【資料42】遺産の管理と遺産分割に関する見直し

第1 一定期間経過後の遺産分割

1 法定相続分等による分割(具体的相続分による遺産分割の時的限界)

遺産分割がされないまま長期間が経過した場合の遺産分割に関し、次のような規律を設けることで、どうか。
遺産の分割の請求が相続開始の時から10年を経過した後にあった場合には、家庭裁判所は、民法第903条から第904条の2までの規定にかかわ
らず、同法第900条から第902条までの規定による相続分(法定相続分又は指定相続分)に応じて遺産を分割しなければならない。

(補足説明)

部会資料31(第1の1)と同じである。第14回会議では、特段の反対意見はなかった。

2 分割手続

(1) 基本的な手続

前記1の期間経過後も、遺産の分割は、民法第906条以下の規定に従い遺産分割の手続をとらなければならないとの現行法の規律を維持することで、どうか。

(補足説明)

部会資料31(第1の2(1))と同じである。第14回会議では、特段の反対意見はなかった。

(2) 通常の共有と遺産共有が併存している場合の特則

一つの物につき通常の共有と遺産共有が併存している場合に関し、共有関係を同一の手続で一括して解消する方法として、次の案について、どのように考えるか。
財産が数人の相続人及び相続人以外の者の共有に属する場合において、当該財産について民法第258条第1項(民法第264条において準用する場合を含む。)の規定による請求があったときは、裁判所は、当該請求に係る訴訟において、相続人間の分割もすることができる。ただし、次のいずれかに該当する場合は、この限りではない。
① 相続の開始から10年を経過していないとき
② 遺産の分割の審判事件又は調停事件が係属する場合において、相続人が当該請求に係る訴訟において相続人間の分割をすることに異議の申出をしたとき

(補足説明)

1 前回までの議論
部会資料31(第1の2(2))では、通常の共有と遺産共有が併存している場合に関し、①共有物分割手続の中で一括して処理する甲案、②家庭裁判
所において共有物分割手続と遺産分割手続を一個の審理手続で処理する乙案、③現行法の規律を維持する丙案を提案したところ、一回的解決を図る観
点から甲案を支持する意見はあったが、乙案を支持する意見はなかった。また、処理が複雑になること等から丙案でもやむを得ない旨の指摘もあった

2 提案の内容
(1) 現在の理解を前提とすると、具体的相続分の割合がどのようなものであるとしても、共同相続人は、法定相続分(又は指定相続分)の割合に応じ
て、遺産に属する個々の財産に共有持分権を有している。
例えば、A及びBが各2分の1の持分を有する共有状態の土地がある場合に、Bが死亡し、C及びDが各2分の1の法定相続分で相続したときは、そ
の具体的相続分の割合に関係なく、当該土地につき、Aが2分の1の持分を、C及びDが各4分の1の持分をそれぞれ有していることになる。
そして、上記のとおりの共有状態にあるので、理論上は、C及びD間の共有持分の分割も含めて、A、C、Dの間で共有物分割をすることができるよ
うに思われる。仮にその分割が実施されたとすると、遺産分割前に遺産が処分された場合(民法第906条の2第1項参照)と同様の法律関係になる
と考えられる(第14回会議では、相続人が個々の遺産に有する持分を他の相続人が取得することの法的性質につき議論がされ、これは相続分の取得
ではなく、通常持分の取得ではないかとの指摘があったが、この指摘は、これらの考え方と基本的に同一ではないかと解される。)。すなわち、共有
物分割後は、共有物分割の対象は遺産分割の対象から除外され、遺産分割は、残存する他の遺産についてのみ行われることとなると解される(遺産分
割は、遺産分割時に現存する遺産を分割するものである。ただし、共同相続人全員の同意があれば、当該処分された共有持分が遺産の分割時に遺産と
して存在するものとみなすことができるのは、民法第906条の2第1項のとおりである。)。
もっとも、遺産分割は、遺産全体の価値を総合的に把握し、これを相続人の具体的相続分の割合に応じ民法第906条の所定の基準に従って分割する
ことを目的とするものであるところ、共有物分割の対象が遺産分割の対象から除外され、現存する他の遺産の価額が特定の相続人について具体的相続
分により算出される価額を下回ると、その相続人は、結局、具体的相続分の割合による分割を得ることができなくなる。また、共有物分割においては
、民法第906条が適用されず、基本的に、遺産全体を総合的に把握して、分配するといったこともできないし、配偶者居住権の設定もできない。
最判昭和50年11月7日民集29巻10号1525頁は、「共同相続人の有する遺産分割上の権利」との表現を用い、その権利を害さないために、
共有物分割において相続人間の分割をすることを否定するが、そこでいう遺産分割上の権利とは、こういった具体的相続分による分割や、民法第90
6条による分割等を受けることができる権利であると思われる。
(2) しかし、事案によっては、共有物分割の中で、相続人間の分割を実施した方が、当該共有物に関する帰属が迅速に定まり、相続人にとっても便宜
であるケースもある。
例えば、通常共有と遺産共有が併存している共有物について、協議によらずに、相続人の1人がその共有物の全部を取得するには、共有物分割と遺産
分割の手続の双方を経なければならないが、共有物分割の中で一回的に解決する方が簡便なケースがある。
共同相続人の有する前記の遺産分割上の権利を不当に害するべきではないし、遺産分割協議等をするには一定の期間を要するのが通常であることから
すると、遺産分割ではなく共有物分割の中で相続人間の持分の分割をすることは直ちに認めるべきではないと考えられる。他方で、遺産分割上の権利
を長年にわたって行使しておらず、共有物分割の請求がされても特に遺産分割上の権利を行使しないようなケースでは、相続人は、その共有物に関し
ては遺産分割上の権利を行使する意思に乏しいと評価でき、共有物分割を先行して実施しても、相続人を不当に害することにはならないように思われ
る。
(3) 以上を踏まえ、本資料では、相続開始時から長期間を経過し(その期間は、前記第1を参考に、相続開始時から10年としている。)、かつ、共
有物分割請求がされた後にも遺産分割の申立てをせず、また、遺産分割の申立てがあっても、共有物分割による処理に異議の申出をせず、遺産分割上
の権利を行使しないときは、裁判所は、共有物の分割を命ずる判決において、相続人間の分割もすることができる(この場合、民法第906条も配偶
者居住権に関する規定も適用されない。)こととしている。
なお、このような要件を立てることで、遺産分割手続と共有物分割手続との役割分担等も明確になると思われる。
3 相続開始時から10年の経過を要件としない案について
本文の提案は、相続開始時から10年を経過したことをその要件として要求している。
もっとも、別の案としては、相続人が異議の申出をしないのであれば、当該共有物に関しては遺産分割上の権利を放棄したとみなし、10年が経過す
るかどうかに関係なく、共有物分割の中で相続人間の分割もすることができるとすることも考えられる。共有関係を一回的に解消することを可及的に
優先するのであれば、この案も考えられる。
他方で、この案に関しては、仮に、異議の申出の前提として遺産分割の審判事件又は調停事件の係属を求める場合には、第三者が共有物分割請求をす
ると、一定の期間が経過することと関係なく、相続人は遺産分割の申立てを事実上強制されることになるとの問題がある。また、遺産分割の審判事件
又は調停事件の係属とは関係なく、単に異議の申出があれば、相続人間の分割はできないとするのであれば、前記の問題は生じないが、これについて
は、異議の申出(その実質は、相続人間の共有関係については、共有物分割ではなく、遺産分割によって解消すべきとする意思表明であると解される
。)がされたにもかかわらず、遺産分割の申立てがされないまま放置されることになるおそれが生ずるとの問題があるとも思われる。
いずれにしても、遺産分割に関しては、一定の期間(相続開始時から10年)は、それを実施すべき期間として確保すべきであるとの立場をとるので
あれば、相続開始時から10年の経過をその要件として要求すべきということになると思われる。
なお、上記のこととも関連するが、積極的に相続人全員が共有物分割の中で分割をしたいと希望するケースもあると思われ、この場合については本文
等とは別に10年の経過に関係なく共有物分割の中で分割することを可能とする手当てをすることも考えられる。
4 他に検討すべき論点
本文②のとおり、一定の手続を踏むと、共有物分割訴訟において相続人間の分割をすることができなくなるとした場合に、事案によっては、当該訴訟
の中で相続人間の分割もすることを前提に審理が進められていたが、弁論の終結間際に異議の申出がされ、それまでの審理に無駄が生ずる事態も起こ
り得ると考えられる。また、共有物分割訴訟において異議が出されるか否かが不明なまま審理が継続され、遺産分割手続において遺産の範囲が確定し
ないという事態も想定される。これらを防止するために、例えば、法律上異議の申出期間を定めることや、裁判所が異議の申出期限を設定することが
できるようにすることも考えられる。
また、共有物分割訴訟と遺産分割調停・審判において判断の齟齬が生じないようにするために、家庭裁判所が遺産分割の手続において同訴訟の係属の
有無及び結果、異議の申出期限等を把握するための方策について、引き続き検討する必要がある。
3 不動産の所在等不明共有者の持分の取得
遺産の中に不動産がある場合の所在等不明相続人の不動産の持分の取得につき、次の案をとることで、どうか。
不動産が数人の相続人の共有に属する場合における相続人の共有持分についても、他の共有者(相続人を含む。)は不動産の通常共有において所在等
不明共有者の持分を他の共有者が取得する方法(部会資料第41の第2)により取得することができる。
ただし、相続開始時から10年を経過するまでは、この限りではない。
(補足説明)
1 持分取得の法的性質等
部会資料31(第1の3)では、遺産の中に不動産がある場合の所在等不明相続人の不動産の持分の取得に関し、相続人が他の相続人の持分を取得し
た際に、その後に行うべき分割方法は、通常の共有物分割であるのか、それとも遺産分割であるのかについて検討していたところ、第14回会議では
、遺産分割ではなく、共有物分割ではないかとの指摘があった。
前記2の補足説明のとおり、現在の理解を前提とすると、具体的相続分の割合がどのようなものであるとしても、共同相続人は、法定相続分(又は指
定相続分)の割合に応じて個々の遺産に共有持分権を有し、相続人は、第三者に対し、この共有持分を譲渡することができる(最判昭和50年11月
7日民集29巻10号1525頁参照)。そして、このことは、譲渡の相手方が第三者ではなく他の相続人であっても、否定されるものではないと解
される。
このように、相続人が自己の共有持分権を他の相続人に譲渡することができるのであれば、不動産の通常共有において所在等不明共有者の持分を他の
共有者が取得する方法(部会資料41の第2。なお、同資料では、所在等不明共有者以外の共有者がいる場合についてもその全員の同意を持分取得の
要件としては要求しないこと等を提案している。)を、相続人の共有持分権についても利用することができる(所在等不明共有者に関する共有の規定
を適用する)と解される(相続財産の共有は、民法第249条以下に規定する共有とその性質を異にするものではないとする最判昭和30年5月31
日民集9巻6号793頁参照。)。
また、実際上も、不動産の持分を集約すべき必要性等は、その持分の取得の原因が相続であるかどうかにかかわりなく、認められると解される。
そこで、本資料では、相続人の持分についても、原則として、所在等不明共有者の持分の取得の仕組みを利用することができる(所在等不明共有者に
関する規定を適用する)ことを提案している(その結果、管轄裁判所は、通常の共有持分の取得の裁判を管轄する裁判所と同じになると思われる。)

2 適用除外
遺産共有状態の不動産について、持分取得の制度を利用した場合には、請求をした相続人(共有者)は、所在等不明相続人の共有持分権を取得し、他
方で、所在等不明相続人は、その共有持分に相当する賠償金請求権を取得する。そして、相続人が、自己の共有持分権を他者に譲渡した場合と同様に
、この取得の対象となった持分権は、遺産分割の対象から除外されることとなると解される。
もっとも、このように解すると、通常の共有と遺産共有が併存している場合の特則として共有物分割を利用する場合と同様に、当該共有持分権につい
ては相続人の遺産分割上の権利が失われることになる。今回の仕組みでは、公告を実施するなどして、所在等不明相続人(所在等不明共有者)や他の
相続人(共有者)に一定の手続保障をすることとしているものの、遺産分割協議等をするには一定の期間を要するのが通常であることからすると、相
続人に不動産の持分を喪失させ、その持分を遺産分割の対象から除外する結果を認めるには、相続開始から一定の期間が経過しており、遺産分割上の
権利を長年にわたって行使していない状況でなければならないと考えられる。
以上を踏まえ、本資料では、所在等不明共有者の持分の取得の仕組みによる相続人の共有持分権の取得は、相続開始時から長期間を経過している(第
1の1を参考に、その期間を10年としている。)場合に限り、認めることを提案している。
3 通常の共有と遺産共有とが併存しているケースの処理
(1) 本資料で検討している仕組みは、相続人が法定相続分(又は指定相続分)の割合に応じて個々の遺産に共有持分権を有することを前提に、その共
有持分権の取得を認めるものであり、相続分の取得を認めるものではない。そのため、通常の共有と遺産共有とでは、違いはない(ただし、対象とな
る持分が遺産共有持分である場合には、相続開始から10年の経過を要することについては、前述のとおり。)。また、通常の共有と遺産共有とが併
存しているケース(以下「併存ケース」という。)であっても、基本的な枠組みは、通常の共有のケースや遺産共有のケースと違いはなく、併存ケー
スに特有の問題は生じない(管轄裁判所が同じであることは、前記のとおりである。)。
例えば、A及びBが各2分の1の持分を有する共有状態の土地がある場合に、Bが死亡し、C及びDが各2分の1の法定相続分で相続し、Cが所在不
明であるときは、C及びDの具体的相続分の割合に関係なく、Aが2分の1の持分を、C及びDが各4分の1の持分をそれぞれ有していることを前提
に、相続開始から10年を経過すれば、A又はDが、今回の仕組みを用いてCの持分を取得することができることになる。
(2) 前記(1)では、相続人の共有持分権を他の相続人又は通常共有者が取得することについて検討したが、併存ケースでは、相続人の1人が通常共有
者の共有持分権を取得することについても問題となる。
部会資料31(第1の3(4)ウ)では、相続人の1人が通常共有者の共有持分権を取得するには、相続開始時から10年を経過することを要すること
について検討していた。もっとも、相続人の1人も共有持分権を有しており、通常共有者については遺産分割上の権利が問題とならないので、相続開
始時から10年を経過する前であっても、相続人の1人は、この仕組みを利用することができるとすることが考えられる。
これを肯定すると、例えば、A及びBが各2分の1の持分を有する共有状態の土地がある場合に、Bが死亡し、C及びDが各2分の1の法定相続分で
相続し、Aが所在不明であるときは、C及びDの具体的相続分の割合に関係なく、Aが2分の1の持分を、C及びDが各4分の1の持分をそれぞれ有
していることを前提に、C又はDが、相続開始時から10年を経過する前に、今回の仕組みを用いてAの持分を取得することができることになる。
4 所在等不明相続人がいる場合の不動産の譲渡所在等不明相続人がいる場合における不動産の譲渡につき、次の案をとることで、どうか。
不動産が数人の相続人の共有に属する場合においても、他の共有者(相続人を含む。)は、不動産の通常共有において所在等不明共有者がいる場合に
おける不動産の譲渡の方法(部会資料41の第3)により、不動産を売却することができる。ただし、相続開始時から10年を経過するまでは、この
限りではない。
(補足説明)
不動産の持分の取得と同様の理由から、本文のとおり提案している。
5 例外規定等
第1の1の規律に例外等を設けることに関し、次の案について、どのように考えるか。
相続開始の時から10年を経過する前6箇月以内の間に、(遺産の分割を禁止する定めがあることその他)やむを得ない事由のため遺産の分割の請求
をすることができない相続人がある場合において、その事由が消滅した時から6箇月を経過する前に、その相続人が遺産の分割の請求をしたときには
、前記1の規律は、適用しない。
(補足説明)
1 例外規定
部会資料31(第1の5)では、やむを得ない事由がある場合には、前記1の規律の例外を設けることについて検討することを提案していた。具体的
には、期間経過前に遺産分割の申立てをすることができなかったことについてやむを得ない事由がある場合には、具体的相続分による分割を求めるこ
とができるとする甲案、価額の支払を請求することができるとする乙案、例外を設けないとする丙案について、検討することを提案した。
第14回会議では、甲案又は乙案を支持する意見があったが、丙案を支持する意見は、特になかった。
改めて検討すると、乙案をとった場合には、法定相続分による遺産分割手続が進行しつつ、他方で、地方裁判所等で価額の支払請求訴訟が進行するこ
とになるが、このようなことは、実際上は同一の紛争を別々に審理しなければならないことになり、妥当ではないとの意見も考えられる。
そこで、本資料では、甲案を中心に検討することを提案している。
2 遺産分割期間経過後に相続人となった者の取扱い
部会資料31(第1の6)では、前記1の期間経過後に相続人となった者は、具体的相続分による価額の支払請求権を有するとすることを提案してい
た。
もっとも、この考えによると、前記と同様に、法定相続分による遺産分割手続が進行しつつ、他方で、地方裁判所等で価額の支払請求訴訟が進行する
ことになる。
そのため、前記のとおり、やむを得ない事由がある場合には具体的相続分による分割を認めるのであれば、同様に、この場合にも具体的相続分による
分割を認める(やむを得ない事由の一つとする)ことが考えられる。
3 遺産の分割の禁止等
後記のとおり、遺産の分割の禁止の期間については、一定の整理をすることとしているが、後記の提案によっても、遺産の分割が禁止されているため
に、相続開始の時から10年を経過する前に遺産分割の請求をすることができないという事態が生じ得る(遺産分割禁止の定めがあることは、遺産分
割の申立ての却下事由になると思われる。)。
そこで、遺産の分割の禁止等があることは、やむを得ない事由の一つとすることが考えられる。
4 6箇月の猶予期間を設けることについて
一定の事由により期間経過による権利等の消滅を猶予するものとしては、現行民法上は、時効の完成猶予制度(民法第158条以下参照)がある。本
文では、この制度を参考に、期間経過前6箇月以内に遺産分割の申立てをすることができなかったことについてやむを得ない事由があった相続人があ
る場合に、そのやむを得ない事由が消滅した時から6箇月を経過する前にその相続人が遺産分割の申立てをしたときには、前記1の規律は適用しない
こととして、申立ての準備期間として少なくとも6か月間確保することを検討することとしている。
5 その他
第14回会議では、例えば、当事者の合意により具体的相続分による遺産分割をする権利を留保することができないのか検討すべきとの指摘があった

遺産分割手続では、職権探知主義がとられているものの、そもそも、遺産分割は相続人間の合意によってすることができる性質のものであるので、相
続開始後10年が経過した後に遺産分割の申立てがされ、その開始した遺産分割の手続の中で、当事者が具体的相続分による遺産分割を実施するとの
合意をすれば、裁判所は、その合意に沿って遺産分割をすることになると解される。
他方で、相続開始後10年を経過するまでに遺産分割の申立てがなくとも、その後の分割は具体的相続分によりするとの約定に法的な効果を認めるこ
とは、結局、相続開始から10年を経過した後も遺産共有の状態を保持することを実質的に保障するものであると解されるが、そのようなことを認め
ることは、遺産分割禁止期間を相続開始後10年間に限られることとし、遺産共有状態を維持することを保障する期間を区切ることと実質的に矛盾し
ないのかが問題になるように思われるし、具体的相続分による分割に期限を設けた趣旨と矛盾するのではないかとの指摘も考えられる。
そのため、本資料では、そのような合意による権利留保を明記することは提案していない。
6 その他(遺産分割の申立ての取下げ等)
遺産分割の申立ての取下げに関し、次のような規律を設けることで、どうか。
遺産分割調停及び遺産分割審判の申立ての取下げは、相続開始の後10年を経過した後は、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。
(補足説明)
1 取下げの制限等
部会資料31では、例えば、相続開始から10年を経過する直前に遺産分割の申立ての取下げがされると、他の相続人がそのことを知らないまま申立
ての取下げの効力が生じ、改めて期間内に申立てをする時間もなく、具体的相続分による遺産分割が実質的に制限されるという不当な結果を招くこと
から、遺産分割の申立ては、一律、相手方の同意がない限り、これを取り下げることができないとすることを提案していたが、第14回会議では、他
の方法をとることも考えられるのではないかとの指摘があった。
相続開始後10年を経過した後は、基本的には、具体的相続分による遺産分割の制限が問題となるため、一律に、相手方の同意を得なければ、効力を
生じないとして、他の相続人の利益を害さないようにすることが簡明であると思われる。他方で、相続開始後10年経過前は、基本的には、そのよう
な制限が問題とならないため、そのような規律は改めて設けないこととすることが考えられる。また、前記で記載した相続開始から10年を経過する
直前に遺産分割の申立ての取下げがされた例外的な事案については、相続開始後10年を経過する前にやむを得ない事由によって申立てをすることが
できなかったものとして処理をすることで対応することが考えられる。
以上を踏まえ、本文のとおり提案している。
2 遺産分割事件の中止
第14回会議では、遺産分割の前提問題に関する訴訟が係属しているときには、遺産分割事件の中止をすることができるとの規律を検討すべきとの指
摘があったが、家事事件手続法を制定する過程で同種の案の採用が見送られたとの経緯もあるので、その必要性や相当性については慎重に検討してい
く必要があると思われる。
第2 遺産分割禁止期間
1 遺産分割禁止の審判
遺産分割禁止期間の終期を明示する等の観点から、民法第907条第3項を①のとおり改正するとともに、②及び③の規定を新設することで、どうか

① 民法第907条第2項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、5年を超えない期間を定めて、遺産の全部又は一部について
、その分割を禁ずることができる。
② 家庭裁判所は、5年を超えない期間を定めて①の期間を更新することができる。
③ ①及び②による禁止の効力は、相続開始の時から10年を超えることができない。
(補足説明)
部会資料31(第2の1)と同じである。第14回会議では、特段の反対意見はなかった。
2 遺産分割禁止特約
遺産分割禁止期間の終期を明示する等の観点から、次の規定を新設することで、どうか。
① 共同相続人は、5年を超えない期間内は遺産の分割をしない旨の契約をすることができる。
② ①の契約については、5年を超えない期間を定めて①の期間を更新
することができる。
③ ①及び②による禁止の効力は、相続開始の時から10年を超えることができない。
(補足説明)
部会資料31(第2の2)と同じである。第14回会議では、特段の反対意見はなかった。
第3 遺産共有と共有の規律
遺産共有に関し、次のとおりとすることで、どうか。
① 遺産共有にも、特別の定めがない限り、共有物の管理行為、共有物の管理に関する手続、共有物を利用する者と他の共有者の関係等、共有物の管
理に関する行為についての同意取得の方法及び共有物の管理者の規律(部会資料40、41参照)をそのまま適用する。
② 遺産共有に関し、持分の価格の過半数で決する事項については、その持分は法定相続分(相続分の指定があるときは、指定相続分)を基準とする。
(補足説明)
部会資料31(第3)と基本的に同じである。第14回会議では、特段の反対意見はなかった。ただし、遺産共有に特別の規定があれば、そちらが優
先して適用されることになることを明記している(例えば、共有物を利用する者と他の共有者の関係等においては、部会資料40の第1の4のとおり
善管注意義務を課すこととされているが、民法第918条第1項はこれに対する特別の規定と位置付けられると解される。)。
第4 共同相続人による取得時効共同相続人による取得時効に関しては、新たな規律を設けないものとすることで、どうか。
(補足説明)
部会資料31(第4)では、共同相続人が遺産に属する物を占有していたとしても、原則として取得時効が成立しないことを前提に、例外的に取得時効が認められる場合につき規律を設けることを提案していたが、第14回会議では、賛否両論の意見があった。
共同相続人が遺産に属する物を占有していた場合には、原則として取得時効が成立せず、他方で、一定の事由があるときは、例外的に取得時効が成立するという大きな枠組みについては、部会で特段の意見の違いはないと解されるが、相続人がいることが判明しているが所在が不明なケースにまで取
得時効を認めるのかなどについては、なお意見が分かれている。
また、いずれにしても、特に新たな規律を設けなくとも、占有の開始時点の事情によっては所有の意思が認められるし、占有の開始後の事情によって
は民法第185条の規定によって占有の性質の変更が認められる(そのような解釈に当たっては、これまでの検討が参考になるように思われる。例え
ば、対価を得て相続人が事実上相続放棄をしているケースについては、持分の譲渡をしていると認定し、民法第185条の規定により占有の性質の変更がされていると見ることにより、現行法の解釈で試案と同様の結論を得ることも不可能ではないと考えられる。)。
さらに、遺産分割や検討中の持分の取得等に関する手続をとらなくても単独所有権を取得することができるとのメッセージを与えることになることや、例外的に取得時効を認めるための要件を明確にすることにはおのずから限界があり、結局は、事案ごとの総合的な判断に委ねるほかないことには変わりがないこと等を理由に、新たな規律を設けることに慎重又は反対する意見にも相応の理由があると考えられる。
以上を踏まえ、今後とも、取得時効の成否は、事案ごとの適切な事実認定等に委ねることとし、本資料では、特に規律を設けないものとすることを提案している。

古橋 清二

昭和33年10月生  てんびん座  血液型 A 浜松西部中、浜松西高、中央大学出身 昭和56年~平成2年 浜松市内の電子機器メーカー(東証一部上場)で株主総会実務、契約実務に携わる 平成2年 古橋清二司法書士事務所開設 平成17年 司法書士法人中央合同事務所設立