相続した不動産について時効取得を原因として所有権移転登記をする訴訟

相続した不動産について時効取得を原因として所有権移転登記をする訴訟
 
 昨年、ある社会福祉法人が施設を建設するために用地買収を計画しましたが、その中の1筆(A地)だけが周辺土地の現在所有者の曾祖母名義のままになっており、相続登記が未了になっていることが発覚 しました。現在の所有者が所有する周辺土地は曽祖父から代々受け継いだものであり、しかも、A地は農地で固定資産税も課されていなかったため、買収計画が持ち上がって、初めてA地の存在がわかったのです。

 そこで、曾祖母の相続人を調べたところ、権利承継者が20人もいることがわかりましたので、相続登記のための遺産分割書類に押印していただくようにお願 いしました。ところが、1人だけどうしても協力してもらえないとのことであり、買収計画は頓挫の危機に瀕してしまいました。

 そこで、私が代理人となり、A地について時効取得を原因とする所有権移転登記手続請求訴訟を提起することにしました。なお、相続人のうち協力を得られな い者を除く全員から遺産分割証明書をもらっていましたが、時効取得を原因とする所有権移転を求める訴訟であるので遺産分割証明書は役に立ちません。そのた め、20名全員を被告として提訴することになりました。

 過去の判例を分析すると、相続物件について時効取得を主張するためには、通常の時効取得の要件に加えて所有の意思を何らかの方法で表明していることが必 要であると思われます。本件においては、A地の周辺の土地については相続登記を済ませており、A地を含む一帯の土地を農地として利用していたという事実が ありました。そして、よもや、その中に曾祖母名義のA地があるとは知らなかったのです。これらの事実は所有の意思を表明していたと評価できるのではないか と思われます。

 このように、登記手続をする目的で実質的に紛争性が極めて低い訴訟を提起する場合、被告に訴状が届く頃を見計らって、原告の代理人として被告らに手紙を 出すことがあります。その手紙の内容は、①この裁判は登記手続きをするために行うものであること、②不服がなければ裁判に出頭する必要はないこと、③「被 告」という呼び名は「被告人」とは全く意味がちがうこと、④「訴訟費用は被告らの負担とする」と書いてあるが、一切の費用負担を求める気持ちはないことなどです。

 結局、被告は誰も口頭弁論期日に出頭せず、1回の期日で無事に勝訴判決をいただき、計画に何ら影響を与えることなく買収を終えることができました。
そして今、上記の裁判とは全く別件ですが、相続手続未了のまま放置されていた事案について、相続財産の時効取得を原因として、26名の被告を相手に所有権 移転登記手続請求訴訟を提起しています。さすがに26名もいると、訴状副本や証拠書類(戸籍一式も含む)も26セット作らなければならず、コピー機の調子はおかしくなるし、裁判所への訴状持ち込みも段ボール数箱となります。
 そして、裁判所の訴状チェックも1カ月ほどかかるし、送達が功を奏しない場合に備えて第1回口頭弁論期日も3カ月ほど先にされてしまいました。

 また、本件では現実に訴状が送達できない被告が出てしまいました。被告が26名もいると、被告は全国に散らばっていますので、必ずしも近郊の住所地ではありません。

 こうなると、もう楽しむしかありません。ドライブを兼ねて新東名を初めて走り、話題のサービスエリアに寄りながら被告住所地の現地調査をするしかないのです。帰りに名物の焼そばを食べるのもまた楽しみですが。