遺贈や「相続させる」旨の遺言が存在する場合、理論的には、遺言の効果は遺言者の死亡と同時に生じ、当該財産は受遺者等に帰属することになるため、相続財産を構成しないと考えられます。
しかし、実務的には、相続人全員の合意により遺言と異なる内容で遺産分割をすることが可能で あり、家庭裁判所の実務としても行われています。遺言執行者 が選任されている場合には、民法1013条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできな い。」と規定しているところから、相続人の合意が有効か否かが問題となります。
この点について、東京地判昭和63年5月31日判決は次のように判示しています。
「本件合意は、本件遺言の解釈及び執行上の問題点を調整、解決するため、遺言執行者が働きかけてなされたものであるが、<中略>民法一〇一三条に規定する 相続人による相続財産の処分行為に該当すると解する余地がある。しかしながら、右民法の規定は、遺言者の意思を尊重すべきものとし、相続人の処分行為によ る相続財産の減少を防止して、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであるから、右規定にいう相続人の処分行為に該当するかのごとく解せられる場合であっても、本件のように、相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、かつ、遺言執行者が予めこれに同意したうえ、 相続人の処分行為に利害関係を有する相続財産の受遺者との間で合意し、右合意に基づく履行として、相続人の処分行為がなされた場合には、もはや右規定の目 的に反するものとはいえず、その効力を否定する必要はないと解せられるのであって、結局、本件合意は無効ということはできない。」
つまり、①相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、②遺言執行者が予めこれに同意したという要件のもとに民法1013条が適用 されないことを明らかにしているのです。
次に、相続人全員が遺言の存在を知らないで遺産分割協議を行った場合について、最判平成5年12月16日は、遺産分割によって妻が相続したが、後に遺言 が発見され、当該土地を3人の子供に相続させる旨の遺言が発見された事例ですが、錯誤無効の主張を斥けた原判決を破棄しました。その理由は次のとおりで す。
「相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において、遺言で分割の方法が定められているときは、その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊 重されるべきものであり、相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから、相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きいということができる。」「遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、<中略>本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである」
いずれのケースも、「遺言の趣旨」を重視する点では共通しており、実務的には、遺言と異なる内容で遺産分割をする場合であっても、「遺言の趣旨」を尊重 することが必要でしょう。