建物明渡請求

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家賃滞納による明渡請求には「信頼関係破綻」が必要

賃貸借契約は、賃貸人にとっては賃貸物を他人に有償で使用させることによって財産的価値を生じさせるという機能を持ち、賃借人にとっては賃借物を一定期間継続的に使用・収益をすることができる機能を持つものです。
そして、民法541条は、賃料支払いの履行遅滞が生じた場合には、賃貸人は相当の期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときは賃貸借契約を解除することができる旨定めています。裁判実務でも、賃貸人と賃借人との信頼関係が明らかに破壊している場合を除き、原則として催告を必要としています。

こうした実務が定着したのは、最高裁昭和39年7月27日判決(民集18巻6号1220頁)が、賃料不払いにもとづいて期限付き催告及び解除の意思表示がなされた事例につき、民法541条に定める解除権の発生は認めながらも、賃料不払いがあったとしても信頼関係の破壊にあたらない限り解除権の行使が信義則上制限されることがある、との判断を示したことによります。
したがって、賃料不払いによる賃貸借契約の解除の実務をめぐっては、賃貸人側としても賃借人側としても、それぞれの事案において「信頼関係の破壊」の有無の判断をしなければならないことになります。

契約書に「賃料の支払いを一度でも怠った場合には催告を要せずして賃貸借契約を解除することができる」と記載されているからといって、既に信頼関係が破壊しているという客観的な状態が発生していない限り、催告することもなく単純に解除できるというわけではないのです。
そして、貸主の立場で言うと、ほとんどの場合は、賃料支払いの催告をして、その支払いがないことをもって信頼関係が破壊したことを明らかにし、賃貸借契約を解除します。
さて、賃貸借契約が解除された後も賃貸建物を使用し続ける者は、既に借主の地位を喪失して不法占有していることになります。したがって、ここで初めて明渡し請求できる法的根拠が発生することになります。

借主が任意に明け渡さない時は訴訟等を提起せざるを得ませんが、訴訟手続の中で話し合いによって解決することも少なくありません。
しかしながら、合意が成立しなかったり、そもそも裁判にも出頭してくれない場合には、判決をもらって強制執行を申し立て、強制的に退去させることになります。強制執行は、地方裁判所の執行官に申立をすることになります。

家賃滞納者に対する裁判手続の種類

当事務所において、建物明渡等請求事件は年間に10~20件ぐらいを扱っています。そこで、建物明渡等請求事件における裁判所の活用について考えてみたいと思います。

建物明渡請求事件と言っても、最初は賃料不払いについての相談から始まることが圧倒的多数です。賃料不払いの程度により、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されていると見ることができれば賃貸借契約を解除して建物明渡請求をするわけですが、賃料不払いの場合には、特段の事情がない限り履行の催告をする必要があります。
また、第三者が占有しているなど、事案によっては、仮処分の申立をしなければならない場合もありますが、そういった事例は必ずしも多くありません。

さて、建物明渡事件の場合、事件は様々なかたちで終結します。
延滞賃料催告の内容証明郵便を受け取った賃借人から、賃貸借契約を継続したいが延滞賃料は分割払いにして欲しいとか、明渡すので延滞賃料は減額して欲しいなどの申し出があって解決に向かうこともありますし、訴訟提起後に同様の申し出があったり、法廷でそのような希望が出されることもあります。
また、賃借人が行方不明で内容証明郵便による解除の意思表示が到達しないということもあります。そして、終局判決により強制執行をしなければならない場合も多々あります。

このように様々なバリエーションがありますので臨機応変な対応が必要になりますが、専門家としては、常に、依頼者の希望を確実に実現できる方策を目指す必要があります。

たとえば、内容証明郵便を出した段階で賃借人から反応があり、賃貸借契約を継続したいが延滞賃料は分割払いにして欲しいという要望が出され、賃借人も 「やむを得ない」とする場合は、和解書を取り交わしのみではなく、起訴前の和解の申立をして、債務名義としての和解調書を取得するようにしています。

そして、その内容としては、未払い賃料の支払方法のみならず、今後の延滞に備え、無催告解除条項も入れることにしています。こうすることにより、今回の賃料延滞のトラブルを「特段の事情」と位置づけ、将来、無催告解除をしても無催告解除自体の有効性を強固のものにすることができます。
また、賃借人の要望が「○月末には明け渡すが、延滞賃料は分割払いにして欲しい」というような場合も、明渡しについても賃料支払いについても債務名義化(法的に強制力のある書面にすること)することができるように起訴前の和解を申し立てることになります。

賃借人が不在がちで賃料催告・契約解除の内容証明郵便を受領しないような場合、訴状によって賃貸借契約解除の意思表示をすることも可能です。しかし、その場合には、提訴の段階ではまだ賃貸借契約は解除されていないわけですから、請求の趣旨及び原因の記載方法に工夫を要しますし、訴状送達が確認できたら請求の趣旨及び原因を変更しなければなりませんので、原告も裁判所も煩わしさが残ります。

こうした煩わしさを避けるため、賃貸借契約解除の意思表示のための内容証明郵便が留置期間経過により戻ってしまった場合には、特定記録郵便を利用して意思表示を行って、賃貸借契約を解除してから訴訟を提起する方がスムーズかと思われます。

賃借人が、不在がちではなく、行方不明となっている場合には、通常は、現地調査を行ったうえで公示送達の申立てを行いますが、賃借人が労働目的などのために日本に来ている外国人の場合には、賃借人が本国に帰っていることも考えられるため、裁判所は、公示送達の申立てがあると、入国管理局に対し出国の記録の有無について調査嘱託をします。
その結果、出国の記録がない場合に、初めて公示送達を実施します。

なお、賃借人が行方不明の場合には訴状をもって解除の意思表示をすることも多いと思われますが、その場合には、前段のように、公示による意思表示の送達の効力が生じた段階で、請求の趣旨及び原因を変更する必要があります。

建物明渡等請求訴訟は、その多くが和解により終結しますが、判決をとって強制執行をしなければならない場合もあります。その場合は、執行準備のため、鍵屋、運送屋等の手配など、執行官と打ち合わせをすすめることとなります。

以上のように、「建物明渡請求事件」というひとつの事件であっても、手続としては様々なバリエーションがありますので、最も適切な手続選択を常に意識して進めていく必要があります。

建物明渡の強制執行

賃料不払などを原因として賃貸借契約を解除しても、賃借人が自ら立退きをしない場合には、裁判所で判決などを得たうえで強制執行の申立てをする必要があります。このような建物明渡しの執行申立てがあると、裁判所の「執行官」が現地に赴いて強制執行を行います。

もっとも、現実には、賃貸建物に相手方が居住している場合などには執行官がいきなり強制執行をすることはなく、1カ月以内の期限を定めて相手方に任意の退去を促します。これは、「明渡しの催告」と言われています。執行官は、ねばり強く任意退去を促しますが、相手方から罵声を浴びることも少なくなく、仕事とはいえ、執行官は本当に大変な職業だと思います。

もしも、相手方の事情で任意の明渡しに1カ月を超える期限が必要な場合は、執行官が裁判所の許可を得て1カ月を超える期限を定めることになります。

そして、明渡しの催告をしたときは、執行官は、明渡しの催告をした旨、引渡し期限及び相手方が賃貸建物の占有を移転することを禁止されている旨を記載した公示書を、建物の中の適宜の場所(あまり目立たないところ)に公示します。

この段階で、執行官は、相手方に対し、明渡しの催告に応じない場合は現実に強制執行を行う旨を説明していきますので、8割方のケースでは、催告期限内に相手方が任意に退去してしまいます。その場合には、催告期限が到来した日に執行官が執行完了を宣言し、強制執行が終了します。

しかし、相手方が任意に退去しない場合には、強制執行を実行することになります。
現実に強制執行をすることになった場合には、執行官と打ち合わせのうえで、申立人側で運送業者、倉庫業者、合鍵業者を手配しなければなりません。
強制執行の当日は、執行官は、必要があるときは鍵を強制的に開けて、相手方の占有する建物に立ち入ることができます。これらの執行官の行為を妨害する者は執行妨害により逮捕されることもあります。

執行官は、建物の中の相手方の家財道具などの動産を相手方に引き渡さなければなりませんが、相手方が家財道具をそのままにして夜逃げをしてしまったような場合は、原則として、運送業者に動産を運ばせて、倉庫業者に保管させます。これは、建物の明渡しを行うとともに、動産を執行官の管理の元で保管するという意味があります。

倉庫業者に保管させた動産については、別途競り売り期日を設けますが、最終的には、申立人が落札をして処分するしかありません。もちろん、運送業者、倉庫業者、合鍵業者等の費用は相手方に請求することができますが、現実に支払ってもらえる見込みがないケースが大半で、最終的には申立人が負担せざるをえません。

このように、建物明渡しの強制執行は精神的にも金銭的にも大きな負担を強いられます。したがって、日頃から賃料の入金管理を適切に行って、仮に賃料延滞が発生したら早期に交渉することが必要と考えられます。当事務所においても、延滞賃料、建物明渡しの交渉や裁判を行っていますのでお気軽にご相談ください。

落札した建物を不法占有している者に対する明渡請求

競売により建物を競落し、所有権を買受けた者は、買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者を除き債務者又は不動産の占有者に対し不動産の引渡しを命令じる旨の申立を裁判所にすることができます。
ただし、買受人は、代金を納付した日から6月を経過したときは、この申立てをすることができませんので注意が必要です(なお、買受けの時に民法第395条第1項に規定する抵当建物使用者が占有していた建物の買受人にあっては9月ですので、こちらも注意して下さい)

不動産引渡命令が出された場合には、裁判所の執行官に対して執行の申立てをして、現実の明渡しを執行官にしてもらう必要があります。
競売の場合は、このように、簡易に不動産の引渡を命令する制度が設けられており、競売手続きの信頼性を高めるように制度設計がされています。

先日、競売ではなく、公売により所有権を取得した方から、元所有者が居座り続けているのでどうしたらいいかという相談がありました。そこで、いろいろ調べてみましたが、公売の場合には、競売の不動産引渡命令に相当する手続きが用意されていないようです。そうすると、まず、明渡しについて裁判を提起するなどして判決などの債務名義を得なければならないことになります。

相談された事例では、任意で相手方と協議することができましたので、一定の猶予期間を与えたうえで明け渡す旨の起訴前の和解(即決和解)をすることができました。

注)公売(こうばい)とは、滞納税庁が、国税徴収法に基づき、滞納税金の回収のために差し押さえた財産(不動産または動産)を換価するための手続きのこと。民間が行う競売に対し、官公庁が滞納税金の回収のために行うものを公売という。(出典 ウィキペディア)