費用を要する土地に、土壌汚染又は埋設物が存在する土地が含まれるものとすることを提案している。なお、わずかな土壌汚染や埋設物が存在するに過ぎない場合や、周辺住民に損害を及ぼすおそれが存在しない場合であっても土地所有権の放棄が認められないのは不合理であることから、政令等により、所有権放棄が認められない土壌汚染や埋設物についての一定の基準を定める必要があるが、この基準については、土壌汚染対策法(平成14年法律第53号)や廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和45年法律第137号)等の規律を参考に、引き続き検討する。
また、所有権放棄の際に、所有者が審査機関に提出することを求められる資料については、政省令で規定することを想定しているが、その内容次第では、土壌汚染等が存在しないことを証することが過度に困難になるとの意見は、第10回会議においても出されたところであり、全ての土地につきボーリング調査の結果まで必要とすれば、所有者の費用負担が過重となって制度自体が利用されず、所有者不明土地の発生を抑制するという制度目的が実現されないことになりかねない。
土壌汚染等の存否は、例えば化学物質を使用する工場の跡地であるなどの土地の来歴等の外形的事情からある程度判断は可能であることから、所有権放棄の段階では、現地確認や土地の過去の利用状況等を記載した書面等により、土壌汚染等が存する危険性を概括的に判断し、相当の危険が認められるものと審査機関が判断した場合にのみ、詳細な調査結果の提出を所有者に求めるにとどめるべきであると考えられる。
このような仕組みにした場合には、土壌汚染等の事実を隠して土地が放棄されるおそれがあるとの指摘が考えられるが、後述するとおり、放棄された土地に土壌汚染等が存することが事後に判明した場合には、所有権放棄の認可を審査機関が取り消して放棄者に土地所有権を復帰させることができ、また、認可を取り消さなくても、放棄者に過失があるときは、国が放棄者に土壌汚染等の除去等の実施に係る費用を請求することができるものとすることにより、濫用的な事案に適切に対処することは可能であると考えられる。
オ 土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での過分の費用負担が生じないこと(本文(注2)㋔について)
試案第5の2(注5)では、放棄により国庫帰属した後の土地の管理コストを軽減する観点から、土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での費用負担を要しない土地でなければ放棄できないことを提案し、補足説明(156ページ)においては、鉱泉地、池沼、ため池、墓地、境内地、運河用地、水道用地、用悪水路、井溝、堤、公衆用道路などを、地域住民等によって管理・利用され、その管理に当たって多数の者との間の調整が必要になる土地の例として挙げ、また、別荘地などでは、共益費等の名目で所有者に金銭的負担が求められることがある旨も記載していた。
パブリック・コメントにおいては、鉱泉地等の土地であっても、粗放的な管理手法で足りるものもあり、このような土地が将来的に所有者不明地化した場合には、公共事業の支障になるなど弊害が大きく、また、このような土地であっても、同種の地目の国有地や公有地と隣接していて、利用・管理上、一体をなしているような場合も考えられることから、一律に所有権放棄の対象から除外すべきではないとの意見があった。
将来の所有者不明土地化を防止するという制度目的と国の管理コストを抑制する要請とのバランスの観点からは、鉱泉地等の例示した土地であっても、その所在地や周辺地の管理状況等に鑑みて、国の管理コストが過度に生じない場合には、所有権放棄の対象とすることが望ましいと考えられる。
そこで、本文(注2)㋔においては、試案の内容を修正し、土地の管理に当たって他者との間の調整や当該土地の管理以外の目的での過分の費用負担が生じないことを所有権放棄の要件とすることを提案している。なお、その具体的内容については、宅地、農地、林地以外の土地の管理の実態を踏まえて政省令で定めることを想定しているが、例えば国有地に隣接していて利用・管理上一体をなしている土地の放棄については、前記イのとおり、管理主体となる行政機関の意見を求め、土地の管理の観点から許容されるとの見解が示された場合には、過分の費用負担を生じないものと認定することができるケースもあると考えられる。
7 土地所有権の放棄の手続
(1) 認可の事務及び土地の管理に要する事務に係る手数料の納付(本文5について)
土地所有権の放棄を審査機関が認可する仕組みを設けることを前提にすると、その審査に一定のコストがかかり、また、放棄された土地を国が管理する費用もかかることから、これらの国の負担を軽減するため、試案第5の2④においては、土地所有者が審査手数料及び土地の管理に係る一定の費用を負担することを土地所有権の放棄の要件として提案していた。
パブリック・コメントにおいては、認可の事務手数料を支払う必要があるものとすることについての反対意見はなかったが、土地の管理に要する手数料については、国庫帰属後の管理費用を放棄者に負担させるのは制度設計の趣旨と乖離しているとして、この要件に反対する意見や、管理費用を手数料として支払わせること自体については賛成するが、手数料が高額になれば実質的に所有権放棄が困難になるため、低額にとどめるべきであるとする意見、粗放的管理が可能である土地については、国の管理コストは大きくならないため、手数料を不要とすべきであるとの意見等があった。
放棄者は、本来負うべき土地の管理に係るコストの負担を永久に免れ、これを国に転嫁することになるため、一定の限度で土地の管理に要する手数料を負担させることが適当であると考えられる。もっとも、所有権の放棄につき比較的厳しい要件を設定するのであれば、転嫁される管理コストはそれほど高くないことになるため、制度の利用しやすさの観点から、放棄者に負担させる管理手数料が過大にならないように配慮する必要がある。
そして、審査機関による適切な判断を可能にするためには、管理手数料の算出方法を客観的基準に基づいた定型的で簡明なものとする必要があり、土地の性質や面積等に応じて平準化された1年当たりの管理費用に一定期間を掛け合わせるなどの方法により支払うべき管理手数料を算出することが考えられるが、制度の利用見込みを踏まえて引き続き具体化に向けた検討を要する。なお、管理手数料の算出方法等については、政令において規定することを想定している。
(2) 地方公共団体及び国の関係行政機関への通知(本文6について)
放棄申請がされた土地につき、地方公共団体と国が任意で取得することができる余地を残すため、試案第5の2(3)においては、放棄申請を受けた審査機関は、当該土地の所在する地方公共団体と国の担当部局に対して、所有権放棄の申請がされている土地の情報を通知するものとし、地方公共団体又は国がその土地の取得を希望する場合には、放棄申請をした土地所有者と直接交渉をして贈与契約を締結することを可能にする方向で検討する旨注記していた。
パブリック・コメントにおいては、地方公共団体や国に、贈与による取得の余地を残す制度設計とすることが、地域や国の公共目的に資する場合があるとして賛成する意見があった一方で、民間事業者による取得希望者を募るために公示する手続を検討すべきであるとの意見や、土地の取得を希望する自治体等が複数現れた場合に混乱が生じないようにするため、所有権放棄の審査機関を通じた手続にすべきとの意見もあった。
地域行政を担当する地方公共団体が土地を取得することを可能にする仕組みを設けることは、土地の有効な利用の観点からも合理的であることから、本文6においては、審査機関は、放棄申請がされたときは、遅滞なく、国の関係行政機関の長及び当該放棄申請地の所在地を管轄する地方公共団体の長にその旨を通知しなければならないものとすることを提案している。
なお、都道府県においても土地を取得する必要が生ずる可能性があることから、審査機関からの通知の対象となる地方公共団体には、基礎自治体である市町村のみならず、都道府県も含まれるものとする方向で引き続き検討する必要があると考えられる。
また、放棄される土地の数を抑制するため、パブリック・コメントの意見にもあるとおり、幅広く土地の取得希望者を募るための公示手続を設けることが望ましいと考えられることから、審査機関が、地方公共団体及び国に放棄申請がされたことを通知する際に、ホームページに掲示するなど適宜の方法で情報を公開することも考えられる。このような仕組みを設けた場合には、所有権放棄の認可がされる前の段階で、複数の土地取得希望者が現れる可能性があるが、土地情報の公開は、あくまでも任意で譲渡がされることを促す趣旨であることから、所有者と取得希望者の交渉に審査機関が干渉することはなく、所有者の意向に沿って、土地取得希望者との間で、土地の贈与契約等の交渉がされ、契約が成立した場合には、所有者が放棄申請を取り下げることを想定している。
(3) 他の行政機関への意見照会、協力依頼(本文7について)
審査機関は、本文4及び5の所有権放棄の要件が満たされているかを判断する必要があるが、「4(6)その管理又は処分に過大な費用を要する土地」という要件については、その判断に土地の管理に関する専門的知見を要する。
そのため、土地に関する行政を担当する各種の行政機関の専門的知見を活用することを可能とするため、審査機関は、所有権放棄の認可をするに当たり、それらの行政機関に対して、意見を求めて聴取したり、放棄申請地の実地調査に同行させ、要件の充足に関する検討結果を報告させたりすることができる仕組みとすることが必要であると考えられる。
また、例えば、本文3の売却、貸付けその他の処分が適切に試みられたかどうかに疑義がある場合には、関与したとされる公私の団体が保管する資料を収集して調査することが考えられることから、要件審査のために必要であれば、行政機関に限らず、公私の団体に対しても、資料の提出その他必要な協力を求めることができるものとすることで、適切に要件審査を行うことが可能になると考えられる。
なお、審査機関から資料の提出その他必要な協力を要請された行政機関や公私の団体は、原則としてその要請に応ずる義務を負うが、正当な理由があれば拒否することができるものと考えられる。
(4) 審査機関の裁量(本文8について)
土地所有権の放棄の認可に審査機関の恣意的判断が介在しないようにするため、放棄申請がされている土地が本文4のいずれにも該当しないという実体的要件と、本文5の手続的要件のいずれも満たす場合には、審査機関は、所有権放棄の認可をしなければならず、審査機関に裁量を与えないものとすることを本文8で提案している。
土地所有権の放棄を認めることにより国に一定の管理コストを生じさせることになるため、審査機関をどのような機関とするにせよ、その裁量権を広く認めると、放棄を認めない方向に恣意的に判断されるとの疑念を抱かれるおそれがあることから、審査機関に裁量がないものとする必要があると考えられる。
8 放棄者の損害賠償責任(本文9について)
(1) 例えば、所有権放棄された土地が所有者のないものとなって国庫に帰属した後で、土壌が認可の時点で汚染されていたことが判明し、それにより国に損害が発生した場合には、現行法の規律を前提にすると、放棄者は、国との間には契約関係が存しないことから、債務不履行責任や担保責任を負うことはなく、不法行為が成立しない限り、損害賠償責任を負わないこととなる。他方で、所有権放棄の認可の時点で土地に土壌汚染が存在していたのであれば、所有権の放棄の要件が認可時点で満たされていなかったことになることから、行政行為の取消しに関する一般法理に基づき、審査機関が認可を取り消し、所有権放棄を遡及的に無効とすることが考えられる。
このように、所有権放棄された土地に起因して国に損害が生じた場合には、損害賠償の問題と認可の取消しの問題が併存することになり、相互に関連し合うと考えられることから、試案第5の3(2)のとおり所有権放棄された土地に起因して第三者や国に損害が生じた場合における、放棄者の損害賠償責任の規律の要否については、認可の取消しの在り方と併せて検討することを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、新たな損害賠償の規律の要否と認可の取消しの在り方を併せて検討することに賛成する意見が多数であったが、損害賠償の規律については、現行の不法行為の規律で対応すれば足りるとして、新たな規律を設けることに反対する意見や、新たな規律を設けることに賛成するが、損害賠償請求をできる期間を限定すべきであるとする意見等があり、認可の取消しについても、審査を経て放棄が認められた土地につき、認可が取り消され、放棄者の所有権が復活することについては慎重に検討するべきであるなどの意見があった。
(2) 土地所有権の放棄を認める制度を導入する際に、放棄者の損害賠償責任につき新たな規律を設けなければ、放棄された土地が要件を満たしていなかったことに起因して国に発生した損害につき、放棄者の賠償責任を追及することが困難なケースが生ずるおそれがある。
また、放棄地がその後国から第三者に払い下げられた後で、もともと放棄の要件が満たされていなかったことに起因して損害が発生した場合には、国が第三者に対して売主の担保責任や債務不履行責任を負うことになるが、放棄について不法行為が成立しない限り、国は放棄者に求償することができないおそれがある。この帰結は、土地の所有権放棄がされていなければ、土地所有者が負担すべきであったコストが国に転嫁されることを意味するものであり、国が負担する土地の管理コスト軽減の観点からは、放棄者の損害賠償責任につき、新たな規律を設ける必要があると考えられる。
(3) 土地所有者は、本文4の要件を満たしていることを所与の前提として土地所有権を放棄しているのであり、認可の時点でそれらの要件が満たされていなかったこととの間に因果関係が認められる損害が国に発生した場合には、放棄者にその損害を賠償する法定の担保責任を負わせても不合理ではないと考えられる。
他方で、放棄者が要件を満たしていなかったことを過失なく知らなかった場合にまで放棄者に損害賠償責任を負わせるのは、放棄者の負担が過重であると考えられる。
また、土地所有権の放棄後に、無期限で損害賠償責任を負うものとすれば放棄者に酷であり、所有権放棄のメリットを失わせることになることから、放棄者が責任を負う期間を限定する必要がある。この期間については、会計法第30条が、金銭の給付を目的とする国の権利は、権利を行使することができる時から5年間行使しないときは時効消滅する旨規定していることを踏まえ、認可時から5年とすることが考えられる。
そこで、本文9のとおり、提案をしている。
なお、認可の時点で所有権放棄の要件を満たしていなかったことが事後に判明した場合については、国に具体的な損害が発生する前に、審査機関が職権で認可を取り消すことも可能であると考えられる。
また、土地に起因して国や第三者に損害が発生した場合に、放棄者に不法行為責任が成立すれば、国や第三者が、放棄者に対し、別途不法行為責任を追及することも可能であると考えられる。
9 認可取消し(本文10について)
(1) 認可取消しの同意
8(1)で述べたとおり、所有権放棄の認可の時点で土地に土壌汚染が存在していたような事案であれば、所有権の放棄の要件が認可時点で満たされていなかったことになることから、行政行為の取消しに関する一般法理に基づき、審査機関が認可を取り消し、土地の所有権は、遡及的に放棄者に復帰することが想定される。
したがって、例えば、放棄された土地が国から第三者に払い下げられた後に、認可時から土壌汚染が存在していたことが発覚し、所有権放棄の認可が取り消された場合には、土地は遡及的に放棄者に復帰することになり、現在の土地所有者は、一方的にその所有権を奪われることとなるが、この帰結は、土地の利用状況によっては、現在の土地所有者に酷である場合がある。
また、国が放棄地を積極的に利用しているようなケースなど、認可の取消しを行わないことが土地の利用状況に鑑みて有益な場合も想定し得る。
そこで、土地を所有する第三者を保護するとともに、国の土地利用を妨げないようにするために、本文10では、審査機関は、国の行政機関の長及び放棄地の所有者(所有者が二人以上いるときは、その全員)の同意を得なければ、当該土地の所有権放棄の認可を取り消すことができないものとしている。
なお、本文10の規律は、法的安定性の観点から審査機関による認可の職権取消しを制限するものであるため、裁判所による争訟取消しには適用されない。もっとも、所有権の放棄が認可されたときに、行政訴訟が提起される事態は実際には想定しがたい。
(2) 認可取消しの期間制限
所有権の放棄の認可処分は、土地所有者に土地の管理の負担を免れさせる点で授益的な側面を有するため、これを職権で取り消すに当たっては、放棄者の信頼保護の利益にも配慮する必要がある。
そこで、放棄者が長期間にわたり不安定な立場に置かれることがないよう、認可の職権取消しについて期間制限の規律を設けることも考えられる。もっとも、例えば、土地所有者が地中に有害物質を埋めたにもかかわらず、これを秘して放棄申請を行って認可がされた場合において、一定期間経過後にそれらの事情が判明したようなケースでも、一律に認可の職権取消しができないこととしてよいかが問題となり得る。
21
第2 関連する民事法上の諸課題
共有持分の放棄に関し、次の各案のいずれをとるべきか。
【甲案】共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とするものとする。
【乙案】不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を必要とするものとする。

○中間試案第5
3 関連する民事法上の諸課題
(1) 共有持分の放棄
民法第255条の規律を見直し、共有持分を放棄するためには、他の共有者の同意を必要とすることについて、引き続き検討する。
(注)本文とは別に、共有持分の放棄は認めないこととするとの考え方や、民法第255条の共有持分の放棄の規律を基本的に維持しつつ、不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者の同意を必要とする規律を設けることとするとの考え方がある。
(補足説明)
1 パブリック・コメントの結果
試案第5の3においては、民法第255条の規律を見直し、動産、不動産、債権等を問わず、共有持分を放棄するためには他の共有者の同意を必要とすることについて、引き続き検討する旨提案していた。また、その(注)では、別案として、共有持分の放棄は認めないとする考え方や、不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者の同意を必要とする考え方を注記していた。
パブリック・コメントにおいては、放棄者以外の共有者の利益保護の観点から、試案に賛成する意見が多くあったが、共有持分の放棄に共有者の同意を必要とすると、共有状態が解消されにくくなること、「早い者勝ち」になる放棄については、権利の濫用になり効果が生じないと考えられることなどから、試案に反対する意見もあった。
また、(注)については、不動産の管理の負担の観点から、不動産の共有持分を放棄するためには他の共有者の同意を必要とすべきとする意見と、不動産に限って別の規律を導入する理由が不明であるとしてこれに反対する意見とがあった。
2 【甲案】について
現行民法は、共有者の一人が共有持分を放棄したときには、その持分は他の共有者に帰属するものとしており(民法第255条)、共有者の一方的意思表示により、自己の持分を自由に放棄することができると解する見解があるが、共有持分を自由に放棄できるのであれば、管理の負担が重い共有物については共有持分がいわば「早い者勝ち」で順次放棄され、最後に残った共有者が負担を押しつけられることになりかねない。また、共有物が土地である場合には、共有持分の放棄は自由に認められるのに、最終的に残された土地所有者が所有権の放棄をするためには厳格な要件を満たさなければならないとすると著しい不均衡が生ずる。さらに、動産の共有持分の放棄においても、他の共有者に負担を押し付ける事態が生じ得るものと考えられる。
以上を踏まえ、共有持分の放棄に当たっては他の共有者全員の同意を必要とする考え方を、本文では【甲案】として挙げている。この案においては、他の共有者全員の同意を得て共有持分を放棄することにより、その持分が他の共有者の持分に応じて按分された割合で帰属することとなる。
もっとも、共有持分を他の共有者全員の同意を得て放棄し、他の共有者に按分して帰属させることは、共有持分を他の共有者全員に按分して譲渡することと結果的に同じであり、按分して譲渡することは法律の規定がなくても可能であるから、民法第255条の持分の放棄の規律を削除し、共有持分の放棄は認めないものとすることも考えられる。
3 【乙案】について
不動産は一般に管理コストが高く、その共有持分を放棄して他人に管理コストを転嫁することを許すことは相当でないと考えられること、各共有者が共有持分の放棄を見越して共有物を適切に管理しないモラルハザードは不動産に限らず生じ得るが、不動産が管理不全となることによって生ずる悪影響は他の物よりも類型的に大きいと考えられることから、不動産に限って、他の共有者全員の同意を得なければ放棄することができないとする考え方を、【乙案】として挙げている。前記第1のとおり、不動産の所有権放棄は原則として認められないとする規律を設ける一方で、動産の所有権放棄については引き続き認められると解するのであれば、特に規律を設けない限り、不動産に限定して共有持分の放棄が認められないことになると解される。そして、不動産の共有持分を他の共有者全員に按分して譲渡することは法律の規定がなくても可能であることからすれば、「不動産の共有持分を放棄するためには、他の共有者全員の同意を得なければならない」という規定を置く必要はないとも考えられる。
なお、この案をとったとしても、動産の共有者が、管理コストを免れるためにその持分を放棄する意思表示をした場合には、権利濫用として放棄の効果が認められないケースがあり得ると考えられる。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立