【資料44】財産管理制度の見直し(所有者不明建物管理制度)

1 所有者が不明である場合の建物の管理命令
所有者又はその所在を知ることができない建物の管理に関し、新たに次のような規律を設けることについて、どのように考えるか。
【甲案】裁判所は、所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない建物(建物が数人の共有に属する場合にあっては、共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない建物の共有持分)について、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その請求に係る建物又はその共有持分を対象として、所有者不明建物管理人による管理を命ずる処分をすることができる。
【乙案】裁判所は、所有者不明土地管理命令の対象とされた土地の上に所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない建物(建物が数人の共有に属する場合にあっては、共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない建物の共有持分)がある場合において、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その請求に係る建物又はその共有持分を対象として、所有者不明土地管理人による建物の管理を命ずる処分をすることができる。
【丙案】裁判所は、所有者不明土地管理命令の対象とされた土地の上にその土地の所有者又は共有者が所有する建物(建物が数人の共有に属する場合にあっては、その共有持分)がある場合において、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、その申立てに係る建物を対象として、所有者不明土地管理人による建物の管理を命ずる処分をすることができる。
(補足説明)
1 各案について
第13回会議では、建物の所有者が誰であるか不明であり、土地の所有者と建物の所有者が同じであるかが分からないケースもあるのではないかという観点から、部会資料28(1(1))の甲案と乙案の中間的な案も検討をするよう求める指摘があった。
そこで、本文では、乙案として、所有者不明土地管理命令が発せられていることを要件とするが、土地と建物の所有者が同じであることは要件とせずに、所有者不明建物の管理命令を発することのできる案を提示している(甲案と丙案は、部会資料28の甲案①と乙案に対応するものである。)。
甲案と乙案・丙案とでは、土地上の建物の所有者は不明であるが、土地の所有者の所在が判明しており、土地については管理命令が発せられないケース(次のケース2)に対応できるかどうかで違いがある。
問題となり得るケースにおける各案の違いは、例えば、次のようなものである。
ケース1 土地及び土地上の建物の所有者がいずれも不特定又は所在不明であるが、建物が放置されているために、その適切な管理をすべきケース甲案では建物のみについて管理命令を発することも可能であるのに対し、乙案・丙案では、土地・建物の双方について管理命令を発する。ただし、丙案では、土地の所有者と土地上の建物の所有者が同一でなければならない。
ケース2 土地の所有者は所在等が判明しているが、土地上の建物の所有者の所在等が不明であり建物が放置されているために、その適切な管理をすべきケース甲案では、建物のみについて管理命令を発することが可能であるのに対し、乙案・丙案では、建物について管理命令を発することができない。
なお、丙案は、土地の適切な管理の観点から建物を管理するものであるのに対し、甲案は、建物自体を適切に管理することを可能なものとするものである。もっとも、甲案をとった場合でも、土地と建物双方に管理命令を発すること自体は否定されず、土地と建物の所有者が同じ者であると認定することができる場合には、丙案をとることと同様に、土地建物全体を一体として適切に管理することを認めることができると考えられる(建物の取壊しについては、後記補足説明3参照)。
2 制度の活用が想定される場面について
第13回会議においては、制度の活用が想定される場面は、空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空家特措法」という。)に規定する特定空家等(同法第2条第2項)に該当するような危険な状態にある建物に限られ、建物の取壊しが前提となるのではないかとの指摘があった。
もっとも、本制度では、管理命令の対象を空家特措法上の特定空家等に該当するかどうかで区別することは想定しておらず、特定空家等に至る前の状態の建物であっても、所有者不明状態にあるのであれば、必要に応じて所有者不明建物管理人(乙案・丙案においては所有者不明土地管理人)の選任をすることがあると考えられる(なお、現行法上、特定空家等に至る前の状態の建物については、その所有者が所在不明になっているときは、地方自治体が申立人となり不在者財産管理人の選任をすることなどによって建物の管理が図られているとの指摘もされているところであり、建物の取壊しを前提とせずとも、所有者不明建物の管理人の選任の需要はあるものと考えられる。)。
3 所有者不明建物管理人(乙案・丙案においては所有者不明土地管理人)による建物の取壊しについて部会資料28の補足説明(5、6ページ)で記載したように、所有者不明建物管理人
(乙案・丙案においては所有者不明土地管理人)が自ら建物を取り壊すことは基本的には許されないものと考えられるが、建物の存立を前提としてその適切な管理を続けるのが困難なケースで、所有者の出現可能性などを踏まえても建物を取り壊したとしても建物の所有者に不利益を与えるおそれがないときであれば、管理人が、建物の取壊し(処分)について裁判所の許可を得た上で、建物を取り壊すことも可能であると考えられる。
第13回会議においては、建物を取り壊すことが可能である場合の具体例や判断基準を示すべきであるとの指摘があった。
建物の取壊しによってその所有者に不利益を与えるおそれがないといえるかを判断するに際しては、一般論としては、所有者の出現可能性のほか、建物の現在の価値、建物の存立を前提とした場合の管理に要する費用と取壊しに要する費用の多寡、建物が周囲に与えている損害又はそのおそれの程度などが総合的に考慮されるものと思われる。
例えば、建物所有者が死亡したがその相続人が全員相続放棄をし、建物が老朽化して隣地に倒壊する危険があるようなケースでは、事案にもよるが、その建物について選任された管理人による建物の取壊しを認めることがあり得ると思われる。
もっとも、第13回会議において指摘のあったように、建物が取り壊された場合には、所有者不明建物管理人(乙案・丙案においては所有者不明土地等管理人)は、建物を売却するなどしてその代金を管理に要した費用に充てることができなくなる。そのため、建物の取壊しが予定される場合には、それに要する費用などを事前に申立人に予納させる必要があると考えられるし、この予納金が納付されない場合には、建物の取壊しをすることができないので、建物についての管理命令は取り消される(又はその申立ては却下される)ことが想定される。
なお、土地とその上の建物の所有者が同じで、所有者不明状態である場合において、甲案でそれぞれ所有者不明土地管理人と所有者不明建物管理人が選任されているときや、乙案又は丙案で土地と建物に所有者不明土地管理人が選任されているときは、その所有者が建物の除却費用を負担すべきであるから、管理人が建物を取り壊し、それに要した費用に充てるために所有者不明土地管理人が更地となった土地を売却することもあると考えられる。
これに対して、土地と建物の所有者が異なり、いずれも所有者不明状態である場合において、甲案で所有者不明土地管理人と所有者不明建物管理人が選任されているときや、乙案で土地と建物に所有者不明土地管理人が選任されているときは、このような処理をすると、本来は建物所有者が負担すべき除却費用を土地所有者に負担させることとなるため、土地所有者との関係で善管注意義務違反に当たるおそれがあり、これを許すことは難しいと考えられる。
なお、乙案・丙案においては、制度上、土地と建物の一体的な管理が予定されているが、甲案をとる場合でも、土地と建物の一体的な管理が可能であることについては、前記補足説明1参照。
4 未登記建物の取扱いについて
第13回会議においては、未登記建物については、建物としての認定ができないものもあるのではないかとの指摘があった。
所有者不明建物制度は、建物について管理人に権限を専属させるとともにその旨の公示をするために建物に管理命令の登記をすることを前提とするものであるが、建物としての認定ができないのであれば、このような管理命令の登記をすることができないことから、所有者不明建物制度の対象とすることはできず、土地上の動産などとして別途検討中の所有者不明土地管理制度又は管理不全土地管理制度において取り扱うほかないものと考えられる。
未登記建物について管理命令が発せられた場合における公示方法については、引き続き検討する。
なお、未登記建物の所有者等の調査の方法は、最終的には事案ごとの判断であるが、例えば、未登記建物を差し押さえる際には、実務上、固定資産税の納付証明書や、官公庁が建築に関して交付する許可、認可、確認等の書面、地主の土地使用承諾書等を添付していると思われるが、これを参考にすると、事案に応じて、上記の書類の有無等を調査することになるように思われる。
2 土地の賃借権等の権利についての管理について
本文1で甲案をとるとした場合に、土地の賃借権等の権利の管理に関し、新たに次のような規律を設けることについて、どのように考えるか。
【甲案】土地に建物管理命令の対象とされた建物所有者のために設定された賃借権、地上権その他建物の敷地に関する権利がある場合には、所有者不明建物管理人の権限は、建物を所有するための賃借権、地上権その他建物の敷地に関する権利にも及ぶ。
【乙案】裁判所は、土地に建物管理命令の対象とされた建物所有者のために設定された賃借権、地上権その他の建物の敷地に関する権利がある場合において、必要があると認めるときは、利害関係人〔所有者不明建物管理人〕の請求により、所有者不明建物管理人による賃借権等の管理を命ずる処分〔賃借権等の管理の許可〕をすることができる。
【丙案】裁判所は、賃借権、地上権その他の権利の権利者(権利が数人の準共有に属する場合にあっては、準共有持分を有する者)を知ることができず、又はその所在を知ることができない土地(当該権利が数人の準共有に属する場合において、準共有持分を有する者を知ることができず、又はその所在を知ることができないときにあっては、その準共有持分)について、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その申立てに係る土地の賃借権、地上権その他の権利又は準共有持分を対象として、管理人による管理を命ずる処分をすることができる。
(注)上記各案において、土地の賃借権等の権利について管理人の権限が及ぶこととされた場合には、当該権利は管理人に専属することなど、当該権利については所有者不明建物管理命
令の対象とされた建物と同様とすることを想定している。
(補足説明)
1 提案の趣旨
本文1で甲案をとるとした場合に、部会資料28で提案していた案は、敷地利用権付きの建物について所有者不明建物管理命令が発せられたときは、所有者不明建物管理人が当然に敷地利用権の管理処分権も有するとするものであった。これは、建物を管理する際には土地に立ち入る必要もあることや、建物を譲渡する際に、敷地利用権も併せて譲渡することを可能とすべき等の指摘があることを考慮するものであった。
もっとも、第13回会議においては、①所有者不明建物管理命令が発せられたときに、賃借権などの敷地利用権が設定されているかどうかが判明しないのではないかとの指摘や、②所有者不明建物管理人が一般的に敷地利用権についての管理処分権を有するとすることについては問題が少なくないのではないかとの指摘があった。
そこで、本部会資料では、賃借権等の敷地利用権付きの建物について所有者不明建物管理命令が発せられた場合には所有者不明建物管理人が当然に敷地利用権の管理処分権も有するとする案(甲案)とは別に、賃借権等があることを確認した場合に、申立てに基づき管理処分権が及ぶとする案(乙案、丙案)を提示している。
2 賃借権等の権利についての管理人の権限
賃借権等の権利についての管理人の権限については、これを所有者不明建物管理人の建物についての権限と異なるものとすると、法律関係が複雑となるおそれがある(例えば、賃借権等の権利については管理人に権限を専属させないとすると、建物の所有権と賃借権とを一括して第三者に売却した場合に、両者の帰趨が異なる事態が生じ得ることとなる。)。また、これを別異のものとする積極的な理由もないと思われる。
そこで、上記各案においては、賃借権等の権利は管理人に専属すること、当該権利についての訴訟は管理人が原告又は被告となることなど、当該権利については所有者不明建物管理命令の対象とされた建物と同様の規律を設けることを想定している旨を注記している。
3 その他
(1) 賃料弁済義務との関係
第13回会議では、賃借権等の権利を所有者不明建物管理人の管理処分権の対象とすることと賃料の支払義務との関係について、複数の指摘があった。
賃借権等の権利を所有者不明建物管理人の管理処分権の対象とした場合には、その賃料を支払うべき義務を負うのは誰か(責任財産は何か)が問題となるが、その義務は賃借人自身が負う(賃借人の財産のみが責任財産となる)と解される。そのため、賃借人が賃料等の支払を怠っていれば、賃貸人たる土地の所有者は、その賃貸借契約を解除することができる。なお、所有者不明建物の管理人が、賃貸借契約が解除されて、建物の撤去を求められることを防止する観点から、任意に弁済をすること自体は許されると解される(民法第474条第1項及び第2項参照)が、所有者不明建物管理人自身の財産が責任財産になるものではないと解される。
(2) 訴訟の当事者適格
第13回会議では、建物の敷地に関する権利に関する訴えについても、所有者不明建物管理人を原告又は被告とする旨の規律を設ける必要があるかどうかについては、慎重に検討する必要があると考えられるとの指摘があったが、賃借権等の権利の管理処分権を管理人に専属させるのであれば、当該権利に関する訴訟の当事者適格も有すると考えることが自然であるようにも思われる。
(3) 乙案及び丙案における賃借権等を管理処分権の対象とするための申立てについて乙案と丙案のいずれにおいても、賃借権等に所有者不明建物管理人の権限が及ぶためには、利害関係人の申立てを必要としている。
例えば、所有者不明建物管理命令の申立てをする時点で、建物とその敷地利用権を一括して管理することが適切であると考えられる場合には、所有者不明建物管理命令の申立人が、所有者不明建物管理命令の申立ての際に、敷地利用権についても管理処分権の対象とするための申立てを併せて行うことが考えられる。
他方、当初は所有者不明建物管理命令のみが発せられたが、その後に建物と敷地利用権を一括して売却することが適当であると考えられるに至った場合などにおいては、所有者不明建物管理人が、敷地利用権についても管理処分権の対象とするための申立てを行うことが考えられる。
なお、乙案をとる場合に、申立てにより所有者不明建物管理人へ賃借権等の管理処分権を付与するための構成としては、賃借権等の権利を別途の管理命令の対象とするのではなく、所有者不明建物管理人の申立てによる裁判所の許可に係らしめる構成もあり得ることから、乙案の亀甲括弧ではその構成を併記している。
(4) 丙案において対象となる権利について
丙案においては、対象となる権利が敷地利用権に限られるものではない。
もっとも、丙案で提案しているものは、権利者の不明な場合にその権利者に代わって土地の管理を行う管理人を選任することで、土地の適切な管理を実現させることを趣旨とするものであるから、土地の使用を目的としない担保物権のような権利についてまで対象とすることを想定するものではない。
他方、土地の使用を目的とする権利であれば、基本的に対象となり得ることを想定している(ただし、使用借権については登記がされないので、不動産登記において管理人の権限が公示されることはない。)。
3 無権原で建てられている建物の敷地への立入り等について
建物所有者に、建物を所有するための敷地に関する権利がないとき(建物が無権原で建てられているとき)でも、所有者不明建物管理人は、建物を管理するため必要な範囲内で、その建物の敷地に立ち入ってこれを使用することができるとする特別の規律は、設けないとすることで、どうか。
(補足説明)
部会資料28では、同1(1)の甲案をとる場合に本文のような規律を設けることの是非について注記していたが、これについては、第13回会議では、敷地への立ち入りを正当化する根拠に乏しいなどの理由から、反対の意見が多かった。
敷地に立ち入るだけであれば、土地所有者と連絡をとるなどして適宜対応することができるケースがほとんどではないかと思われるが、土地所有者がその土地への立入りを拒むのであれば、所有者不明建物管理人は敷地へ立ち入れなかったとしてもやむを得ないと考えられる。
なお、土地所有者から同意をとることができない理由が、土地所有者が所在不明である点にあるのであれば、所有者不明土地管理命令を併せて申し立てることで対応することが考えられる。
4 区分所有法における専有部分及び共用部分について所有者が不明である場合の建物の管理命令に関する規律は、建物の区分所有等に関する法律における専有部分及び共用部分については、対象としないとすることで、どうか。
(補足説明)
部会資料28の本文1(2)と同様である。第13回会議において特段の反対はなかった。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立