配偶者居住権講義録

配偶者居住権講義録

 これは、2020年1月22日に開催された静岡県行政書士会西遠支部講習会において、当事務所代表の古橋清二が講義した内容を記録したものです。

 なお、YouTubeで講義の動画を見ることもできます。
 第1講 配偶者居住権の概要
 第2講 配偶者居住権の節税の可能性と相続税法上の財産評価
 第3講 配偶者居住権に関する実務上の検討

 

本日は、配偶者居住権についてお話をさせていただく機会をいただきまして本当に感謝しております。

 今日のテーマである配偶者居住権は、今回の相続法改正の目玉であるということができます。しかしながら、私も、以前は、「こんなややこしい制度は果たして使う人がいるのだろうか、せいぜい、調停や審判の場面で法定相続分の価額を調整するために使われるだけではなかろうか」、という程度に考えていましたし、内容が難しいせいか、あまり話題にもなっていないように感じます。

 しかし、配偶者居住権という制度は、勉強すればするほど、「配偶者居住権の創設は大変大きな改正である」という実感が強くなってきましたし、相続税の観点でも配偶者居住権は節税に大きな効果があるということがわかってきました。

 そもそも、配偶者居住権は、残された配偶者を保護するために設けられた制度ですが、どうも、違う思惑で予想外に広く利用されるのではないかという予感がしています。

 

 法律は、時として立法事実とは異なる使われ方をすることがあります。私の経験からもいくつかそのようなことがありました。

 たとえば、平成12年に施行された特定調停法。この法律は、ゼネコンや第三セクターなどの債務処理のひとつの方法として立法されたという経緯があります。ところが、蓋を開けてみると、利用者の大半は、いわゆる多重債務者でした。

 また、平成13年に施行された個人向け民事再生についても、利用者は住宅ローンの返済が遅れてしまっている方を想定していましたが、こちらも、利用者の大半は住宅ローンの遅れはない方々だったため、わずか3年程度で改正がなされました。

 今回の配偶者居住権につきましては、有効に活用することにより節税効果もあることから、今後は、当初の目的からそれて、節税の観点から多く利用されるのではないかと思います。

 正直言って、配偶者居住権は、法律の面でも税金の面でもとっつきにくくて面倒臭い制度です。しかし、そういった面倒臭い制度をマスターしておけば、お客さんに対して他の人とはひと味違う法的サービスが提供できるのではないかと思っております。今日は長時間の講義になりますが、このつらい時間を我慢すれば、新しい未来が拓ける、というぐらいの気持ちで私のつまらないお話を聞いていただければと思います。

 今日のスケジュールですが、まず「配偶者居住権の概要」についてお話をした後、「配偶者居住権の節税の可能性と相続税法上の財産評価」というお話をしたいと思います。 そして、次に、「配偶者居住権に関する実務上の検討」として、具体的な場面における検討をしたいと思います。

 さらに、「配偶者居住権に関する不動産登記」について解説をいたします。なお、配偶者居住権とは似て非なるものとして、配偶者短期居住権というものがありますが、これにつきましては、最後に簡単にご紹介しておきたいと思っています。

  途中で適宜休憩をとっていきますので、宜しくお願いいたします。それでは、まず、配偶者居住権の概要です。

1 配偶者居住権の概要

(1)配偶者居住権制定の趣旨

 まず、最初に、今回の相続法改正において配偶者居住権の制度が制定された背景について説明しておきたいと思います。

 現在、我が国は平均寿命の伸長により、相続が開始する時点において、相続人である配偶者の年齢が、従前に比べて相対的に高くなっています。このような高齢の配偶者にとっては、住み慣れた居住環境での生活を継続するために居住権を確保することが必要ですし、その後の生活資金としてそれ以外の預金等の財産についても一定程度確保しておきたい、と考えるのが一般的であると思います。

 しかし、現在の実務においては、配偶者が従前から居住していた建物に住み続けたいという意向を実現するためには、配偶者がその建物の所有権を取得するか、又はその建物の所有権を取得した他の相続人との間で賃貸借契約を締結する等の対応をする必要があります。

 また、遺産分割などの場面で配偶者が建物の所有権を取得するということになりますと、建物の評価額が高額であるために、配偶者がそれ以外の預金等の財産を十分に取得することができなくなるおそれがあります。

 さらに、他の相続人が居住建物の所有権を取得する場合には、その相続人と配偶者が賃貸借契約等の契約を締結することが必要となるため、その契約が成立しなければ配偶者の居住権は確保されないことになってしまいます。

 そこで、配偶者が建物を所有するのではなく、居住建物の使用収益権限のみを認めることにより、遺産分割の際に、配偶者が居住建物の所有権を取得する場合よりも低廉な価額で居住権を確保することができるようにすることを目的として、新たに創設されたのが配偶者居住権です。

 では、今お話ししたことを、具体的な例で見てみたいと思います。

まず、改正前の制度を見てみましょう。

 

 この例では、相続人は妻と子の2名、相続財産は2000万円の自宅と3000万円の預貯金の合計、5000万円という前提です。

 残された妻は、夫亡きあとも住み慣れた自宅で暮らしたいと思っていますので、そのためには自宅の所有権を取得したいと考えるわけです。しかし、妻の法定相続分は2分の1の2500万円ですから、評価額2000万円の自宅の所有権を取得してしまうと、預貯金については500万円しか相続できないということになってしまいます。このため、今後の生活費が不足してしまうのではないか、という状況になってしまうわけです。

 この事例で、配偶者居住権を導入することにより、仮に、配偶者居住権の評価額が1000万円であるとすれば、妻は、配偶者所有権を取得することにより、安心して自宅に住み続けることができることになります。加えて、預貯金についても、法定相続分である2500万円から配偶者居住権1000万円を差し引いた1500万円を相続できることになるわけです。したがって、生活費の不安も大幅に解消できるということになるわけです。
このような背景があって、配偶者居住権の制度が導入されたわけです。

(2)制度の概要

 このように、配偶者居住権の制度は、配偶者に、主として居住建物の排他的な無償使用権限を認めるものです。

 これにより、「居住建物に住み続けたい」という配偶者に対して、これまでのように、居住建物の所有権を取得する方法や、他の相続人から居住建物を借り受ける方法に加えて、配偶者居住権を取得するという方法により、遺産分割や遺贈、死因贈与において、居住建物に住み続けたいという思いを実現できることとなります。

 こうして、配偶者は,配偶者居住権という新たな居住建物の無償使用権限を取得することによっても、居住建物に住み続けることができるようになるわけです。

 しかも、配偶者居住権の評価額は、居住建物の所有権を取得する場合よりも低廉となるために、遺産分割や遺贈等により配偶者居住権を取得しても更にそれ以外の遺産である預金等の金融資産等を取得しやすくなります。

 なお、配偶者居住権に関する規定は,令和2年4月1日から施行されますが、同日前に開始した相続についてはなお従前の例によることとされています。

 したがって、4月1日以降に開始した相続について遺産分割協議により配偶者居住権を設定することはできますが、4月1日より前に開始した相続については、遺産分割協議が4月1日以降に行われたとしても配偶者居住権を設定することはできません。

 また、同様に、4月1日以降に作成する遺言で配偶者居住権の遺贈をすることはできますが、4月1日より前に作成する遺言で配偶者居住権を遺贈することはできませんのでご注意ください(附則10条)。

次に、配偶者居住権の内容について詳しく見ていきたいと思います。まずは、条文を確認しておきたいと思います。

(3) 配偶者居住権の成立要件

 改正相続法では,配偶者居住権について民法1028条1項に規定を置いています。

 まず、条文を読んでおきたいと思います。

(配偶者居住権)
民法1028条 被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
 一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
 二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。
 

 さて、条文によれば、配偶者居住権の成立要件は

①配偶者が被相続人の財産に属した建物に居住していたこと
②当該建物について配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割又は遺贈があったこと
③当該建物が配偶者以外の者と共有していた場合ではないこと

に整理できると思います。この3つの要件について検討したいと思います。

① 配偶者が被相続人の財産に属した建物に居住していたこと

 ここにいう「配偶者」は、法律上、被相続人と婚姻していた者に限られ、内縁の配偶者は含まれません。そもそも、配偶者居住権は、遺産分割などの相続における選択肢を増やす目的で設けられたものですので、元々相続権のない内縁の配偶者に配偶者居住権を認める余地はない、ということになるわけです。

 配偶者居住権の目的となる建物は、「相続開始の時に遺産である建物」でなければなりませんので、被相続人が賃借していた建物には配偶者居住権を認めることはできません。

 また、配偶者が「居住していた」とは、配偶者が当該建物を生活の本拠としていたことを意味するものと考えられます。
 したがって、配偶者が相続開始前に形式的には退去していたとしても、家財道具等を当該建物内に置いたまま、病気や体調不良等を理由に一時的な入院、施設入所又は親戚宅での同居をしていたにすぎないような場合には、実質的には当該建物に「居住していた」ものと認めるのが相当であると考えられます。

 このような生活の本拠は、通常は1カ所であると思いますが、例えば、夏は北海道で暮らし、冬は沖縄で過ごすという生活スタイルも考えられます。このような場合で、いずれも被相続人所有の建物に居住していたということであれば、両方について配偶者居住権が成立させることも可能であると思われます。

 さらに、被相続人が、隣り合う2棟の建物を所有して、一体として居住していたというのであれば、2棟の建物両方について配偶者居住権が成立することも可能であると考えられます。

 一方、配偶者居住権の成立は、配偶者が建物の全部を居住の用に供していたことは要件としていません。したがって、例えば配偶者が被相続人所有の建物を店舗兼住宅として使用していた場合であっても、配偶者が建物の一部を居住の用に供していたのであれば、「居住していた」という要件を満たすことになります。

 その結果、配偶者が相続開始前に居住建物の一部に居住していた場合であっても、配偶者居住権を取得した場合には、それに基づき、居住建物の全部について使用及び収益をすることができるということになります。

 しかし、建物の一部を第三者が賃借していたということになると、話は全く変わってくると思います。例えば、区分所有建物でないアパートの一室が被相続人と配偶者の居住のために使用され、ほかの部屋は被相続人が第三者に賃貸をしていたというケースを想定してみたいと思います。

この場合、配偶者居住権はアパート全体について成立するとは思いますが、問題は、その配偶者居住権は賃借人に対抗できるか、ということです。どのように考えますか?

 賃借人の第三者対抗要件は何ですか? 借地借家法31条では、「建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後の建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる」と規定しています。建物の賃借権の対抗要件は「建物の引渡し」です。そうすると、配偶者居住権を登記する前に建物が引き渡されている賃借人に対しては、配偶者は、賃借人に配偶者居住権を対抗できないということになってしまいます。

 また、この場合に、賃借人の賃借権が建物所有者である被相続人との間で契約されたものである場合には、賃貸借契約にもとづく被相続人の賃料請求権は、所有権を相続した者に引き継がれるものと考えられます。したがって、配偶者居住権を取得した配偶者は、被相続人が賃貸借契約をした賃借人からの賃料を受け取ることはできないものと考えられます。

 そう考えますと、建物全体に配偶者居住権が成立するとしても、全体について使用収益をすることできるわけではない、ということになってしまいます。このあたりは今後の議論で整理されていくべき問題だろうと考えています。

そして、2つ目の要件は、

②「当該建物について配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割又は遺贈があったこと」です。

 ア 遺産分割

 ここにいう「遺産分割」には協議や調停によるものだけでなく、審判によるものも含まれます。ただ、審判によって配偶者に配偶者居住権を取得させるためには一定の要件が必要とされています。条文を確認しておきましょう。1029条です。

 

(審判による配偶者居住権の取得)
民法1029条 遺産の分割の請求を受けた家庭裁判所は、次に掲げる場合に限り、配偶者が配偶者居住権を取得する旨を定めることができる。
 一 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
 二 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(前号に掲げる場合を除く。)。

イ 遺贈
 次に、遺贈です。

被相続人は、遺言によって配偶者に配偶者居住権を取得させることができますが、これは、「遺贈」によることが必要とされています(民1028条1項本文)。特定財産承継遺言、いわゆる「相続させる」旨の遺言ではなく、「遺贈」によることが必要ということです。

 このように、遺贈によることが必要とされたのは、配偶者居住権の取得を希望しない配偶者が、相続放棄によらずに配偶者居住権の取得を拒否できるようにする必要があったから、と言われています。つまり、遺贈ではなく特定財産承継遺言(いわゆる「相続させる」旨の遺言)で配偶者居住権を相続させると書かれてしまいますと、配偶者居住権の取得を希望しない配偶者は相続放棄をするしか方法がないわけです。

 相続放棄をしてしまいますと、他の相続財産についても取得できないということになってしまうわけです。そのために、遺言の場合には「遺贈」でなければならないというわけです。

 また、配偶者居住権を設定する建物の「所有権」を他の相続人に承継させようとする場合の遺言も、特定財産承継遺言ではなく、「遺贈」によるべきであると考えられます。これは、負担付の所有権を特定財産承継遺言の対象にすることはできないと考えられるからです。

 そうしますと、遺言の内容として、配偶者に対しては配偶者居住権、他の相続人に対しては建物の所有権をそれぞれ遺贈するパターンと、配偶者に対しては配偶者居住権を遺贈し、建物の所有権については何も記載しないパターンが考えられます。もしも、建物の所有権については何も記載しない場合には、建物の所有権は配偶者を含む相続人の準共有の状態になりますので、建物の所有権については遺産分割の対象になるということになります。

 仮に、遺言者が配偶者居住権及び居住建物の所有権に関して、遺贈ではなく、特定財産承継遺言をしてしまった場合ですが、全くダメということではなく、「遺贈」という趣旨であると解釈する余地もあるかと思います。しかし、遺言作成の実務においては,「相続させる」ではなく、「遺贈」と明記するように留意すべきであると思います。

ウ 死因贈与

 さて、条文にはありませんが、配偶者居住権は、死因贈与契約によっても取得することができます。死因贈与についての条文を確認しておきたいと思います。

 このように、民法554条は、「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」と規定していますから、被相続人が配偶者との間で締結した死因贈与契約によっても配偶者居住権を取得させることができる、ということになります。

次に、3つ目の要件として、③「当該建物が配偶者以外の者と共有していた場合でないこと」について説明しておきます。

 これは、配偶者以外の者が建物の持分を持っていますと、持分権者は持分に応じて建物を使用収益することができることになるわけですが、配偶者居住権は配偶者に排他的に建物の無償使用権限を与えるものですので、他の共有者の持分権を侵害することになってしまいます。そのため、被相続人が配偶者以外の者と共有していた場合には配偶者居住権を取得することができないとしているわけです。

このスライドでは、この建物の2分の1を被相続人が所有し、残り2分の1を長男が所有している例です。この場合、もともと、被相続人はこの建物について共有持分に応じた利用権しか有していなかったわけです。にもかかわらず、被相続人の死亡により、配偶者が、被相続人の所有していた持分を超えて、排他的な無償使用収益権である配偶者居住権を取得することを認めてしまうと、他の共有持分権者である長男の利益が不当に害されるおそれがあります。したがって、このような場合には配偶者居住権を成立させることはできないとされているわけです。

 そうしますと、配偶者居住権を取得できるのは、建物全体の所有権を被相続人が持っていた場合と、被相続人と配偶者が共有で所有していた場合に限られることになります。

 

(4) 配偶者居住権の効力

 次に、配偶者居住権にはどのような効力があるのか、ということを考えてみたいと思います。

 一言で言いますと、配偶者居住権は賃借権類似の法定の債権であり、債権者は配偶者であり、債務者は居住建物の所有者(共有である場合には共有者全員)であるということです。たとえば、配偶者が遺贈により配偶者居住権を取得した場合において、建物の所有権については未分割の場合には、建物の所有権は相続人全員の準共有の状態にあるわけですから、債務者は配偶者を含む相続人全員ということになります。

 ① 存続期間

次に、配偶者居住権の存続期間です。まず、条文を見ておきたいと思います。

(配偶者居住権の存続期間)
民法1030条 配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。

 このように、配偶者居住権の存続期間は、原則として配偶者の終身の間とされていますが、遺産分割の協議や調停若しくは遺言において終身ではない存続期間を定めることも可能です。また、家庭裁判所が遺産分割の審判において存続期間を定めることも可能です。

 なお、配偶者居住権の存続期間を定めた場合には、それを延長したり、更新をすることはできないと考えられます。なぜ延長や更新ができないかですが、これは、配偶者居住権は一定の価値を持った相続財産であると理解しておくとわかりやすいと思います。

 つまり、存続期間を延長したり更新したりすることになると、長期間に亘って無償で居住することができるわけですから、配偶者居住権の財産評価は増加するということになりますが、それでは遺産分割の際などに、配偶者居住権の財産評価を適切に行うことが困難になってしまうから、と説明されています。したがって、仮に、存続期間経過後も居住を続けたいという場合には、別途、使用貸借契約か賃貸借契約を締結していただく必要がある、ということになります。

② 配偶者と居住建物の所有者との間の法律関係

ア  使用収益等

次に、配偶者と居住建物の所有者との間の法律関係を見ていきたい思いますが、まずは、使用収益についてです。

 配偶者は、配偶者居住権に基づいて、無償で居住建物の全部を使用収益することができます。一方で、配偶者は、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならないこととされています。ここで、「居住建物の収益」とは、居住建物を賃貸して利益を上げることなどをいいます。

 ただし、第三者に居住建物の使用収益をさせるためには、居住建物の所有者の承諾を得る必要があります。逆に言えば、所有者の承諾を得さえすれば、第三者に使用収益をさせることができるということになります。

 配偶者にこのような権限を認めたのは、配偶者は、具体的な相続分として配偶者居住権を取得しているわけですから、配偶者が介護施設に入居する必要が生じたりして、事情変更により配偶者がその建物に居住する必要がなくなった場合に、配偶者居住権の価値を回収する手段を確保することができるようにしているわけです。

 イ 譲渡禁止

 次に配偶者居住権の譲渡の問題です。

 配偶者居住権は、譲渡することができません(民1032条2項)。そもそも、配偶者居住権は、配偶者が相続開始後も従前の居住環境での生活を継続することを可能とするために創設されたものであるわけですから、配偶者が第三者に対して配偶者居住権を譲渡することを認めることは、その制度趣旨と整合しないこととなってしまうからです。

ウ 無断増改築禁止

 また、配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をすることができないものとされています。改築や増築をすると、その部分は居住建物に附合することになり、居住建物の所有権に影響を及ぼすことになるため、所有者の承諾を必要としているものと考えられます。

エ 修繕等

 

 次に、修繕ですが、配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕をすることができることとされています(民1033条1項)。居住建物の修繕が必要な場合において、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときは、居住建物の所有者は,その修繕をすることができることとされています(同条2項)。

オ 費用負担

 次に、配偶者居住権に関する必要負担の問題です。

 配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する必要があります(民1034条1項)。ここにいう「通常の必要費」とは、使用貸借における「通常の必要費」(民595条1項)と同一の概念です。これには、居住建物の保存に必要な修繕費のほか、居住建物やその敷地の固定資産税等が含まれるものと考えられます。したがって、居住建物の所有者が納税義務者として土地建物の固定資産税を納付した場合には、配偶者に対して求償できることとなります。

 配偶者が居住建物について「通常の必要費以外の費用」、すなわち、特別の必要費や有益費を支出したときは、居住建物の所有者は、配偶者居住権が消滅した時にその価格の増加が現存する場合に限って、所有者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還しなければならないこととされています(民1034条2項・583条2項・196条2項)。

(5) 配偶者居住権の消滅

 ① 消滅原因

 次は、配偶者居住権はどのような場合に消滅するか、という問題です。

配偶者居住権は、次の場合消滅することとされています。

ア 配偶者が死亡した場合(民1036条・597条3項)

イ 存続期間が満了した場合(民1036条・597条1項)

ウ 居住建物が全部滅失等した場合(民1036条・616条の2)

 ここまでは、従前の知識で理解できると思いますが、エの「居住建物の所有者による消滅請求がなされた場合(民1032条4項)」については若干の説明をしておきたいと思います。

 配偶者が善管注意義務(民1032条1項)に違反した場合や、配偶者が居住建物の所有者に無断で第三者に使用収益をさせ又は居住建物を増改築した場合(同条3項参照)には、居住建物の所有者は、相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、居住建物の所有者は、配偶者に対する意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができます(同条4項)。この消滅請求があった場合には、配偶者居住権は消滅するという趣旨です。

 このように、善管注意義務違反や無断増改築、第三者の無断使用の場合には是正の催告を必要的なものとして、是正の機会を与えることにしていますが、後に見る配偶者短期居住権では是正の催告を必要的なものとはしていません。これは、配偶者居住権は、配偶者自らの具体的な相続分として配偶者居住権を取得しており、言ってみれば対価を支払って権利取得をしているわけですから、是正の機会を与えることなく消滅請求できるとすることは酷に過ぎると考えられるためです。

 仮に、居住建物の所有権が共有である場合、たとえば、配偶者は配偶者居住権を取得し、建物の所有権は長男と二男が共有で取得したような場合は、各共有者は単独で消滅請求をすることができるものと考えられます。これは、配偶者の義務違反による居住建物の価値の毀損を防ぐために配偶者居住権の消滅請求を単独で行使することは、保存行為に該当すると考えられるからです。

 なお、1032条4項は、譲渡禁止を規定した2項については消滅請求の対象とはしていません。これは、配偶者居住権を譲渡しただけでは居住建物の所有者に対し実害が発生することはなく、譲渡の結果、第三者が使用収益をすることにより実害が生じることから、譲渡がされただけの場合は消滅請求事由とはしていないものと考えられます。

 そして、オとして「居住建物が配偶者の単独所有となった場合(混同による消滅。民1028条2項参照)」と書いてあります。たとえば、配偶者の長男が居住建物の所有権を有していた場合において、長男の死亡により配偶者居住権を有している配偶者が所有権を相続するようなケースが考えられます。

 この場合には、所有権を取得するわけですから、混同により、配偶者居住権が消滅するという意味です。

 まず、混同の条文、179条を見ておきましょう。

「同一物について所有権及び他の物権が同一人に帰属したときは、当該他の物権は、消滅する。」となっていますね。ですが、「ただし、その物又は当該他の物権が第三者の権利の目的であるときは、この限りでない。」となっていますから、所有権に抵当権が設定されているなど、第三者の権利がある場合には、混同の例外として配偶者居住権が消滅することはないということになります。

 また、1028条2項を見ていただきたいのですが、「居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。」となっています。ですから、配偶者が居住建物の所有権の一部だけを取得した場合は配偶者居住権は消滅しないということです。

 このほか、「カ 配偶者が配偶者居住権を放棄した場合(債権放棄による消滅)」には、配偶者居住権が消滅します。

② 配偶者居住権が消滅した後における配偶者と居住建物の所有者との間の法律関係

  最後に、配偶者居住権が消滅した後における配偶者と居住建物の所有者との間の法律関係をみておきたいと思います。

 配偶者居住権が消滅した場合には、配偶者は、居住建物の所有者に対して居住建物を返還しなければならないこととされています(民1035条1項本文)。ただし、配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、居住建物の所有者は、配偶者居住権が消滅したことを理由として居住建物の返還を求めることはできません(同条1項ただし書)。なぜなら、配偶者が共有持分を所有している以上、持分に応じて使用収益をすることができますので、返還をする必要はないということになります。

 居住建物の返還をするときは、配偶者が相続開始後に居住建物に附属させた物がある場合には、配偶者は,これを収去する権利を有し、義務を負こととなります(民1035条2項・599条1項2項)。

 また、相続開始後に居住建物に生じた損傷がある場合はこれを原状回復させる義務を負っています(民1035条2項・621条)。したがって、原状回復という以上、相続が開始した時点において居住建物がどのような状態にあったのかということが問題となるわけです。

 賃貸アパートなどの原状回復については賃貸借の開始の状況がある程度はっきりしているわけですが、相続開始前から居住していた建物の相続開始時の状況が記録されているケースというのは決して多くないと思いますので、実務的には大変難しい問題になるかと思います。

 配偶者の死亡により配偶者居住権が消滅したときには、配偶者居住権の消滅によって生じる原状回復などの義務を、配偶者の相続人が相続によって承継することになります。

なお、民法1032条1項及び3項に違反する使用収益(善管注意義務違反,第三者に対する無断使用,増改築)によって生じた損害の賠償と、配偶者が支出した費用の償還は、居住建物返還の時から1年以内に請求しなければならないこととされています(民1036条・600条)。

 

2 配偶者居住権の節税の可能性と相続税法上の財産評価

 第1講では、配偶者居住権の概要として法的な観点からご説明したわけですが、第2講では、税務面について検討してみたいと思います。もっとも、私は税金の専門家ではありませんし、配偶者居住権に関する税制については「にわか勉強」をしただけですので、どこまで詳しいことをお話できるか自信はありません。ただ、配偶者居住権は、相続税において節税に使える可能性があると思います。私が、知り合いの税理士さんに聞いたところ、やはり税理士さんも勉強熱心な方は節税に使うことを考えておられるようです。

 そこで、この講義では、どのようにして配偶者居住権を節税に使うのかということと、相続税法上、配偶者居住権はどのように評価するのか、という2点について説明したいと思います。では、まず、節税の可能性です。

(1) 節税の可能性

 ① 二次相続対策

 これまでご説明してきましたように、配偶者居住権の制度を使えば、遺贈等で配偶者には居住建物の配偶者居住権を与え、子には居住建物の所有権をそれぞれ取得させることができます。そして、相続税法上、それぞれ一定の財産価値があるものとして評価することになります。

 具体的な評価方法については後ほど説明いたしますが、ここでは、例として、居住建物の評価額は1000万円、土地の評価額は3000万円、建物の配偶者居住権は500万円、敷地利用権は1000万円、配偶者居住権の負担のある建物所有権の評価額は500万円、敷地利用権の負担のある土地所有権の評価額は2000万円とします。つまり、この例では、配偶者は、配偶者居住権を取得することにより1500万円の経済価値を取得したことになり、土地建物の所有権を相続した者は2500万円の経済価値を相続したことになります。 

 この場合、他にどのような財産があるかによって状況は変わってきますが、少なくとも、配偶者は、1億6000万円か法定相続分まで相続税の税額軽減措置をうけることができますから、多くの場合、配偶者居住権を取得した配偶者が相続税を支払うことはないのではないかと思います。

 もちろん、配偶者居住権の制度を利用せずに、配偶者が、建物と土地の所有権を取得しても、配偶者の税額軽減措置を受けるのであれば、それはそれでいいのかもしれませんが、その場合には、配偶者が亡くなったときの相続、いわゆる二次相続において税負担が重くなることを覚悟しなければならないと思います。

 かといって、配偶者居住権の制度を利用せずに、子供が建物と土地の所有権を相続するとなると、子供は配偶者の税額軽減措置がありませんから、まともに税負担を強いられることになります。

 このように、配偶者居住権を設定することにより、配偶者居住権の評価額について配偶者の税額軽減措置を受けられるのに加え、所有権を相続する者は配偶者居住権の評価額を差し引いた金額を相続するということになりますので、この段階で、まず相続税法上のメリットがあると思います。

 しかし、相続法上のメリットはそれだけではありません。二次相続が発生した場合に、大きな効果が現れてくることになります。

 これを理解するために、まず、相続税基本通達9-13の2を見ておきたいと思います。

(配偶者居住権が合意等により消滅した場合)
9-13の2 配偶者居住権が、被相続人から配偶者居住権を取得した配偶者と当該配偶者居住権の目的となっている建物の所有者との間の合意若しくは当該配偶者による配偶者居住権の放棄により消滅した場合又は民法第1032条第4項((建物所有者による消滅の意思表示))の規定により消滅した場合において、当該建物の所有者又は当該建物の敷地の用に供される土地(土地の上に存する権利を含む。)の所有者(以下9―13の2において「建物等所有者」という。)が、対価を支払わなかったとき、又は著しく低い価額の対価を支払ったときは、原則として、当該建物等所有者が、その消滅直前に、当該配偶者が有していた当該配偶者居住権の価額に相当する利益又は当該土地を当該配偶者居住権に基づき使用する権利の価額に相当する利益に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を、当該配偶者から贈与によって取得したものとして取り扱うものとする。(令元課資2-10追加)

 

 つまり、配偶者居住権を合意解除したり、配偶者が放棄した場合には、所有者はその不動産を利用できることになるわけですから、経済価値が所有者に移動したと見て、贈与税の対象となりますよ、ということを言っているわけです。これは、どういうことかといいますと、次の図を見ていただければそのメカニズムが理解できるかと思います。

ただ、この基本通達には続きがあります。

 (注) 民法第1036条((使用貸借及び賃貸借の規定の準用))において準用する同法第597条第1項及び第3項((期間満了及び借主の死亡による使用貸借の終了))並びに第616条の2((賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了))の規定により配偶者居住権が消滅した場合には、上記の取り扱いはないことに留意する。

 つまり、配偶者居住権の終了事由が、期間を設定した場合に期間が満了したとき、終身の場合に配偶者が死亡したとき、建物が滅失してしまったときには、贈与の取扱いはしないということが書かれているわけです。

 そうしますと、例えば、配偶者居住権の期間が終身の場合に配偶者が死亡したときは、配偶者居住権は消滅し、その経済的価値もなくなるということになるわけです。そして、配偶者の死亡によって二次相続が始まるわけですが、配偶者居住権は同時に消滅してしまいますから、この場合には配偶者居住権が相続されることはない、つまり、1500万円の経済価値は消滅し、相続されないということになります。

 もっとも、もう少し正確に言うと、当初1500万円であった配偶者居住権の価値は、日に日に減少していって、配偶者が死亡したときにゼロになる、ということになるわけです。そうしますと、配偶者居住権の価値については、期間満了または終身により終了した場合には、どの段階の相続でも課税されることはない、ということになります。

 と、ここまで説明してきましたが、ここで、ひとつの疑問が沸いてくるわけです。それは、配偶者居住権を設定する際に定めた終身の期間と、実際に人が死亡する時期とは必ずしも一致しないのではないか、ということです。配偶者居住権を設定する際に定めた終身の期間は平均余命を使っていますから、平均余命よりも早く亡くなった場合は、配偶者居住権の価値がまだ残っているのではないか、平均余命よりも遅く亡くなった場合は、逆に、所有者から配偶者居住権者に対して経済的価値が移転したと考えるべきではないか、ということです。また、配偶者居住権の期間を定めた場合で、その期間よりも早く死亡した場合も同じような問題が考えられるわけです。

 しかし、この点については、配偶者居住権は、終身または定められた期間、配偶者が無償で居住建物を排他的に使用する権利であって、その目的を達したときは無条件に消滅するというものであることに立ち返れば、死亡の時点で経済的価値を精算する必要はないと考えられます。

以上を整理すると、次のようになります。配偶者居住権が、配偶者の死亡や存続期間満了により終了した場合には、配偶者居住権はその目的を達して消滅しますから価値のないものとなります。したがって、課税対象とはならないし、課税関係は生じないということになります。

 一方、配偶者居住権が合意解除や放棄されたことによって消滅した場合には、まだ残存価値が残っているわけですから、その価値が移転したと考えるわけです。したがって、合意解除や放棄によって残存価値を受けたとみなされる所有者に対して贈与税が課せられるということになるわけです。

 では、実際に、どの程度の節税効果があるのか、実際にシミュレーションをしてみたいと思います。

 シミュレーションの前提条件をこのようにしてみます。

 

 相続人は、配偶者X、子供Yの2人とします。一次相続の際の相続財産は、自宅の土地建物が3000万円、預貯金が5000万円の合計8000万円とします。そして、土地建物の配偶者居住権は1000万円、配偶者居住権の負担のある所有権は2000万円とします。

基礎控除は、相続人二人ですから、3000万円プラス600万円×2ですから4200万円となりますよね。そうすると、単純に、これだけで計算すると、遺産総額8000万円から基礎控除4200万円を差引いて、課税遺産総額は3800万円ということになります。

そうしますと、まず、相続税の総額を計算することができますよね。XとYの法定相続分はそれぞれ2分の1ですから、3800万円の2分の1である1900万円に対してそれぞれの税額を出してみて、それを合計したものが相続税の総額ということになります。1900万円に対する税額を計算してみますと235万円になりますから、相続税総額は470万円ということになります。

 次に、二次相続ですが、ここも単純に考えまして、配偶者の相続財産は一次相続で取得した財産しかないという前提にしたいと思います。二次相続の基礎控除は3000万円と相続人1人の600万円ですから、3600万円ということになります。

 それでは、シミュレーション1です。一次相続で、配偶者が全ての財産を相続したとして計算してみます。

 一次相続については配偶者が全て相続するわけですから、配偶者の税額軽減を適用することができますので、配偶者の納税額はゼロです。子供は何も相続しませんので納税額はもちろんゼロです。そして、二次相続では、配偶者の相続財産8000万円から基礎控除3600万円を引くと、課税遺産総額は4400万円になります。この場合、相続税総額は680万円となり、これは全て子供が負担しなければならないということになります。そうしますと、この場合は、一次相続と二次相続で負担すべき相続税の総額は680万円ということになります。

 では、次に、シミュレーション2として、一次相続で子供がすべて相続した場合を考えてみたいと思います。

 一次相続では、相続財産8000万円から基礎控除4200万円かを控除した課税遺産総額3800万円に対する相続税総額は470万円です。二次相続では、特に相続する財産はありませんから納税額はありません。したがって、この場合は、一次相続と二次相続で負担すべき相続税の総額は470万円ということになります。

 次に、シミュレーション3として、一次相続で配偶者が自宅の土地建物の所有権と預金1000万円の合計4000万円を相続し、子供は預金4000万円を相続した場合を考えてみたいと思います。

 一次相続では、配偶者は、本来は235万円の相続税となりのすが、配偶者の税額経験を適用して納税額はゼロになります。子供は取得額4000万円に対し235万円の相続税を負担することになります。そして、二次相続では、子供は4000万円の財産を相続することになり、基礎控除を3600万円を引くと、課税対象遺産額は400万円になります。そして、これに対する相続税は40万円ということになります。したがって、一次相続と二次相続で負担すべき相続税の総額は275万円ということになります。

最後に、シミュレーション4です。

 シミュレーション4は、一次相続で配偶者が配偶者居住権と預金3000万円の合計4000万円を相続し、子供は配偶者居住権の負担のある所有権2000万円と預金2000万円の合計4000万円を相続した場合を考えてみたいと思います。

 一次相続では、配偶者は、本来は235万円の相続税となりますが、配偶者の税額経験を適用して納税額はゼロになります。子供は取得額4000万円に対し235万円の相続税を負担することになります。そして、二次相続の際、配偶者居住権は消滅しますので、子供は3000万円の預金を相続することになります。基礎控除は3600万円ですので、二次相続での納税は必要ないということになります。したがって、一次相続と二次相続で負担すべき相続税の総額は235万円ということになります。

 以上の4つのシミュレーション結果を並べてみると、このようになります。

 今回のシミュレーションは非常に単純な計算をしただけですし、税金の計算ということになると、これはもちろん税理士さんにしていただく必要があるわけですが、このように、配偶者居住権を設定することで節税効果があるということを理解しておく必要があるかと思います。

これが、一つ目のメリットです。

 ② 小規模宅地等の特例も使える

 そして、二つ目のメリットは、配偶者居住権の制度を利用しても、小規模宅地等の特例を利用することができる、ということです。

 小規模宅地等の特例とは、簡単に言うと、被相続人と一緒に住んでいた土地を相続したのであれば330㎡までは80%評価を減額することができる、というものです。このように、小規模宅地等の特例は、あくまでも土地の評価額を減額できるというものです。一方、配偶者居住権自体は、居住建物に係る権利なので、小規模宅地等の特例の適用を受けることはできません。しかし、配偶者居住権が設定された場合には、配偶者は居住建物の敷地を使用することができるため、その部分は小規模宅地等の特例が適用できるものと思われます。

 また、たとえば、長男が、配偶者居住権が設定された居住建物の敷地の所有権を相続した場合には、長男が被相続人と同居していた親族であって小規模宅地等の特例の適用要件を満たしている場合には、長男についても特例が適用できるものと考えられます。

 たとえば、土地の面積が300㎡で、土地の相続税評価額が5000万円、配偶者居住権にもとづく居住建物の敷地利用権の評価が1000万円、底地の評価額が4000万円、底地を相続した長男も小規模宅地等の特例の適用要件を満たしているという例で考えてみたいと思います。

 この場合、配偶者は、5000万円のうち1000万円の価値を敷地利用権として取得するわけですから、計算上は、300㎡の5分の1である60㎡分について小規模宅地等の特例の適用を受けられるということになります。

 一方、長男は、300㎡の5分の4である240㎡分について小規模宅地等の特例の適用を受けられるということになると思われます。

(2) 配偶者居住権の財産評価

 さて、ここからは、配偶者居住権の相続税法上の財産評価についてみておきたいと思います。

 配偶者が、遺産分割において配偶者居住権を取得する場合には、自らの具体的相続分においてこれを取得することになるため、その財産的価値を評価することが必要となります。また、配偶者が遺贈や死因贈与によって配偶者居住権を取得した場合にも、特別受益(民903条)として財産的価値をどのように評価するかということが問題となります。

 たとえば、遺贈された配偶者居住権を除く相続財産が5000万円であっても、特別受益として配偶者居住権を1000万円と評価する場合には、配偶者の法定相続分を2分の1で計算すると、6000万円÷2で、配偶者の法定相続分は3000万円となりますが、そのうち1000万円はすでに特別受益として受領しているわけですから、配偶者が相続財産から取得できるのは2000万円となります。

 一方、配偶者居住権を3000万円と評価すると、(3000万円+5000万円)÷2の4000万円から、特別受益の3000万円を引いて、配偶者が相続財産から取得できる財産は、1000万円ということになってしまいます。

このように、配偶者が配偶者居住権を取得する場合には、その財産評価を確定させることが不可欠となるわけです。

 ① 法定評価

 ところで、相続税法22条では、相続財産の価額は、原則として、財産取得の時における時価によるものとされています。この「時価」というのは、不特定多数の当事者間で取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であると言われています。

(評価の原則)
相続税法22条 この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。

 しかしながら、配偶者居住権は、そもそも譲渡が禁止されていますから取引の対象となることはないため、「時価」で評価することは困難であると思われます。そこで、配偶者居住権の評価については「時価」ではなく、具体的な評価方法を相続税法で定めてしまう、いわゆる法定評価をすることになりました。なお、法定評価をするのは税法上の問題だけであって、たとえば、調停の場面において評価を算出するような場合まで法定評価によらなくてはならないというわけではありません。

 ② 評価方法の基本的な考え方

 では、まず、配偶者居住権の評価方法の基本的な考え方を見ておきたいと思います。配偶者居住権とは、配偶者がその存続期間中、従前から居住していた建物とその敷地を無償で使用・収益することができる権利をいいますが、これをその建物と敷地を取得した他の相続人の側から見れば、配偶者居住権が存続する期間中は。配偶者による無償の使用・収益を受忍する義務を負っていることになります。そして、配偶者居住権の存続期間が満了して、はじめて、所有者がその建物と敷地を自由に使用・収益することができるようになるわけです。

 相続税法で定める評価方法は、この点に着目し、まず、存続期間満了時点における建物所有権やその敷地の価額を算定し、これを現在の価値に割り戻すことにより、相続開始時点における、配偶者居住権の負担のある建物や土地の所有権の評価額を算定します。そして、この価額を、相続開始時点における通常の建物所有権や敷地の評価額から控除することにより、配偶者居住権の価額を計算するという方法になります。

 (4) 具体的な評価方法

では、具体的に、配偶者居住権の評価の計算方法をみていきたいと思います。計算式を説明していくだけでは大変わかりにくいので、図で、何を計算しようとしているのかを説明したいと思います。まず、建物です。

 この図の縦軸は建物の価値を表しています。そして、横軸は、経過年数を表しています。建物は新築されたときから、価値は年々減少していき、最終的にはゼロになりますが、配偶者居住権の計算をするときは、定額法による減価償却に準じて残存価値を計算します。ですから、相続が開始したときの時価は、この「相続」と書かれたときの縦軸ということになります。

 この相続発生時の時価は、配偶者居住権の時価と配偶者居住権の負担のある所有権の時価の合計ということになりますので、先に、配偶者居住権の負担のある所有権の時価を計算して、それを建物の時価から控除して配偶者居住権の時価を求めるということになります。そこで、まず、配偶者居住権の負担のある所有権の時価を計算することになりますが、ポイントは、所有者は、配偶者居住権が存続している間はこの建物を自由に使うことができない、ということです。したがって、配偶者居住権が消滅する時点の建物の時価が所有者としての価値となると理解していただきたいと思います。

 ただ、これは、将来における価額ですから、これを、現在の価値に換算したらいくらになるのかを計算します。その場合、配偶者居住権の存続期間は平均余命から計算しますが、期間を定めている場合にはその期間ということになります。また、現在の価値に割り戻すのは、複利原価率を使います。丁度、4月1日から債権法が改正されて、法定利率が3%となりますので、利回りは3%で現在価値を計算するということになります。

 このようにして、配偶者居住権の負担のある所有権の時価を計算して、これを建物の時価から差し引いて、配偶者居住権の時価を算出するということになります。

 これを計算式にしますと、このスライドのような計算式になります。

 ちなみに、この計算式で使う住宅用建物の耐用年数と、配偶者の平均余命を資料に記載しておきましたので参考にしていただければと思います。


 次に配偶者居住権に必要な敷地の時価の計算方法です。

 土地は、建物のように減価償却しませんので、このような図になりますが、土地についても、所有者は、配偶者居住権が存続している間は自由に使うことができません。したがって、配偶者居住権が消滅する時点の土地の時価が所有者としての価値となると理解していただきたいと思います。ただ、これは、将来における価額ですから、これを、現在の価値に換算したらいくらになるのかを、建物の場合と同じように割戻計算をします。

 このようにして、配偶者居住権の負担のある建物の敷地の時価を計算して、これを土地の時価から差し引いて、配偶者居住権に必要な敷地の時価を算出するということになります。

 これを計算式にしますと、このスライドのような計算式になります。

 これらの計算例について、資料に記載しておきましたので、参考に見ておいていただきたいと思います。

 以上のような計算を実際にするのは非常に煩わしいのですが、実は、既に価値を計算するエクセルが出回りはじめていますので、割と簡単に計算できるようになっています。ただ、この計算の考え方は今日説明した考え方によるものであるということを理解しておいていただきたいと思います。

 

3 配偶者居住権に関する実務上の問題

 配偶者居住権が創設されたことにより、相続の前提問題として、配偶者居住権ないし居住建物に関する遺言の扱いが新たな問題となるものと思われます。

(1)配偶者に配偶者居住権を取得させるための特定財産承継遺言(いわゆる「相続させる」旨の遺言)があった場合

 まず、配偶者に配偶者居住権を取得させるための特定財産承継遺言(いわゆる「相続させる」旨の遺言)があった場合を考えてみたいと思います。

 遺言によって配偶者に配偶者居住権を取得させるためには、「遺贈」によることが必要とされています(民1028条1項本文)。これは、特定財産承継遺言により配偶者に配偶者居住権を相続させる旨定められている場合において、配偶者が配偶者居住権を取得する希望がない場合には、相続放棄をするしかなくなってしまうからです。相続放棄をしてしまうと他の相続財産を取得できなくなってしまいますから、配偶者にとっては酷な結果となってしまいます。そこで、遺言による場合には「遺贈」によることとして、相続放棄をすることなく配偶者居住権の取得のみを拒絶できるようにしているわけです。

 したがって、特定財産承継遺言によって配偶者居住権を相続させる旨の遺言があった場合、その効力をどのように考えるかということが問題となるわけです。

 考え方として、条文どおり、配偶者居住権を相続させる旨の部分は無効と考えるべきかもしれません。しかし、遺言者の合理的意思を探求すると、配偶者が配偶者居住権の取得を希望しているときまで当該遺言部分を直ちに無効とする必要はないのではないかという考え方も成り立つと思います。

 したがって、遺言全体の内容をみて配偶者居住権の遺贈があったものとして「有効」と解釈するのが相当な場合もあるのではないかと思います。

(2) 遺産分割条項

 次に、配偶者が配偶者居住権を取得する場合における遺産分割条項の記載例を考えてみたいと思います。

 この例は、まず、1項の(1)で配偶者居住権の取得について、終身の場合の例と、存続期間を定めた場合の例を考えてみました。

1 相続人全員は、目録記載の遺産を次のとおり分割する。

※終身の場合
(1) 相続人〇〇〇〇(配偶者)は、目録記載2の建物につき、存続期間を相続人〇〇〇〇(配偶者)の終身の間とする配偶者居住権を取得する。

※存続期間を定めた場合
(1)相続人〇〇〇〇(配偶者)は、目録記載2の建物につき,存続期間を令和2年4月1日【※相続開始日】から○年とする配偶者居住権を取得する。

(1)相続人〇〇〇〇(配偶者)は、目録記載2の建物につき、配偶者居住権を取得する。ただし,その存続期間を令和2年4月1日【※相続開始日】から令和○年○月○日までとする。

なお、「配偶者居住権を「設定する」」という書き方も考えらますが、条文上は「取得する」とされていますので、文例としては「取得する」と記載してみました。

次に(2)で所有権について記載してみました。

 

(2) 相続人〇〇〇〇(配偶者以外の相続人)、目録記載1の土地及び目録記載2の建物を取得する。

 居住建物の所有者は、配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務がありますが、それについても次のように記載してみました、

2 相続人〇〇〇〇(配偶者以外の相続人)は、 相続人〇〇〇〇(配偶者)に対し、目録記載2の建物につき、前項(1)に記載の配偶者居住権の設定の登記手続をする。登記手続費用は相続人〇〇〇〇(配偶者)の負担とする。

(3)後継遺贈の実現

 改正前の民法の下では、被相続人が配偶者の居住権を保護しながら、配偶者の死亡後には確実に自分の子がその建物を相続できるようにしたいと思っても、遺言によってこれを実現することは困難でした。

 たとえば、それぞれ子供がいる高齢者同士が再婚し、それぞれの子供とは養子縁組していなかったとします。この場合、自宅を所有している者が、自分が死亡した後は配偶者が建物所有権を取得して居住権を確保し、配偶者の死亡後には確実に自分の子に建物を相続させたいと思っていた場合、どうすればよかったでしょうか。

 方法としては、「後継遺贈」という方法、つまり、遺言者が死亡して遺言の効力が発生した後に遺産を譲り受けた配偶者が死亡した場合に、遺言者の指定する子に、遺贈の目的物を与えるとする内容の遺贈をすることが考えられます。

 しかし、こうした後継遺贈は、配偶者の所有権に一定の制約を課すものと考えられるため、有効性に疑問があります。そこで、配偶者居住権の制度を使えば、遺贈等で配偶者には居住建物の配偶者居住権を与え、子には居住建物の所有権をそれぞれ取得させることが可能となります。

 そして、配偶者が亡くなった場合には配偶者居住権は消滅します。その場合、配偶者の子供は所有権について相続分や遺留分を請求できる立場にはないということになります。ですから、このような場合にも有効に活用できるものと考えられます。

(4)おしどり夫婦遺贈でさらに配偶者保護

 今回の相続法の改正により、いわゆる、おしどり夫婦の遺贈について持ち戻し免除の推定がなされるため、これを併せて利用することにより、さらに、配偶者が相続において財産を確保しやすくなります。

 この図では、「贈与」となっているところを「遺贈」と読み替えていただければと思いますが、配偶者に対して2000万円の居住用不動産が遺贈されたとしても、相続の配分を決める際には、遺贈された2000万円が持ち戻され、遺産である8000万円に遺贈分である2000万円を加えた1億円を基礎として計算しなければなりませんでした。

 この場合、配偶者の相続分が2分の1の場合には、配偶者の相続分は5000万円になりますが、既に2000万円の遺贈を受けていますから、遺贈を除く遺産からの取得分は3000万円ということになっていました。

 しかし、配偶者居住権も「居住の用に供する建物又はその敷地」に含まれると考えられますから、改正により、配偶者が配偶者居住権を遺贈により取得したとしても、これは持ち戻す必要がないわけですから、遺産分割における配偶者の具体的相続分から配偶者居住権の取得額を控除する必要もないわけです。
  したがって、遺贈を除く8000万円の2分の1を取得することができるため、配偶者の具体的な相続分は、改正前よりも1000万円多くなるということになります。

(5)担保に入っている物件への配偶者居住権設定の可否

 次の問題として、居住建物が金融機関等の抵当権の目的となっている場合に、配偶者居住権を設定できるか、という問題を考えてみたいと思います。

 相続財産である居住建物に抵当権が設定されているということは珍しいことではありませんが、抵当権が設定されている居住建物に配偶者居住権を設定できるかどうか、という問題があります。もちろん、法律上は、抵当権が登記されていたからといって配偶者居住権設定の妨げにはなりませんし、配偶者居住権を設定したとしても抵当権者には対抗できませんので、抵当権者にとって不利な状況は発生しないと思われます。

しかしながら、金融機関の抵当権設定契約書には、抵当物件に他の権利を設定することを禁止する条項が記載されているのが通常です。

 この例は、ソニー銀行の抵当権設定契約書ですが、「抵当権設定者は、あらかじめ当社の承諾がなければ抵当物件(抵当物件の借地権も含む。以下同じ)を譲渡し、その上に他の物権、賃借権等の権利を設定し、現状を変更する等、抵当物件の価値を減少し、または本抵当権の行使を妨げるおそれのある一切の行為をしません。」と記載されています。おそらく、どこの金融機関でも同じような条項がある筈です。

では、この条項に違反した場合はどういうことになるのか、ということですが、

 ソニー銀行の抵当権設定契約書では、「債務不履行のときは、当社は抵当物件を必ずしも法定の手続きによらず、一般に適当と認められる方法・時期・価格等により任意に処分のうえ、その取得金から諸費用を差引いた残額を、法定の順序にかかわらず、本債務の弁済に充当できるものとします。なお、残債務がある場合には、債務者は直ちに弁済するものとします。」となっているのです。先ほどの第3条に違反した場合は「債務不履行」ですから、この第6条が発動されてしまう可能性があるわけです。

 そのために、配偶者居住権を設定することが第3条に該当するのか、ということを考える必要があるわけです。はたして、配偶者居住権の設定をすることが、第3条に該当することになるのかどうか、現時点ではわかりませんし、金融機関によっても考え方は異なるかもしれません。ですから、担保設定をしている居住建物に配偶者居住権を設定しようと考えているときは、まずは金融機関に相談をしてみる必要があると思います。

 金融機関によっては、「名義変更届出書」などといいう用紙を用意しているところもあるようです。その用紙に、記入して審査をしてもらうことになると思います。そして、金融機関が、特に担保物件の利用状況に変更がないとか、担保価値が毀損することはないと判断すれば承諾をしてくれるのではないかと思います。

(6)居住建物の担保差入を考えている場合

 最後に、相続財産である居住建物に担保設定を考えている場合には、配偶者居住権を設定しない方がよいと考えられます。

 たとえば、相続人である子供が自営業を営んでおり、将来、状況によっては相続した自宅を担保に入れて金融機関から融資を受ける可能性があるというような場合は、子供の立場から言うと、配偶者居住権を設定しない方がいいということです。

 配偶者居住権は登記をすることにより対抗力を得ることができます。したがって、配偶者居住権が登記されている物件を担保にとっても、抵当権者は配偶者居住権者に対抗することはできません。そのため、抵当権者が競売をしたとしても、競落した人は配偶者居住権の負担のある不動産を取得することになってしまいますので、通常は、入札する人はありません。つまり、抵当権者にとって、配偶者居住権の負担のある不動産は無価値ということです。ですから、相続財産である居住建物に担保設定を考えている場合には、配偶者居住権を設定しない方がよいということになるわけです。

 そして、そのことは、自営の方だけに限りません。相続財産である居住建物に住宅ローンの抵当権が設定されている場合で、近い将来、住宅ローンの借り換えをしたり、大がかりなリフォームのために金融機関から融資を受けることを考えている場合などにも、配偶者居住権がその妨げになる可能性があります。

 相続発生時に登記されていた抵当権は、配偶者居住権に対抗できますから実質的な問題は生じないわけですが、住宅ローンの借り換えの場合には、抵当権を付け替えることになると思います。そうすると、先ほどの問題と同じように、付け替え後の抵当権は配偶者居住権に対抗できません。したがって、住宅ローンの借り換え自体ができないこととなる可能性があると思います。

 大がかりなリフォームをする場合も、融資の条件が、リフォームに必要なお金と住宅ローンの残金の合計額の担保を付け替えるというような場合は、配偶者居住権があることによって融資が困難となる可能性がありますので注意が必要だと思います。

 

4 配偶者居住権に関する不動産登記

 それでは、引き続きまして、配偶者居住権に関する不動産登記についてご説明したいと思いますが、現時点においては,登記実務の取扱いに関する法務省民事局長通達等が発出されていません。したがいまして、意見にわたる部分は私見に基づくものであることを予めお断りしておきます。

 まず、配偶者居住権の設定の登記です。

(1)設定の登記

 配偶者居住権(民法1028条)の取得は、その登記をしなければ、第三者に対抗することができないものとされています(民法1031条2項による605条の規定の準用)。なお、配偶者居住権の第三者対抗要件は登記に限られており、借地借家法31条のような建物の引渡しは対抗要件とはされていません。したがって、配偶者の権利を保護するためには必ず登記をすることが必要ということになります。そして、居住建物の所有者は、配偶者に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負うものとされています(民1031条1項)。

 

 配偶者居住権の設定の登記は、配偶者と居住建物の所有者とが共同して申請しなければならないものとされています(不動産登記法60条)。

(共同申請)
不動産登記法60条 権利に関する登記の申請は、法令に別段の定めがある場合を除き、登記権利者及び登記義務者が共同してしなければならない。

 配偶者が遺贈により配偶者居住権を取得した場合も同様ですが、遺言執行者が選任されているときは、遺言執行者が登記義務者の代理人となります。さらに、相続法改正により遺言執行者の権限が見直され、対抗要件を具備するところまで遺言執行者の権限が拡大されましたから、遺言執行者は登記権利者の代理人として登記申請をすることになります。

 もっとも、配偶者が遺産分割調停又は審判によって配偶者居住権を取得したときは、その審判書や調停調書において、配偶者が単独で配偶者居住権の登記手続をすることができるための条項が設けられるのが通常と思われますので、配偶者は、これらに基づいて、単独で配偶者居住権の設定の登記を申請することになると思われます。

① 申請書の記載事項

 ア 登記の目的

 登記の目的としては、「配偶者居住権設定」ということになると思います。

 イ  登記原因及びその日付

 登記原因としては、いくつか考えられます。

 ひとつ目は、単に「令和○年○月○日設定」とする考え方です。この記載は、遺産分割や遺贈の場合は問題ないと思います。しかし、死因贈与については、「令和○年○月○日贈与」とすべきではないかと思います。

 また、遺産分割、遺贈、死因贈与、審判による取得をそれぞれ登記原因に書き込む、つまり、「遺産の分割の協議による取得」(民法1028条1項1号)、「遺贈」(同項2号)、「死因贈与」(554条)、「遺産の分割の審判による取得」(民法1029条)と記載することも考えられます。

 なお、登記原因の日付は、相続開始の日(被相続人の死亡の日)になると思います。

 ウ 「存続期間」、「第三者に居住建物の使用又は収益をさせることを許す旨の定めがあるときは、その定め」

 配偶者居住権の登記において特有の登記事項は、「存続期間」と、「第三者に居住建物の使用又は収益をさせることを許す旨の定めがあるときは、その定め」です。

(配偶者居住権の登記の登記事項)
不動産登記法81条の2 配偶者居住権の登記の登記事項は、第59条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
 一 存続期間
 二 第三者に居住建物(民法第1028条第1項に規定する居住建物をいう。)の使用又は収益をさせることを許す旨の定めがあるときは、その定め

  配偶者居住権の設定登記の登記事項であるその存続期間は、終身の場合は「存続期間 配偶者の死亡時まで」、期間が定められている場合には「存続期間 令和○年○月○日から○年(又は令和○年○月○日から令和○年○月○日まで)又は配偶者の死亡時までのうち、いずれか短い期間」などの記載になるかと思われます。

 また、配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ,第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができませんが、「第三者に居住建物の使用又は収益をさせることを許す旨の定めがあるときは、その旨の定め」を登記する必要があります(不動産登記法81条の2第2号)。

② 課税価格及び登録免許税額

 配偶者居住権の設定の登記の登録免許税は、配偶者居住権の設定の目的である建物の価額を課税価格として、その1000分の2、つまり通常の所有権の相続登記の2分の1です(登録免許税法別表第一第一号(三の二))。

③ 申請書の添付書面

 登記原因証明情報としては、遺産分割協議書、遺言書、死因贈与契約書、遺産分割に関する審判書などを添付することになります。

 なお、配偶者居住権の設定の登記をする場合においても、その前提となる相続による所有権移転の登記の登録免許税が減税されることはなく、これまでどおり、建物の価額を課税価格として、その1000分の4であると考えられます。

(2)仮登記

 ところで、配偶者居住権は死因贈与により配偶者に取得させることができるわけですが、死因贈与は、生前に、両当事者の共同申請により仮登記をすることができます。ただし、仮登記してあったとしても、相続開始の時に生存配偶者が当該建物に居住していなければ実体上、配偶者居住権は成立しないことから、本登記をすることはできないということになります。

 また、仮登記後に、配偶者以外の者が共有持分を有するに至ったときも、たとえば、建物の持分の一部が子供に生前贈与されたときは配偶者居住権は成立しませんから、本登記をすることはできません。

① 登記原因

 死因贈与契約による仮登記をする際の「登記原因は、「贈与(始期 ○○の死亡)」と考えられます。原因日付は,死因贈与契約の日です。

② 単独申請

 死因贈与契約が公正証書により作成されており、かつ、仮登記の承諾条項がある場合には、その公正証書をもって受贈者が単独で登記申請をすることができます(不動産登記法107条1項)。

③ 課税価格及び登録免許税額

配偶者居住権の設定の登記の仮登記の登録免許税は,配偶者居住権の設定の目的である建物の価額を課税価格とし、その1000分の1の税率により算定した金額となります(登録免許税法別表第一第一号(十二)ニ)。

(3) 仮登記後の本登記

 被相続人の死亡後に行う本登記は、配偶者が登記権利者、建物の所有権の登記名義人が登記義務者として共同申請することになります。この場合の登録免許税の税率は,1000分の1です(登録免許税法17条1項)。

(4) 転貸に関する登記

 配偶者居住権は、譲渡することはできませんが、居住建物の所有者の承諾を得て,第三者に居住建物を賃貸することはできます(民法1032条3項)。この場合、配偶者居住権の転貸として、転貸の効果が生じます(民法1036条による613条の規定の準用)。転貸の登記がどのようになるのか現時点では不明ですので、通達の発出を待ちたいと思います。

(5) 抹消の登記

 配偶者居住権が配偶者の死亡によって消滅した場合には、登記権利者である居住建物の所有者は、不動産登記法69条に基づいて、単独で配偶者居住権設定登記の抹消を申請することができます。

(死亡又は解散による登記の抹消)
不動産登記法69条 権利が人の死亡又は法人の解散によって消滅する旨が登記されている場合において、当該権利がその死亡又は解散によって消滅したときは、第60条の規定にかかわらず、登記権利者は、単独で当該権利に係る権利に関する登記の抹消を申請することができる。

 他方、配偶者居住権の期間満了や合意解除などにより配偶者居住権が消滅した場合には、居住建物の所有者及び配偶者は、不動産登記法60条に基づき、共同で配偶者居住権の設定の登記の抹消を申請することになります。

 なお、配偶者が成年被後見人であるときは、この合意解除や放棄など、配偶者居住権を消滅させる行為については居住用不動産の処分に当たりますので、家庭裁判所の許可が必要になると考えられます(民法859条の3の規定の類推適用)。そのため、家庭裁判所の許可書も添付書類とする必要があると思われます。

ただし、存続期間に関する別段の定めの効力が生じたときは、家庭裁判所の許可は不要であると考えられます。

 

5 配偶者短期居住権

(1) 配偶者短期居住権制定の趣旨

 被相続人が死亡した場合でも、配偶者はそれまで居住してきた建物に引き続き居住することを希望するのが通常であると思います。特に、配偶者が高齢者である場合には、住み慣れた居住建物を離れて新たな生活を立ち上げることは精神的にも肉体的にも大きな負担となると考えられますので、高齢化社会の進展に伴って、配偶者の居住権を保護する必要性は高いといえると思われます。

 配偶者の居住権の保護に関しましては、被相続人が生存中は、配偶者が被相続人の占有補助者として居住建物に居住できると考えられます。しかし、被相続人の死亡によりその占有補助者としての資格を失うことになってしまうわけですから、被相続人の死亡により、配偶者の居住権を保護することができなくなってしまうわけです。したがって、配偶者が何らかの占有権限を新たに取得しない限り、居住建物を無償で使用する法的根拠が失なられてしまうことになるわけです。

 なお、配偶者が居住建物の共有持分を有している場合には、配偶者が直ちに居住建物を明け渡さなければならないという事態は生じませんが、その場合には、配偶者が他の相続人に対して賃料相当額の不当利得返還義務を負うことになる、ということになります。

 さて、配偶者が居住建物の共有持分を有している場合はともかくとして、被相続人の死亡により配偶者が占有補助者としての資格を失うことになってしまいますと、配偶者は直ちに居住建物を明け渡さなければならないこととなってしまいますので、この点について、平成8年、最高裁は、次のように判示して、短期的に配偶者の居住権を確保しました。

(最三小判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁)
 共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。

 しかしながら、この判例は、あくまでも当事者の意思を合理的に解釈したものであるため、被相続人がこれとは異なる意思を表示していた場合などには、配偶者の居住権は短期的にも保護されなくなってしまいます。

 そこで、今回の法改正では、被相続人が居住建物を遺贈した場合や、反対の意思を表示した場合であっても、最低6か月間は配偶者の居住権を保護するため配偶者短期居住権という新たな権利を創設したわけです。

(2)制度の概要

 それでは、配偶者短期居住権の概要を見ていきたいと思います。

 配偶者短期居住権は、配偶者居住権(民1028条1項)と同様に、配偶者が居住建物を無償で使用することができる権利です。しかし、①配偶者は,一定の要件を満たせば法律上当然に配偶者短期居住権を取得するということ、また、②取得した配偶者短期居住権について、遺産分割において配偶者の具体的相続分からその価値を控除する必要がない、という点において、配偶者居住権とは全く異なります。

 なお,配偶者短期居住権に関する規定は、令和2年4月1日から施行され、同日前に開始した相続については適用はありません(附則2条)。

(3) 配偶者短期居住権の成立要件

 改正相続法では配偶者短期居住権について、民法1037条1項に規定しています。

(配偶者短期居住権)
民法1037条 配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第891条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。
 一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合
   遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日
 二 前号に掲げる場合以外の場合
   第三項の申入れの日から六箇月を経過する日

  この規定によれば、配偶者短期居住権の成立要件は

 ① 被相続人の配偶者が

 ② 相続開始の時に被相続人が所有する建物に無償で居住していたこと

 の2点です。

① 被相続人の配偶者であること

 ここにいう「配偶者」は,法律上被相続人と婚姻していた者に限られ、内縁の配偶者は含まれません。もっとも、配偶者であっても、その居住建物について、遺贈や死因贈与によって配偶者居住権を取得した場合や、相続欠格事由(民891条)に該当する場合、廃除によって相続権を失った場合には,配偶者短期居住権を取得することはできません。

② 相続開始の時に被相続人が所有する建物に無償で居住していたこと

 次に、「相続開始の時に被相続人が所有する建物に無償で居住していたこと」が必要ですが、「居住していた」とは、配偶者居住権の場合と同様に、配偶者が当該建物を生活の本拠としていたことを意味するものとされています。

(4) 配偶者短期居住権の効力

 配偶者短期居住権の存続期間については、居住建物が遺産分割の対象となっている場合又は配偶者が居住建物について遺産共有持分を有している場合と、それ以外の場合とで分けて理解しておく必要があります。

① 存続期間

 ア 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合又は配偶者が居住建物について遺産共有持分を有している場合

 まず、居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合又は配偶者が居住建物について遺産共有持分を有している場合ですが、これらの場合には、配偶者短期居住権の存続期間は、相続開始時から、遺産分割により居住建物の帰属が確定する日又は相続開始時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間ということになります。

 イ ア以外の場合

 そして、それ以外の場合、例として、居住建物が配偶者以外の者に遺贈がされた場合や「特定財産承継遺言(いわゆる「相続させる」旨の遺言)」がなされた場合、配偶者が相続放棄をした場合などが考えられますが、これらの場合には、配偶者短期居住権の存続期間は、相続開始時から、居住建物取得者が短期居住権の消滅の申入れをした日から6か月が経過する日までの間となります。

 次に、配偶者と居住建物取得者との間の法律関係です。

② 配偶者と居住建物取得者との間の法律関係

 ア 使用

 まず、居住建物の使用についてですが、配偶者短期居住権を取得した配偶者は、無償で居住建物の全部又は一部を使用することができます。その場合、居住建物の所有権を取得者した者は、第三者に対する配偶者の居住建物の使用を妨げてはならないこととされています(民1037条2項)。

 また、配偶者は、従前の用法に従って、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用をしなければならないこととされ(民1038条1項)、居住建物の所有権を取得した者の承諾を得なければ、第三者に居住建物を使用させることはできせん(同条2項)。

イ 譲渡禁止、修繕等、費用負担

 これらのほか、配偶者短期居住権の譲渡禁止、居住建物の修繕等、費用負担に関しては、配偶者居住権における規定が準用されていますので、説明は省略させていただきます(民1041条・1032条2項,1033条,1034条)。

(5)配偶者短期居住権の消滅

 次に、どのような場合に配偶者短期居住権が消滅するのか見ておきたいと思います。

配偶者短期居住権は、

 ① 存続期間が満了したとき
 ② 居住建物取得者による消滅請求がなされた場合(民1037条3項)
 ③ 配偶者が配偶者居住権を取得したとき(民1039条)
 ④ 配偶者が死亡したとき(民1041条・597条3項)
 ⑤ 居住建物が全部滅失等したとき(民1041条・616条の2)

等に消滅することとされています。

 なお、「②居住建物取得者による消滅請求がなされた場合」に配偶者短期居住権は消滅しますが、これは、配偶者が善管注意義務(民1038条1項)に違反した場合、あるいは、配偶者が居住建物取得者に無断で第三者に居住建物を使用させた場合には(同条2項参照)、居住建物取得者は、配偶者に対する意思表示によって配偶者短期居住権を消滅させることができものとされているからです(同条3項)。

次に、配偶者短期居住権が消滅した後における配偶者と居住建物取得者との間の法律関係を見ておきたいと思います。

(6)消滅後における配偶者と居住建物取得者との間の法律関係

 配偶者短期居住権が消滅したときは、配偶者は、居住建物を取得した者に対して居住建物を返還しなければなりません(民1040条1項本文)。もちろん、消滅事由として「配偶者が配偶者居住権を取得したとき」は除きます。

 なお、配偶者が居住建物について共有持分を有する場合には、居住建物取得者は、配偶者短期居住権が消滅したことを理由として居住建物の返還を求めることはできません(同項ただし書)。

 配偶者が居住建物を返還するときに負う収去義務、原状回復義務等(民1040条2項・599条1項2項,621条)や、使用等によって生じた損害賠償、配偶者が支出した費用の償還に関しては、配偶者居住権における規律と同様ですので説明は省略させていただきます。