【資料39】管理不全土地への対応

第1 管理措置請求制度
1 権利の内容について
相隣関係の規律として、次の各案のような管理不全土地の所有者に対する管理措置請求制度を設けることについて、どのように考えるか。
【甲案】
他の土地における土砂の崩壊、汚液の漏出若しくは悪臭の発生又は工作物若しくは竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、その土地の所有者は、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者に、その事由の原因の除去をさせ、又は予防工事をさせることができる。
【乙案】
天災その他避けることのできない事変による他の土地における土砂の崩壊、汚液の漏出、悪臭の発生、工作物の倒壊又は竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合であっても、その土地の所有者は、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者に、その事由の原因の除去をさせ、又は予防工事をさせることができる。
【丙案】
天災その他避けることのできない事変による他の土地における土砂の崩壊、汚液の漏出、悪臭の発生、工作物の倒壊又は竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、その土地の所有者は、自らその事由の原因の除去又は予防工事をすることができる。
(注1)管理措置請求権が認められる要件に関して、基本的には、現行法における土地所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権の要件と同程度の所有権侵害が必要であることを前提としている。
(注2)本文の案とは別に、甲案の要件を満たす場合に、その土地の所有者は、自らその事由の原因の除去又は予防工事をすることができるとする考え方もある。
○試案第3の4、(1)権利の内容
隣地における崖崩れ、土砂の流出、工作物の倒壊、汚液の漏出又は悪臭の発生その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、その土地の所有者は、隣地の所有者に、その事由の原因の除去をさせ、又は予防工事をさせることができる。
(注1)管理措置請求権が認められる要件に関して、基本的には、現行法における土地所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権の要件と同程度の所有権侵害が必要であることを前提としている。
(補足説明)
1 甲案について
(1) 現行法においては、管理不全土地に対応するためには、土地の所有権に基づく物権的請求権等を行使することが可能であるが、不可抗力によって管理不全状態になった隣地等から土砂が崩壊するなどして土地に損害が及ぶ場合において、その土地所有者が管理不全土地の所有者に対して物権的請求権を行使することができるかについては争いがあり、仮にこれを否定する立場に立つと、この場面では被害者に一方的に損害を甘受させる結果になり、妥当でないとも考えられる。
そこで、試案第3の4(1)においては、隣接する土地相互の利用を調整する観点から、管理不全土地を隣地とする土地所有者を請求権者とし、その土地に損害が及び又は及ぶおそれのある場合に、管理不全土地の所有者を相手方として一定の請求を認めることとした上で、不可抗力によって土地に損害が及び又は及ぶおそれがある場合にも、土地の所有権に対する侵害に対する回復を実現するために、その請求を認め、費用の負担割合を決する際に、不可抗力等の事情を考慮することで妥当な解決を図ることを提案していた。
(2) パブリック・コメントに寄せられた意見には、隣接する土地の権利関係を調整するルールを設けることは相当であるとしてこれに賛成するものがあった。他方で、森林を所有したり林業に従事したりしている者からの意見に限定すると、現行法では、不可抗力によって侵害が生じた場合に限らず、隣地の森林所有者に必ずしも措置を求めず、必要に応じてケースバイケースで関係者が話し合って決めてきたため、このような規律を設けることによって、むしろ円満な解決の妨げになるとするものが多数であった。
(3) 前記のとおり、現行法上、不可抗力による侵害がある場合に物権的請求権に基づく妨害排除請求等が認められるかについては争いがあるものの、これを否定する見解に立ったとしても、不可抗力によるものとして物権的請求権の成立が否定されるケースは限定されている。例えば、自然的要因により土地から土砂が崩壊したとしても、被害を受けた土地所有者の物権的請求権の成立が直ちに否定されるわけではなく、相当の注意をしても土砂の崩壊を防止し得なかったといえなければ、「不可抗力」によるものとは認められず、請求の相手方(侵害者)は崩壊した土砂を除去する義務を免れ
ることはないと考えられる。
また、このような規律を設けたとしても、当事者間の話し合いによる柔軟な解決が否定されるものではなく、現行法上曖昧になっている規律を明確化することで、話し合いの場面においても、解決の基準が明確になり、より公平な解決を図ることができるとも考えられる。後記本文3においても、費用の負担割合を決する際に、不可抗力等の事情を考慮することで柔軟な解決を図る規律を提案しているところである。
そこで、甲案では、試案第3の4(1)のような規律を設ける提案を維持している。もっとも、試案では、管理不全土地上の工作物等が損害又はそのおそれの原因となっている場合も含めて同一の規律を設けることを提案していたが、その場合には、当該工作物等の所有者を管理措置請求の相手方とすべきであると考えられる(民法第717条参照)。
そのため、甲案において、基本的に試案を維持し、土地の所有者は、管理不全土地そのものから損害が及び、又は及ぶおそれがある場合にはその土地の所有者に、工作物や竹木の倒壊その他の事由により自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、竹木又は工作物の所有者に、その事由の原因の除去をさせ又は予防工事をさせることができるとすることを提案している。
なお、管理措置請求権が認められる要件に関して、基本的には、現行法における土地所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権の要件と同程度の所有権侵害が必要であることを前提としている(注1)。「土地に損害が及び」とは、他の土地から生じた物理的な作用によって、土地の利用が阻害される事態を想定しており、また、「土地に損害が及ぶおそれ」とは、土地に損害が及ぶ単なる観念的な可能性では足りず、損害が及ぶ蓋然性があることを要するものとすることを前提としている。また、試案では本文で「隣地」という表現を用いていたが、土地の利用が阻害される事態が生ずるのは、隣地からの作用によるものに限られず、近傍の土地からの作用によるものもあると考えられることから、本資料では、民法第216条を参考に、「他の土地」という表現に改めている。さらに、試案では、本文で「崖崩れ」と「土砂の流出」とを併記していたが、両者を区別する必要性に乏しいとも考えられることから、民法第238条を参考に「土砂の崩壊」という表現に改めている。
(4) 甲案とは別に、他の土地における土砂の崩壊、汚液の漏出若しくは悪臭の発生又は工作物若しくは竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、その土地の所有者は、自らその事由の原因の除去又は予防工事をすることができ、請求の相手方(侵害者)はこれを受忍する義務を負うとする考え方もあり得ることから、その旨を(注2)において注記している。
2 乙案について
パブリック・コメントでは、管理措置請求権は物権的請求権の一内容をなすものと考えられ、物権的請求権によっても対応可能であるから、物権的請求権と重複する新たな権利を創設する意義が乏しいが、解釈上疑義のある不可抗力による侵害の場合についての規律を創設する点に意義があるとの指摘や、試案のような形で管理措置請求権に関する規律を創設すると、物権的請求権に関する規律がないことが問題となるとの指摘、このような一般的な規定を設けることで、規定の適用される対象の外延が曖昧となり混乱を招きかねないとの指摘があった。
これらの指摘を踏まえると、管理措置請求権については、管理不全土地一般に対応するための物権的請求権類似のものと位置付けるのではなく、現行法の解釈上疑義のある不可抗力による侵害の場面に限って、相隣関係規定として特に認められる権利と位置付けることも考えられる。
そこで、適用の場面を、天災その他避けることのできない事変による他の土地からの土砂の崩壊、汚液の漏出、悪臭の発生、工作物の倒壊又は竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合に絞り、そのような場合には、その土地の所有者は、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者に対しその事由の原因の除去又は予防工事をさせることができるとする考え方を、乙案として提案している。
甲案及び乙案は、天災その他避けることのできない事変によって土地に損害が及び又は及ぶおそれがある場合においても、他の土地の所有者等に対する妨害排除又は妨害予防請求を認めるものであるが、天災その他避けることのできない事変という制御不可能な原因による侵害について、他の土地の所有者等に妨害排除又は妨害予防の措置をとる義務まで負わせるのは、他の土地の所有者等に酷であるという指摘もある。パブリック・コメントにおいて森林・林業関係者から多数寄せられた慎重意見も、このような観点からのものであると考えられる。
3 丙案について
前記のとおり、甲案及び乙案は、天災その他避けることのできない事変という制御不可能な原因による侵害について、他の土地の所有者等に妨害排除又は妨害予防の措置をとる義務まで負わせるのは、他の土地の所有者等に酷であるという指摘もある。
また、後記本文3の補足説明5のとおり、請求の相手方(侵害者)に一定の行為義務を課した上で、当事者間で共同の費用負担の規律を設けることについては法制的及び実務的な観点から慎重に検討する必要がある。
そこで、適用の場面を、天災その他避けることのできない事変による他の土地からの土砂の崩壊、汚液の漏出、悪臭の発生、工作物の倒壊又は竹木の倒壊その他の事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合に絞った上で、そのような場合には、その土地の所有者は、自らその事由の原因の除去又は予防工事をすることができ、請求の相手方(侵害者)はこれを受忍する義務を負うとする考え方を、丙案として提案している。
丙案は、天災その他避けることのできない事変によって隣地等が管理不全状態になり、危険が生じた土地の所有者は、その原因を除去・予防するため、隣地が現に使用されているかどうかにかかわらず、自ら工事を実施することができるとするものであり、本文2のような特則を設けることは想定されない。その意味で、丙案によれば、この制度は一定の措置を他人に請求する管理措置請求制度ではなく、自ら一定の措置を行う管理措置制度であることになる。
これに対しては、手続保障の観点から、土地の所有者は、請求の相手方(侵害者)に対して事前の通知をすべきであるとの指摘が考えられる。もっとも、事前の通知を求めると、請求の相手方(侵害者)の探索をしなければならないこととなるが、天災その他避けることのできない事変が生じ、土地の復旧が急がれる場面において相手方の探索を強いてよいかが問題となり得る。
なお、土地の所有者が必要な範囲を超えて措置を行った場合には、当該措置は違法となるため、当該措置によって相手方に損害が生じたときには、不法行為責任(損害賠償責任)が認められることになると考えられる(これは本文2の規律に基づいて措置を行う場合も同様である)。
2 現に使用されていない土地における特則(本文1で甲案又は乙案をとる場合)現に使用されていない土地における特則として、次のような規律を設けることの是非について、どのように考えるか。
① 現に使用されていない他の土地における前記1甲案又は乙案に規定する事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合において、次に掲げるときは、その土地の所有者は、その事由の原因を除去し、又は予防工事をすることができる。除去又は予防工事の方法は、前記1甲案又は乙案に規定する土地所有者のために必要であり、かつ、他の土地又は工作物若しくは竹木のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
a 他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者に対して、その事由の原因の除去又は予防工事をすべき旨を通知したにもかかわらず、相当の期間内に異議がないとき。
b 他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合において、その事由の原因の除去又は予防工事をすべき旨の公告をしたにもかかわらず、相当の期間内に異議がないとき。
c 急迫の事情があるとき。
② ①bの公告は、官報に掲載してする。
○試案第3の4、(2)現に使用されていない土地における特則
現に使用されていない隣地における(1)に規定する事由により、自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合において、次に掲げるときは、その土地の所有者は、その事由の原因を除去し、又は予防工事をすることができる。除去又は予防工事の方法は、(1)に規定する土地所有者のために必要であり、かつ、隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
a 隣地の所有者に対して、その事由の原因の除去又は予防工事をすべき旨を通知したにもかかわらず、相当の期間内に異議がないとき。
b 隣地の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合において、その事由の原因の除去又は予防工事をすべき旨の公告をしたにもかかわらず、相当の期間内に異議がないとき。
c 急迫の事情があるとき。
(注2)土地所有者に認められる管理措置の内容に関して、例えば、隣地の形状又は効用の著しい変更を伴わないものに限るなど、一定の制限を設けることについて引き続き検討する。
(補足説明)
1 本文2の規律を設けるとする考え方
試案第3の4(2)では、現に使用されていない管理不全土地を対象として、土地所有者が一定の条件の下で管理措置を講ずることを可能とする制度を設けることを提案していた。
パブリック・コメントにおいては、地震・風水害等が頻発している今日の日本の状況に鑑みれば、裁判手続等に時間を要することなく、迅速に被害の予防措置を講じられる制度が必要であり、試案第3の4(2)に挙げた場合については他の土地の所有者等の権利保護に相応の配慮がなされており合理性があるといった理由でこれに賛成する意見が複数あった。
これを踏まえ、本文①のとおり、試案第3の4(2)のような規律を設けることが考えられる。また、本文②において、本文①bの公告は、官報に掲載してすることが考えられる理由については、部会資料32第1「隣地使用権の見直し」の本文1の補足説明3と同様である。
ここで、「現に使用されていない他の土地」とは、使用がされていないことが常態である土地をいい、典型的には、管理されず放置され、崖崩れ等の事由が発生している土地を想定している。土地だけでなく土地上の建物等が利用されていない場合にも、土地が「現に使用されていない」と評価される場合もあると考えられるが、土地上の建物に居住する者がいる限りは、土地が「現に使用されていない」と評価することはできないと考えられる。また、森林については、樹木が生育し、将来伐採等するために当該土地が利用されている限りは、「現に使用されていない」と評価することはできないと考えられる。
もっとも、例えば、宅地等において、年に一度、土地上の樹木の果実を採取するためにその土地が利用されるような場合には、その土地が「現に使用されていない」と判断することには困難が伴うとの指摘や、森林については、樹木がある限りは土地が利用されていることになるため、実際にはこの規律が適用されることはないことになるとの指摘が考えられる。
なお、本文1の乙案は、管理措置請求権を、天災その他避けることのできない事変による侵害の場面に限って、相隣関係規定として特に認められる権利と位置付けるものであるから、本文2の特則も天災その他避けることのできない事変による侵害の場面にのみ適用されることを前提としている。また、本文1の丙案は、前述のとおり、隣地が現に使用されているかどうかにかかわらず、自ら工事を実施することができるとするものであり、本文2のような特則を設けることは想定されない。
2 本文2の規律を設けないとする考え方
本文2の規律は、本文1と同様に、基本的には、現行法における土地所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権の要件と同程度の所有権侵害が必要であることを前提としているが、現行法上、このような所有権侵害がある場合には、物権的請求権を本案とする保全処分により、当面の危険を除去又は予防することも可能である。
また、急迫の事情がある場合には、現行法上も、正当防衛又は緊急避難(民法第720条)として、一定の管理措置が正当化される場合もあると考えられる。
パブリック・コメントにおいても、管理措置請求権や物権的請求権を本案とする保全処分により、当面の危険を迅速に除去又は予防することが可能であるから、このような規律は不要であるとして反対する意見があったところである。
さらに、仮に、所有者不明土地管理制度(試案第2の1)及び管理不全土地管理制度(試案第2の2)を設けるとすれば、他の土地が原因で自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、裁判所の関与のもと、土地管理人による他の土地の適正な管理を実現することができることから、これらの制度を用いることで現に使用されていない土地を継続的に管理することが可能になるため、本文2の規律を設ける必要性は大きくはないとも考えられる。
3 費用
管理措置請求に係る工事の費用の規律に関する次の各案について、どのように考えるか。
【甲案】前記1又は2の工事の費用については、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者の負担とする。ただし、【その事由が天災その他避けることのできない事変によって生じた、又は生じるおそれがある場合において、】その事変、その工事によって土地の所有者が受ける利益の程度、前記1の事由の発生に関して土地の所有者に責めに帰すべき事由がある場合にはその事由その他の事情を考慮して、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者の負担とすることが不相当と認められるときは、他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者は、土地の所有者に対し、その減免を求めることができる。
【乙案】前記1又は2の工事の費用については、土地の所有者と他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者が等しい割合で負担する。ただし、土地の所有者又は他の土地又は工作物若しくは竹木の所有者に責めに帰すべき事由があるときは、責めに帰すべき事由がある者の負担とする。
(注)本文1の乙案及び丙案は、天災その他避けることのできない事変による侵害の場面に限ってその適用を認めるものであるから、本文3の甲案のただし書はそれを前提とした規律となる。また、本文3の乙案については、一律に本文のみの規律(乙案ただし書の規律を設けない)とする考え方や、ただし書を帰責事由のみならず、天災その他避けることのできない事変、土地の所有者が受ける利益の程度その他の事情を考慮して負担割合を調整可能とする規律とする考え方もある。
○試案第3の4、(3)費用
【甲案】(1)又は(2)の工事の費用については、隣地所有者の負担とする。ただし、その事由が天災その他避けることのできない事変によって生じた場合において、その事変、その工事によって土地の所有者が受ける利益の程度、(1)の事由の発生に関して土地の所有者に責めに帰すべき事由がある場合にはその事由その他の事情を考慮して、隣地所有者の負担とすることが不相当と認められるときは、隣地所有者は、その減額を求めることができる。
【乙案】(1)又は(2)の工事の費用については、土地所有者と隣地所有者が等しい割合で分担する。ただし、土地所有者又は隣地所有者に責めに帰すべき事由があるときは、責めに帰すべき者の負担とする。
(補足説明)
1 パブリック・コメントの結果等
管理措置請求制度は、相隣関係の規律として、隣接する土地相互の利用を調整する観点から、不可抗力によって土地に損害が及び又は及ぶおそれがある場合にも管理措置請求を認めた上で、費用の負担割合を決する際に、不可抗力等の事情を考慮することで妥当な解決を図ろうとするものである。試案第3の4(3)において、管理措置請求制度の費用の在り方について、甲案と乙案の2案を提案していた。
パブリック・コメントに寄せられた意見には、土地の所有者に損害をもたらした隣地所有者の負担とするのを原則としつつ、事案に応じた修正を行うのが妥当であるという理由で甲案に賛成する意見が多かったが、相隣関係の規律を基礎に原則として折半として調整すべきであるという理由で乙案に賛成する意見もあった。
これを踏まえ、本文3においては、本文1で3通りの考え方があることを前提に、表現を整えた上で、試案第3の4(3)の甲案と乙案と同趣旨の両案を提案している。
なお、前記のとおり、森林を所有したり林業に従事したりしている法人又は個人からの意見に限定すると、これまで費用負担についてケースバイケースで関係者が話し合って決めてきたため、費用負担の規律を設けることによって、むしろ円満な解決の妨げになるとするものが多数であった。
もっとも、前述のとおり、このような規律を設けたとしても、当事者間の話し合いによる柔軟な解決が否定されるものではなく、むしろ、規律が設けられることによって、話し合いの場面においても、明確な基準に基づいてより公平な解決を図ることができるとも考えられ、引き続き検討することとしている。
2 甲案について
試案第3の4(3)の甲案ただし書では、一定の場合に隣地所有者が費用の減額を求めることができるとすることを提案していたが、パブリック・コメントにおいて制度の趣旨からして、場合によっては免除も含むものとすべきであるとの意見があったことを踏まえ、本文の甲案では、減免を求めることができるとすることを提案している。
甲案の規律を前提とすると、天災その他避けることのできない事変で侵害が生じた場合の費用をケースバイケースで判断することとなる。
甲案に対しては、工事によって土地の所有者が受ける利益の程度や、土地の所有者の帰責によって拡大した費用(損害)の算定が困難であるとの指摘が考えられる。
これについては、例えば、①境界をまたいで工事が必要となるケースでは、境界を基準としてその工事の範囲の割合によってその費用負担割合を決する算定方法が考えられる。また、②土地所有者の排水により、請求の相手方の所有地の崖崩れの範囲がより
広範囲となったと認められるケースでは、当該排水がなかったと仮定した場合に生じたと見込まれる侵害を除去するために必要となる費用(見込み額)と現実に必要となった侵害を除去するために要した費用とを比較して、その差額分を土地所有者の費用負担とする算定方法が考えられる。もっとも、多種多様な侵害態様に応じて費用負担が個別に判断されることになるため、予測が困難な面があることは否定しがたいが、上記の①及び②以外の場合における費用の具体的な算定方法については引き続き検討する必要がある。また、他の土地の所有者等の費用負担の全額免除を可能とすることは、結局、土地の所有者側に費用を全額負担させることを意味するが、天災その他避けることのできない事変によって他の土地から生じた損害についての原因の除去費用を土地の所有者に全部負わせることになりかねないという問題がある。
なお、甲案によれば、例えば、他の土地の所有者等が土砂の崩壊を防止する工事を行った場合には、土地の所有者に対してその費用の全部又は一部を求償することも可能になると考えられるが、他の土地の所有者等は本来その土地から生ずる危険を防止する責務を負っているのであり、それを果たしたからといって、土地の所有者に対して求償することができるとするのは相当でないとの指摘も考えられる。
3 乙案について
乙案の規律を前提とすると、天災その他避けることのできない事変で侵害が生じた場合の費用については、基本的には、当事者間で等しい割合で負担することになる。
乙案については、費用を当事者間で等しい割合で負担することを原則とすることに鑑みて、土地の境界をまたぐ工事等、隣接する土地の双方にとって有益となる工事に適用範囲を限定すべきであるという考え方もある。
他方で、この案に対しては、例えば、大規模な崩落事故によって複数の土地所有者が被害を受けるおそれがあるため、その予防のための工事が必要となる場合に、原因となっている土地所有者と被害を受けるおそれのある各土地所有者がそれぞれ等しい割合で費用負担することになる一方で、被害を受ける可能性のある土地所有者間における費用の負担割合を公平に規律することが困難であるとの指摘も考えられる。
4 本文1で乙案又は丙案を採用する場合について(注)
本文1の乙案及び丙案は、天災その他避けることのできない事変による侵害の場面に限ってその適用を認めるものであるから、本文3の費用の規律も天災その他避けることのできない事変による侵害の場面にのみ適用されることが前提となるため、本文3の甲案についてはただし書のみの規律(甲案本文の規律を設けない)となることを注記している。
また、本文1の乙案又は丙案は、天災その他避けることのできない事変による侵害の場面における規律であるから、本文3乙案のただし書のように、責めに帰すべき一方の当事者の負担とするのは妥当でないとも考えられるため、本文3の乙案については、一律に本文のみの規律(乙案ただし書の規律を設けない)とする考え方や、ただし書を帰責事由のみならず、天災その他避けることのできない事変、土地の所有者が受ける利益の程度その他の事情を考慮して負担割合を調整可能とする規律とする考え方もある旨を注記している。
5 法制上及び実務上の課題について
(1) 管理措置請求構成(本文1の甲案又は乙案)をとる場合
管理措置請求構成(本文1の甲案又は乙案)をとる場合には、請求の相手方(侵害者)が所定の措置を講じないケースでは、土地所有者は、原則として、請求の相手方(侵害者)に対する措置請求訴訟を提起して、認容判決を得た上で、これを債務名義として強制執行を申し立て、基本的に第三者に工事等をさせる方法(民事執行法第171条第1項、第4項)によることになるところ、この執行手続は請求の相手方(侵害者)の費用で行われることとされている(同法第171条第1項第1号)ことと費用の共同負担の規律との関係が問題となる。
本文1の規律に基づき、土地の所有者が、請求の相手方(侵害者)に対して所定の措置を請求した場合において、仮に、裁判所において当事者の共同の費用をもって措置すべきであることが相当であると判断されるときには、①当該訴訟の判決において、土地の所有者に費用の一部を負担することを命ずることができる(現行法の下で、このような費用負担の判決をすることは請求の一部認容に当たるとする裁判例がある。
横浜地判昭和61年2月21日判タ638号174頁、静岡地判昭和37年1月12日下民集13巻1号1頁)という立場と、②費用償還請求権は管理措置請求権とは別のものであるから、管理措置請求とは別の請求として審理されるべきである(費用の償還が請求されていないのに費用についての判決をすることはできない)という立場があると考えられる。
①の立場によれば、管理措置請求において、費用負担割合が明示された上で請求が認容される(判決の主文としては、例えば、「Yは、Xに対し、Yの費用を2、Xの費用を1とする割合の費用負担をもって、~の土砂を撤去せよ。」といったものが考えられる。)ことになると考えられる。この立場に対しては、費用負担割合が明示された判決をもって代替執行を行うことはできないのではないか、代替執行が可能であるとしても、具体的な費用の負担額について争いがあるときは、工事の実施前に代替執行の費用前払決定手続(同法第171条第4項)の中で争うのか、執行費用確定処分に対する異議(同法第42条第5項)によるのか、工事の実施後に給付訴訟を提起するのかなど、手続のどの段階において争うのかが明らかではないとの指摘が考えられる。
②の立場によれば、管理措置請求について認容判決を得た上で、これを債務名義として強制執行を申し立て、第三者に工事等をさせる方法によって強制執行を行い、費用の負担割合については、工事の実施後に執行費用確定処分に対する異議(同法第42条第5項)や別訴において争われることになると考えられるが、この立場に対しては、紛争の一回的解決の観点から手続が迂遠であるとの指摘が考えられる。
このように、上記①又は②のいずれの立場によっても、請求の相手方(侵害者)に一定の行為義務を課した上で、当事者間で共同の費用負担の規律を設けることには法制的及び実務的な観点から課題があると考えられる。
(2) 管理措置構成(本文1の丙案)をとる場合
これに対して、本文1で丙案をとり、その土地の所有者自身がその障害を除去する措置をとることができるとした場合には、その費用は事後的に回収されることになる。
この考え方によれば、土地の所有者が工事費用を負担して管理措置を行った場合には、当該所有者が侵害者に対する費用償還請求を行い、そこで費用負担割合が争われることになると考えられる。
第2 管理不全土地等の管理命令
1 管理不全土地の管理命令
(1) 管理不全土地につき、管理人による土地の管理を可能とするために、次のような規律を設けることについて、どのように考えるか。
ア 管理不全土地の管理
① 裁判所は、所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある場合において、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その請求に係る土地(以下「管理不全土地」という。)を対象として、管理不全土地管理人(②により選任される管理不全土地管理人をいう。)による管理を命ずる処分をすることができる。
② 裁判所は、①の命令をする場合には、当該命令において、管理不全土地管理人を選任しなければならない。
(注)裁判所は、①の命令をする場合には、土地の所有者の陳述を聴かなければならない旨の規定など、土地の所有者の手続保障を図るための規定を設ける。
イ 管理不全土地管理人の権限
① ア②により管理不全土地管理人が選任された場合には、管理不全土地管理人は、管理不全土地について次に掲げる行為をする権限を有する。
a 保存行為
b 土地の性質を変えない範囲内において、その利用・改良を目的とする行為
② 管理不全土地管理人は、管理不全土地上にある土地所有者の所有する動産についても上記①a及びbの行為をする権限を有する。
(注1)管理不全土地管理人が管理不全土地について①a及びbに規定する権限を超える行為をすることの是非については、後記本文(2)のとおり。
(注2)管理不全土地管理人が管理不全土地上にある土地所有者の所有する動産について①a及びbに規定する権限を超える行為をすることの是非については、後記本文(2)の検討を踏まえ、引き続き検討する。
(注3)管理不全土地の管理及び処分をする権利は管理不全土地管理人に専属する旨の規律は、設けない方向で検討する。
ウ 管理不全土地管理人の義務
管理不全土地管理人は、(1)ア①の命令の対象とされた土地の所有者のために、善良な管理者の注意をもって、その職務を行わなければならない。
エ 管理不全土地管理人の解任等
① 管理不全土地管理人がその任務に違反してア①の命令の対象とされた土地又はその共有持分に著しい損害を与えたことその他重要な事由があるときは、裁判所は、利害関係人の請求により、管理不全土地管理人を解任することができる。
② 管理不全土地管理人は、正当な事由があるときは、裁判所の許可を得て、辞任することができる。
オ 管理不全土地管理人の報酬等
① 管理不全土地管理人による管理不全土地の管理に必要な費用は、管理不全土地の所有者の負担とする。
② 管理不全土地管理人は、裁判所が定める額の費用の前払及び報酬を受けることができる。
カ 命令の取消し等
裁判所は、ア①の命令の対象とされた土地の管理を継続することが相当でなくなったときは、申立人、管理不全土地の所有者又は管理不全土地管理人の申立てにより又は職権で、当該命令を取り消さなければならない。
○中間試案第2、2(1)「所有者が土地を管理していない場合の土地の管理命令」
(1) 所有者が不明である場合の土地の管理命令
所有者が土地を現に管理していない場合において、所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害さ
れるおそれがあるときであって、必要があると認めるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、当該土地について、土地管理人による管理を命ずる処分をし、土地管理人に保存行為をさせることができるとすることについて、引き続き検討する。
(注1)例えば、所有者が土地を現に管理していないことによって崖崩れや土砂の流出、竹木の倒壊などが生じ、又はそのおそれがある場合を想定しているが、要件については、他の手段によっては権利が侵害されることを防止することが困難であることを付加するかどうかなども含めて更に検討する。
(注2)所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合であっても、所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、必要に応じて(1)の土地管理人を選任することが可能とすることを想定している。
(注3)土地管理人の権限については、保存行為を超えて、当該土地を利用し、又は裁判所の許可を得て売却する権限を付与するとの考え方もあるが、慎重に検討する。
(注4)所有者の手続保障を図る観点から、管理命令の手続の在り方についても検討する。
(注5)本文の制度を設ける場合には、土地管理人は、善良な管理者の注意をもってその職務を行うこととし、土地管理人の報酬及び管理に要した費用は土地所有者の負担とし、管理命令の取消事由については所有者が土地を管理することができるようになったときその他管理命令の対象とされた土地の管理を継続することが相当でなくなったときとする方向で検討する。
(注6)所有者が土地上に建物を所有しているが、建物を現に管理していないケースが、「土地を現に管理していない場合」に該当するかについては、後記(2)の管理命令の検討と併せて検討する。
(注7)土地管理人は、管理命令の対象となる土地に土地所有者の所有する動産や所有者が不明である動産がある場合において、必要があるときは、裁判所の許可を得て、当該動産を処分することができるとすることについても、検討する。
(後注1)所有者が土地又は建物を現に管理している場合において、所有者が土地又は建物を適切に管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要があると認めるときは、当該土地又は建物について、土地管理人又は建物管理人による管理を命ずる処分をし、土地管理人又は建物管理人に保存行為をさせることができるとすることについては、慎重に検討する。
(後注2)所有者が土地又は建物を管理せず、又は適切に管理していないことによって、他人の権利が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要な処分を命ずることができるものとすることについては、既存の制度とは別にこれを設ける必要性を踏まえながら、慎重に検討する。
(補足説明)
1 提案の趣旨
(1) パブリック・コメントに寄せられた意見の概要
試案第2の2(1)においては、所有者不明土地管理制度とは別に、管理不全となっている土地を対象とする管理制度の創設が提案していたが、パブリック・コメントにおいては、これに賛成の意見が多数を占めた。
これに対して、所有者が判明しているのであれば、妨害排除請求権等を行使すれば足りることや、所有者が判明しているのに土地管理人を選任することを正当化するのは困難であることなどを理由に、新制度の創設に反対する意見もあった。
(2) 提案の趣旨
現行法においては、管理不全土地による侵害又はその危険が及ぶ近隣の土地所有者は、管理不全土地の所有者に対し、所有権に基づく妨害排除請求等を行使することができるが、裁判所が管理人を選任して土地の管理に当たらせることはできない。
もっとも、土地の草木が繁茂するなどして周辺住民に被害を及ぼしているケースや、継続的に廃棄物の不法投棄が行われ周辺住民に被害を及ぼしている土地について、一旦その撤去等をした後も再び廃棄物が不法投棄されるおそれがあるケースなどで、当該土地について裁判所が選任する管理人による管理を可能とすれば、土地の継続的な管理や、現在の管理不全状態を解消するための直接的な管理が可能となる。また、土地の管理を適切に行っていないために他人の権利・利益を侵害し、又はそのおそれがある場合には、そのような侵害を防止するために必要な限度で、その土地の所有者が制約を受けることもやむを得ないと考えられる。
そこで、土地の適切な管理を実現するための新たな手段として、管理人による管理不全土地管理制度を設けることが考えられる。
ただし、この制度の創設に際しては、その要件の在り方や、土地所有者が受ける制約の程度、制度を利用した場合の終了の在り方など、検討すべき点が多くあり、その創設の是非については、これらの点を考慮しながら、引き続き検討する必要がある。
以上を踏まえ、本部会資料では、管理不全土地について、権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある場合に、管理人を選任し、その管理人による管理を可能とする制度につき、その創設の是非も含め、検討している。
2 本文アについて
(1) 本文ア①の要件について
ア パブリック・コメント等
試案第2の2(1)アでは、「所有者が土地を現に管理していない場合において、所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときであって、必要があると認めるとき」を要件として提案し、その(注1)では、例えば、所有者が土地を現に管理していないことによって崖崩れや土砂の流出、竹木の倒壊などが生じ、又はそのおそれがある場合を想定しているが、要件については、他の手段によっては権利が侵害されることを防止することが困難であることを付加するかどうかなども含めて更に検討する旨を注記していた。
パブリック・コメントにおいては、要件をより具体的に明確化すべきとの意見や、管理措置請求制度との関係についても整理すべきであるとの意見があった。
イ 提案の概要
管理人による管理には、所在等が判明している所有者の財産の管理に介入するという側面があることに照らすと、本制度に基づき管理人を選任するためには、そのような財産の管理への介入を正当化できるだけの要件が必要であると考えられることから、試案第2の2(1)アと同じく「所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある場合」との要件を設ける必要があると解される。
なお、従前の部会での審議や、パブリック・コメントにおいては、現行法において物権的請求権、人格権等に基づく差止請求権等が認められる場合に限定されることを明確にすべきとの意見や、権利侵害の程度が社会生活上の受忍限度を超えている場合に限定して管理人を選任できるとするのが妥当であるとする意見もあった。
いわゆる受忍限度論には、学説等でも様々な議論があると思われるが、いずれにしても、その侵害の程度が低いなどのケースでは、この制度を利用する必要性が乏しいため、「土地の管理のために必要と認めるとき」の要件を充たさないと解される。
(2) 所有者が土地を現に管理していないことについて
ア パブリック・コメントについて
試案第2の2(1)アでは、所有者が土地を現に管理していないことを要件とすることを提案し、その(後注1)では、所有者が土地を現に管理している場合を管理人による管理の対象に含むことは慎重に検討することを注記していたところ、パブリック・コメントに寄せられた意見においては、これらについて賛成の意見が多数を占めた。
これに対して、意見の中には、管理不全土地管理制度においては、所有者による管理が適切にされているか否かこそが重要なのであって、所有者が現に管理をしているかどうかで区別をする必要があるのかは疑問があるとの指摘もあった。
イ 提案の文言について
試案では、土地の所有者が土地を使用しているケースで区別することを念頭に、「現に管理していない」ことを要件の一つとして検討することとしていたが、パブリック・コメントの意見の中にもあるとおり、土地が適切に管理されずに損害が生ずることを防止するために、その土地を適切に管理する仕組みを設ける必要性は、その土地が単に放置されているケースと、土地の所有者が使用しているが適切に使用していないケースとでは、違いはないと思われる。また、土地の所有者が使用しているといっても、その使用の在り方は様々なものがあり得るのであり、土地を放置しているのと大差がないケースもあると考えられる。法律上の文言としても、両者を明確に区別する要件を適切に設けることは困難ではないかと考えられる。
もちろん、管理人を選任するかどうかは、所有者の使用状況など当該土地の状況を踏まえて判断することとなり、土地の所有者が受ける制約が大きい場合には、管理人を選任することが相当でないこともあると解されるが、現に使用していれば一律に選任を否定することとはすべきではないように思われる。
以上の観点から、管理人の選任につき、土地の使用状況は必要性の判断の中で考慮することとしつつ、現に管理しているかどうかで一律に両者を区別することはしないことが考えられる。なお、本文では、必要性の判断において、管理人選任の相当性も判断されることを想定しているが(本文カで管理継続が相当でなくなったことを管理人選任命令の取消事由としているが、これを裏返せば、管理人選任の相当性があることが発令要件となると考えられる。)、必要性及び相当性を考慮するとして、それを法文上どのように表現するのかについては、他の法令の用語例を含め、引き続き検討する必要があり、また、補足説明1(2)で指摘したケース以外で、必要性及び相当性が認められ得る場合がどのようなものであるかについても、更に検討する必要がある。
ウ 所有者以外の者が土地を占有している場合について
本制度は、土地の管理不全状態を解消することを目的とするものであるから、本文の要件を充足するかどうかは、土地を占有する者の権原の有無によって直ちに左右されるものではなく、基本的にはその土地の状態に照らして判断されることになる。そのため、土地所有者が自ら直接的にその土地を管理していなくても、その土地を占有する者がこれを適切に管理しているのであれば、本文の要件を満たさないのであって、このことは、その者が賃借権などの権原を有する者である場合はもとより、無権原者であるとしても、同様である。
他方、賃借権などの権原を有する者が土地を占有していたとしても、土地の適切な管理がされていない場合には、本文の要件を満たし得るものと考えられる。
この点に関連して、土地について賃借権などの権原を有する者に代わって管理不全土地の管理を行うための管理人の選任の仕組みを設けることも考えられる。もっとも、土地の賃借権者が土地上に建物を所有しており、その建物が管理不全状態になっているケースであれば、後記本文2の管理不全建物の管理制度を設けることで対応が可能であるとも思われ、その要否を含め引き続き検討する。
(3) 他の手段によっては権利侵害を防止することが困難であるとの要件について
試案第2の2(1)ア(注1)では、要件については、他の手段によっては権利が侵害されることを防止することが困難であることを付加するかどうかも含めて更に検討する旨を注記していたが、パブリック・コメントに寄せられた意見においては、この点について、事案に応じて手続を選択できるようにすべきなどの理由から、そのような要件の付加は不要であるとの意見が比較的多かった。
他の手段によっては権利が侵害されることを防止することが困難との要件を特に付加しなくとも、管理人選任の必要性や相当性の判断で対応することが可能であると解されるから、特にこのような要件の付加をする必要はないように思われる。
そこで、本文ア①では、他の手段によっては権利が侵害されることを防止することが困難であるとの要件を付加することはしていない。
(4) 所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合について
試案第2の2(1)ア(注2)では、所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない場合であっても、所有者が土地を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、必要に応じて管理不全土地管理人を選任することが可能とすることを想定している旨を注記していた。パブリック・コメントに寄せられた意見においては、この点について、特段の異論はなかった。
本部会資料においても、この点についての考え方は変わるものではない。
なお、意見の中には、所有者不明土地管理制度と管理不全土地管理制度の各管理人の選任が別々に申し立てられ、管理人の重複が生ずる可能性があることから、両者の関係について整理が必要であるとの意見があったが、所有者不明土地管理制度では、所有者の管理処分権を専属させることを検討しており、仮に、この案を前提とすると、両者が同時に選任された場合には、所有者不明土地管理人の権限が優先すると考えられる(そのため、実際上の運用では、所有者不明土地管理命令が発せられていれば、管理不全土地管理命令の申立ては却下され、管理不全土地管理命令が発せられた後に所有者不明土地管理命令が発せられれば、管理不全土地管理命令は取り消されるように思われる。)。
(5) 本文ア②について
本制度は、管理不全土地について、管理人による管理を可能とするものであるから、本文ア②では、裁判所は、管理不全土地管理命令をする場合には、当該管理命令において、土地管理人を選任しなければならないとすることを提案している。
なお、土地管理人としてどのような者を選任するかについては、事案に応じて適切に判断されるものと考えられる。
(6) 本文ア(注)について
試案第2の2(1)(注4)では、所有者の手続保障を図る観点から、管理命令の手続の在り方についても検討する旨を注記していた。パブリック・コメントに寄せられた意見においては、この点について賛成の意見が多数を占めた。
本文アに基づく管理命令が発せられた場合には、土地の所有者は管理不全土地管理人による管理に要する費用を負担することとなる(本文オ①)などの影響を受けることからすると、この者にも手続保障を図るべきと考えられる。
そこで、本文ア(注)では、裁判所は、①の命令をする場合には、土地の所有者の陳述を聴かなければならない旨の規定など、土地の所有者の手続保障を図るための規定を別途設ける旨を注記している(緊急を要するケースについては、後記本文(4)参照)。
なお、管理不全土地の管理人の選任の手続は、非訟事件手続として位置付けられるものと考えられる。
(7) 利害関係人について
試案第2の2(1)と同じく、利害関係人が申立権者となることとしている(この点についてパブリック・コメントにおいて特段の意見はなかった)。
ここでいう利害関係人としては、所有者が土地を管理していないことによって権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがある者がこれに当たることが想定される。
3 本文イについて
(1) 管理不全土地について保存行為・改良行為をする権限
試案第2の2(1)では、土地管理人は、保存行為をすることができるとすることを提案していたところ、パブリック・コメントに寄せられた意見においては、これについて特段の異論はなかった。
そこで、本文イ①aでは、ア②により管理不全土地等管理人が選任された場合には、管理不全土地等管理人は、その対象とされた土地について保存行為をする権限を有するとする旨を提案している。
また、管理不全土地管理人が、土地の管理不全状態を解消するために必要となる行為は、その土地の改良行為にもわたり得る。そこで、本文イ①bでは、土地の性質を変えない範囲内において、その改良を目的とする行為も掲げている。
管理不全土地管理人が、土地を第三者に賃貸して収益を上げるような行為が管理不全状態の解消のために必要となる場面は想定しにくいが、他方で、利用行為と改良行為とではその区別の線引きが曖昧であるとも思われるので、差し当たり、ここには利用行為も掲げている。もっとも、それによって得た収益は、土地の所有者に返還しなければならない。
ところで、不在者財産管理人その他の財産管理人に関しては、その財産管理人を本人の代理人(又はいわゆる訴訟担当者)として、訴訟を提起することができるとされている。もっとも、このような取扱いがされているのは、基本的に、本人が不在であるなど、本人自身が訴訟追行をすることができず、その財産管理人を代理人等として訴訟に関与させるべき必要がある場合であると考えられるが、今回の管理不全土地管理制度では、土地所有者本人の所在等が判明しているため、そのような必要がない。
そのため、ここで検討している土地管理人が当然に土地所有者の代理人になったり、訴訟担当者になったりするべきではないように思われる(権限との関係では、保存行為に該当しないなどと解釈することになると考えられる。)。
なお、(注1)にあるように、管理不全土地管理人が本文イ①a及びbに規定する権限を超える行為をすることの是非については、後記本文(2)に記載している。
(2) 管理不全土地上の動産についての権限
現行法においても、不在者財産管理人が選任され、その管理すべき財産の中に土地があり、その土地上に動産があれば、管理人において適宜対応していると考えられる。
すなわち、その動産が不在者のものであれば、その権限を行使して、適宜処理をし、他方で、不在者の所有物ではないものについては、適宜の手続をとって処理をしている(無価値であるなどして所有権が放棄されていると解される動産(無主物)については、廃棄している。)と思われる。
今回の仕組みにおいても、土地の適切な管理を実現する観点からは、土地上の動産についても、適宜の管理をすることが有益であると考えられるが、不在者財産管理制度と異なり、物(土地)に着目した制度であるため、特に規定を置かなければ、土地所有者が所有していると認められる動産があっても、不在者財産管理人のようには管理することができない。
そこで、本文イ②では、土地の適切な管理を実現する観点から、管理不全土地管理人は管理不全土地上にある土地所有者の所有する動産の保存等の管理をする権限を有する旨の規律を設けることを提案している。パブリック・コメントに寄せられた意見においても、動産に関する規律を置くことについては、賛成の意見が多かった。なお、土地の所有者が所有している動産を処分する際には、不在者財産管理人と同様に、裁判所の許可を要するとすることも考えられる。いずれにせよ、管理不全土地管理人が動産について①a及びbに規定する権限を超える行為をすることの是非については、後記本文(2)の検討を踏まえることになると考えられるから、その旨を(注2)で注記している。
(3) 権限の専属について
所有者不明土地管理制度においては、対象となる土地を処分することもあり得ることを念頭に、土地管理人による職務の円滑な遂行等の観点から、権限を土地管理人に専属させることを提案していたが、管理不全土地管理制度における土地管理人は、処分行為をすることを基本的に予定するものではなく(例外的に処分行為等を可能とする規律を設けることの是非については、後記本文(2)参照)、この観点から権限を当然に専属させる必要性に乏しいと思われる。
また、それとは別に、その対象土地を適切に管理する観点から、土地の所有者が管理人の職務を妨害することを防止するために、その土地の管理処分権を管理人に専属させるべきとの指摘も考えられる。もっとも、一律にその管理処分権を管理人に専属させることは、土地所有者に対する過剰な制約であるように思われ、この問題は、別途検討することとしている(後記(3)補足説明2参照)。
そこで、(注3)では、管理不全土地の管理及び処分をする権利は管理不全土地管理人に専属する旨の規律は、設けない方向で検討することとしている。
4 本文ウについて
(1) 試案第2の2(1)ア(注5)では、土地管理人は、善良な管理者の注意をもって、その職務を行わなければならないとすることを注記していたところ、パブリック・コメントに寄せられた意見においては、これに反対の意見は特段見られなかった。
そこで、本文エにおいては、管理不全土地等管理人は、善良な管理者の注意をもって、その職務を行わなければならない旨を提案している。
(2) 所有者不明土地管理制度と同様に、ここでも、善管注意義務を負うべき相手方は所有者であるのか、それ以外の利害関係人も含まれるかが問題となるが、この管理人は、基本的に土地の所有者に代わりにその土地を管理するものであるため、善管注意義務の相手方は土地所有者であると解される。
(3) 管理不全土地等管理人については、例えば、共有者がいずれも土地を管理していない場合に、その両者に代わって土地を管理する場合には、土地管理人が特定の共有者の利益を犠牲にして他の共有者の利益を図るような行為をするべきではないため、所有者不明土地管理人と同様に、誠実公平義務の規律を設けることも考えられるが、実際にそのような規定の必要性も含め引き続き検討する。
なお、共有者の1人が土地の管理をしていないが、他の共有者が土地を管理している場合には、通常は、権利・利益の侵害等の要件が欠けるため、この制度は基本的に利用できないと思われる。
5 本文エについて
管理人が、その任務に違反して管理命令の対象とされた土地に著しい損害を与えたことその他重要な事由があるときは、当該管理人による管理をそれ以上続けることは相当でないし、また、管理人の辞任を無限定に認めることも相当でないと考えられる。
そこで、本文エでは、所有者不明土地管理制度の管理人と同様に、上記のような事由があるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより管理人を解任するができること、また、管理人は、正当な事由があるときは、裁判所の許可を得て、辞任することができることを提案している。
6 本文オについて
(1) 試案第2の2(1)ア(注5)では、土地管理人の報酬及び管理に要した費用は土地所有者の負担とすることを注記していたところ、パブリック・コメントにおいては、これに反対する意見は特段見られなかった。管理不全土地管理人は、土地の所有者に代わって、土地を管理する者であるから、土地の所有者の委託を受けて土地を管理する者がいる場合と同様に、その管理費用及び報酬は、土地の所有者が負担すべきと解される。
もっとも、実際の運用では、管理不全土地の所有者がこれを事前に納めることは期待し難く、管理不全土地管理人の費用及び報酬は、一旦は申立人が予納した予納金から支出され、予納金を納めた申立人は、管理不全土地の所有者に対して、不当利得返還請求等をすることによって予納金を回収する方法をとることになると思われる。なお、申立人から予納金が支払われず、原資不足により管理費用を支出するのが困難であることが見込まれる場合には、管理不全土地管理命令が発せられたとしても直ちにその取消しがされることになるから、このような場合には、管理不全土地管理命令を発する必要がなく、申立てが却下されることになると考えられる。
(2) 第1の3では、管理措置請求においては、費用を例外的に土地所有者の負担としない場合があることを検討している。管理不全土地管理制度も、管理不全土地の適切な管理を図るために活用されることがあるという意味では管理措置請求制度と共通する面もあることからすると、管理に要した費用等を例外的に土地所有者の負担とはしない場合を設けるべきとの指摘もあり得るところであり、部会資料21の第2の3では、そのような観点から提案をしていた。
第1の3の検討の方向性にもよるが、仮に管理措置請求制度と完全に費用負担の在り方を揃えるとするのであれば、管理不全土地管理制度においても第1の3と同様の規律を設けるか、又は管理不全土地管理制度における費用負担の規律は設けずに、これについては実体法上の規律や解釈に委ねるとすることも考えられる。
他方で、管理不全土地管理制度は、管理措置請求制度とは異なり、土地の所有者がすべき管理行為を土地所有者に代わって管理人に行わせるものであることからすれば、その費用負担は当然に土地の所有者とされるべきであり、費用負担の在り方を管理措置請求制度と揃える必要はないとも考えられ、仮に土地所有者の費用負担とすることが相当でないケースで管理人による管理を求める申立てがされたのであれば、申立てを認めないとすることも考えられる。
本文は、後者の考え方に立ち、管理費用及び報酬は土地の所有者が負担するとする規律を設けることを提案するものであるが、この点についてどのように考えるか。
7 本文カについて
試案第2の2(1)ア(注5)では、管理命令の取消事由については所有者が土地を管理することができるようになったときその他管理命令の対象とされた土地の管理を継続することが相当でなくなったときとする方向で検討する旨を注記していた。パブリック・コメントに寄せられた意見においては、これに賛成の意見もあったが、「所有者が土地を管理することができるようになったとき」を取消事由とするのは広範にすぎるとして、これに反対する意見もあった。
所有者が土地を管理することが客観的には可能な状態にあるかどうかは、この制度を利用する際の要件そのものではなく、そのような状態になったとしても、その所有者が適切な管理をすることが見込めない場合には、なお管理を継続する必要があるケースもあると考えられる。
そこで、本文カでは、「所有者が土地を管理することができるようになったとき」を取消事由とはせず、裁判所は、命令の対象とされた土地の管理を継続することが相当でなくなったときは、申立人、管理不全土地の所有者又は管理不全土地管理人の申立てにより又は職権で、当該命令を取り消さなければならないとすることを提案している。
(2) 処分行為(保存行為等を超える行為)をする権限
保存・改良行為を超える行為をする権限に関する次の各案について、どのように考えるか。
【甲案】管理人による処分行為(保存行為等を超える行為)をする権限に関する規律は、設けない。
【乙案】他の方法によっては(1)ア①の権利又は法律上の利益の侵害を防止することが困難な場合に限って、管理不全土地管理人は、訴えをもって、管理不全土地の競売を請求することができる。
【丙案】管理不全土地管理人は、(1)イ①a及びbに規定する権限を超える行為を必要とするときは、裁判所の許可を得て、その行為をすることができる。
(注)乙・丙案をとる場合には、裁判所は、土地の所有者に異議がないときに限り、土地の処分をすることができる旨の規律を置くことも含め検討する。
(補足説明)
試案第2の2(1)(注3)では、土地管理人の権限については、保存行為を超えて、当該土地を利用し、又は裁判所の許可を得て売却する権限を付与するとの考え方もあるが、慎重に検討する旨を注記していた。パブリック・コメントに寄せられた意見においては、これについて慎重に検討すべきとする意見が比較的多数を占めた。
これに対し、意見の中には、他の方法によっては権利侵害を防止することが困難である場合、所有者の反対がない場合に限って、例外的に土地の売却を認めるべきとの意見もあった。
ここで検討している管理不全土地管理制度は、土地の所有者がいても、その者が土地を適切に管理していないことが問題となっているため、事案にもよるが、土地の所有者に再度管理を委ねることでは、問題が解決しないケースがあり得る。そのようなケースにおいて、相当長期間の間、管理人が管理を継続する事態が生じることは好ましくないとの判断もあると考えられる。そのため、一定の要件の下で、その土地の所有権を譲渡するなどする仕組みを設けることが課題となり得るが、所有者の権利を保護する観点から、そのようなことを認めるべきではないとも考えられることは、これまでの検討のとおりである。
以上を踏まえ、本文では、管理人が保存行為等を超える行為をすることを認めない案を甲案として提示し、一定の例外的な場合にこれを認める案として、乙案及び丙案を提示している。
すなわち、甲案は、管理不全土地管理制度における土地管理人は、飽くまでも土地が管理されていないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害されることを防止するためのものであることなどを踏まえたものであるが、これによると、管理人が土地の売却をすることは、一切認められないことになる。
乙案は、他の方法によっては本文(1)ア①の権利又は法律上の利益の侵害を防止することが困難な場合に限って、管理不全土地管理人は、管理不全土地の競売を請求することができるとするものであり、区分所有法第59条を参考にしたものである。もっとも、第10回会議において、同条の適用場面と、管理不全土地管理制度の適用場面とは異なり、正当化根拠としては十分ではないなどの問題点が示されている。
丙案は、管理不全土地管理人は、(1)イ①a及びbに規定する権限を超える行為を必要とするときは、裁判所の許可を得て、管理人が処分をする余地を認めるものである。もっとも、所有者の意向確認をどのように考えるのかにもよるが、実際には売却を許可するの
は稀なケースになることが想定される。これについて、第10回会議においては、所有者不明土地管理制度における土地管理人と権限を同じくするのは相当でない旨の指摘もあった。
なお、乙案及び丙案のいずれにおいても、土地の所有者の意向をどのように考えるのかが問題となる。必要性の観点から、意向に反しても処分をすることができるとの考えもあるが、基本的にはできないことを前提に意向確認をしても異議を述べなかった場合に限るとすることが考えられ、この点を本文(注)で注記している。
(3) 給付を命ずる処分
裁判所は、土地の所有者の権利を制約するなどの必要な処分を命ずることができるとするとの規律や、必要があるときは土地の引渡しその他の給付を命ずることができるとする規律を設けることについて、どのように考えるか。
○中間試案第2、2(1)「所有者が土地を管理していない場合の土地の管理命令」
(後注2)所有者が土地又は建物を管理せず、又は適切に管理していないことによって、他人の権利が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要な処分を命ずることができるものとすることについては、既存の制度とは別にこれを設ける必要性を踏まえながら、慎重に検討する。
(補足説明)
1 本文について
試案第2の2(後注2)では、所有者が土地又は建物を管理せず、又は適切に管理していないことによって、他人の権利が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要な処分を命ずることができるものとすることについては、既存の制度とは別にこれを設ける必要性を踏まえながら、慎重に検討する旨を注記していた。パブリック・コメントに寄せられた意見においては、既存の物権的請求権や、検討中の管理措置請求等によって対応可能であることなどを理由に、慎重に検討することに賛成する意見が比較的多数を占めた。
確かに、これらの権利を行使することによって訴訟手続を通じて対応することもあり得るものと考えられる。また、第10回会議においては、管理人が、管理を妨害された場合にこれをどのようにして排除するのかとの指摘もあったが、民事執行法上の執行官に認められているような強制的な権限を管理不全土地管理人に認めることは難しい旨の示唆があったところである。
ここでは、そもそも土地の所有者の権利を制約することを認めるかどうかと、その制約をする際の実現方法(執行方法)をどのように考えるかという二つの問題がある。
まず、権利制約について検討をすると、土地の所有者は、その所有権に基づいて土地を利用する権限を有しているため、何らの規律を設けないとすると、管理不全土地管理人が選任されて土地が管理されていても、所有者は基本的に自由にその土地に出入りすることができ、その結果、管理人が土地を適切に管理することができないという事態が生じ得ることになる。このような事態を防止するために、第三者が物権的請求権を行使し、その利用を差し止めることも考えられるが、それで足りるのか(この構成では、管理人が所有者に差止め等を求めることはできない。)は検討を要するし、管理人の選任とは別にそのような訴訟の提起を求めることは不便と思われる。
また、一定の場合に、所有者の権利を制約することができるとしても、それをどう実現するのかが課題となる。例えば、管理人が土地の所有者に対して土地の利用の差止め等を求めることができるとし、それを民事執行により実現することを可能とするために、その旨の債務名義を与えることも考えられる。
もっとも、訴訟手続によらないで以上のような強力な処分まで認めるのは行き過ぎであるとの強い意見があることは当然に予想されるが、他方で、そのような仕組みを設けなければ、実際に管理人の制度が機能するのかも問題となる。
以上を踏まえ、本文のとおり検討することを提案している。
2 管理の妨害を排除するために土地所有者の権限を専属させることについて
なお、上記1の考え方を更に推し進めると、管理の妨害を排除するために、管理人の選任と同時に、管理人に土地所有者の権限を専属させることも考えられないわけではない。
もっとも、管理人の選任と同時に管理人に土地所有者の権限を専属させたとしても、結局のところ、管理人は、債務名義を得るためには裁判所に対して何らかの申立てをせざるを得ないと考えられる。また、管理人による土地の管理と、所有者による所有権の行使とは、必ずしも相反するものではないことからすると、管理人の選任と同時に管理人に土地所有者の権限を専属させることは、所有者に対して土地所有権の過剰な制約となる可能性もある。
そこで、管理の妨害を排除するために、管理人に土地所有者の権限を専属させることについては、提案していない。
なお、土地管理人による職務の円滑な遂行等の観点から管理処分権を土地管理人に専属させることの是非については、本文(1)イ(注3)参照。
(4) 緊急の対応が求められるケースへの対応
次のような規律を設けることについて、どのように考えるか。
裁判所は、管理不全土地の所有者の陳述を聴く手続を経ることにより土地の管理の目的を達することができない事情があるときは、その陳述を聴かなくても、管理不全土地管理人による管理を命ずる処分をすることができる。
(補足説明)
パブリック・コメントに寄せられた意見の中には、落石・土砂崩れ等の発生した場合に土地の所有者に連絡が取れないようなケースもあり、簡易迅速な手続で管理措置を行うことを可能とするよう求める意見もあった。
確かに、前記のとおり、管理不全土地管理命令をする前提としては、管理不全土地の所有者の陳述聴取を義務付けており(本文(1)(注))、陳述聴取の手続を経ない限りは、管理命令を発することはできない。上記のような緊急の対応が求められるケースでは、迅速に管理命令を発することができず、土地の適切な管理の実現に支障を来す事態も生じ得ることからすると、簡易迅速に管理人による管理を可能とするために、陳述聴取などの手続を簡略化できる仕組みを設けることも考えられる。
他方で、緊急性のある事案では、物権的請求権等を本案とする保全処分をすれば足りるのであり、別途、陳述聴取の例外を設ける必要があるのかは問題となるように思われる。
以上を踏まえ、上記のようなケースに対応する観点から、本文では、管理不全土地の所有者の陳述を聴く手続を経ることにより土地の管理の目的を達することができない事情があるときは、その陳述を聴かなくても、管理不全土地管理人による管理を命ずる処分をすることができるとすることの是非について記載している。
2 管理不全建物の管理命令
所有者が建物を管理していない場合の建物の管理に関して、裁判所が当該建物について建物管理人による管理を命ずる処分をすることができる旨の規律を設けることの是非については、前記本文1(1)や所有者不明建物の管理制度の検討を踏まえて引き続き検討することについて、どのように考えるか。
○中間試案第2、2(2)「所有者が建物を管理していない場合の建物の管理命令」
(2) 所有者が建物を管理していない場合の建物の管理命令
所有者が建物を管理していない場合の建物の管理に関する制度の創設の是非に関しては、次の各案について引き続き検討する。
【甲案】 所有者が建物を現に管理していない場合において、所有者が建物を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要があると認めるときは、当該建物について、建物管理人による管理を命ずる処分をし、建物管理人に保存行為をさせることができる。
【乙案】 土地管理人が選任された土地の所有者がその土地上に建物を所有している場合において、所有者が建物を現に管理しておらず、所有者が建物を管理していないことによって他人の権利又は法律上の利益が侵害され、又は侵害されるおそれがあるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、必要があると認めるときは、当該建物について、土地管理人による管理を命ずる処分をし、土地管理人に保存行為をさせることができる。
【丙案】 管理不全建物の管理に関する特別の規律は設けない。
(注1)【乙案】は、所有者が土地上に建物を所有し、その建物を現に管理していない場合には、所有者が土地を現に管理していない場合に該当するとすることを前提としている。
(注2)建物管理人の権限については、保存行為を超えて、当該建物を利用し、又は売却する権限を付与するとの考え方もあるが、慎重に検討する。
(注3)所有者が建物を管理していない場合の建物の管理に関する制度の検討に当たっては、(1)「所有者が土地を管理していない場合の土地の管理命令」の(注1)、(注4)、(注5)及び(注7)の検討と同様の検討をする。
(補足説明)
1 パブリック・コメントに寄せられた意見の概要
試案第2の2(2)においては、管理不全建物についても、建物所有権に制約を加え、適切に管理することを可能とする管理制度を設ける観点から、管理不全建物自体を管理することとする甲案、管理不全土地管理制度の延長としてその上の建物を管理することとする乙案を提案するとともに、管理不全土地管理制度の範囲で対応することとし、管理不全建物の管理に関する特別の規律は設けないとする丙案を提案していた。
これについて、パブリック・コメントに寄せられた意見においては、管理不全建物にも対応が求められるケースはあるとして、甲案又は乙案に賛成する意見もあったが、管理命令下において行うことができる行為が保存行為に限られるため、利用できる局面が少ないことなどを理由に、丙案が比較的多数を占めた。
2 提案の趣旨
管理不全土地制度の創設理由は、前記のとおり、管理人による継続的・直接的な土地の管理が必要となるケースを念頭に、その管理不全により土地の利用が阻害されている近隣の土地所有者の請求によって、一定の条件の下で、管理人を選任し、その管理人による管理を可能とする規律を創設するというものである。
そして、管理不全土地管理制度を創設すれば、管理不全土地上の建物に倒壊・崩落の危険があるなどして本文1(1)の要件を満たす場合には、土地について管理不全土地管理人を選任することも可能であると考えられ(試案第2の2(1)(注6)参照)、この管理人は、土地上に柵や防護ネットを設けたりして、一定の対応をすることができると考
えられる。また、この建物が所有者不明建物であるときは、土地についての管理不全土地管理人の選任と所有者不明建物管理人の選任を併せて申し立てることで、管理人が土地に立ち入ったうえで、建物について適切な管理を行うことも可能になると考えられる。
もっとも、こうした対応や、現行法上の物権的請求権などの仕組みだけでは必ずしもまかないきれないケースもあると考えられ、端的に、建物についても管理人を選任する仕組みを設けるべきとも思われる。
ただし、建物について管理人を選任する仕組みを設けるとすれば、管理人が建物の売却や取壊しなどの処分まですることができるのかといった点が問題となるが(試案第2の2(2)(注2)参照。パブリック・コメントにおいては、保存行為を超える権限を管理人に認めることについて慎重に検討すべきとする意見が多数であった。)、仮に管理人が建物の存立を前提とした管理行為をすることしかできないとすると、取り壊す場合に比べて費用がかかり、社会的に不経済となる事態も生じ得る。他方で、仮に管理不全建物の管理人による取壊しまで可能とするとすれば、その管理費用は土地の場合と比べて高額なものになることが見込まれるが、回収の見込みの立たないまま予納金を納めて制度を利用しようとする申立人がどの程度いるのかという問題もあり、制度としてうまく機能しないおそれもある。
加えて、建物について選任された管理人が土地についてどのような権限を行使することができるのかといった点などについても検討を要する。
これらについては前記本文1(1)の管理不全土地管理制度や、所有者不明建物管理制度における検討を踏まえる必要があることから、本文では、これらを踏まえて引き続き検討することの是非について記載している。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立