【資料49】管理措置請求制度について

管理措置請求制度に関する次の各案について、どのように考えるか。
【甲案】 相隣関係上の規律として、次の規律を設ける。
他の土地【又は他の土地上の工作物若しくは竹木】に瑕疵がある場合において、その瑕疵により自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがあるときは、その土地の所有者は、他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するため必要な工事をすることができる。
【乙案】 管理措置請求制度に関する新たな規律は設けない。
(注1) 甲案とは別に、相隣関係上の規律として、次の規律を設けるとの考え方もある。
他の土地【又は他の土地上の工作物若しくは竹木】に瑕疵がある場合において、その瑕疵により自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがあるときは、その土地の所有者は、他の土地【又は他の土地上の工作物若しくは竹木】の所有者に、損害の発生を防止するために必要な工事をさせることができる。
(注2) 甲案を採用するとした場合、他の土地に立ち入るための手続については、部会資料46第1で提案している隣地使用権の規律を参考に引き続き検討する。
(補足説明)
1 物権的請求権との関係等
管理措置請求制度に関する提案は、いわゆる物権的請求権とは別に、相隣関係上の規律として、土地に一定の瑕疵がある場合における是正措置に関する規律を設けるというものである。
物権的請求権自体の明文化は、土地以外の財産にもその影響が広く波及するものであるし、後述のとおり学説上見解が分かれているため、行わないこととしているが、物権的請求権と別に規律を置くとしても、その関係を整理する必要がある。
(1) 物権的請求権の内容
第17回会議で指摘があったとおり、物権的請求権は、所有権等の侵害状態があれば、その作出につき相手方に帰責事由があるかどうかにかかわりなく成立すると解されている。
そして、その内容に関しては、学説上、相手方の積極的な行為(物の返還・妨害物の撤去・妨害予防工事など)を請求するものと考える行為請求権説と、請求者が自ら回復又は予防のための措置を講ずることを相手方が受忍すべきことを求めるものにすぎないと考える忍容請求権説とがある。行為請求権説では、請求者が代わりに妨害予防工事をすると、その費用は相手方が負担することになり、他方で、忍容請求権説では、請求者が妨害予防工事をすると、その費用は請求者が負担することになると解されている。
もっとも、忍容請求権説においても、侵害状態の作出につき相手方に帰責事由があり不法行為が成立すれば、損害賠償請求によって実質的に費用の返還を求めることができるため、費用負担において両説に実質的な違いが生ずるのは、侵害状態の作出につき相手方に帰責事由がないケースである。
学説上は、行為請求権説の立場から、この帰責事由がないケースにおいても、物権的請求権は侵害状態を作出したことの責任を問うものではなく、相手方の所有物が自己(請求者)の所有権等の侵害状態を継続しているという違法について責任を問うものであり、侵害状態を継続している相手方に行為義務を課し、費用を負担させるべきであるとの考え方が有力に主張されている(この考え方をとるものの中には、原則として相手方に費用を負担させることとしつつ、諸事情を総合的に考慮して、請求者に費用の負担を命ずることができるとするものもある。)が、他方で、そのような考え方をとることに慎重な意見もある。文献においては、大審院の判例(大判昭和12年10月9日民集16巻1881頁)が、傍論ではあるものの、いわゆる不可抗力によって違法状態が生じたケースには、相手方に積極的な行為義務はないと判示していると理解するものもあるが、この判例の理解や射程等については様々な議論があると解される。
(2) 部会資料39の第1の1の【甲案】及び【乙案】(本部会資料(注1)の考え方)について
部会資料39の第1の1の【甲案】及び【乙案】では、他の土地に起因して、土地に損害等が及び所有権の侵害状態が生ずれば、その侵害状態の作出について他の土地の所有者に帰責事由がないとしても、他の土地の所有者は積極的な行為義務を負う案を提示していた。また、この【甲案】及び【乙案】のとおり行為義務を課すと、基本的には、その行為に要する費用は、他の土地の所有者が負うことになるが、それを是正するために一定の事情があれば請求をした側に費用の負担を命ずることができるとする案や、費用を折半とする案を併せて提示していた(部会資料39の第1の3参照)。
この【甲案】及び【乙案】は、前記(1)の行為請求権説と実質的に同じ方向を示すものであり、第17回会議では、このような【甲案】に賛成する意見が複数出されたところである。
他方で、この【甲案】及び【乙案】は、前記(1)の忍容請求権説とは基本的には両立が難しいと思われる。
確かに、物権的請求権の議論においては忍容請求権説の立場をとる可能性を残しつつ、今回検討している土地所有者同士のトラブルについては、例えば、土地の所有者の責務を強調することで、物権的請求権とは別の相隣関係上の規律として、帰責事由の有無等に関係なく、他の土地の所有者に行為義務を課し、(一定の是正措置を組み込みつつ、)費用を負担させると整理することもあり得なくはないと思われる(場面は違うが、民法第216条は、水流に関する工作物に限って、帰責事由がないケースを含め、その所有者に予防工事等の行為義務を課している。)。
しかし、所有者の責務を強調したとしても、そのことから直ちに帰責事由の有無に関係なく費用を負担させるとの結論になるものではない。また、忍容請求権説をとる立場は、他の土地の所有者が負う義務は土地の工事を受忍することにとどまり、費用を負担するのは飽くまでも工事を行う側の土地所有者であると解することになるが、相隣関係上の規律として他の土地の所有者に行為義務を課すことは、その行為を行うために生ずる費用を基本的に他の所有者に負担させることを意味するため、物権的請求権における解釈と相隣関係上の規律との間に矛盾が生ずるおそれがある(同一の事象について、物権的請求権を行使した場合と相隣関係上の権利を行使した場合とで費用の負担において反対の結論になってしまいかねない)と思われる。
このように、部会資料39第1の1の【甲案】及び【乙案】は、物権的請求権の議論と両立しない可能性があるため、物権的請求権の内容については引き続き解釈に委ねつつ、土地所有者同士のトラブルに関し、物権的請求権の解釈と両立しない可能性がある規律を導入することは難しいと思われる。第17回会議では、このような甲案及び乙案を採用することに慎重な意見もあった。
以上を踏まえ、本部会資料では、部会資料39第1の1の【甲案】及び【乙案】の考え方は、(注1)に記載するにとどめ、他の案を中心に検討することを提案している。
2 提案の内容等
(1) 【甲案】について
ア 提案の趣旨等
民法第二編第三章第一節第二款「相隣関係」には、隣地の使用権や通行権、水流等、さらには境界などに関する規定が置かれているが、土地所有者同士のトラブルは、これらに限られるものではなく、実際には、土砂の崩落や工作物の倒壊などのトラブルが生じている。
このようなケースでは、自己の土地を保全するために、土地の所有者は、他の土地に立ち入り、土砂や工作物の撤去などをする必要が生ずるが、他の土地やその上にある土砂等は、自己の所有物ではないため、他の土地への立入りや土砂等の撤去を認める権利がなければ、それらを実施することはできない。
そこで、本部会資料の【甲案】として、相隣関係上の権利として、他の土地の瑕疵により自己の土地に損害が生じ、又はそのおそれがある場合には、その土地の所有者は、他の土地に立ち入り、予防工事をすることができることを認める案を提示している(予防工事の費用負担については後述)。
ここでは、権利発生要件となる事由を網羅的に列挙することが困難であると思われるため、他の土地に瑕疵(土地に欠陥があること、すなわち土地が通常有すべき安全性を欠如していることを意味する。)があることを要件とすることとしている。
なお、平成29年法律第44号による改正により、売買契約のいわゆる瑕疵担保責任の規律(改正前の民法第570条)から「隠れた瑕疵」という文言が削除されたが、引き続き、物の瑕疵という概念は民法に存在しており(第346条、第661条を参照)、物の瑕疵とは物に欠陥があること(通常有すべき性質を欠くこと)をいうものと解されている。
イ 物権的請求権との関係
(ア) 他の土地の瑕疵によって自己の土地に損害が生じている場合には、本部会資料の【甲案】によれば、相隣関係上の権利として、土地の所有者は他の土地に立ち入って工事をすることができるが、その一方で、所有権に基づく物権的請求権も有することになる。
前記1(1)のとおり、物権的請求権の内容については行為請求権説と忍容請求権説とがあり、本部会資料の【甲案】は忍容請求権説と親和的な相隣関係上の権利を創設するものであるが、所有権を侵害されている者が自ら他の土地に立ち入って予防工事を実施すること自体は、費用の負担と切り離して観念することができるから、行為請求権説をとる立場からも、所有権を侵害されている者が自ら予防工事を実施することができるとする相隣関係上の権利を創設することは許容されると解される(費用負担については後記ウ参照)。
(イ) これに関連して、相隣関係上の権利と物権的請求権とが併存する場合の両者の関係も問題となるが、いずれも成立する場合には、両者のいずれを行使するのかは、土地の所有者の判断に委ねることが考えられる。
物権的請求権の内容は引き続き解釈に委ねられるため、最終的には、個別の事案ごとの判断となるが、物権的請求権の内容として行為請求権説をとるとすると、土地の所有者は、物権的請求権に基づいて予防工事の実施を隣地の所有者に請求することができるし、その請求をせずに、【甲案】のとおり自ら予防工事を実施することもできることになる。他方で、物権的請求権の内容として忍容請求権説をとると、いずれにしても、自ら予防工事を実施することになる。
(ウ) 他方で、物権的請求権を有するのであれば、【甲案】のとおり相隣関係上の権利を別途認める必要はないとして、これを否定する見解も考えられる(本部会資料の【乙案】参照)。
もっとも、物権的請求権があるといっても、具体的にどのような行為をすることができるのかについて解釈が分かれており、行為請求権説をとる限り、土地の所有者が他の土地に自ら立ち入って工事を実施することはできないが、これを可能とする規律を設けることで土地所有者間の紛争の解決に資するとも思われる。
また、忍容請求権説をとる立場でも、民法において隣地の使用に関する明文の規定(第209条等)が置かれていることと平仄を合わせる観点から、他の土地に瑕疵がある場合の他の土地への立入り等に関する明文の規律を設けることには意義があるとも考えられる。
以上から、本部会資料では、物権的請求権とは別に、相隣関係上の権利として【甲案】の規律を設けることを提示している。
なお、部会資料39の第1の1では、不可抗力の場合に限って、相隣関係上の権利として他の土地への立入り等を認める【丙案】を提示していたが、第17回会議でも示唆があったとおり、不可抗力ではない場合の規律を設けないこととする理由の説明が困難であるため、本部会資料では提案していない。
ウ 費用の負担について
本部会資料の【甲案】では、予防工事を実施することができることを明記するにとどめており、その費用の負担については、特段の規定を置かないこととし、別途不法行為や物権的請求権の解釈に委ねることが考えられる。
すなわち、【甲案】をとって、土地の所有者が他の土地に立ち入って予防工事を実施し、費用が生じた場合において、その侵害状態の作出について他の土地の所有者に帰責事由があり、不法行為が成立すれば、土地の所有者は、その費用相当額を損害賠償として請求することができる。
また、物権的請求権の内容について行為請求権説をとるのであれば、その予防工事を行う義務を他の土地の所有者が負っていると解し、不当利得や事務管理等を理由に費用の償還を請求することができることとなるが、他方で、忍容請求権説をとるのであれば、基本的には、そのような償還請求をすることはできないこととなると考えられる。
エ 具体的な実施方法
本部会資料の【甲案】は、土地の所有者が他の土地に立ち入って工事をすることを認めるものであり、他の土地の所有者の承諾の有無に関係なく、権利行使が認められる。もっとも、【甲案】をとったとしても、他の土地の所有者が立入りに対する妨害行為等を行い、これを実力で排除しなければ権利を実現することができないケースでは、裁判所の判決を得ることなく実力で排除することは、一般的な私法上の権利と同様に、認められないと解される(このようなケースでは、妨害行為の差止めの判決を得て権利を実現することになる。)。
なお、このこととの関係で、他の土地に立ち入る際に、土地の所有者から他の土地の所有者に対して事前に通知等をしなくてもよいのかが問題となるが、仮に権利行使が正当であっても、急迫な事情がない限り、事前に通知すべきとも考えられる。
そこで、(注2)では、他の土地に立ち入るための手続については、部会資料46第1で提案している隣地使用権の規律を参考に引き続き検討することを注記している。
(2) 【乙案】について
本部会資料の【乙案】は、ここで問題とされるようなケースについては、現行法の解釈上認められている物権的請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権等により対処することとし、特段の規律を置かないことを提案するものである。
相隣関係上の新たな規律を設けないとしても、土地の所有者は、物権的請求権に基づき、他の土地の所有者に対する措置請求訴訟を提起して、認容判決を得た上で、これを債務名義として強制執行を申し立て、他の土地の所有者の費用で、第三者に工事をさせること等ができる(民事執行法第171条第1項、第4項)。
また、所有者不明土地管理制度や管理不全土地管理制度を設けるとすれば、他の土地が原因で自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがある場合には、裁判所の関与のもと、土地管理人による他の土地の適正な管理を実現することができるとも考えられることを踏まえると、相隣関係上の新たな規律を設ける必要性は高くはないとも考えられる。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立