遺産分割の話し合いは? 書類はどうすればいいの?
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可分債権を遺産分割の対象とすることの可否
貸金債権のような可分債権の相続においては、当該債権が遺産分割の対象となるかどうかが問題となります。判例では、被相続人が相続開始時に有していた貸金債権は、相続開始とともに当然分割されて各相続人に法定相続分に応じて帰属することになるため、遺産分割の対象とならないとされています(最判昭29.4.8)。
しかしながら、裁判所の実務では、相続人全員が遺産分割の対象に含めることを合意していれば、債権を分割することが相続人間の具体的衡平の実現を可能ならしめる場合や、遺産分割の対象とすることを認めています。
この場合、相続人間の合意の法的性質、可分債権が不可分債権に転化するとの説、共同相続人が有する分割債権を集中してその再分配をするとの説がありますが、京都地判平20.4.24では、「本来の分割債権を、相続人の間では、相続開始時に遡って不可分債権とするとともに、これを再分割する方法又は履行を受けた金銭を分配する方法を遺産分割協議に委ねる旨の意思表示である」としています。
いずれにしても、可分債権は、相続人間の合意により遺産分割の対象とすることは可能です。
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遺産分割の方法にはどんなものがありますか
遺産分割を行う方法としては、遺言による分割、協議による分割、調停による分割、審判による分割の4つがあります。 また、遺産分割の内容として、現物分割、換価分割、代償分割の概念があります。
まず、遺言による分割、協議による分割、調停による分割、審判による分割について説明しましょう。
遺言がある場合は、遺産分割は原則として遺言書のとおりに行います。 遺言がない場合は相続人間で話し合って、遺産分割をします。これが協議による分割です。
話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に調停や審判を申し立てます。調停による分割申し立てを行う裁判所は相手方の住所地の家庭裁判所が管轄裁判所になります。審判の場合は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に申し立てることになっています。次に、現物分割、換価分割、代償分割について説明します。
現物分割は、遺産分割の方法としては、最も原則的な分割方法です。遺産分割は、相続財産全体に対する共同相続人の共有状態を解消する手続きであることから、個々の財産について、その相続取得者をそれぞれ決定するのが現物分割です。遺産の価額が、土地のように分割が困難な財産に集中しているような場合で、その財産を処分して換価することが可能なときに、その財産を第三者に譲渡してその代金を相続人間で分配する方法を換価分割といいます。
また、換価分割と同様に、遺産の価額が土地のように分割が困難な特定の財産に集中している場合で、その財産 を容易には換価することができないときや、相続人が、換価しないで所持を希望するときは、その財産を取得する者が他の相続人に対して代償金を支払う方法を とることがあります。これを代償分割といいます。
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遺産分割協議は持ち回りで作成することもできるのですか
遺産分割協議で定める分割の内容は、話し合いで全員が納得すればどのように定めても結構です。もちろん、法定相続分と異なる分割をしても結構です。話し合いで合意に達すれば遺産分割協議書を作成します。
話し合いは相続人全員が一同に会して行うのが通常ですが、書面や持ち回りでもすることができます。協議は相続人全員の合意にり成立します。したがって、多数決では成立しません。また、一部の相続人である者を除いた分割協議は無効です。
相続人の中に未成年者がいる場合には、未成年者に代わって法定代理人(親権者等)が協議に参加しますが、。法定代理人である親権者自身も相続人である場合には、家庭裁判所で特別代理人を選任する必要があります。
話し合いで合意ができない場合には、家庭裁判所に調停・審判を申し立てることになります。
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遺産分割をする際、生前のなされた贈与はどのように考えればいいですか
遺産分割は、共同相続人間で法定相続分に従って行うのが原則です。しかし、相続人のうち一部の者が被相続人から遺贈を受けていたり、結婚の際の多額の持 参金をもらった、事業のための資金の贈与を受けたなど、被相続人から婚姻、養子縁組または生計のための贈与を受けた者がある場合は、それらの遺贈や贈与をまったく考慮もせずに法定相続分に応じて遺産分割することは、共同相続人間の公平を害することになります。
そこで、生前贈与などの受益分を計算し、被相続人が死亡時に有していた財産の価値に、生前に贈与された財産の価値を加えたものを相続財産とみなしたうえで、法定相続分にもとづいて算出した価額から、生前贈与を受けた分の価額を差し引いた金額を、相続分とします。これが特別受益の制度です。
なお、贈与や遺贈の価額が相続分よりも多くても、返還を請求することはできません。生前の贈与が特別受益に当たる場合、現金の場合は貨幣変動を考慮した上で相続開始時の貨幣価値で計算します。土地や株式は贈与を受けた後に売却していたとしても、現物があるものとして相続開始時の評価額・株価で計算します。
特別受益に該当する贈与であっても、被相続人が持ち戻しを免除していた場合は持ち戻し計算をする必要はありません。しかし、持戻免除の意思表示を書面で明確に残していることは多くありません。
裁判例では、贈与した経緯や趣旨、その他被相続人が受贈者から利益を得ていたかどうかなどを総合的に考慮して黙示の意思表示を認定しているものもあります。遺留分を侵害する持戻免除も有効ですが、遺留分減殺請求があった時は持ち戻して遺留分の算定をすることになります。つまり、その限度で持戻免除は無効ということになります。 -
遺産分割の際に考慮される「特別の寄与」とは何ですか
特別の寄与とは、被相続人の生前にその財産の維持、または増加に特別の寄与貢献をしたことをいい、特別の寄与を価額に換算してして寄与分の価額を定めます。
遺産分割の際には、寄与分は、相続財産から差し引いてから、残りの価額で遺産分割をします。したがって、寄与分のある相続人は、遺産分割による相続分に加えて、寄与分も受け取ることになります。寄与分として認められるのは、事業に関する労務の提供や事業に関する財産上の給付、病気の被相続人の看護、その他これらに相当するものです。具体的には、労務の提供として正当な給料をもらわずに仕事を手伝った場合や、看病をした場合などです。
しかし、妻の通常の家事労働や妻としての夫に対する看病は特別の寄与貢献とはいえず寄与分にはなりません。看病が寄与分として認められるには、扶養義務を超えた著しい程度の療養看護が必要とされます。
寄与分の存在を認めるかどうか、認めるとしてどの程度の価値になるかは相続人間の話し合いで決めますが、話し合いがつかないときは家庭裁判所に寄与分を定める審判を申し立てます。
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遺産分割協議書の署名・押印の方法などについて教えてください
遺産分割協議が成立したら、遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議書の作成は義務ではありませんが、遺産分割協議の有無や内容を明確にして書面に残し、後日紛争となることを避けるためにも作成すべきです。相続による不動産の所有権移転登記の添付資料などとしても、遺産分割協議書が必要となります。
遺産分割協議書は、法律で作成方法まで決められているわけではありませんが、相続人の人数分作成し、全員の署名・押印をして各自1部ずつ保管するよがよいでしょう。
遺産分割協議書の署名押印は、可能な限り自筆で、また実印(印鑑登録印)を押印し、印鑑証明書を添付すべきです。このように作成することで遺産分割の結果について後で問題が起きないように各相続人の意思を明確化できますし、遺産分割協議の結果に従って不動産の相続登記をする場合などは、実印の押印された 遺産分割協議書を登記申請書に添付する必要があるからです。また、銀行預金などは、署名押印(実印)のある遺産分割協議書(印鑑登録証明書添付)だけでなく、各金融機関の所定の書面に各人の自筆による署名や実印による押印を求められるのが通例です。
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法定相続分とは異なる配分で遺産分割協議を行うことはできますか
法定相続分とは異なる配分の遺産分割協議も、相続人全員が合意すれば有効です。むしろ、遺産分割協議が行われる場合には、法定相続分とは異なる配分が定められることの方が多いかもしれません。
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遺産分割協議書とは何ですか
たとえば、『A不動産は母が相続』し、『B不動産は長男が相続』し、『C銀行の預金は長女が相続』するといった場合に、各相続人の間で被相続人の遺産をどのように分割するかについて合意をした内容を明確にし、書面化したものです。
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遺産分割協議書を作成する際に注意すべきことはありますか
次のようなことに注意していただければ結構です。なお、形式や様式は自由ですが、ネット上で雛形を探してみるとよいでしょう。
① 被相続人と相続人の氏名を具体的に特定しましょう。
② 相続財産を具体的に特定し、その相続財産を相続される方の名前を明確に特定しておきましょう。なお、相続財産の特定方法は、不動産であれば登記簿上の表示、預金であれば銀行名・支店名・預金種目・口座番号等、自動車であれば自動車登録事項証明書上の表示などで特定しましょう。
③ 遺産分割協議書作成後に相続財産が新たに見つかった場合にどうするか、明確にしておきましょう。
④ 相続人全員が署名(自署)・押印(実印)し、全員の印鑑証明書をもらっておきましょう。当事務所で遺産分割協議書を作成することも可能ですのでご相談ください。
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相続人が海外に居住している場合の遺産分割協議書の作り方は?
相続人のうち一部の方が海外に居住している場合は、現地 の領事館に行っていただき、領事の面前で遺産分割協議書にサインをして、そのサインについて領事の証明をしていただきます。また、もしも、帰国する機会がありましたら、公証人役場でパスポート等で本人確認したうえで遺産分割協議書にサインし、その証明を得ることも可能です。
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遺産分割の話し合いをしていたところ、兄が「自分が亡父の商売を手伝ったことによって財産を残すことができたのだから多くもらって当然だ」と言い出しました。兄の主張は認められますか
被相続人に対し、財産の増加・維持に特別の寄与や貢献をした人がいる場合に、その人の相続分にその寄与、貢献に相当する分(寄与分)を上乗せすることになります。
寄与分の算定は、相続人の間で協議して決めますが、相続人の間で寄与分が決まらない時などは、寄与した人が家庭裁判所に申立てをして定めてもらうことになります。寄与分が認められるケースは次の3つです。
1. 被相続人の事業に大きく貢献してその財産を増加させた
2. 被相続人の財産の維持に努めてきた
3. 被相続人介護援助を長年続けたお兄さまが「自分が亡父の商売を手伝った」という主張をされているとのことですが、それが寄与分を認めるべきものなのか、また、認めるとしてもどの程度の寄与分を認めるべきか、よく話し合いをする必要があると思われます。
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遺産は銀行預金のみで、不動産はありませんが、遺産分割協議書を作成する必要はありますか
銀行預金は、銀行が死亡の事実を知れば凍結されていますので、これを解約・名義変更等をするためには、相続人全員の実印の 押された同意書が必要となります。この同意書は、銀行に用意されていますので、銀行の指示にしたがって手続をすれば解約等をすることができます。
この同意書も、タイトルこそ異なるものの遺産分割を証明する書類であるということができます。また、銀行預金を誰が相続するのかを定めた遺産分割協議書 (印鑑証明書付)を銀行に持ち込むことにより、銀行で用意した同意書を利用せずに預金を解約することもできます(戸籍謄本等、他に必要な書類は同意書を提出する場合と同じです)。
したがって、遺産が銀行預金だけの場合であっても遺産分割協議書を作成する実益があります。
さらに言えば、銀行預金が複数ある場合、同意書ですと銀行毎に同意書を作成しなければなりませんが、遺産分割協議書に複数の預金について記載しておけば1通だけ作成すればいいことになります。なお、遺産分割協議書は、解約の都度、銀行から原本を返却してもらってください。 -
被相続人には子供が2人いましたが、遺産分割協議をする前にそのうち1人が亡くなってしまいました。その方には、配偶者と子供がいます。この場合、誰が相続人になりますか
この場合、亡くなったお子様の相続権はその方の配偶者と子供(被相続人から見ると孫)に引き継がれています。したがって、その方々もいっしょに遺産分割協議を行う必要があります。
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相続人の中に認知症の人がいますが、遺産分割協議ができるでしょうか
認知症の方など、判断能力が低下している方は、遺産分割協議等の法律行為を単独ですることができません。相続人に認知症の方がいる場合には、法律行為を代理する成年後見人等の選任を家庭裁判所へ申立てる必要があります。
成年後見人が既に選任されている場合でも、その成年後見人が被成年後見人とともに相続人である場合は、成年後見人と成年被後見人の利益が相反することとなります。したがって、家庭裁判所で特別代理人を選任する必要があります。 -
未成年者に特別代理人を選任するケースで、遺産の一部について未成年者以外のものに相続させる旨の遺言がある場合、未成年者の相続分はどのように考えればいいでしょうか
相続人の中に未成年者がいる場合、遺産分割協議にあたって、家庭裁判所で特別代理人を選任しなければならないケースがあります。その場合、実務的には、遺産分割協議書案を提出しますが、未成年者の法定相続分が原則として守られている必要があります。もっとも、未成年者の母も相続人になっており、母が未成年 者の養育に相続財産を使用することを予定しているなどの合理的な理由があれば、未成年者の法定相続分を下回る分割案であっても特別代理人が選任されるケー スなどもあります。
では、遺産の一部について、未成年者以外の者に相続させる旨の遺言があった場合はどのように考えるのでしょうか。
最も合理的な考え方は、①遺言の対象となった財産については未成年者の遺留分の額、②遺言の対象とならなかった相続財産については法定相続分の額をそれぞれ算出し、①+②の合計額が遺産分割で未成年者に与えられればいいと考えられます。
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遺言の内容と異なる内容で遺産分割協議をすることができますか
遺贈や「相続させる」旨の遺言が存在する場合、理論的には、遺言の効果は遺言者の死亡と同時に生じ、当該財産は受遺者等に帰属することになるため、相続財産を構成しないと考えられます。
しかし、実務的には、相続人全員の合意により遺言と異なる内容で遺産分割をすることが可能であり、家庭裁判所の実務としても行われていま す。遺言執行者が選任されている場合には、民法1013条が「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできない。」と規定しているところから、相続人の合意が有効か否かが問題となります。この点について、東京地判昭和63年5月31日判決は次のように判示しています。
「本件合意は、本件遺言の解釈及び執行上の問題点を調整、解決するため、遺言執行者が働きかけてなされたものであるが、<中略>民法一〇一三 条に規定する相続人による相続財産の処分行為に該当すると解する余地がある。しかしながら、右民法の規定は、遺言者の意思を尊重すべきものとし、相続人の 処分行為によ る相続財産の減少を防止して、遺言執行者をして遺言の公正な実現を図らせる目的に出たものであるから、右規定にいう相続人の処分行為に該当するかのごとく 解せられる場合であっても、本件のように、相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、かつ、遺言執行者が予めこれに同意したうえ、 相続人の処分行為に利害関係を有する相続財産の受遺者との間で合意し、右合意に基づく履行として、相続人の処分行為がなされた場合には、もはや右規定の目 的に反するものとはいえず、その効力を否定する必要はないと解せられるのであって、結局、本件合意は無効ということはできない。」つまり、①相続人間の合意の内容が遺言の趣旨を基本的に没却するものでなく、②遺言執行者が予めこれに同意したという要件のもとに民法1013条が適用されないことを明らかにしているのです。
次に、相続人全員が遺言の存在を知らないで遺産分割協議を行った場合について、最判平成5年12月16日は、遺産分割によって妻が相続したが、後に遺言が発見され、当該土地を3人の子供に相続させる旨の遺言が発見された事例ですが、錯誤無効の主張を斥けた原判決を破棄しました。その理由は次のとおりで す。
「相続人が遺産分割協議の意思決定をする場合において、遺言で分割の方法が定められているときは、その趣旨は遺産分割の協議及び審判を通じて可能な限り尊重されるべきものであり、相続人もその趣旨を尊重しようとするのが通常であるから、相続人の意思決定に与える影響力は格段に大きいということができる。」「遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、<中略>本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである」いずれのケースも、「遺言の趣旨」を重視する点では共通しており、実務的には、遺言と異なる内容で遺産分割をする場合であっても、「遺言の趣旨」を尊重することが必要でしょう。
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相続財産であるアパートから発生した家賃収入は誰のものですか
相続財産のうち、賃貸住宅があり、相続開始後、毎月4万円の家賃が発生していたとします。相続人は配偶者と子供二人。5か月後(つまり、家賃が20万円たまった)、遺産分割により賃貸住宅は配偶者が相続する旨の遺産分割協議が成立しました。さて、20万円はだれが取得することになるのでしょうか。
相続財産に預金や賃貸住宅などがあった場合、相続開始後にそれらから生じた利息や家賃などの果実はどのような性質があるのか考える必要があります。まず、これらの果実が相続財産ではないことは明らかです。なぜなら、相続財産とは、相続開始時に存在した財産のことを言うのですから、相続開始の際に存在していなかった果実は相続財産ではないということになります。
次に家賃が「5万円」という金銭債権であることにも着目しておきたいものです。遺産分割の効力が相続開始に遡ることを考えると、相続開始時に遡って元物の所有者が定まるのですから、果実も、元物の所有者となった物が取得するという考え方もあるでしょう。しかし、判例は、賃料について、「遺産から生じる賃料は遺産とは別個の財産であり、各相続人に帰属する」としています。しかも、賃料は金銭債権であるので、各相続人が相続分に応じて分割債権として確定的に取得するという趣旨の判断をしているのです。
もっとも、相続人全員が合意すれば、果実も遺産分割の対象として遺産分割協議をするというのが家庭裁判所の実務のようです。
最判平成17年9月8日
遺産は,相続人が数人あるときは,相続開始から遺産分割までの間,共同相続人の共有に属するものであるから,この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は,遺産とは別個の財産というべきであって,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取 得するものと解するのが相当である。遺産分割は,相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。 -
母と同居して面倒をみるという負担付で遺産分割により相続財産を取得した者が母の面倒をみない場合、遺産分割を解除できますか
母と同居して面倒をみるという負担付で遺産分割により相続財産を取得させたり、相続財産を取得させる代わりに代償金を他の相続人に支払うという内容で遺産分 割協議が成立することがあります。
しかし、協議で定めた筈なのに母の面倒をみない、代償金を支払わない、という場合、どうすればいいのでしょうか。まず考えられるのは、債務不履行による遺産分割協議の解除ですが、「代償金を支払わない」という場合には、単に金銭債務を履行しないというだけであり金銭の支払いを求めて訴訟提起などすればいいのですから解除の問題ではなさそうです。そこで、「面倒をみない」場合の解除の可否について考えてみたいと思い ます。
最判平成元年2月9日は次のように判示しています。
「共同相続人間において遺産分割協議が成立した場合に、相続人の一人が他の相続人に対して右協議において負担した債務を履行しないときであつ ても、他の相続人は民法五四一条によつて右遺産分割協議を解除することができないと解するのが相当である。けだし、遺産分割はその性質上協議の成立ととも に終了し、その後は右協議において右債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人 間の債権債務関係が残るだけと解すべきであり、しかも、このように解さなければ民法九〇九条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ、法的安 定性が著しく害されることになるからである。」ちなみに、民法541条とは次のような条文です。
(履行遅滞等による解除権)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。この判決は、遡及効がある遺産分割が解除できるということになると法定安定性が著しく害されることになるから、民法541条によって遺産分割協議を解除することはできないといっているのです。
しかし、相続人全員の合意により解除することは差し支えないようです(事案は異なるが、一般論として合意解除することができることを明らかにした最高裁判例として、最判平成2年9月27日 (共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられ るものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解される))。
では、次の問題として、「母と同居して面倒をみる」という負担を履行させるにはどのようにしたらいいのだろうか、ということが問題になります。
遺産分割協議において相続財産を負担付を分割する場合、その負担の履行を確保する方法として、負担を履行しないことを遺産分割協議の解除条件とすることが考えられますが、東京地判昭和59年3月1日は、そのような合意は無効であるとしている。
この事案は、遺産の大部分を被相続人の長男に取得させる旨の遺産分割協議がなされた場合において、このような分割協議がなされたのは、相続人の1人である被相続人の妻の老後の世話を長男の妻に期待したためであるとしても、その情誼関係の破綻をもつて遺産分割の解除条件とするのは相続による法律関係をいた ずらに不安定、不明確にするもので、そのような合意がなされたと認めることは相当でないし、仮にそのような合意があつたとしても、条件部分の合意は無効であるとしているのです。
このように、やはり、法律関係の法定安定性という観点から無効としているのです。
そうすると、間接強制類似の方法、つまり、債務不履行の場合には違約金を支払うなどの条項を設けるしか方法はないのかもしれません。 -
父が亡くなりました。相続人は母と私と弟です。遺言があり、A土地は弟が相続し、そのほかは私が相続するように書かれていました。しかし、弟は、「土地を持つといろいろと面倒だからいらない」と言っています。この場合A土地はどうなるのでしょうか
これ、実はなかなか難しい問題なんです。調べてみたら、考え方として3つあるようです。
一つ目は、遺言書で遺産分割方法の指定や相続分の指定がなされている場合には、相続人は遺言者の意思に拘束され、自分の意思で変更できないという考え方です。この場合、どうしてもいらないということでしたら裁判所に相続放棄の申述をするしかありません。
二つ目は、単純に、「いらない」ということでよろしいという考え方です。そうすると、A土地は宙ぶらりんになります。したがって、その帰属を決めるためには相続人全員で遺産分割協議をしなければなりません。
三つ目は、全ての相続人の合意があれば遺言と異なる内容で相続関係を決めてもよいとする考え方です。
では、裁判例はどのようになっているのでしょうか。
平成21年11月18日の東京高裁の決定では、遺言が効力を生じた時点(つまり、被相続人が死亡した時点)で相続人の意思にかかわらず、不動産は遺言にしたがって相続人に承継されているという前提で事件を判断しています。つまり、「いらない」といっても相続されてしまっていますよ、ということです。
そうすると、実務的には、特定の相続人の意思だけで「いらない」とすることはできないが、先ほどの三つ目の考え方により、相続人全員が合意すれば遺言書の内容にとらわれずに遺産分割をすることができるという方法を選択することになりそうです。
なかなか奥が深いですね。