【資料52】民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する要綱案のたたき台 (2)

第1部 民法の見直し
第1 相隣関係
1 隣地使用権
民法第209条の規律を次のように改めるものとする。
① 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、居住者の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。
ア 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
イ 境界標の調査又は境界に関する測量
ウ 後記2③の規律による枝の切取り
② ①の場合には、その使用方法は、隣地のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。
③ ①の規律により隣地を使用する者は、あらかじめ、その旨並びにその日時及び場所を隣地を現に使用している者(④において「隣地使用者」という。)に通知しなければならない。
④ ①の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。
(補足説明)
1 本文①に関する問題の所在
第21回会議では、本文①のような規律を設けることについて種々の意見があったが、検討すべき問題としては、一定の要件を充たせば、承諾がなくとも権利があると認めるかどうかという問題と、権利がある場合にそれを実現する方法の問題の二つがあると思われる。なお、本文①ただし書の表現ぶりについても様々な意見があったが、法制上どのように整理できるかを引き続き検討する。
2 検討
(1) これまでの検討では、隣地使用権の原則的規律について「土地所有者は、隣地の使用の承諾を求めることができる」という表現をとってはいたものの、一定の目的のため必要な範囲内の使用であるという要件があり、隣地を使用する者等に一定の連絡をすれば、その者の承諾や承諾に代わる判決がなくとも、土地の所有者は隣地を使用することができることを認めること自体には、基本的に異論がなかったものと思われる。
また、上記の連絡を受けた者は、上記の要件が充たされている場合には、土地の所有者による隣地の使用を拒むことができないこと自体も、基本的に異論がなかったものと思われる。
このような、一定の要件が充たされる場合には、承諾がなくとも隣地を使用することができ、連絡を受けた者は土地の所有者による隣地の使用を拒むことができないことを素直に構成すれば、結局、一定の要件があれば、土地の所有者は、隣地を使用する権利を有していることになると思われる。
(2) もっとも、隣地を使用する権利があると構成したとしても、上記のとおり、その実現方法をどのように考えるのかは別の問題である。
一般的に、権利がある場合であっても、自力救済は原則として禁止されているが、ここで問題になっている隣地の使用の場面に即していえば、当該隣地を実際に使用している者がいる場合に、その者の同意なく、これを使用することは、その者の平穏な使用を害するため、違法な自力救済に該当することになるのではないかと思われる。
例えば、土地の所有者が、住居として現に使用されている隣地について、隣地使用権を有しているからといって、隣地使用者の同意なく門扉を開けたり、塀を乗り越えたりして隣地に入っていくことまではできないと思われる(現行法の解釈として論じられているいわゆる請求権説・形成権説のいずれの立場に立っても、この点についての結論に変わりはないと考えられる。)。
なお、この考え方は、権利の存在とその行使方法に関する一般的な理解と同様であって、本文①のような規律を設けたとしても、隣地使用権に限って、違法な自力救済を誘発するおそれがあるとは考えにくいように思われるし、本文③のとおりあらかじめ一定の内容の通知をする規律を設けることで、隣地使用権が濫用的に行使されることを防止することができるように思われる。
また、隣地使用者が通知を受けても回答をしない場合には、黙示の同意をしたと認められる事情がない限り、隣地使用について同意しなかったものと推認され、土地の所有者としては、隣地使用権の確認や隣地使用の妨害の差止めを求めて裁判手続をとることになると考えられる。
3 通知の相手方及び通知内容について
事前の通知は、隣地使用権の行使要件として求められるものであり、通知なくして行われた隣地使用は違法になると考えられるが、第21回会議においては、通知の相手方について、隣地使用者だけでなく隣地所有者を対象とすると、現行法における実務よりも手続が加重されることになり妥当でない旨の意見があった。
改めて検討すると、本文①のとおり、隣地使用権は、土地の所有者が一定の要件の下で隣地を使用することができるという内容のものであり、隣地所有者の隣地の使用収益権につき一定の制約を加える相隣関係上の権利であると位置付けられるが、そのことは、これまでの部会でも示唆があったとおり、土地の所有者を通知の相手方とすることと直結するものではないと解される。
すなわち、隣地の所有者の権利を制約することができるかどうかは、基本的には一定の要件を充たすかどうかによって定まることとした上で、ここでいう通知は、土地の所有者との権利関係の調整のために求められるものではなく、隣地を使用している者の平穏な使用を保護する観点から要求されるものと理解し、その相手方は、隣地を現に使用する者のみとすることが考えられる。現行民法第209条の請求の相手方に関する議論において、土地の賃借人等を相手方とすべきとする有力な見解も同様の観点に立つものではないかと思われる。
また、部会資料51(第1の1③ただし書)では、事前通知が困難である場合の例外の規律を提案していたが、通知の相手方を隣地を現に使用する者に限定した場合には、隣地を現に使用する者に事前に通知することは基本的に容易であるし、上記のとおりその者に無断で隣地を使用することは許されないと考えられるため、本文③では、そのような例外の規律は設けないこととした(隣地の使用者の所在等が不明なケースも問題となり得るように思われるが、そのようなケースはそもそも隣地を現に使用する者がいないと評価されるように思われる。)。なお、通知先を隣地を現に使用する者に限定すると、その者がない場合には、論理的には通知をする必要はないこととなるが、そのような場合でも、実際に使用者がいないかどうかを確認するためや、後日の紛争の防止の観点から、事実上、隣地所有者への通知がされることが多いと考えられる。
さらに、第21回会議において、隣地を現に使用する者に対する通知の内容を明らかにすべきであるという意見があったことや、隣地を現に使用する者に立会いの機会を与え、無断で隣地が使用されることを防止する観点から、本文③において、本文①の規律に基づいて隣地を使用する旨に加えて、その日時及び場所を通知しなければならないこととしている。
4 他の土地等の瑕疵に対する工事(いわゆる管理措置)
他の土地等の瑕疵に対する工事に関して、次のような規律を設けるものとする。
① 土地の所有者は、他の土地又は他の土地の工作物若しくは竹木(②において「他の土地等」という。)に瑕疵がある場合において、その瑕疵により自己の土地に損害が及び、又は及ぶおそれがあるときは、当該他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するため必要な工事をすることができる。
② ①の規律により他の土地に立ち入り、損害の発生を防止するために必要な工事をしようとする者は、あらかじめ、その旨を他の土地等の所有者及び他の土地等を現に使用している者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ他の土地等の所有者に通知することが困難なときは、立入り又は工事を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。
(補足説明)
第20回会議においては、部会資料49の甲案につき、現行法の物権的請求権や占有訴権における管理不全状態にある土地所有者の義務との関係で懸念を述べる意見もあったが、物権的請求権等とは別の相隣関係上の規律として、現行法上はその可否が明らかでない危険の生じた土地への立入りや工事を可能とする規律を設けること自体については賛成する意見が多数であったことから、本文①において、甲案と同様の規律を設けることとしている。
第20回会議において、部会資料49の甲案の要件を限定すべきとの意見があったが、改めて検討すると、本文①は、現行法における土地所有権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権の要件と同程度の所有権侵害が必要であることを前提としているところ、更に要件を限定してしまうと、物権的請求権の行使の要件を満たす場合であっても、管理措置を行うことができない事態が生じてしまい、損害を被っている土地所有者にとって酷な結果になるだけでなく、他の制度との関係でも無用な混乱をもたらすおそれが生じるため、妥当でないと考えられる。
他方で、要件の限定の議論は、他の土地等の所有者の権利保障の在り方の問題であると考えられるところ、手続保障の観点を踏まえ、本文②において、管理措置に際して、他の土地等の所有者及び他の土地等を現に使用している者に事前に通知する規律を設けることとしている。
この事前通知も、管理措置権の行使のための要件であり、事前通知を要する場合にこれをせずにした管理措置は違法になると考えられるが、事前通知を求めるのは、土地への立入りや工事に伴う不利益を生じさせるに当たって手続的な保障を与える趣旨と、管理措置権の発生要件を満たす場合であっても、まずは、他の土地等の所有者が工事を行うべきであると考えられるから、その機会を与える趣旨とを含むものである。
また、他の土地等の所有者が不明であるなど、他の土地等の所有者に対する事前の通知をすることができない場合については、事後的に通知をすれば足りるとしている。さらに、他の土地等を現に使用する者の平穏な使用を保護する観点から、その者への事前通知は常に必要としている。なお、部会資料49の甲案と同様に、本文①の規律を前提としても、土地所有者による立入りを妨害する者がいる場合には、その者に対して、妨害排除請求訴訟等により具体的な妨害行為の禁止を求める必要があると考えられる。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立